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2009年5月28日 (木)

四国遍路道(阿波国-3)

2009年5月10日

  ふじや本家旅館・・・11番奥の院・・・端山休憩所・・・長戸庵(440m・番外霊場)・・・柳水庵(500m・番外霊場)・・・(県道245号)・・・一本杉庵(745m・浄蓮庵・番外霊場)・・・左右内谷川・・・一番坂・・・12番焼山寺(700m)・・・杖杉庵(番外霊場)・・・鍋岩・・・玉ケ峠(450m)・・・鏡大師(番外霊場)・・・植村旅館

 今日もいい天気だ。HK氏は予定通りまだ暗い4時過ぎに出発したそうだ。こちらは今回は鏡大師の先の鮎喰川沿いの植村旅館までの余裕の行程だが、6時半過ぎには宿を出る。焼山寺道に入り、すぐに11番奥の院があるが堂はなく案内板がなければ気づかず通り過ぎてしまうだろう。遍路道は整備されていて、まだ傾斜もゆるく歩きやすい。湧き水を過ぎ、長戸庵で先に出発した4人組おばさん遍路に追いつく。

 柳水庵への道はよく整備されていて傾斜も緩くそんなにしんどくない。遍路ころがしの急坂を下るとうまい水が湧き流れている柳水庵に着く。休憩していると4人組おばさん遍路と、OT夫妻がやって来た。夫妻は旅館吉野に泊まったそうだ。お先に県道245号へ下り、一本杉庵へのけっこうきつい上りにかかる。途中、大きな荷物の野宿遍路を追い抜く。かなりバテ気味のようでこの先ちょっと不安な有様に見えた。

 まだかまだかと思って上って行くと目の前に石段が現れ、石段上に大師像が建っていて、その後ろに大杉がそびえている。ここが一本杉庵で、お堂前の椅子で休んでいた大坂の野宿遍路のSZ氏(40才台)と長話しをして大休止だ。OT夫妻、4人組おばさん遍路、野宿遍路も到着して皆、一息、二息の休憩だ。ここからは350mほど下ることになる。折角、ここまで上ったのがもったいない気分だがこれも大師の与えた試練なのだろうよ。

 下って左右内川を渡ると一番坂で、ここからが最後の遍路ころがしだ。暑さが増す中、汗かき汗かきやっと車道が近くなった頃、見上げると見覚えのある顔が上からこっちを見ている。なんと4時半前に出発したHK氏だった。歩きながらもうとっくに焼山寺を打って大日寺へ向っている頃と思っていたのに。びっくりして心配にもなった。ここまで7時間近くかかっている勘定だ。こんなペースでは大日寺までは無理というものだが。

 焼山寺は団体さん、車での遍路で賑わっていた。陽射しが強く、じりじり焦げてしまいそうな暑さだ。ふじや旅館のにぎり飯で昼食休憩して、杉杖庵へ向う。途中、白装束で顔も白い布で覆った若い娘遍路とすれ違い、「まだ、(焼山寺まで)だいぶありますか」と聞かれ、つい「20分ぐらいでしょう。」と答えてしまった。上りはもっと時間がかかるものを。娘遍路は荷物はあまり持っていないようだったが歩き遍路なのだろうか。急に現れた天女のようにも思えてきて歩きが軽快になってきた。(舗装道路で下りだから楽なのは当たり前)

 杉杖庵の先で一緒に歩いて行くHK氏とSZ氏に追いつく。3人で鍋岩近くの休憩所で休んでいるとOT夫妻もやって来た。夫妻は県道43号を下り、神山の民宿に泊まるという。こっちは玉ケ峠越えだ。HK氏もSZ氏も峠越えの道を選ぶ。野宿のSZ氏はともかく、HK氏は今夜の宿は大日寺前だ。今からはとても無理だとは思うのだが。焼山寺への上りで一仕事終えた足には玉ケ峠越えの遍路道はこたえる。何度も曲がりながらやっと峠近くの車道に出た。かなりの時間が経ってからHK氏が全身汗でずぶ濡れになって上って来た。脱水症状で倒れそうになったという。

 結局、HK氏は大日寺まで行くのをあきらめ宿をキャンセルして、私と同じ植村旅館に泊まることになった。もう4時近くだ。ここから宿までは5kmはある。5時前には着きたいし、鏡大師にも寄りたので先に行くことにする。宿に着くともう一人の予約客が道を間違え遅くなるという。この遍路は福岡のMT氏(60才台)で、宿へ向う途中、通りかかった地元の人の車に乗せてもらって6時頃に到着した。いい寝場所が見つからなかった野宿遍路のSZ氏もこの宿に泊まることになった。夕食の時、福岡のMT氏は足のマメがひどくて明日は徳島に出て帰るなんて弱気なことを言っている。今からそんな弱音を吐かずに、明日の朝また考えて行ける所まで行ったらどうかとアドバイス(余計なお世話)をしてみたが、どうなることやら。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1719 藤井寺境内から12番への焼山寺道へ入る。《地図

Img_1724 ちょっと大げさな目安時間とは思うが、まあいろんな遍路がいるから。

Img_1725 弁財天堂

Img_1729 ミニ八十八ケ所霊場が並ぶ

Img_1730 11番奥の院

Img_1732 奥の院の大日如来か? あんまり有難味を感じない像だが。

奥の院といってもお堂はない。

Img_1736 最初の「遍路ころがし 1/6」

焼山寺までは一気の上りだけでなく、3度の上りと2度の下りの山歩きだ。

Img_1738 吉野川方向の展望が開ける。

ここが端山休憩所あたりだったか。

Img_1742 茶畑

Img_1743 百十丁の丁石

あと約12km

Img_1745 湧き水

ここから先、柳水庵まで水はない。

Img_1749 長戸庵(番外霊場)

大師が焼山寺へ登った時にここで休憩した。

4人組老婦人遍路が休憩中。休憩するのに、丁度(長戸)いい塩(庵)梅な所。

Img_1751 由来

かすれて読みづらい。

Img_1754 なかなかいい道だ。

Img_1758 標高500mくらいか

Img_1762 整備された道を行く。

Img_1763 不当表示

まだ三分の一足らずだ。

Img_1765尾根道を行く。

Img_17702/6は気がつかなかった。

Img_1773 柳水庵に下る急坂が「へんろころがし」の3番目ということ。

Img_1778 柳水庵(番外霊場) 《地図

大師がここで休息した時、水がないので柳の枝を採って加持すると清水が湧き出した恵水の霊地。

Img_1781 うまい水だ

Img_1782 下りとなる

Img_1795 へんろころがし4/6

Img_1799 一本杉庵(浄蓮庵・番外霊場) 《地図

大師がここで仮眠した時に、夢の中に阿弥陀如来が現れたので尊像を刻み、堂宇を建てて安置した。その時、大師が植えたのが一本杉の老大木。

Img_1800 一本杉と大師像

ここは焼山寺よりも標高がある。ここから急坂を下り、左右内川を渡り、一番坂の急な上りとなる。

Img_1803 説明板

Img_1802野宿遍路のSZ氏と長話して大休止。

Img_1809 へんろころがし5/6

柳水庵からの下りだ。

Img_1810 下の集落までの長い下りが続く。

前回来た時は、こんなに下って何だか大師さんにだまされているような気がした。

Img_1816 左右内(そうち)の集落まで下って行く。

折角登ったのにもったいない感じだ。

Img_1819 民家の脇を抜けて

Img_1829 左右内川を渡る。

Img_1837最後のへんろころがし6/6の「一番坂」の上り。

Img_1840 十六丁の丁石

Img_1841 けっこうな上りが続く。

Img_1848 薬師堂

Img_1851 九丁の丁石

あと約1km、これでやっと「あと一息」だろう。

Img_1853 焼山寺から藤井寺へ向う老人遍路

70才はとっくに過ぎていて、腰は曲がり耳もだいぶ遠いようだ。無事到着されるように。

Img_1854 車道の参道へ出る。

ここまで来るとバス、車で来た人たちが涼しい顔で歩いている。

Img_1855 石垣から湧き水が

HK氏はうまそうに飲んでいた。

Img_1858 山門への石段

Img_1860 12番 摩盧山焼山寺(山門をくぐった所から) 《地図

山号寺名は縁起にちなむ。

Img_1867境内はけっこう混んでいる。バスの団体遍路、車遍路がほとんどだ。「 楽して、お参りして、ご利益を授かる。」 これが一番賢明な札所巡りかも。

Img_1871 縁起

Img_1865 十二社神社?

Img_1873 梵鐘

由来によると、随分と我がまま(自己主張の強い)な鐘のようだ。

Img_1872 由来

Img_1868 境内から

Img_1876 杖杉庵へ下る。

この先で焼山寺へ向う娘遍路とすれ違う。

Img_1880 杖杉(じょうさん)庵(番外霊場) 《地図

Img_1882 大師にすがる衛門三郎(四国遍路の元祖といわれる。)

この弘法大師像はただの老僧という風で威厳が感じられない。

Img_1886 縁起①

前にも書いたがこの縁起話は好きになれない。66番雲辺寺の麓の民宿岡田の主人も私と同意見だった。

Img_1887 縁起②

Img_1885 杖杉庵

衛門三郎最期の地

Img_1889 HK氏(右)は元気を取り戻したようだ。野宿遍路のSZ氏はサンダルをぶら下げている。

Img_1890 鍋岩あたりの流れ

鍋岩はどれなのか?

Img_1894 玉ケ峠への上り口

Img_1895 足場が悪い道を登る。

Img_1896 長い上りが続く。

HK氏は脱水症状でバテバテでなかなか上って来なかった。

Img_1898 玉ケ峠(450m)の石仏群

Img_1902下の鮎喰(あくい)川まで下って行く。

Img_1905 下の橋は小野橋か?

Img_1906 鏡大師標識

ここから少し下る。

Img_1910 鏡大師(番外霊場) 《地図

大師がここで休息し、そばの石を撫でたところ輝きはじめ人の顔が映るようになったという。明治の初年まではよく映ったが、少しの曇りを惜しんで研ぎ屋に研がせたが、それからはもとの輝きを失ってしまったという。正面の石が鏡岩か? もとから鏡の輝きなどなかったただの小岩という感じだ。

Img_1907 大師さん

Img_1912 県道に出て植村旅館へ

Img_1913 植村旅館から鮎喰川、福原橋 《地図》

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