出雲街道①(姫路→飾西宿→觜崎宿)
2009年6月14日
姫路駅・・・十二所通り・・・十二所神社・お菊神社・・・光明寺・・・国道2号・姫路城埋門跡・白鷺橋(船場川)・・・西国街道(山陽道)・・・善国稲荷神社・・・琴平神社・・・(姫新線)・・・船越神社・金比羅神社・秩父山公園・・・(姫新線)・・・来法寺・・・下手野の道標・・・国道2号・・・夢前(ゆめさき)橋(夢前川)・・・県道724号(因幡街道)・・・青山の道標・・・教専寺・・・(姫新線)・・・(余部駅)・・・飾西交差点・・旧道・・・飾西(しきさい)宿・・・飾西公園・・・県道5号・・・長池・・・県道724号・・・(山陽自動車道)・・・姫路西IC東交差点・・・車石歯痛地蔵・・・国道29号・・旧道・・・稲荷大明神・・・(国道29号)・吹上橋(大津茂川)・(伊勢茶屋)・・・姫路西霊園・・・追分峠旧道・・・稲荷神社・・・追分の道標・・・県道724号・野部の縁切り地蔵・・・旧道・・・鳥井橋(林田川)・・・荒神社・・・(神岡小学校)・・・素麺神社・・・県道724号・・・そうめんの里・・・(水谷商店)・・・旧道・・・(姫新線)・・・觜崎(はしさき)宿(上の写真)・・・東觜崎駅(姫新線)→姫路駅
大和と出雲を結ぶ出雲街道を西国街道(山陽道)との分岐の姫路から何回かに分けて歩く。播磨国(兵庫県)~美作国(岡山県)~伯耆国(鳥取県)~出雲国(島根県)へと北西に進む古代からの幹線道路で、古くは鉄、租庸調の品々を運んだ道、後鳥羽上皇、後醍醐天皇の隠岐への配流の道、江戸時代には参勤交代の道でもあった。街道沿いの宿場跡に立ち寄りながら、なるべく旧道、あるいはそれらしき道筋を歩きたいところだが、どうなることやら、梅雨の合間の蒸し暑い中を旅立つことにする。
【ルート地図】
写真をクリックすると拡大します。
疫病の流行に里人が苦しんでいたところ、一夜にして12本の蓬(よもぎ)が生え、そこに少彦名神(医薬、病気平癒の神)が現れて、この蓬で疫病を治癒すべしとの神託を下した。すると疫病は止み、里人の病は癒えた。感謝した里人が少彦名神を祀ったという。
「播州皿屋敷」で有名なお菊さんを祀る。東京では「番町皿屋敷」で、落語「皿屋敷」がある。
お菊井戸(姫路城内)
城の南西の隅櫓の門。
白鷺橋を渡って国道2号の一本北側の道に入る。
秩父山公園(60m)の中にある。埼玉の秩父と関連があるのか? 手前は姫新線の踏切。
国道2号からはたいして離れていないが閑静な家並みの道だ。
ここから夢前川に出て、因幡河原(姫新線の鉄橋下あたり)から川を川越人足の歩行渡しで渡っていた。文化8年(1811)には仮橋が架けられた。
円光大師二十五霊場は、法然上人(円光大師)の誕生から入滅までの遺跡地である25霊場のこと。
誕生寺(岡山県久米郡久米南町)は法然上人の生誕地で、津山線の誕生寺駅の北西1km足らず。ここからは100km以上? 《地図》
夢前橋(夢前川)を渡り右へ因幡街道(県道724号)に入り北に向う。
青山の道標 《地図》
安政2年(1855)建立。ここを北上し、飾西宿に入る。
出雲街道は佐用宿までは因幡街道と同じ道筋で、「因伯雲作往来」といった。
「左 備前 九州 金毘羅 宮嶋往来」 「すぐ姫路 大坂 京 江戸 往還」
この先の飾西交差点から右へ飾西宿へ向う。
道標 《地図》
佐伯商店前の三叉路の所
西国三十三観音霊場の第27番書写山円教寺のこと。ここから北東に5、6kmか。《地図》
読めない、情けない。
姫路から一里十八丁(6km程)
右は清酒「寿老」蔵元の鍬田家。酒造蔵の赤レンガ煙突があるはずだが見当たらず。老朽化して取り壊したのだろうか?
伽羅の木で造られているという。
飾西宿の成立は寛永年間(1624~44)で、姫路藩領→龍野藩領→幕府領→相模小田原藩領→幕府領→大坂城代戸田忠寛(下野宇都宮藩)領→幕府領→幕末となる。
宝暦10年(1760)の家数は83軒・人数417人、明治24年には家数102軒・人数514人。
このまま崩れてしまうのか。
姫新線が向こうを走る。
正面の山陽自動車道をくぐる。
姫路西IC東交差点のところ。由来不明
稲荷大明神 《地図》
石段の右脇の、「峯相山寺趾登山口指導標」の石柱。ここから北方向2.5kmくらいに峰相山(244m)、峰相寺がある。
峰相山→とんがり山のルートがあるようだ。
このあたりを伊勢茶屋という。旅人相手の茶屋があったのか。
立て場(人足、駕籠かきなどの休憩所)があったのもこのあたりか。
姫路西霊園(右)に沿って上る。舗装された道が続くと思いきや、いきなりフェンスが立ち塞がる。
行き止まりかと思った。鍵は掛かっておらず、「立入り禁止」にもなっていない。かまわず直進だ。この先に道が続いていることを願うのみ。
街道の両側には石積みが残っているというが、左の柵の中は石積みだったか?
追分自治会の注意板が付いている。
旧道らしき家並みに入る。
稲荷社 《地図》
近くに茶屋前池がある。
正面に追分の道標が立つ。ここまでの道筋は正解だったようだが。
「左 作州 雲州 道 東觜崎 千本 三ケ月」が出雲街道で、觜崎・千本・三ケ月(三日月)は宿場名。
北に因幡、伯耆へ向う道でこれも因幡街道。出雲街道と一緒に進み、佐用宿から北に平福宿、大原宿へ向う因幡街道が一般的か。
縁切り地蔵 《地図》
由来の初めは男女の縁で、賭け事、酒など諸事の悪縁を切ってくれるという。
鳥井橋(林田川)を渡って右に川沿いに曲がったところ。荒神社の脇に道標が立つ。
「右 姫路 書写 神戸 大阪 すぐ 林田 安志 道」
「右 林田 安志 左 因? 雲? 道」で左が出雲街道のルート
素麺神社 【ルート地図】の④
播州手延素麺「揖保乃糸」の守護神。そうめん業者の信仰が厚く、例祭では夏の猛暑と商売繁盛を祈るという。
素麺は食べるから猛暑を祈るのは止めてほしいよ。
日曜で館内は混んでいた。暑い中を昼飯も食べずにここまで歩いてきてかなりバテた。冷やしそうめんで遅い昼食とする。
飾西宿から二里十八丁(9.8km程) 揖保川をはさんで東岸を觜崎宿村(現龍野市)とい、飾西村からの荷物を継ぎ立て、西岸の觜崎村(現新宮町)は千本駅からの継ぎ立てを行った。
揖保川に沿って左岸に連なる山並みが鶴の嘴(くちばし)のように見えることから、この山を鶴嘴山といい、その嘴にある村を觜崎(はっさき)というようになったそうです。「嘴崎」でなく「觜崎」と口遍を削ったのは何故なのか?
本陣より立派に見える。
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