四国遍路道(阿波国-7)
2009年5月14日
民宿山茶花・・・平等寺新橋(桑野川)・・・月夜橋(南川)・・・県道284号・・・月夜御水大師(番外霊場)・・・国道55号・・・鉦打坂薬師堂・鉦打大師堂・・・鉦打坂・鉦打トンネル(301m)・・・明月橋(福井川)・・・弥谷観音(番外霊場)・・・国道55号・・・県道25号・・・中内橋(福井川)・・・辺川休憩所・・・由岐坂峠・由岐坂トンネル(104m)・由岐坂・・・田井ノ浜・・・(JR牟岐線)・・・木岐トンネル(182m)・・・白浜休憩所・・・山座峠休憩所・・・県道25号・・・恵比須洞・恵比須神社・・・恋人岬・・・国民宿舎うみがめ荘
桑野川を渡り、県道を小学生と挨拶を交わしながら南に行く。Q君が追い抜いて行った。県道が大きく左にカーブする所を直進すると月夜御水庵だが、ちょっと分かりにくい。前回もそのまま車道を進んで、引き返した記憶がある。今日は入り口らしき所に車が止まっていて余計に分かりにくい。立ち止まってしばし確認していると、おばあさんが大きな手振りで、「お遍路さん、こっちこっち」と教えてくれた。やはりここを直進するのだ。車道を進んで行くQ君に大声で教える。別に車道を行っても少し大回りになるだけなのだが。
月夜御水庵の先で県道に出る。車の通らない静かな道だ。ゆるやかに下り、遍路道標に従い国道55号に上ると小さな鉦打坂薬師堂と鉦打大師堂が安置されている。いずれも福井ダムの建設に伴いここに移設されたものだ。鉦打坂トンネルを抜け、国道から離れ福井ダムの明月橋を渡り、弥谷寺へ向う。福井ダムが出来るまでは暗い谷沿いにあったのが、今は小高く明るい所へ移転されている。弥谷寺観音堂下の誰もいない広い駐車場の休憩所で、昼寝には早いが横になってくつろぐ。静かで、日影で、5月の風が気持ち良くしばしまどろんだ。
国道55号に出てしばらく進み、県道25号へ入る。前回は国道をいくつもの恐怖のトンネルを抜けて23番薬王寺まで行ったが、今回は海側の道を行く。こちらの道の方が車の往来も少なく全然歩きやすい。由岐坂峠、由岐坂トンネルを過ぎて下って行くと、道端に「カニに注意」の標識が立っている。こんな高い所から海まで、「カニ(蟹)の横ばい」で歩いて行くのは、八十八カ所の歩き遍路よりすごいと感心させられたが、後でこんな注意標識でカニ(アカテガニ)が保護できるのかと疑問になった(後述)。
由岐駅方向への下り坂で、おばさんから手作りの巾着と飴をいただく。久し振りに海を眺めながら田井の浜で小休止。木岐駅手前の民家の前に座っていたおばあさんから小さなビニ袋に入った10個の5円玉いただく。おばあさんはきっとここを通る歩き遍路を昼間の間待っていてお接待をしているのだろう。初巡の時は、お接待がもの珍しく、有りがたく、一つ一つ鮮明に記憶していたが、2巡目になるとお接待は当たり前のように感じてきてしまったのか、ここまで何度もお接待を受けてきたのを忘れかけているようで、慣れというものは恐ろしく情けない。
木岐トンネルを抜け、海からの風が冷たいくらいの2階建て?の白浜休憩所で一息つく。山座峠を越え、恵比寿神社、えびす洞の遊歩道を一周し、なんてこともない恋人岬から日和佐港、大浜、日和佐城を眺め前回も泊まった国民宿舎うみがめ荘に向った。ロビーでMT氏が新聞を読みながら生ビールをうまそうに飲んでいる。23番薬王寺も打ち、日和佐城(現在休館中で城内へは入れない。)まで上って来たそうだ。足のマメの具合もだいぶよくなってきて調子もよさそうだ。
久し振りに大きな風呂でくつろぎ、夕食はMT氏、OT夫妻や顔見知りの歩き遍路と一緒だ。Q君は日和佐駅近くのビジネスホテルへ泊まったようだ。明日は通し遍路のOT夫妻、33番雪蹊寺までの区切り打ちのMT氏は国道55号を室戸岬を目指す。こちらはそろそろ今回の終点が近づいてきた。明日は薬王寺から国道55号を少し戻って県道36号を日和佐川沿いに23番奥の院の泰仙寺へ上り、国道55号の山河内駅そばの打越寺へ出て、国道を牟岐町まで行く予定だ。もう3人に追いつくことはないだろう。お互いのここまでの苦労をねぎらい、明日からの奮闘を期して最後の晩餐とした。
【ルート地図】(137→151)
写真をクリックすると拡大します。
樹齢約1000年といい、すべての枝が一度下を向いてから、上に伸びていることから逆さ杉といわれる。
大師の杖により湧き出した加持水。ここで三日月とともに野宿したので、この地を月夜という。湧き水はなかったようだが、見逃したか。
池というより、どんよりしていて沼という感じ。
この辺は道標をしっかり見ないと間違えそうだ。
薬師堂は享保4年(1719)の建立。もとは旧土佐街道沿いにあったが、福井ダム建設の際にここに移転した。
これも福井ダム建設の際に、ここに移された。
福井ダム湖
弥谷観音はダムに沈んだ弥谷にあったのだろう。
これらの石造物も福井ダム建設で、元のところからここへ集められた物だろう。
弥谷七不思議、「不二地蔵・笠地蔵・四寸通し・硯石・ゆるぎ石・日天月天・胎内くぐり」の一つ。
弥谷(いやだに)観音(番外霊場) の石段 【ルート地図】の142
弘仁6年(815)当地を訪れた弘法大師は、岩に本尊の如意輪観世音菩薩を刻み、岩窟で17日間厄除の護摩供を修した。満願の日に七不思議を遺す。福井ダム湖に沈んだ弥谷にあった時の縁起話だ。
弥谷七不思議の一つ
本尊は如意輪観音
車もあまり通らず歩きやすいが、だんだん暑くなってきた。
電柱脇に昔の郡界標が立つ。
那賀郡と海部郡、現在の阿南市と美波町か
「アカテガニ」は海に近い石垣や山林の斜面の穴に棲み、6月から9月の月夜に産卵のため海や河口に移動する。道路を横断中に轢死するカニが多いのだろう。ここはまだかなりの高さで海からも遠い。ここから海までカニ歩きでたどりつくのは大変だ。種族維持本能とはいえ恐れ入谷の鬼子母神だ。
歩行者、地元の人ならともかく、運転手がこの標識に気づき、文字看板まで読んで標識の意味を理解してカニが横断するのを守れるだろうか。ましてカニが産卵のために海辺、河口に移動するのは月夜という。真っ暗でないとしても小さなカニを見つけ、それを避けて運転するのは無理というものだ。文字看板には、「カニに注意」他の看板を設置するなどして、自然環境保護に取り組んでいます。」とある。標識は無いよりあった方がましといった程度の物で、横断するカニを守る有効な手段がない(考えつかない)のだろう。自然環境保護に取り組んでいるという姿勢をアピールするための行政のアリバイづくりだ。
ここでおばさんから手作りの小さな巾着袋と飴の接待を受ける。
まだ海水浴客はいない。
一段高くなっていて見晴らしも良く涼しい。しばし休憩。
「准指定」文化財、准なんてけちな、ややこしい指定だ。合併して美波町となってからはどうなったのか。
恋愛成就、夫婦和合の神さんだと。
県内一の海蝕洞、今日は波も穏やかで押し寄せる波音は轟音とまでは言えない。
立島(左上)・国民宿舎うみがめ荘(正面右)・日和佐城(うみがめ荘の右上)・大浜・ホテル白い燈台(手前右)・その向こう側が恋人岬
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