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2010年1月12日 (火)

日光東往還⑤(結城宿→多功宿→日光街道追分)

2010年1月11日

結城駅(JR水戸線)・・・結城宿・・・神明神社・神明橋(吉田用水)・・・県道146号(結城石橋線)・・・(小山市)・おやま縄文まつりの広場(寺野東遺跡)・小山工業団地・・・(県道214号)・・・(下野市)・別処山古墳・百体観音堂・・・星宮神社・・・仁良川交差点(県道44号)・・・薬師堂・・・満福寺・・・仁良川上公民館(大日如来堂・八坂神社・大杉神社)・・・愛宕神社・・・(国道4号)・・・薬師寺小学校・・・龍興寺(道鏡塚)・・・雷電神社・薬師寺八幡宮・・・安国寺・六角堂・下野薬師寺跡・・・御鷲山古墳・・・下多功交差点(国道352号)・多功宿・・・星宮神社・・・西念寺・・・天満宮・・・(県道71号)・・・(東北新幹線・宇都宮線)・・・日光街道(国道4号)・・・星宮神社・・・旧道・・・日光街道合流点・・・日光街道・・・石橋駅(JR宇都宮線)

  *結城宿は、「結城市の坂」(2009年6月26日)に記載

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5254結城宿の家並み

休日で8時を過ぎたばかりで閑散としている。去年じっくり散策しているので、さあーっと通り抜ける。

Img_5264 神明神社 《地図

Img_5260 右端は地蔵らしからぬユニークな顔をしている。頭部は新しくつけたようだ。(鳥居の右側)

Img_5267 男体山か?

Img_5291 寺野東遺跡説明板(おやま縄文まつりの広場) 【ルート地図】の①

工業団地造成の際に発掘調査され、平成16年に開園された旧石器時代から平安時代までの集落や墓地の国指定遺跡。

Img_5285 環状盛土遺構

中は削平され窪みとなっている

Img_5289 説明板

Img_5279 寺野東13号墳(直径25mの円墳)

向こう側はガイダンス・資料館

Img_5293 小山工業団地を抜けて行く。

Img_5299 雑木林の間もある。

Img_5317別処山古墳(右が前方部) 【ルート地図】の②

古墳時代後期の全長35mの前方後円墳。

Img_5305 説明板

Img_5311 反対側(南側)に長さ約3.4mの横穴石室が開口している。

Img_5320 百体観音堂(別処山古墳の東側)

Img_5319 説明板

Img_5321 百体観音

十一面観音の両側に聖観音・如意輪観音・馬頭観音が並ぶ。安産・子育ての守護仏として女人の信仰を集めているそうだ。

Img_5322 十九夜塔(右)・御輿舎

Img_5326 星宮神社 《地図

Img_5332 仁良川集落の長屋門

Img_5334

Img_5346 地蔵と十九夜塔

栃木県には女人講中建立の十九夜塔が多い。

Img_5339宝篋印塔

後ろは一つの堂に大杉神社と八坂神社、その後ろが薬師堂

薬師如来は33年に一度の開帳だそうだ。

Img_5338 説明板

Img_5341 薬師堂説明板

Img_5347 長屋門

Img_5348 旧家

Img_5349

Img_5353ここは 旧佐竹藩仁良川陣屋を移転改築した小学校跡だそうだ。

Img_5362 満福寺

左はヤブツバキの木

Img_5356 もう咲いている

Img_5358 満福寺阿弥陀堂(正面)

Img_5365 大日如来堂(左)・八坂神社、大杉神社

仁良川上公民館の敷地内

Img_5369 愛宕神社

Img_5381 龍興寺山門

6千万円かけて造ったとか。

Img_5382 略縁起

Img_5384 「道鏡について」

方や悪名高き道鏡も、ここでは誇り高き高僧だ。歴史の真実を歪曲しているのはどっちやら。

Img_5390 道鏡塚(古墳) 【ルート地図】の③

もとからあった古墳を道鏡の墓と見立てているのだろう。右の木は樹齢500年という「シラカシ」の木

Img_5393 雷電神社(左)・薬師寺八幡宮(右)

Img_5394 雷電神社由緒

Img_5395 八幡宮参道

Img_5396 八幡宮参道

昔はこの神木に梟(ふくろう)が棲みついていたという。「福郎」・「福来郎」・「不苦労」か。よく考えるよ。

Img_5398八幡宮由緒略記

Img_5406 安国寺 《地図

ここが下野薬師寺の中心部だったという。

Img_5404 説明板

Img_5409 下野薬師寺礎石

東塔跡付近から発掘されたもの。

Img_5410 説明板

Img_5415 薬師寺西回廊跡の復元

正面は回廊建物の復元

Img_5423 西回廊を右に曲がると講堂跡。

Img_5417 伽藍配置

Img_5422 六角堂

Img_5420 説明板

Img_5434御鷲山(おわしやま)古墳(前方部西南角から) 【ルート地図】の④

古墳時代後期(6世紀末)築造の全長約63mの前方後円墳。古墳前の十九夜塔には花が供えれている。

Img_5429 説明板

Img_5441 長屋門

Img_5445 下多功バス停の所

Img_5451 星宮神社 《地図

Img_5453 道標(宿多功バス停の交差点)

Img_5461 西念寺

地蔵堂と「上三川七福神」の寿老人堂

Img_5460 元気そうな寿老人

Img_5463 天満宮 《地図

ここは多功廃寺跡とか。

Img_5468 左に東北新幹線と宇都宮線が近づいてくる。

Img_5471 車道は線路沿いを北に進む。街道は左斜めに横切っていたが、今は直角に曲がって新幹線のガードをくぐり、一度日光街道に出なければならない。 《地図

Img_5479 街道はここへ通じていた。《地図

今は「この先行き止まり」だが、昔、街道はこの先で前の写真の所へ通じていたのだろう。ちょうど宇都宮線が通って行く。

Img_5483 日光街道との追分(合流点)に向う。正面の高架は北関東自動車道

Img_5486 パチンコ店「イクサム」の裏側から左にカーブして日光街道へ出る。もとは直線的に進み、日光街道と北関東自動車道の交差下へ通じていたのだろう。

Img_5488日光街道と合流点、追分(わかさり) 【ルート地図】の⑤

ここから南へ日光街道を進み、星宮神社、鞘堂地蔵尊、下古山一里塚跡、石橋宿から石橋駅へ出た。

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