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2009年11月10日 (火)

天覧山・多峰主山

2009年11月6日

Img_0405_3飯能駅(西武池袋線)・・・久下稲荷神社・・・入子地蔵堂・・・秋葉神社・・清水坂・・飯能河原(入間川)・水天宮・豊川陀枳尼(だきに)真天神社・・松葉坂・松葉庚申(堂)・・・岩瀬橋(入間川)・・・大六天神社・(伝)畠山重忠の墓・・・見返り坂①(車返しの坂)(跡)・・・観音寺・・・諏訪八幡神社・・・飯能市郷土館・・・能仁寺・・・十六羅漢・・天覧山(195m)・・・(見返り坂ルート工事中迂回)・・・見返り坂分岐・・・見返り坂②・飯能笹・・・鎖場・・・多峰主(とうのす)山(271m)・・・御嶽八幡神社①・・・石の鳥居・・・鉄の鳥居・・・御嶽八幡神社②・・・八坂神社・・・本町・・・飯能駅

 飯能市立図書館の手前から清水坂(上の写真)を下り飯能河原へ出て、松葉坂を上り岩瀬橋まで行き、見返り坂①ゆかりの畠山重忠の墓(大六天神社の板石塔婆)などに寄りながら天覧山を目指す。

 平日だが駅から近い手軽なハイキングコースは天気も良く、中高年や地元の小学校、幼稚園の子どもたちで賑やかだった。天覧山から少し下って、常盤御前ゆかりの見返り坂②を上るはずだったが工事中で迂回する。やっぱりあきらめきれずに多峰主山の方から見返り坂の方へ下ってみる。坂下の飯能笹の所まで行けて正解だった。引き返して多峰主山で一休みし、御岳八幡神社へ下り飯能駅に戻った。ちょっと物足りないコースだが、快晴の中、ゆっくりのんびり気分のいい散歩だった。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0178 久下稲荷神社

創建年代は不明、寛永13年(1636)再建という旧久下分村の鎮守。

Img_0181 (子育)入子地蔵堂

入子とは八代将軍吉宗の頃、無実の罪で投獄されたが、日頃の地蔵への信仰から疑いが晴れ、感謝に地蔵菩薩を建立したという入子弥兵衛のこと。「入子」が「子育」とつながるのだろう。

『飯能の民話・伝説』の「入子地蔵

Img_0185 由来

Img_0183 入子地蔵

Img_0406 清水坂(坂上方向) 市立図書館の手前から飯能河原へ下る坂。 【ルート地図】の①

Img_0408 飯能河原

Img_0411 水天宮(飯能河原)

飯能水天宮、河原町水天宮とも呼ばれる。水難防止、安産などのご利益あり。

Img_0413 豊川陀枳尼(だきに)真天神社

豊川稲荷の分社

Img_0425 松葉坂(坂上方向) 【ルート地図】の②

傾斜はゆるい。

Img_0428 坂上方向

右に「松葉庚申」の小祠

Img_0429 松葉庚申塔

馬頭観音のようにも見える?

Img_0433 岩瀬橋から吾妻峡方向

Img_0441 周辺地図

大六天神社が左上にあるが分かりにくい。飯能西中学校の南側を何度も行ったり来たりしても見つからず、怪しまれるのではと思い諦めそうそうになった。道には面していない。

Img_0436 大六天神社 【ルート地図】の③

祠の後ろの樫の木の根元にある2基の板石塔婆が「畠山重忠の墓」と伝えられている。

Img_0437 石塔婆

Img_0439 説明板

「相州二俣川で討死し、その地に葬られている。」とあるが、「畠山重忠の墓は各地にある。『畠山重忠辞典』の「ゆかりの地」参照。

Img_0442 見返り坂①(跡) 松葉坂の坂下あたりから県道に上る急坂。 【ルート地図】の④

もとは説明板にある「飯能の車返しの坂」と呼ばれていた急坂で、飯能河原の元の丸木橋だった岩瀬橋(今の橋よりも少し下流)あたりから上っていた坂だろう。今は坂下は店などが並び河原へは通じていない。

『飯能の民話・伝説』の「見返り坂と重忠の墓」に由来話が載るが、見返り坂は今はない坂としている。また清水坂、松葉坂の記載もある。

Img_0443_2 坂上方向

Img_0195観音寺

武蔵野三十三観音霊場第24番札所。武蔵野七福神の寿老人(左の福聚殿に祀られている。)

天狗地蔵」(飯能市郷土館の「入間川の筏流し」の記事の中に由来と写真が載る。)を探したが見つからず。移転した飯能幼稚園にあるようだ。

 『飯能の民話・伝説』の「天狗地蔵

Img_0191 説明板

Img_0190 飯能鬼子母神(観音寺境内)

手にザクロを持ち、胸に子を抱く、ふくよかな鬼子母神。

Img_0189 説明板

Img_0201諏訪八幡神社

境内に丹生神社と武蔵野七福神の飯能恵比寿神社がある。

Img_0202 馬頭観音

後ろは飯能市郷土館

Img_0205 天覧山、右下に能仁寺山門

Img_0208 能仁寺山門

Img_0210 本堂

Img_0213 手入れが行き届いた広く明るい境内

Img_0212 飯能戦争の「唱義死節」(義を唱え節に死す)碑

能仁寺を本営とした振武軍と官軍の明治維新の戦の記念碑。

Img_0211 説明板

Img_0218 不動堂内

矜羯羅(コンガラ)童子(右)、制多迦(セイタカ)童子(左)を従えた、文化10年(1813)造立の「開運青不動」、昭和54年に修復されて色鮮やか。

Img_0214 由緒

Img_0222 案内図

Img_0228 十六羅漢

徳川五代将軍吉宗の生母、桂昌院が寄進したもの。新しい石仏も混ざっているようだ。

愛宕山→羅漢山→天覧山と名が変わった。

Img_0229 様々な表情の羅漢が並ぶ。

Img_0233

Img_0231 首がなくなって後から乗せたのか?

Img_0226 説明板

Img_0240 天覧山(195m)から

『飯能の民話・伝説』の「逃げた天狗

Img_0238 説明板

Img_0247 工事中で迂回コースをとって多峰主山へ向う。

Img_0268 多峰主山は近いが、ここから行ける所まで見返り坂の方へ下りてみる。

Img_0254 見返り坂を下って飯能笹の所へ出る。

Img_0252 「見返り坂と飯能笹」説明板

Img_0256 この先天覧山方向は工事中。見返り坂を歩けたので満足。

Img_0258 見返り坂を上り返す。【ルート地図】の⑤

Img_0260 振り返っても常盤御前が見たといういい景色は広がらない。

Img_0265 緩やかになってさっきの分岐点は近い。

幼稚園の子供達が先生と一緒に下りて来た。工事中の所を迂回する道があるのだろう。

Img_0276 多峰主山直下の鎖場

大人は左の石段を上るのだ。

Img_0273 「クサリ場」は子供専用だよ。

Img_0283 山頂(371m)の経塚

Img_0277 説明板

Img_0279 山頂から

「多峰主」の由来は、多くの山の主峰。とう(峠、尾根)の一番高い位置。峠の語源タワ、トウの主(ぬし)でノスはその訛り。

出雲街道には万ノ乢(タワ)・目木乢・杉ノ乢・嵐ケ乢などがある。

Img_0280『飯能の民話・伝説』のダイジャラボッチャと多峯主山

Img_0292 御嶽八幡神社①

Img_0291 説明板

Img_0298 ごつごつした石段を下って石の鳥居をくぐると平坦な道になる。

Img_0300 鉄の鳥居を抜けると一般道に出る。

Img_0301 御嶽八幡神社②

Img_0446 八坂神社

小さな社だが、『飯能の民話・伝説』の「お天王さまのおはなし」の八坂神社はこの神社か?

Img_0447 本町の旧家

Img_0448 米屋

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