赤山街道-1(大宮道①)
2009年12月14日
新井宿駅(埼玉高速鉄道)・・・日光御成道(県道105号)・・・花見地蔵・・・県道161号(越谷鳩ヶ谷線)・・・赤山交差点(県道239号・首都高速川口線)・・・曲輪バス停・・・赤山陣屋跡(赤山城跡)・・・東京外環自動車道・・・日光御成道・真乗院・・・東北自動車道跨線橋・・・県道103号・・・木曽呂阿弥陀堂・・・山口橋(見沼代用水東縁)・稲荷神社①・・・水神社・八丁橋(芝川)・・・見沼通船堀・・・鈴木家住宅・・・大聖不動尊・・・稲荷神社②・・・附島氷川女体神社・附島橋(見沼代用水西縁)・稲荷神社③・・・県道235号・・・東浦和駅(JR武蔵野線)・・・旧道・・・大間木氷川神社・・・清泰寺・・・(県道235号・国道463号)・・・庚申塔・・・高野家離座敷・・・(国道463号)・・・報徳院・・・三室南宿庚申塔・・・馬頭観音道標・富士塚(大東北公園)・・・(県道64号(さいたま岩槻線))・・産業道路(県道35号)・・・旧道・赤山通商店街・・・中山道合流点・・・与野駅(JR京浜東北線)
赤山街道は関東郡代伊奈氏の赤山陣屋敷(川口市赤山)から、それぞれの支配地、治水・利水等の事業地まで延びていた道のこと。『赤山街道調査報告書Ⅰ~Ⅲ』に従い、大宮道、越谷道、千住道の3つの道筋をたどる。大宮道は赤山陣屋から北西方向に中山道を越えて永田陣屋までの道のりで、今日は中山道との合流点の与野駅までの行程。新井宿駅から少し遠回りして日光御成道沿いの花見地蔵に挨拶をしてから赤山陣屋跡へ向う。広大な赤山陣屋跡の西半分をざっと回り、日光御成道から赤山街道の大宮道を歩く。
*参考:『赤山街道総合調査報告書Ⅰ(大宮道をたどる)』(川口市教育委員会)
【ルート地図】
写真をクリックすると拡大します。
花見地蔵 《地図》
大きい地蔵さんは宝永3年(1706)の銘がある。
今日は北堀から西堀、北西堀あたりを通り、外環道をくぐり日光御成道から赤山街道の大宮道をたどる。
こちらは城跡
こっちは陣屋
伊奈家の姫と龍にまつわる伝説があるという。
台石正面に「南 江戸本郷道」、右側面に、「東 江戸あさ草道」、左側面に「北 いわつき道」
堂内には三体の石像が並ぶ。何の像なのか? このあたりの石神という地名と縁があるのか?
東北自動車道を越える 《地図》(跨線橋あり)
六地蔵の向う隣に猿田彦大神道標がある。
正面に「北 大門江二十八丁 岩つき江三里 秋葉江六里」・「東 新町江八丁 創価江ニ里 千住江四里 こしかや江ニ里」・「西 かねさきふしへ壱丁 浦和江ニり 大宮江三リ」
右側面に、「南 前川観世音へ三十丁 はとがやへ三十丁」
左側面に、「日本はしへ六里」
大門は日光御成道の大門宿、新町は御成道の新町交差点あたり、創価は日光街道の草加宿、「かねさきふし」は通称「木曽呂の富士塚」、前川観世音は川口市前川の観福寺のことだろう。
手前は見沼代用水東縁。境内に不動明王塔道標があるというが見当たらず。
「一の関」から「ニの関方向」
芝川(八丁橋から)
不動像は見えず。
附島氷川女体神社 《地図》
大間木氷川神社 《地図》
左が赤山街道
武田信玄の娘、見性院の墓と351基の庚申塔がある。
垣根のように並ぶ349基の文字庚申塔。青面金剛庚申塔1基、自然石の庚申塔1基。
高野長英をかくまった所という。
農家のようだ。
本堂は別の所にあるのだろうか?
「さるまん塚」と呼ばれる上に立つ。
赤山陣屋へ向う方
与野、大宮方向
馬頭観音道標 《地図》
右側面「右江戸はとがや 左大宮与野」、左側面「左宮本 なんぶ」
宮本は芝川の見沼大橋近く、「なんぶ」は見沼代用水東縁と日光御成道の間の総持院のある南部領辻のことだろう。
文化14年(1817)建立。
今はあまりぱっとしない商店街だ。
右に浦和宿と大宮宿の間の半里塚跡といわれる大ケヤキが立つ。(2010年5月19日に倒木の危険があるとして、伐採されてしまった。与野駅の改札口前に大ケヤキの幹の輪切りが保存され、西口広場には後継樹が植えられている) 『中山道(浦和宿→上尾宿』に記載。
今日はここまで。
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