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2010年1月 4日 (月)

日光例幣使街道⑤(富田宿→栃木宿→合戦場宿→金崎宿→楡木宿)

2009年12月30日

新大平下駅(東武日光線)・・・富田宿本陣跡(富田交差点)・県道11号・・・八坂神社・・・宗光寺・地蔵堂・・・星宮神社・・・樋下稲荷神社・・・永久橋(永野川)・・・川連天満宮・川連城跡・・・県道11号・・・熊野神社・開明橋(巴波川)・・栃木宿・・・一乗院・・・県道3号・・・(東武日光線)・・・合戦場宿・・・六基子育延命地蔵尊・・・升塚・普門地蔵堂・・・旧道・・・延命地蔵堂・・・県道3号・・・(北関東自動車道)・・・猿田彦神社・・・県道3号・・・豊年神社・・・琴平神社・・・金崎宿・・・旧道・・・小倉橋(思川)・・・国道293号・・・磐裂根裂神社・・・追分交差点(壬生道)・・・楡木宿・・・楡木駅(東武日光線)

 参考:「蔵の街」栃木宿と太平山は、『栃木市の坂』(2008年4月2日)

  ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4368 富田宿の旧家

Img_4372 碓氷クリニック

Img_4373 モチノキ(碓氷クリニックの庭)

樹齢300年という。雌雄2本の珍しいものだったが雄の木は枯れたそうだ。

Img_4375 旧家

Img_4376旅籠屋島田屋安兵衛跡

Img_4379 宗光寺

寺といっても正面の堂だけ。手前に馬頭観音などの石仏が並んでいる。

Img_4388 馬頭観音(天明3年)・覆い屋の下は如意輪観音と馬頭観音

Img_4380 地蔵堂(宗光寺と同じ敷地内)

Img_4390 地蔵

Img_4391 星宮神社

鳥居の前に狛犬でなく庚申塔が左右に並ぶ。

Img_4394 樋下正一位稲荷 《地図

小社だが三つも鳥居がある。

Img_4397 右に旧道へ入る。《地図

この先の旧道ははっきりとは残っていない。すぐ左に上部の欠けた石灯籠がある。

Img_4402 「太平山」と刻まれた上部のない石灯籠(常夜灯?)から太平山を望む。ここが遥拝所だったのだろう。

4年ほど前の写真には上部も写っている。最近、倒れたのか壊されたのか。

Img_4416 永久橋から永野川 【ルート地図】の①

冬は仮橋で、それ以外は徒歩で渡った。一年中渡れる橋ができたので「永久橋」と命名したのだろう。

正面は採土で削られた山。今でも採掘の音がここまで聞こえてくると、近くの民家のおばさんが言っていた。一山崩してしまうのか。昨日見た岩舟山、秩父の武甲山と同じように。

Img_4421 川連(かわつれ)天満宮

正月の用意に余念がない。ぶらぶら街道歩きなんかしている時ではない? 

Img_4423 川連城跡(天満宮の隣り) 【ルート地図】の②

城の遺構は残っていない。

Img_4424 説明板

Img_4426 JR両毛線をくぐる。

Img_4429 用水沿いの旧道

Img_4432 この案内標柱で右に曲がる。《地図

「東へ(約三百メートル)旧沼和田村川間の分去れから左へ巴波(うずま)川大橋を渡り栃木町を経て日光・宇都宮方面へ」とある。 このように例幣使街道は進んでいく。

この後、3本の案内標柱が立っている。

Img_4454 ここが県道31号との合流点の「分去れ」で左に曲がって北に開明橋の方へ進む。《地図

Img_4463 開明橋から熊野神社 【ルート地図】の③

Img_4461 熊野神社境内の地蔵・庚申塔

地蔵は顔の部分をつながれている。

Img_4470 栃木宿の街並み

Img_4476

Img_4481

Img_4486 万町交番も蔵造り 《地図

ここの交差点を左に曲がる。

Img_4488 交番の向いの桜井肥料店

Img_4491 右下に「日光例幣使街道」の石柱が立つ。

左の建物も国の有形登録文化財。

Img_4495 昔風情のある通りを進む。《地図

Img_4506 屋根がたわみ、少し傾いているか

Img_4509 正面分岐に新しい道標が立つ。《地図

ここに栃木宿の北木戸があった。

Img_4510 右が日光道、左が足尾道

Img_4518 合戦場宿

磐根神社へ曲がる角の旧家 《地図

Img_4521 磐根神社

開拓、開墾、農耕の神

Img_4523 小平浪平の生家 《地図

日立製作所の創業者

Img_4529 合戦場宿本陣跡秋田家(小平浪平生家隣り)

Img_4526 脇本陣跡林家(本陣の前)

いずれも建物は新しくなっている。

Img_4530 六基子育延命地蔵尊

民家の庭先にある。

Img_4532 六体の地蔵が浮彫り

6地蔵が2列、3列に並ぶものは多いが、このような配置のものは初めて見た。

Img_4534 升塚への道案内板が右にある。

Img_4535 升塚 《地図

合戦場の由来となった大永3年(1523)の川原田合戦に戦死者を弔う塚。

Img_4537 説明板

Img_4540 升塚の上から

普門地蔵堂、薬師堂、六地蔵、十九夜塔の小祠などが並んでいる。

Img_4542 普門地蔵尊

Img_4548 街道沿いの大谷石の蔵

Img_4550 この先を右に行く。《地図

Img_4553 延命地蔵堂

ここを過ぎて県道に戻る。

Img_4556 地蔵さんへ正月の餅が差し入れられている。

Img_4555 延命地蔵尊

Img_4564 猿田彦神社

Img_4566 十九夜塔などが並ぶ一角。

右は何の小祠か?

Img_4571 豊年神社

Img_4572 重要文化財薬師如来道標

左に365m?だが、薬師像は拝めないらしいのでパス。

Img_4577 琴平神社

Img_4580 境内の庚申塔、勝善神(牛馬の守護神)、白雲山と三者三様だ。

「白雲山」とは何か? ここの手前にもあったが。

Img_4592金崎宿

旅館、遊郭風の旧家

Img_4596 本陣跡の古沢家

Img_4599宮崎商店の前で右に旧道に入る。《地図

Img_4603 小倉橋を渡った土手上から思川 【ルート地図】の④

ここも冬は仮橋で渡った。

Img_4605 磐裂根裂(いわさくねさく)神社 【ルート地図】の⑤

右に屋根が見える。根を裂き磐を裂く開拓、開墾、農耕の神。磐根神社の正式名だろう。

Img_4609 磯山神社

今日はここから遥拝の遥拝ですます。

Img_4610 安産地蔵(磯町交差点の右側)

Img_4619 旧家

Img_4623 長屋門

Img_4626 追分

Img_4629分岐点に立つ道標は磨り減っている。

右 中仙道 左 江戸道」

Img_4631 右が例幣使街道、左が壬生道(日光西街道)

ここが日光例幣使街道の終点。ここからは壬生道で今市宿まで続き日光街道と合流する。今は地元ではこの先も例幣使街道と呼んでいるようだ。

Img_4635 楡木(にれぎ)宿本陣跡? 《地図

左隣の「焼きまんじゅう店の主人に聞いてみたが、隣りではなく、「4、5軒先らしいが、よく分からない」という返事だった。

Img_4637 楡木駅

この時間電車は1時間に1本。焼まんじゅう、どら焼ともう一つをほうばりながら40分以上待った。5時近くでさすがに冷えてきた。

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