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2009年7月 1日 (水)

出雲街道④(佐用宿→土居宿)

2009年6月17日

姫路駅(姫新線)→佐用駅・・・旧道・・・(姫新線)・(佐用川)・・・国道179号・・・ふれあいの里上月・(上月駅)・・・金屋橋(幕山川)・・・(姫新線)・・・判官橋(大日山川)・・・万能峠(兵庫、岡山県境)・・・万の台団地・八咫鏡発掘の地)・・・(姫新線)・・・出合川・・・土居小学校(土居廃寺跡)・四つ塚・・・旧道・・・(姫新線)・・・梅香塚・・・万ノ乢(旧万能峠・播磨国と美作国の境)・・・土居宿・・・美作土居駅(姫新線)→津山駅

 佐用から早瀬、上月と国道179号を進む。判官橋を過ぎたあたりから上りとなって大きなカーブを繰り返しての万能峠へ着く。車の通行も少なく、思っていたほどの高さでもない。今日も晴天で暑い。旧道の万ノ乢(たわ)から移された地蔵さんの前へ座り込んで小休止。日影で涼しく、後は土居宿まで下って行くだけなので気が楽だ。

 慶長9年(1604)に津山藩主の森忠政が万ノ乢越えに変更するまでは出雲街道は万ノ乢の北の杉坂峠を越えて美作国へ入っていた。後鳥羽上皇、後醍醐天皇が隠岐へ流された時も杉坂峠を越えたのだ。ちょうど佐用からの県道365号、中国自動車道のルート沿いに上福原、江見に通じていたのだろう。時代によりいくつもの改変はあるが、①杉坂峠(古出雲街道)→②万ノ乢(旧出雲街道)→③万能峠(国道179号)で、北から①③②の順に並んでいる。高さは③→①→②だろう。美作側から万ノ乢までは距離も短く、さほど高さも感じられない。播磨側から万ノ乢までの道が荒廃して、途切れてしまっているのはなんとも残念だ。

 万能峠から下る途中、迷いながら何だか妖しげな「八咫鏡発掘の地」に寄ってみる。このあたりの傾斜地は宅地に開発され何本も新しい道が造られているが住宅はまばらで、あまりなじめない所だ。国道179号に戻ってしばらく下り、国道から離れ土居宿へ下る。土居小学校の前には大きな「土居宿の案内図」が掛かっていて頭に叩き込もうとするが、この縮み上がった脳細胞では無理というものだ。だがありがたいことに、四つ塚の所で街道歩きの自分を見つけ自転車で追いかけて来たおじさんから『出雲街道土居宿マップ』(それも2枚)を頂く。大きな分かりやすい地図で、裏面の『作東町内出雲街道マップ』には「警固役坂」があるではないか。坂道散歩としては嬉しい限りで、明日の楽しみが一つ増えた。

 草の露に足元を濡らしながら旧道を万ノ乢まで上って引き返し、土居宿を散策する。晴れて明るい昼下がりの町中は閑散としてひっそりと静まりかえっている。リュックを背負い、カメラと地図を持ってキョロキョロと町並みを行く自分は全く別世界からやって来た人間のように思えてきた。今日の予定は土居宿の西惣門までで、美作土居駅のそばだ。姫路からはだいぶ離れたので今日と明日は津山に泊まる。まだ電車の時刻まで1時間近くある。姫新線の線路を跨ぎ墓地の間を福城跡に上り始めたが、暑いのとすぐに急坂となり止めにして、墓地の日影で寝転んで休憩にした。明日はここから江見に向かい、途中から古出雲街道の杉坂峠へ行く予定だ。江見から楢原に抜ける道筋にも自信がなくちょっと不安でもあるが天気も良さそうだしなんとかなるだろう。

 美作土居駅から津山駅までは40分ほどだ。ホテルから晩飯(晩酌か)を食いに出かけたが駅前の商店街や今津屋橋を渡った「ごんご通り」もシャッターを降ろした店が多く、「売り店舗」の貼り紙の建物もある。時間のせいなのだろうか、昼間は賑やかなのだろうか。薄暗い通りは物寂しい。まあ昨今どちらにもある商店街風景ではあるが。幸い、いい食堂を見つけた。今日と明日、そして次回の出雲街道歩きも津山を基点とする日が何日か続く。この食堂とはしばらく付き合うことになりそうだ。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_3852 智頭急行電鉄

上郡行きの普通電車

Img_3863 佐用川沿いに旧道を進む。

Img_3864 小橋を渡って国道179号へ

Img_3865 壱本松旅館

このあたりに一本松の一里塚があるはずだが見当たらず。

Img_3867 何のモニュメントか

このあたりは早瀬地区

Img_3870 いい感じの坂が右方向に上っている。

Img_3871坂名はあるのか?

Img_3877 ふれあいの里上月 【ルート地図】の①

上月駅そば

Img_3880 上月体育館

Img_3883 金屋橋(幕山川)

Img_3887 車も少なくなる。

Img_3890 姫新線の踏切を渡る。

Img_3898 国道から離れ立派な家並みの道に入る。

Img_3899 雑草に覆われた小堂

Img_3902 集落の中を行く

このあたりは越田和というようだ。

Img_3905 国道179号に出ると田んぼの向うに鳥居が。

Img_3906 大避神社

この先で判官橋を渡る。地名も判官だ。判官とは誰のことなのか?

Img_3923 万能峠への上り

Img_3927 万能峠 【ルート地図】の②

左の地蔵堂は旧道の万ノ乢(たわ)にあったものがここに移された。

Img_3928 地蔵さん

Img_3929 峠から下って美作国(岡山県美作市)の土居宿へ

Img_3934 途中にこんな看板が

行ってみることにする。

Img_3939八咫の鏡発掘の地

皇位の正当性を象徴する三種の神器(鏡・剣・玉)の一つ。ここから万ノ乢は近いが道は通じていない。

Img_3937 由来

回りくどい、責任逃れの文章だ。安徳天皇と後南朝とはどういう繋がりがあるのか。赤間神宮の宝物の中にこの鏡の記載はない。もしも本物であれば一番目に記載されるはずだ。「安置」されずに倉庫の片隅にでも眠っているのだろうか。

Img_3938 これが発掘された八咫の鏡(模型)の裏面

現品は安徳天皇を祀る山口県の赤間神宮に奉献し、安置されているというが・・・。

Img_3944 土居宿には国道179号と分かれ直進する。

Img_3950土居宿へ下る坂

Img_3955 土居小学校(左)は白鳳期の土居廃寺跡

Img_3959 案内図(左半分)

今はこのような宿場の家並みの面影はない。

Img_3958右半分

Img_3960 四つ塚(左奥)・安東鉄馬の碑(右) 【ルート地図】の④

活動資金集めを強盗と間違われ、自刃した4人の間抜な勤皇志士の墓。安東鉄馬は幕末の地元の勤皇志士。4人もいて何故きちんと説明できなかったのか。きっと強盗まがいのことをやったのだろう。

Img_3964 由来

Img_3968 四つ塚の向うを姫新線が通る。

佐用行きだろう。

Img_3999 万ノ乢(旧出雲街道)への途中から土居宿方向を振り返る。

Img_3977 姫新線の踏切を渡り、万ノ乢へ上る。

峠からの播磨の方への道は荒れて途切れているので、この道もあまり通られていないようだ。下草が生い茂り、水滴で靴の中まで濡れてしまった。峠から引き返すだけの道だと、ここも荒れてきて廃道になってしまうのでは。なんとか播磨側の道も整備して出雲街道を復活させたいものだが、まあヤル気も金もないだろう。

Img_3979 右に梅香塚

Img_3982 梅香塚

寛政5年(1793)建立の芭蕉の歌碑

「むめ(梅)が香にのっと日の出る山路かな」

Img_3981 説明板

Img_3985 峠は近い

Img_3987 萬ノ乢(タワ) 【ルート地図】の③

標高は万能峠より低い。この地方には「一の乢」・「出雲乢」・「杉が乢」・「嵐が乢」と乢が多い。秩父の武甲山近くにも「タワ尾根」、「ウノタワ」があるが、漢字は使われていない。「たわ(撓)んでいる所」と思っていた。

Img_3990 念仏供養碑

宝暦14年(1764)建立

Img_3989 播磨国側へ下りてみる。

Img_3993 雑草で覆われてこの先、道は不分明。

Img_4001 土居宿東惣門跡あたり(佐用宿から土居宿まで3里)

万ノ乢を越えて東惣門から土居宿へと入った。

Img_4004 脇本陣(亀井屋)あと

Img_4009 土居宿の家並み 【ルート地図】の⑤

Img_4012 御旅所

土居子安八幡神社の大鳥居があった所

Img_4014宿場町資料館標識

Img_4013 上の案内標示があるが、「老人共同作業所」になっている。

Img_4028 本陣跡

今は普通の民家になっている。

Img_4022 本典寺(左)・幸福寺薬師堂(右)

本典寺には寺子屋が開かれた。

Img_4020 役所稲荷

土居代官所跡

Img_4041 福城跡

正面山頂

Img_4040 説明板

Img_4025 旅館泉屋跡

ここで勤皇志士の一人、千屋金策がここで自決した。ここまで金策に来て強盗に間違われ自決とは。シャレにもならない。

Img_4026 泉屋後の建物

Img_4024 人馬問屋跡

Img_4031 西惣門へ向う

東惣門から西惣門までは720mほど。

Img_4033 西惣門(復元)

向こう側に「四つ塚志士顕彰碑」

Img_4034 説明板

Img_4047西惣門から出雲街道土居宿の家並み

むろん門は出雲街道上にあった。

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勝手に 稲田機械から土居まで
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34.983749, 134.275148
34.985202, 134.273166
一本松には18年くらい前何度か泊まったことがあり
、裏に何かの碑があったように思います。
それではまた

投稿: ねこ丸 | 2017年4月19日 (水) 20:11

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