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2010年4月 9日 (金)

東海道(ふたつやの渡し跡→七里の渡し跡・桑名宿)

2010年3月24日

弥富駅(JR関西本線)・・・(国道1号)・・・ふたつやの渡し跡碑・・・井桁屋・・・尾張大橋(木曽川)・東海道石柱・・・旧道・・・三栄橋・・・蓮生寺(長島城大手門)・・・正敬寺・・・道標・大手橋(長島川)・・・長島城址(長島中部小学校)・・・稲荷神社・・・伊勢大橋(長良川・揖斐川)・・・伊勢大橋西詰・・・六華苑・・・諸戸家住宅・・・住吉神社・・・伊勢神宮一の鳥居・・・七里の渡し跡・蟠龍櫓・・桑名宿大塚本陣跡・脇本陣駿河屋跡・船会所跡・問屋場跡・丹羽本陣跡・町会所跡・脇本陣跡・通り井跡・・・春日神社・・・三之丸堀・南大手橋・桑名城址・・・石取会館・桑名市博物館・・・毘沙門堂・京町見附跡・・・京町公園・・・京橋(寺町堀川)・・・桑名駅(JR関西本線)

 今日も朝から雨で寒いが、もう桑名宿まではたいした距離ではない。荷物を名古屋のホテルに預け、傘、カメラ、地図だけの身軽な格好で出発する。

  【ルート地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2405 ふたつやの渡し跡 【ルート地図】の①

弥富周辺は水郷地帯で、船による水上交通が中心だった。 明治5年に新東海道が制定され、弥富(前ヶ須)が宿場町に指定されると栄えるようになり、水上交通の要衝として桑名や長島への船が行き来した。昭和8年、国道1号線の尾張大橋が竣工し、渡船はその役目を終え廃止となった。『弥富市HP』より

その先の伊勢大橋が完成するのは翌昭和9年、そこにも渡し船があったというが、あいまいな返事だった。(弥富市歴史民俗資料館の話)

Img_2407 裏面に「永禄年間(1558~69)の渡場跡」とある。

東海道が整備される前からこの地方の足として活躍していたのだ。

Img_2419 井桁屋酒店(尾張大橋の手前)

味噌・醤油・麦酒の看板も架かっている。

Img_2420 尾張大橋(木曽川)

現東海道の国道1号、右は近鉄名古屋線とJR関西本線。歩道は狭く、傘をさして自転車とすれ違うのはつらい。

Img_2422 東海道道標(渡った右側)

Img_2428もうここは桑名市なのだ。

Img_2430 蓮生寺山門 《地図

もとは長島城大手門。

Img_2429 説明板

Img_2438 道標(大手橋の所) 【ルート地図】の②

正面に「前ケ須 津島 宮 名古屋 道」、左右側面に「右 くはなみち」・「左 くはなみち」だろう。

「前ケ須」は「ふたつやの渡し」があった弥富のこと。

Img_2449長島城址(長島中部小学校のあたり)

織田信長を苦しめた長島の一向一揆の拠点。

Img_2447 説明板

Img_2451 稲荷社 《地図

桑名の春日神社が有名な「石取祭」が長島でも行われている。

Img_2450 説明板

Img_2457 伊勢大橋の真ん中の「中堤入口交差点」で、文字通り、長良川と揖斐川の中の堤を県道106号が走っている。

Img_2458 県道106号は北へ、近鉄・JR、東名阪自動車道をくぐって岐阜県の木曽三川(木曽・長良・揖斐川)公園へと続く。

Img_2463 伊勢大橋を渡り、揖斐川の堤を南に行く。

正面奥に蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)が見える。そこが桑名側の「七里の渡し場」跡

Img_2465 六華苑(国の重文・名勝) 《地図

旧諸戸家の住宅と庭園。苑内には、J・コンドル設計の洋館がある。

Img_2466 説明板

Img_2473 諸戸家住宅

Img_2475 3連の煉瓦造りの倉庫、土蔵、主屋?、門と並び壮観だ。

Img_2477 3連倉庫

Img_2478 土蔵

Img_2482主屋?と門

Img_2481 どっしり重厚な諸戸家

Img_2487 住吉神社から

Img_2488 由緒

Img_2493 桑名宿案内図

Img_2506 「七里の渡し」碑と向こうに蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)

Img_2501 七里の渡し跡・蟠龍櫓 【ルート地図】の③

桑名城の櫓の一つで、航海安全の守護神としてここに置かれた。蟠龍とは天に昇る前の龍がうずくまった姿だそうだ。

広重 桑名(七里渡口)

Img_2497 説明板

Img_2505 伊勢神宮一の鳥居

船を降りると伊勢の国で、「お伊勢参り」の出発点でもあった。

Img_2492 説明板

Img_2512 大塚本陣跡 【ルート地図】の④

現在は料亭「船津屋」で、泉鏡花の『歌行燈』、久保田万太郎の戯曲『歌行燈』の舞台となった。

Img_2511 本陣・脇本陣説明板

Img_2514 歌行燈句碑

久保田万太郎自筆の句碑。

「かはをそに 火をぬすまれて あけやすき」

Img_2513 説明板

Img_2515脇本陣駿河屋跡

今は料理旅館山月

Img_2520 歌行燈

泉鏡花の『歌行燈』(全文)に出てくる「うどん屋」のモデルになった店だそうだ。

Img_2522 春日神社の青銅の大鳥居(寛文7年(1667)建立)

「勢州桑名に過ぎたるものは銅の鳥居と二朱の女郎」と歌われた。昭和34年の伊勢湾台風の時に打ち上げられた船がぶつかり、その傷がある。毎年8月には「日本一やかましい祭り」という「石取祭」が行われる。

左下は「しるべ石」で、迷子や行方不明者を捜すための掲示板の代わり。左右側面の「たづぬるかた」(尋ねる)・「おしゆるかた」(教える)に紙を貼って使用したそうだ。

Img_2523

平成6年建立の立派な神門

Img_2526 桑名城三之丸堀の石垣 《地図

本多忠政が城主の時、大阪城から救い出された千姫が桑名を通り、忠政の子の忠刻に一目惚れし嫁いできた。その後、元和3年(1617)に本多氏は姫路に移封され、家康の異母弟の久松松平定勝が城主となった。

Img_2525 説明板

Img_2537 京町見附跡 【ルート地図】の⑤

後ろは毘沙門堂

Img_2540説明板

Img_2539 ここを左(南)に曲がって行くのが東海道(正面方向)。

今回はここまでとし、桑名駅へと向かった。

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コメント

 歩いた時の資料を当たって見ましたが、ご依頼のような物はありませんせした。
東海道のガイドブックと諸先輩達のHPなどを参考にして歩いたと思います。

         坂道散歩

投稿: oniki 様へ | 2014年5月 6日 (火) 06:20

鳴海宿から三条大橋まで、東海道歩きを予定しています。
そのうち、桑名宿に関し、たくさんの案内と写真を見せてもらいました。
これらを効率よく、一筆書きで回る道順を示されたものはありませんでしょうか。
あれば、上記アドレスへ連絡頂ければ、あり難いです。

投稿: oniki hirohumi | 2014年5月 5日 (月) 17:36

「のぞき坂」は都内でも屈指の坂道。車での対面通行可能な坂道では最大傾斜の坂道。
そんな坂道を望み、エントランスを出たら目の前が坂道。そんな住まいに住んでみませんか?

投稿: デコラ | 2010年4月16日 (金) 11:24

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