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2009年5月25日 (月)

四国遍路道(阿波国-2)

2009年5月9日

Img_1666 民宿寿食堂・・・撫養街道(県道12号)・・・六番安楽寺・・・熊野神社・・・七番十楽寺・・・林観音庵・・・県道235号・・・御所大橋(宮川内谷川)・・・板野十六地蔵4番札所・・・御所神社・・・(徳島自動車道)・・・八番熊谷寺・・・(徳島自動車道)・・・号・・・毘沙門堂・・・九番法輪寺・・・翫城地(がんじょうじ)橋(九頭宇谷川)・・・(教覚寺)・・・小豆洗大師(番外霊場)・・・円光寺・・・秋月城址・・・称念寺・・・森神社・・・(徳島自動車道)・・・女やくよけ坂・男やくよけ坂十番切幡寺・・・(徳島自動車道)・・・県道237号・・・四国電力変電所・県道12号・・・堂ケ池大師堂・・・八幡神社・粟嶋神社・・・大野島橋(吉野川)・・・善入寺島・宝憧寺跡・・・川島橋(吉野川)・・・川島神社・川島城・・・伊予街道(国道192号)・・・川島東橋(JR徳島線)・・・県道240号・・・十一番藤井寺・・・ふじや本家旅館

 寿食堂から六番安楽寺は近く、7時半前には着いて鐘楼門の階段を上る。すると人の気配がして、若い青年が何か作業をしている。てっきり寺の若い僧が鐘楼内の朝の清掃をしていると思い、鐘をついてもいいかと聞くと、何だかはっきりしない返事だ。よく見るとここに泊まった野宿遍路だった。これからどこまで回れるのかちょっと先行きが心配な感じがする。このあたりはまだよちよち歩きの遍路が多い。12番の焼山寺を越え、室戸岬を回ってやっと半人前の歩き遍路というところか。ことに重い荷物の野宿遍路は11番まではすいすい来て、12番の焼山寺越えでギブアップすることが多いと聞いた。まあどうでもいいこったが。

 安楽、十楽と名のとおり平坦な楽な道を進み、御所大橋を渡り、北へ徳島自動車道をくぐると8番熊谷寺の大きな山門がそびえている。南に田んぼの中の道を行くと9番法輪寺に出る。ここの納経所はきれいでトイレもピカピカだ。団体さんで賑わっている境内の休憩所で土地の老人と元タクシーの運転手と長話しをして再出発。小豆洗大師を過ぎ、秋月城址の手前でおばあさんに引き留められまた小休止だ。この間に追い越して行ったのが神戸のOT夫妻で、この後、23番まで遍路道、宿で何度も一緒になる歩き遍路仲間だ。

 10番切幡寺は400段以上の石段を上った小高い所にある。今日はかんかん照りでだんだん暑さがこたえてきた。切幡寺から下り、徳島自動車道をくぐり、四国電力変電所の所で遍路道から離れ県道12号に入り、堂ケ池大師堂に寄る。その先で遍路道に出ようと勘で歩いていたがどうも道に自信がなく、自転車に乗った女学生に聞いてみたが聞き方が悪いのか、「わかりません」とつれない返事。すると反対方向に歩いて行くのを見かねたのか自転車に乗ったおばさんが追いかけてきて、親切にも道順を教えてくれた。感謝、感謝だ。

 八幡神社の先で右に曲がり、吉野川を大野島橋(上の写真は大野島橋へ下る遍路道)で無人島の善入寺島に渡り、川島橋を渡って遍路道から離れ川島神社、川島城へ寄る。なんだかやけに腹が減ってきて徳島線を越えた国道沿いのそば屋へ入る。冷房が効いていて疲れがとれていい休憩になった。ここから藤井寺はもう一息だ。

 藤井寺門前の今夜の宿、ふじや屋本家旅館は歩き遍路でほぼ満員か。皆、明日は焼山寺への上りだ。昨日、民宿寿食堂で一緒だった狛犬遍路氏もいる。4人組老婦人は3度目の歩き遍路だそうだ。東海道を大坂まで歩いてきたという新潟のHK氏は、明日は13番の大日寺まで行くので4時に起きるという。私も前回は大日寺前まで行った。確かに大変な道のりだがいくら何でも4時は早すぎはしないか。でも旧東海道の箱根越えが大変だったというから登りは得意でないのだろう。酒が入り話もはずんでかなり時間を楽しんだ。明日は天気は良さそうだ。あまり暑くならねばいいが。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1489_2 安楽寺近くの旧家

Img_1490 六番 温泉山安楽寺 【ルート地図】の①

Img_1500 由来

Img_1491 本堂

阿波蜂須賀藩が遍路や旅人のための宿とした8つの駅路寺(えきろじ)の一つで、犯罪者や不審者を監視、取締まるねらいがあったという。特にこの寺は阿讃山脈からの越境者の抑えとして重要だった。慈善というより、治安、いざという時の軍事上の拠点としたのだろう。

Img_1498大師堂

Img_1496客殿

阿波の蜂須賀の殿様も泊まった部屋が残っている。右が今の宿坊。温泉も湧いているようだ。

Img_1504 七番への遍路道

Img_1509 熊野神社

前の田んぼの中に丸山古墳があるというが見当たらず。

Img_1512 七番 光明山十楽寺

Img_1514 遍照殿をくぐる。

Img_1517本堂

リュック姿は神戸のOT夫妻。ふたりとも市民ランナーでフルマラソンも走るというマラソン遍路。

Img_1518 林観音庵

Img_1527 板野十六地蔵霊場4番

Img_1528 説明板

Img_1535 御所(ごしょ)神社

この地で崩御した土御門天皇を祀る。

Img_1544 八番 

普明山熊谷寺(くまだにじ)仁王門 【ルート地図】の②

札所中最大の山門

Img_1545説明板

Img_1552

中門

Img_1553 中門には持国天(右)と多聞天(左)が立っている。

これは多聞天

Img_1554 持国天

Img_1555 本堂

Img_1557 大師堂

Img_1550 多宝塔

安永3年頃の建立

Img_1567 弁天池

左奥の橋を渡ると弁天堂

Img_1561 説明板

Img_1565 熊野社

寺の起源は紀州熊野権現と関わりがあり、熊の字が共通する。

Img_1564 縁起

Img_1566 板碑(中央の細長い石柱)

秋月城の細川氏が北朝方で暦応という北朝の年号が使用されている。

Img_1563 説明板

Img_1568 九番への遍路道

Img_1571 毘沙門堂

Img_1570 毘沙門天

Img_1574田んぼの間を行く遍路道

Img_1581田んぼの前に山門、右は草餅屋

門前で托鉢している遍路がいた。

Img_1576 九番 正覚山法輪寺

田んぼの中に建ち、「田中の法輪さん」で親しまれている。

Img_1577 本堂・大師堂(右)

本尊は釈迦涅槃像

Img_1589 小豆洗大師(番外霊場) 《地図

当地に水がなく農民が苦労しているのを大師が哀れみ、小豆の洗水に加持して水を得たという。

Img_1592 堂内の大師

Img_1590 前の湧き水

だいぶ濁っているようだ。

Img_1593 円光寺

山号を「秋月山」

Img_1598 分かりやすい昔の道標

Img_1600 入口とあるので曲がって行ってみるが見当たらない。後日、調べるとここから500mくらい離れている。距離標示をすべきだろう。

南北朝時代に細川氏が建立した安国寺の経蔵跡が今の輪蔵庵のあたりとされている。

Img_1601 旧家

Img_1609 秋月城址 《地図

土豪秋月氏の居城で、細川阿波守和氏が秋月氏に迎えられ、秋月に居館を構え四国の拠点とし、大きな勢力を誇ったが天正7年(1579)に長曽我部軍より落城した。

今は、草ぼうぼうの「兵どもが夢の跡」だ。

Img_1606 説明板

Img_1604 的場跡

Img_1610 称念寺鐘楼門

Img_1614 森神社

森家代々のの氏神か

Img_1617 十番の参道

民宿、遍路用具屋などが並んでいて門前町の面影がある。

Img_1619 十番 得度山切幡寺 【ルート地図】の③

「得度山」はこの寺の縁起の得度して千手観音の姿になったという機織りの娘による。

Img_1622 八大龍王堂

Img_1623 杖無し橋

Img_1625_2 由来

読むのがめんどうだ。

Img_1626 333段の石段

Img_1630女やくよけ坂

Img_1631 男やくよけ坂

Img_1633 本堂・大師堂

Img_1638 大塔

豊臣秀頼が大坂の住吉神社に建立したものだが、明治の神仏分離でこの寺が買い受けここへ解体移築した。日本三大塔の一つ。

Img_1639 説明板

Img_1640大塔からの眺め

Img_1645 切幡寺縁起

Dsc05041_2 はたきり観音(前回撮影)

得度して、千手観音になったという機織りの娘の観音像。はさみと長い布を持っている。曲線美が艶かしい。

Img_1646 地蔵堂(11番への遍路道沿い)

Img_1655 堂ケ池大師堂(中央奥)

7人の大工が一夜で建立したという。いつ頃のことなのか?

Img_1652 堂内の大師さん

Img_1656 地蔵堂

後ろは八幡小学校

Img_1658 八幡神社

Img_1660 粟島神社

明治から大正にかけての善入寺島からの強制立退きで移転した島民が、粟島村の数社を合祀して、粟嶋神社とした。

Img_1659 再建記念碑

Img_1661 旧家の前で右に曲がる。

Img_1667 大野島橋へ

Img_1670 巾員3mの潜水橋の大野島橋を渡って善入寺島へ。

Img_1675 宝憧寺跡

ここは吉野川の中の無人島の善入寺島。大正4年までは約500戸、3,000人が生活していた。

Img_1673 善入寺島は田んぼはあるが人は住んでいない無人島。

Img_1679 川島橋へ下る

Img_1681 川島橋

ここも潜水橋

Img_1685 川面は近い

Img_1689 対岸から川島橋、善入寺島方向

Img_1693 川島神社

この地は古代は忌部族の支配地で、当社のもとの浮島八幡宮(善入寺島にあった。)は式内社の忌部神社にも擬せられる古社という。

ここは川島城の二の丸跡で、川島公園の一部となっている。

Img_1695 由緒

Img_1699 川島城 【ルート地図】の④

阿波九城の一つ。城内はギャラリー喫茶や模擬天守のレストランなどの観光施設になっている。

Img_1697 説明板

Img_1706 11番近くの旧家

蔵が2つも並ぶ。

Img_1708 入口も立派だ。

Img_1712 十一番 金剛山藤井寺 【ルート地図】の⑤

臨済宗の寺で、本尊の薬師如来像は四国霊場最古の仏像という。

Img_1718 縁起

Img_1713 藤棚

大師が境内に五色の藤を植えたので藤井寺の寺号となったという。花の時期は過ぎてしまった。

Img_1714 本堂・大師堂(右)

Img_1715 白龍弁財天堂

Img_1722 ふじや本家旅館

何が本家なのかよく分からん。

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