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2010年1月26日 (火)

日光西街道(壬生通)④(板橋宿→今市宿→)・日光街道(鉢石宿→日光東照宮)

2010年1月22日

Img_6346 宇都宮駅(JR日光線)→下野大沢駅・・・日光西街道(国道121号)・長坂・・・地震坂・・・十石坂・・・室瀬一里塚跡・・・追分地蔵・日光街道・・・今市宿(蔵助地蔵・報徳二宮神社・浄泉寺・瀧尾神社)・・・杉並木公園・・・高龗(たかお)神社・・瀬川一里塚跡・・・大日如来堂・・・生岡神社参道・・・砲弾打込杉・・・戊辰戦争隊士の墓・・・並木太郎・・・銀杏杉・・・明治天皇七里小休止所跡・・・麻疹地蔵・筋違橋(志度淵川)・・・異人石・・・(JR日光線)・・・東武日光駅・・・稲荷神社・西行戻し石・・・龍蔵寺・・・鉢石宿・鉢石・観音寺・・・日光橋(大谷川)・・・日光東照宮・二荒山神社・・・東武日光駅

 昨日とはうって変わって、冷えたビールのようにきーんとくる寒い朝だ。手袋をしていても指の先の感じがなくなってくる。これが今時の本来の寒さなのだろう。杉並木の間の国道121号を行く。けっこうカーブもあり、通勤時間帯のせいか車も多くて歩きにくく、並木の外の踏み跡を通ったりしながら進む。木の根、折れた枝、落葉を踏みながらの歩きはいい運動で体はポカポカになる。見覚えある追分地蔵の交差点へ出て一休み。まだ時間はたっぷりある。途中で、資料メモを落としてしまいちょっと困ったが、昼過ぎには日光東照宮へ着いた。帰りは特急スペーシアだから早い。次ぎはどこを歩こうかと考えているうちにうとうと。すぐに春日部駅に着いてしまった。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6109 長坂

緩やかに上って地震坂、十石坂へと続く。ちょうど通勤時間帯のせいか車が多く、のんびりと歩いてはいられず、左上の踏み跡を歩いたりする。

Img_6113 地震坂 【ルート地図】の①

もとは街道は右の土手にあったが、地震による地すべりで杉並木とともに西の方へ移動してしまった。たしかに杉並木が乱れている。別名を「地すべり坂」

Img_6111 説明板

Img_6112 坂下方向

左側(東側)の土手が高く、ずいぶんせり出している。

Img_6122 十石坂 【ルート地図】の②

昔はもっと急坂で、日光東照宮造営の際に、大石鳥居を奉納する黒田長政一行がこの急坂で難儀し、人夫たちに食べさせた米が十石にもなったという。

Img_6126 室瀬一里塚跡

壬生通り最後の一里塚跡

Img_6140 追分 【ルート地図】の③

ここで右から来る日光街道と合流する。分岐に追分地蔵堂がある。

Img_2057 追分地蔵堂

右が日光西街道

Img_2063 追分地蔵

地蔵というより大仏のようにでかい。

Img_6147 蔵助地蔵(玄樹院参道入口) 《地図

弘治3年(1557)に大工の蔵助が造立したもので、今市に残る最古の地蔵菩薩像というが、座像で首も欠けているせいか地蔵のようには見えないが。

Img_6144 報徳二宮神社

薪を背負いながら本を読む二宮の金ちゃんには親しみを感じるが、神様にまで祭り上げられてしまうと、もうこちとらとは縁のない雲上人だ。

Img_6145 由緒

Img_6156 今市宿の家並み

玄関前にふくろうの石像が2つ。

Img_6157 薬師如来は地蔵?

Img_6158 浄泉寺薬師堂・左に「そば喰い稲荷」

本堂は焼失したようだ。慶安4年(1651)、日光山に向かう家光の棺がここで小休止したという。

Img_6159 そば喰い稲荷(沢蔵司稲荷)

油揚げでなく、そばが好物なお狐さんとは珍しいね。さっき昼飯に入った居酒屋風の店では、外人さんがうどんを茹でていた。それは別に珍しくはないか。

Img_6160 由来

Img_6161 説明板

利子を活用した稲荷維持のための永久計画というが、明治維新で立ち消えになってよかったのでは。永久の計画なんてありえない。ましてお金が絡んではなおさらだ。

Img_6162 瀧尾(たきのお)神社

今市宿の西の入口で、木戸があった。

Img_6164 由緒

Img_6169 高龗(たかお)神社 《地図

神護景雲元年(767)創建と伝う古社。祭神の高龗神(たかおかみ)は雨水を司る竜神。

Img_6173 瀬川一里塚跡 【ルート地図】の④

日光街道最後の一里塚

Img_6180 江連家住宅(杉並木公園内)

小倉村の名主家を解体移築。

Img_6177 説明板

Img_6178 水車

今市では杉線香の生産が盛んでその動力として、また米つき、粉引きにも水車が利用されていたそうだ。

Img_6182 報徳仕法農家

今はそばが食べられる。

Img_6185 大日如来堂

ここも「今市宿地蔵めぐり」の一つ。

Img_6188 杉の根元を冷たい流れが通る。根は大丈夫なのだろうか?

Img_6189 砲弾打込杉説明板

砲弾痕の写真は木の間違った部分を撮ってしまって失敗weep。←いい年こいて絵文字なんか入れるなよ。

Img_6192 羽黒山修験の錫杖頭(がしら)の龍蔵寺跡らしい。

今は薬師堂だけが残る。堂の前の木の下に石の梵鐘が置かれたままというが見逃した。

Img_6196 薬師堂から日光連山の山並み

Img_6205 戊辰戦争隊士の墓(街道の右側)

標柱の左下が旧幕府軍の大草保助、右が広田銊太郎の墓。

Img_6211 生岡(いきおか)神社参道(跡) 《地図

右に「生岡神社」の石柱。左手前に「生岡大日道」の石柱。弘法大師が草庵を結び、大日如来を祀ったという。「上野(うわの)の子供強飯式が神事として伝わる。

神社と弘法大師の取り合わせは愉快だ。昔の神仏混交の当たり前の姿だろう。今は参道の間をJR日光線が通っていて、ちょうど電車が通過して行く。

Img_6209 線路のガードレールの切れ目から線路を渡ると参道らしき階段が上っているが、ここから遥拝で済ます。今の参拝ルートは日光街道を西に進み、迂回して車道を神社まで行くのだろう。

Img_6214_2 並木太郎(街道の右側)

それほどずば抜けて高いとも見えない。説明板がなければ気づかないだろう。

Img_6215 説明板

Img_6218 銀杏杉(別名を人生杉)

根が広がり張っているのだ。根の病気ではないようだ。

Img_6217 説明板

Img_6220 明治天皇七里小休止所跡(街道の左側)

Img_6227 麻疹(はしか)地蔵 《地図

筋違橋の左手前下。はしかにかかった時は橋の下をくぐれば治るという俗信。橋下→はしか

この俗信はつい最近に出会ったばかりだが、どこだったか忘れた。ぼけ封じ地蔵にでも参らねば。

Img_6233 異人石(街道の左側)

明治の頃、この石に腰掛けて異人さんが杉並木を鑑賞していたという。

Img_6232 説明板

Img_6242 稲荷神社

境内の左側に「西行戻し石」がある。

Img_6243 由緒

Img_6247 西行戻し石(右) 【ルート地図】の⑤

左の木の前の石は西行の歌碑。「くろ(黒)髪山」=男体山=二荒山

Img_6245 説明板

秩父の古道沿いに「西行戻しの坂」がある。登場するのは少年でなく、娘だが話も歌もよく似ている。「秩父巡礼道-1

奥州街道の白河宿には「宗祇戻し(の橋)」があり、逸話も大同小異だ。「白河市の坂

Img_6249 西行も遥拝した男体山

Img_6252 龍蔵院観音堂

下野坂東観音三十三ヵ所第33番。結願寺ということだ。

Img_6253 二十三夜尊

Img_6277 鉢石 《地図

日光開山以来、旅人の道標となった「鉢を伏せたような石」で、ここの地名の由来にもなった。

Img_6276 説明板

Img_6257 鉢石(はついし)宿の家並み

本陣は2軒で、入江家は、「御宮御菓子屋、本陣兼帯」といわれ日光御用達の菓子屋だった。今は「そば処 今要」。 もう1軒は高野家で、ゆば屋「さんフィールド」の駐車場の裏というが、資料メモを落としてしまい両方とも未確認。

Img_6266 宮前だんご

創業は享保8年(1723)

Img_6268 湯沢屋

まんじゅう店

Img_6269日光湯葉のふじや

Img_6270「志そまきとうがらし」の落合商店

Img_6273 吉田屋

ようかんの店

Img_6341 観音寺

一番上の写真は門前から参道。

Img_6344 説明板

日本語の説明板は見当たらず。

Img_6280

神橋の手前

国の有形登録文化財のようだ。

Img_6282 神橋(しんきょう)

渡るのには料金がかかる。

Img_6283 並木寄進碑

Img_6284 説明板

Img_6290 三仏堂

Img_6296_2 五重塔

Img_6300 日光東照宮

三神庫

Img_6318神厩舎

「見ざる 言わざる 聞かざる」の三猿

Img_6314 陽明門

Img_6320 二荒山神社楼門

Img_6323 拝殿

Img_6324 由緒

Img_6328 化け灯籠

Img_6327 説明板

Img_6337深沙王堂

日光山開山の勝道上人を助けた毘沙門天の化身の深沙大王を祀る。

Img_6338 由来

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