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2009年6月 7日 (日)

四国遍路道(阿波国-8)

2009年5月15日

Img_2722 国民宿舎うみがめ荘・・・八幡神社・・・厄除橋(日和佐川)・・・23番薬王寺男厄坂・女厄坂・還暦の坂・・・国道55号・・・県道36号・・・(長田橋・日和佐川)・・・(西河内中央橋)・・・(柳瀬橋)・・・落合橋(日和佐川)・・・西山橋・・・泰仙寺(23番奥の院)・・・落合橋・・・国道55号・打越寺・・・山河内トンネル(124m)・・・(JR牟岐線)・・・寒葉坂・・・辺川駅(JR牟岐線)・・・小松大師(番外霊場)・・・牟岐橋(牟岐川)・・・長尾屋跡(山頭火宿泊宿)・・・道・・・牟岐駅・・・民宿あづま

 厄除橋からは薬王寺の瑜祗(ゆぎ)塔の、瑜祗塔からは日和佐の町並み、海の眺めがいい。早朝の薬王寺は遍路の姿もなく静かだ。国道55号を北へ少し戻り日和佐川沿いの県道36号に入る。ここから川沿いに左回りで落合橋を目指す。道標も人通りもなく何となく不安な道だが、途中民家の前で掃除をしているおばさんに、「奥の院へ行きなはるか、ご苦労さん」、バイクにのって通勤する女性からも話しかけられ元気づけられる。

 落合橋を渡りのどかな田園の中を進み、西山橋で県道から離れる。墓地の下から泰仙寺への上りが始まる。350mの高さまで上るので墓地の一角にリュックを置いて身軽で上ろうかとも思ったが大した高さでもなし、これが今回最後の上りなので、これも修行のうちとそのまま上り始める。丁石もある遍路道で足元が悪い所もあるが(上の写真)、 意外に早く20分もかからず方丈下の石段に出た。ここで350mの高さがあるのだろうか。薄暗く、静かで、寂れて荒れていてなかなかいい空間だ。普通の札所ではこうはいかない。薬王寺からここへ避難したという薬師如来さんも、この寂しい雰囲気に耐え切れず薬王寺へ戻って行ったのだろう。

 しばし静寂な境内で佇み、元の道を引き返し落合橋を渡り右に国道55号へ向う。だらだら下って行くのと思っていたが、けっこう凹凸のある道だった。国道へ出ると、白衣をきた連中が活気もなく、ただぞろぞろと歩いているのにぶつかる。20人以上か、荷物は杖くらいで軽装だ。後で聞いた話だとバスで来ている団体遍路で、途中のある区間だけを歩いているらしい。何も歩道もないこんな国道を歩かなくてもいいじゃないか。こんな連中の先も後もいやなので、打越寺でしばし休む。

 今日の宿は予定では八坂八浜の内妻荘だったのだが、泰仙寺回りの時間がどれくらいかかるか分からないので、余裕を持って手前の牟岐駅そばのあづま荘にした。結局、思ったほどに時間はかからず、この分だと早く着き過ぎてしまう。一度歩いた道だし、国道歩きは寄り道して見るべき所も少なく、時間があり過ぎるのもつらい。長い寒葉坂を下って、無人駅の辺川駅のベンチで昼寝とした。特急は通過するが、ここに停車する普通電車は1時間以上来ない。ベンチで気持ちよく寝そべっていると、ざわざわと人声が、さっきの団体遍路だ、トイレを借りに来たらしい。どこまで俺を邪魔する気だ。

 さっさと駅を立ち去り、小松大師から国道に出て、小さな流れ沿いの立入り禁止の資材置き場で再度、休憩だ。ここなら当分大丈夫と思っていたらすぐにトラックが入ってきた。地元の運転手のおじさんと雑談しながら木材を運び出すのを手伝う。といっても軽そうなやつを3本だけだが。遍路にあまり興味のない地元の人と話すのも面白いものだ。後はだらだら、ゆるりゆるりと宿へ向った。

 民宿あづまは牟岐駅前の国道沿いにある。話好きなおかみさんだが、どうも私には苦手なタイプだ。今夜の泊り客は、近くの現場で作業をしている常連の会社の4、5人と、若い女性の歩き遍路が一人づつ、それに私だ。若い女性の一人は随分遅くなって着いたようだ。暗い国道をよく歩けるものだ。夜遅くまで携帯で大きな声で長話をしている。こっちは遊んでいるのだからいいようなもの、仕事で明日も早い連中には迷惑なことだ。あまり人のことなど気にせずに、気ままに歩いていた方が、楽に八十八カ所を歩き通せるのかもしれない。まあ、いろんな遍路がいるよ。予定通り内妻荘まで行っていればよかったものをと悔やみながら、あまり歩いていないせいもあり、なかなか寝つけなかった。

  【ルート地図

 写真をクリックすると拡大します。

Img_2689 大浜海岸の朝

5月中旬から8月上旬に海亀が上陸して産卵する。今年上陸したうみがめは、5月12日現在1頭のみで産卵はしていないようだ。

Img_2690 厄除橋から日和佐川

正面に薬王寺の瑜祗塔

Img_2691 23番 医王山薬王寺山門 【ルート地図】の①

厄除け寺として名高い。

Img_2695大師堂

Img_2696 本堂

Img_2692「文治元年(1188)に薬王寺が焼失した時、本尊の薬師如来が飛び出して、玉厨子山に飛び去った。その後、本堂が再建され、新しい本尊が安置されると、玉厨子山に避難していた本尊が戻ってきて後向きに本堂へ入った。「この後向薬師」を拝すため本堂の裏にも賽銭箱が置かれている。実際には本堂が焼けて本尊も焼けてしまったと思い、代わりに新しい本尊を作ったら、後から元の本尊が出てきたのだろう。

Img_2694 瑜祗塔から日和佐川、立島、うみがめ博物館日和佐城(右の丘上だが逆光で見えず)方向。

Img_2699_2 日和佐川沿いを進む。

Img_2711 落合橋を渡り、県道36号を23番奥の院泰仙寺へ

Img_2715 田園が広がっていて、のどかで静かなところだ。

Img_2717 車の往来もない県道36号

Img_2718 西山橋を渡る。

泰仙寺への案内板が立つ。

Img_2720 泰仙寺への上り口

Img_2726 23番奥の院 玉厨子山泰仙寺 【ルート地図】の②

文治元年(1188)に薬王寺が焼失した時、本尊の薬師如来が飛び出して、この地にとどまり輝いたという。少し荒れて寂れている。石段の右上は方丈。

Img_2729 本堂

Img_2728 下に大師堂

Img_2733方丈

Img_2738 泰仙寺への道標

落合橋を渡り右へ、国道55号へ向う道沿い。

Img_2739 国道55号へ向う。

Img_2742 打越寺 【ルート地図】の③

阿波国の8つの駅路寺の一つ。札所では6番安楽寺だけ。

Img_2743 縁起

8つの駅路寺が記されている。

Img_2749 休憩所だったか?

Img_2754 寒葉坂峠を越えて、国道55号の寒葉坂の長い下りが続く。【ルート地図】の④

Img_2764 JR牟岐線(下り牟岐方向)

辺川駅そばから

Img_2771 小松大師 【ルート地図】の⑤

370年くらい前、大阪難波の里に住む石工が、来客から注文を受けた「三尺あまりの弘法大師座像石仏」を彫刻して仕上げ、引渡しを待っていたところ、夢枕に立った大師から再三にわたり「石仏を阿州小松の里に送るように」との霊告を受け、船便に託してこの地に送り届けて来た仏像であり、霊験あらたかなりという。

Img_2774 廃材置場で一休み

Img_2778 山頭火が泊まった宿の長尾屋跡(石碑が立つ)

左の旧家は米屋だろう。

Img_2777昭和14年11月3日の日記

宿に酒は置いてなく、山頭火は数町遠くの酒屋に飲みに行った。「酒好き、酒飲みでないと、とうてい解るまい。」とある。拙者にはよう解るよ。

Img_2780 民宿あづま

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