出雲街道③(三日月宿→佐用宿→平福宿)
2009年6月16日
姫路駅(姫新線)→三日月駅・・・国道179号・・・新橋(志文川)・・・旧道・・・(姫新線)・・・市ノ上交差点(国道179号)・・・旧道・・・薬師堂・・・十二世神社・・・国道179号・・・六地蔵・・・卯ノ山峠・・・太田井橋(千種川)・・・法覚寺・・・旧道・・・国道179号・・・釜須坂・・・佐用坂・・・旧道・(智頭急行電鉄)・・・上町交差点・・・佐用宿・・・上町交差点・龍山神社・・・国道373号(智頭街道・因幡街道)・・・(智頭急行)・・・(中国自動車道)・・・(智頭急行)・・・宮本武蔵初決闘の場・六地蔵・金倉橋(佐用川)・・・天神橋・平福宿・道の駅「宿場町ひらふく」・・・平福駅(智頭急行)→上郡駅(JR山陽本線)→姫路駅
昨日と同じ電車で、乗っている中学、高校生も同じ顔ぶれだ。小間切れ運転で播磨新宮からは佐用行きに乗り継ぐ。この電車も佐用高校の生徒の貸切状態だ。三日月駅から国道179号の卯ノ山峠、釜須坂と2つ峠を越えると佐用宿で、ここが出雲街道と因幡街道の分かれ目だが、佐用宿には宿場の面影はあまり残っていない。
国道373号を北に進み佐用川、智頭急行に沿いながら因幡街道随一の平福宿に向う。戦国時代に城下町から宿場町に生まれ変わり、今も町並み、家並みに往時の面影を残す平福宿をのんびりと一回りする(上の写真は佐用川端からの眺め)。道の駅「宿場町ひらふく」でゆっくり昼食休憩をして、まだ2時前だが今日は早めに切り上げて、智頭急行で上郡へ出て姫路に向った。それにしても暑い日が続く。今日は30度くらいあったようだ。明日は荷物一式背負って万能峠を越えて美作国の土居宿へ入る。まあ暑くても雨に降られるよりはましだろう。
【ルート地図】
写真をクリックすると拡大します。
旧道から国道179号に出たあたりの歩道から。下は姫新線
天神七代、地神五代を祀る神社
ここあたりは新宿という地名で、西の塔垣内には新宿廃寺跡があり、古代の中川駅の地と推定されている。
左に六地蔵の祠
太田井橋の「全国名水百選 千種川」の標柱。昭和60年度の選定。
それほどきれいとは思えない流れだが。「ちくさ」と濁らないのは清流だから?
太田井橋を渡って右に曲がり県道53号を200mほど行くと左に分岐した道脇に道標が立っている。
山崎、千種の方向からすると元は県道53号沿いか、分岐の所にあった道標だろうか?
播磨徳久駅前の交差点から上る国道179号。戦国時代の戦さの攻防に登場する坂だ。
峠を一つ越える感じで、佐用坂が佐用宿へと下って行く。峠に名前はついていないようだ。
釜須坂の坂上から佐用宿へ下る。左に姫新線が通る。
国道179号から離れ、智頭急行電鉄のガードをくぐって左に 入る。
左に「松江藩役所並本陣跡」碑
役所並本陣とは普通の本陣とは違うのか。後ろは佐用町の庁舎。
旧家
平福宿へ国道373号(智頭街道・因幡街道)を北に向う。佐用宿からは5km足らずだ。
右は佐用川
宮本武蔵初決闘の場と六地蔵(金倉橋のたもと) 【ルート地図】の④
時は慶長元年(1596)、金倉橋のたもとで、13歳の武蔵は新当流の達人有馬喜兵衛に初勝負をいどみ一刀のもとに倒したと伝える。また、ここは江戸時代の刑場跡で、供養のために六地蔵が建てられたという。
「五輪書の一節」の碑
利神(りかん)城址(373m)
雲を突く偉容から「雲突城」と呼ばれた。本丸、二の丸、大坂丸などの石垣群が昔の姿を偲ばせるという。40分ほどで登れるようだが、この暑さではご遠慮申し上げた。
下は智頭急行の殿町トンネル
文中に釜須坂が記されている。池田輝政がこの城の見分の途中で釜須坂にさしかかるや、北方の城郭群の偉容さに驚き、引き返して利神城の即刻の破却を厳命したという。もちろん江戸幕府を恐れてのこと。
佐用川から
慶長・元和年間(1596~1623)に現在の町並みが形成され、その後、因幡街道随一の宿場町となる。街道に沿う町並みは昔ながらの姿で、南北に1.2kmほど続く。連子窓、格子戸の平入りの家々、佐用川の石垣に並ぶ白壁の川屋敷、川座敷、土蔵群は平福ならではの景観。
蔀帳(ぶちょう)造りの縁台で土地の老人がくつろいでいる。
平福は利神城の廃城後、松平氏の旗本領となり代官支配となった。この陣屋門は元治元年(1864)に代官、佐々木平八郎が建てたもの。
江戸時代後期から地蔵菩薩を祀り、子授け・子育ての霊験あらかたで、近在近郷、関西方面からもお参りが絶えないという。
牢屋敷跡に建てられたようだ。土日と祝日しか開館していない。
元禄10年(1697)創業の三年熟成の自然醤油に老舗。
本堂は明治6年利神小学校として使われた。
武蔵は父の後妻、よし子に育てられた。武蔵が7歳の時に父が死去し、義母(よし子)は平福へ帰り田住政久の後妻となる。幼少時代の武蔵は当家で養育され、武芸も学んだといわれる。
海の守護神がなぜ平福で祀られているかは不明という。
鳥取池田藩の本陣跡に、陣屋門をイメージした木造本瓦葺きの建物を、平成8年に整備。
中はスサノオ神社のお旅所になっている。
道の駅「宿場町ひらふく」
鈍行しか止まらない。2つ先は武蔵の生まれ故郷の「宮本武蔵駅」
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