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2009年10月18日 (日)

中山道(中津川宿→大井宿)

2009年10月11日

Img_9981 中津川駅(JR中央線)・・・旧中山道・・・茶屋坂・・・中津川宿・・・四ツ目川橋・・・中津川橋・・・石屋坂・・・駒場村の高札場跡・・・東山道道標・・・米田川石柱・・・中山道道標・・・上宿橋(前川)・・・小手ノ木坂・東山道坂本駅あたり・双頭一身道祖神・・上宿(中津)の一里塚跡・・・中山道上宿休憩所・・・会所沢の石仏群・・・小石塚の立場跡・嵐讃岐供養塔・・国道257号・19号合流点・・・六地蔵川・六地蔵石憧・・・坂本八幡宮参道・千旦林学校跡・・・千旦林村の高札場跡・・・東巣橋・・東巣橋馬頭観音・・・弘法大師堂・・・中平神明社・・・将監塚・・・三ツ家の一里塚跡・・・馬頭観音・・・馬の水飲み池・・・坂本立場跡・坂本坂・・・坂本橋(坂本川)・・・坂本観音堂・・・尾州白木改番所跡・・・茄子川小休止所篠原家(茶屋本陣)・秋葉道常夜灯・・・石拾坂・茶屋跡・茄子川焼跡・・・中山道碑・・・(恵那市)・広久手坂・馬頭観音・・・岡瀬澤の永代燈・・・筋違橋(濁川)・・・庚申塔・・・甚平坂・馬塚・犬塚・甚平坂公園・根津神社・・・関戸一里塚跡・・・正善寺前・県道401号・・石塔坂・長石塔・・・寺坂・(中央自動車道)・菅原神社・旧道・・・上宿石仏群(痰切地蔵・徳本碑)・・・山本用水・・・(明智鉄道線)・・・南無阿弥陀仏の碑・・・五妙坂大井宿・高札場跡・・・上横橋・・・延寿院(横薬師)・・・大井宿本陣跡・・・市神神社・・・白木番所跡・・・阿木川(大井橋)・・・恵那プラザホテル

 熊谷宿から37の宿場を中抜きして、中津川宿から美濃の中山道を歩く。なぜか、坂が多いからだけの話。名古屋から中央線に乗り換え、ちょうど昼頃に中津川駅に着く。快晴で気持ちのいい日だ。茶屋坂を下って新町交差点を渡ると、古い造りの店の中に人だかりができている。日曜で中山道歩きの人たちかと思いきや、「すや」で栗きんとんを買う客たちだった。そういえば駅前には、「栗きんとん発祥の地」碑が立っていたっけ。

 四ツ目川を渡り中津川宿の中心部に入る。中山道歴史資料館に寄ってみたが、310円の入場料の割には展示の内容は物足りなく感じた。古い家並みの残る宿を抜け、中津川を渡り、名号碑や馬頭観音が並ぶ石屋坂を上る。高札場や道標を見ながら上宿橋を渡ると小手ノ木坂の上りとなる。坂上の石造物群の中に、双頭一身道祖神がある。双体は珍しくないが、双頭を見るのは初めてだ。すぐ先の小公園が上宿一里塚跡で子どもの遊び場になっている。

 1kmほど行くと左に小石塚の立場跡と右に嵐讃岐の供養塔がある。そのすぐ先の国道257号と19号の合流点を抜け、六地蔵石憧が立つ集落の間の静かな道を進み、坂本八幡宮の参道の先で左に旧道へ入る。陽射しを正面方向から浴びで半袖でも暑いくらいだ。坂本立場跡からちょっといい雰囲気の坂本坂を下る。(上の写真) 茶屋本陣の篠原家を過ぎて石拾坂を上ると、中山道の碑が立つ先で広久手坂となり恵那市に入る。筋違(すじかい)橋を渡り、根津甚平ゆかりの甚平坂を上る。坂上に小さな根津神社があり、ここからは大井宿へと下って行く。

 石塔坂を下り途中で県道から離れ、菅原神社の前の石段坂の寺坂を下り、明智鉄道のガードをくぐって五妙坂を下ると横薬師の延寿院に出る。ここを左へ曲がると本陣跡で、大井宿の中心部へ入って行く。古い家並みの間を枡形を右へ左へ進み、広重の中山道の絵の掛かる大井橋の所で今日の終点とした。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9793 中津川駅前の「栗きんとん発祥の地」碑

Img_9799 茶屋坂(坂上、落合宿方向) 【ルート地図】の①

高札場、常夜灯、庚申塔、二十三夜塔、成田不動尊の小祠が並ぶ。

Img_9805 左から右へカーブして旭ケ丘公園の方へ上って行く。中津川宿へは淀川町へと下る。

Img_9803 高札場説明板

Img_9816 栗きんとんの「すや

もとは元禄年間に江戸から下ってきた武士が始めた酢の店、「十八屋」だったそうだ。9月から2月の限定販売。

Img_9819 間(はざま)家大正の蔵

従来の土蔵づくりと明治以来のコンクリ-ト工法が混在した珍しい建物。大正3年の建築。

間家は尾張徳川家の御用商人で、白木、白木製品、塩の販売で当時東濃随一の豪商といわれた。

Img_9820 往来庭

小休憩所になっている。

Img_9826 四ツ目川橋から

左奥は恵那山(2189m)だろう。

Img_9829 秋葉神社(左の小祠)

ここあたりが中津川宿の中心部

Img_9828 説明板

Img_9830 隣りの旧商家は廃屋か?

Img_9831 中山道歴史資料館(本陣跡向い側)

ここは脇本陣森家跡

Img_9833 中津川宿説明板

Img_9834 本陣跡

建物は残らず駐車場になっている。

Img_9835 説明板

Img_9836 本陣間取り

Img_9839 脇本陣森家土蔵(復元)

奥の「上段の間」が「明治天皇行在所跡」だろう。

Img_9843 庄屋・脇本陣肥田家

現在は曽我家住宅

Img_9842 正面奥が中山道・本陣跡

Img_9847 説明板

Img_9853 十八屋(間家)

隣りは栗きんとんの「川上屋」。柿の美きんとんもある。店の右脇に「右 木曽路」の道標が立っている。

Img_9852 説明板

Img_9856 太田薬局(吉本屋)

屋根に卯建(うだつ)が上がる商家。

Img_9855 説明板

Img_9858 はざま酒造(地酒「恵那山」の蔵元)

ここは中津川宿の西口の下町で、中津川を渡り宿を抜けて行く。

Img_9860 説明板

Img_9866 中津川橋から

歌川広重の『中津川の情景)』

Img_9868 追分

石屋坂(正面左へ上る)・右は津島神社参道(駒場(こまんば)道)

正面に「津島神社参道」の石柱が立つ。

Img_9871石屋坂 【ルート地図】の②

右に名号碑と馬頭観音(3)が並んでいる。

Img_9875名号碑、馬頭観音

Img_9882 駒場村の高札場跡

Img_9883 東山道道標

東山道は古代、近江と陸奥を結ぶ官道で、駅は四里ごとに置かれる官用の人馬の継ぎ立て場。東山道は土岐駅から大井駅を経て坂本駅に入り、神坂峠を越えて信州阿智駅へ向った。

Img_9887 中山道道標

Img_9893 小手ノ木(こでのき)坂 《地図

正面の石段、左から回り込む未舗装の道、右にも車道あり。

Img_9892 小手ノ木坂

Img_9895 坂本駅説明板

Img_9899道標

苗木道は苗木城跡へ通ずる道

Img_9898 小手ノ木坂上の石造物群

Img_9903 双頭一身道祖神

右肩に「是より苗木道」とある。もとは苗木道との分岐に置かれていたのだろう。

Img_9902 説明板

Img_9908 上宿の一里塚跡

塚上には、「中津一里塚址」の石柱が立っている。

Img_9906 説明板

Img_9911 中山道上宿休憩所

四国遍路道の「お遍路休憩所」を思い出させる。

Img_9914 会所沢の石仏群

Img_9915 祠内

Img_9923 小石塚の立場跡 《地図

Img_9926 嵐讃岐の供養碑

この先で国道257号が国道19号に合流する。

Img_9925 説明板

Img_9928 説明板

Img_9929 JRと国道の間を抜けて行く。

Img_9936 六地蔵石憧

Img_9937 説明板

Img_9931 付近の案内図

Img_9944 坂本八幡宮参道 《地図

千旦林学校跡(左)

Img_9943説明板

Img_9945 千旦林村の高札場跡

Img_9951 東巣橋馬頭観音

Img_9957 弘法大師堂

Img_9960 中平神明神社説明板

Img_9963 けっこう急な参道

Img_9962 こんなに小さな社とは

旧道に戻ったらズボンに何かの植物のとげのような種子?がビッシリ刺さって取るのに一苦労した。

Img_9964 三津屋の石仏群

Img_9932 付近の案内図

Img_9969 将監塚跡(左)

写真は中津川宿方向

Img_9966 説明板

Img_9970 三ツ家の一里塚跡

Img_9974 三津屋の馬頭観音

Img_9976 馬の水飲み池

Img_9977_2 坂本坂・坂本立場跡(右) 【ルート地図】の③

Img_9984 坂の途中の石仏群

Img_9990 坂本観音堂(坂本坂の坂下)

地元や中山道の往来人の信仰が篤かった延享2年(1745)建立の馬頭観音が祀られている。

Img_9992 由来

「坂本坂」が載っている。

Img_9996 尾州白木改番所跡

Img_9997 説明板

Img_0008 茶屋本陣篠原家(茄子川小休所)

Img_0006 説明板

Img_0012 茄子川村説明板

Img_0010 秋葉山道常夜灯(安永5年(1776))建立

遠州秋葉道の分岐点

Img_0019 石拾坂

いしひろい坂?・せきじゅう坂?

Img_0022 地図に「石拾坂」がある。

Img_0023 坂上近く

左に馬頭観音と地蔵

Img_0026 茄子川焼説明板

Img_0031 中山道碑

「是より大井」とある。

Img_0033 広久手坂 《地図

「くて」とは湿地帯のこと。大井宿→大湫(おおくて)宿→細久手宿と続く。

右に馬頭観音

Img_0036【坂標】

Img_0035 坂下方向(中津川宿方向)

Img_0044 永代燈(左)・中山道岡瀬沢碑(右)

Img_0043 説明板

Img_0053 庚申塔

Img_0052 説明板

Img_0055 甚平坂 【ルート地図】の④

源頼朝の家臣、根津甚平に由来する坂で、①子授け「妊(はらみ)観音 ②「八重羽のきじ」退治伝説がある。

Img_0058 馬塚

Img_0062 甚平坂説明板①

Img_0063

ここには子授けの「妊(はらみ)観音」(長国寺)伝説が記載されている。

Img_0065 犬塚?

Img_0064 説明板

根津甚平の「八重羽のきじ」退治伝説で、馬と鷹と犬を供に、化け鳥のきじを追いつめたが犬と馬は力つき倒れた。その後、甚平と鷹はどうなったのか、桃太郎の鬼退治ようにめでたく、きじ退治とはならなかったようで、伝説、昔話としては変わっている結末だ。怪鳥のきじは今も飛び続けているのかも。

Img_0066 坂上方向

右は甚平坂公園

Img_0068 坂上近く

左に根津神社

Img_0073 根津神社

右が関戸宝篋印塔で、根津甚平の墓、供養塔という。

Img_0071 説明板

「八重羽のきじ」伝説が記載されている。ここでは鷹も倒れたと書かれている。馬は出てこない。

Img_0074 関戸の一里塚跡

Img_0080 長石塔(右・寺坂の坂上あたり)

長国寺の住職が建てた平和祈願の石柱

Img_0084 石塔坂(県道401) 《地図

正善寺前を下る県道401号。

Img_0086 菅原神社

Img_0091 寺坂

菅原神社前から下る旧道の石段坂。

Img_0097【坂標】

Img_0094 馬頭観音

上宿の8人の女講中が建てたもの。

Img_0101 上宿の石仏群(寺坂の途中)

痰切(たんきり)地蔵や徳本の碑などが並ぶ。

Img_0098 説明板

Img_0100 痰切地蔵

Img_0104 山本用水

Img_0103 説明板

Img_0108 南無阿弥陀仏碑

Img_0107 説明板

Img_0111 五妙坂 【ルート地図】の⑤

寺坂から続いて大井宿の中心部へ下る坂。

Img_0112【坂標】

Img_0114 坂上方向

大井宿高札場(左)

Img_0113 説明板

Img_0118 延寿院横薬師

Img_0123大井宿本陣跡 《地図

Img_0124

Img_0122 説明板

Img_0130 中山道ひし屋資料館(庄屋古山家)

屋号が「菱屋」だった。

Img_0129 説明板

Img_0131 大井宿の家並み

奥に本陣・右が中山道ひし屋資料館

Img_0134 宿役人の林家

Img_0133 説明板

Img_0136 下問屋場跡

Img_0143 庄屋古屋家

Img_0141_2 説明板

Img_0154 長屋門

もとは本陣の脇門で、明治になって庄屋の古屋家に移された。

Img_0146 市神神社

Img_0147 由緒

Img_0150 白木番所跡あたり

Img_0149 説明板

Img_0151 恵那峡弘法大師八十八所霊場

戦争で八十八ヵ所は未完成とは・・・。

Img_0158 大井橋から

欄干に広重の中山道の絵が掛けられている。

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