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2010年8月 6日 (金)

筑波街道②

2010年8月2日

土浦駅(JR常磐線)バス→土浦一高前・水戸街道追分・八坂通り・・・八坂神社・・・国道125号・・・真壁跨道橋(国道6号)・・旧道・・・国道125号・・・稲荷社・・・並木橋(常磐自動車道)・・・藤沢小学校・旧道・・国道125号・・藤沢下宿・・・道標(藤沢十字路)・・・神宮寺・・・藤沢城址・・・藤原藤房卿遺跡・・・遍照寺・八坂神社・旧道・・・二十三夜塔板碑・・国道125号・・・鹿島神社・・・(県道201号)・・・(県道53号)・・・旧道・・・小田集落・解脱寺・・・庚申塔道標・・・八坂神社・・・延寿院・・・八幡橋(八幡川)・・・北条新田交差点・・・八坂神社・・・つくば道道標・・・(裏堀用水路)・・・(つくばリンリンロード)・・・国道125号・・・旧筑波庁舎バス→つくば駅(つくばエクスプレス)

 筑波山神社→筑波山→つくば道道標は『筑波山・つくば道(筑波街道①)』に、北条の町は『つくば市の坂』に記載。『宝篋山①②』にも周辺の記事がある。

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0120 土浦一高前で旧水戸街道から左に筑波街道の八坂通りに入る。もとは分岐点に土浦最古の真壁の道標(享保17年(1732))があった。「左きよたきつくば 右 ふちう水戸」で、「きよたき」は坂東三十三観音霊場の26番の清瀧寺、「ふちう」は国府のあった石岡のこと。今は市立博物館に移されている。

土浦一高のゴシック様式の旧本館校舎は国の重要文化財。

Img_1363 真壁の道標

2010年8月18日撮影(水戸市立博物館)

Img_1362 説明板

Img_0121 八坂通り

Img_0127 八坂神社

ムクの木、けやきなどの大木が参道に並ぶ。

Img_0130 稲荷社

常名清水バス停そば。

Img_0135 武者塚古墳

この暑さの中、往復3kmは遠慮した。後で調べると墳丘は残っていない。行かなくて正解だった。

Img_0138 旧道(右)

Img_0142 藤沢下宿へ入ると立派な家並みが続く。 《地図

Img_0146 旧家

この先が藤沢十字路

Img_0147_2道標(藤沢十字路)

「都和村 並木 真鍋 小田 北条」などの地名が見える。都和村(つわむら)はなくなったが、都和という地名は残っている。

Img_0167 神宮寺

Img_0153 藤沢城址へ(右)

直進する県道は藤沢城址の間を切り通して造られたようだ。

Img_0157藤沢城址 【ル-ト地図】の①

ここは私有地なのだろう。案内板、説明板などはない。ちょうど車で農作業に来たおじさんに確認し、ここで間違いなし。周辺の昔の様子などを聞く。むし暑いことこの上なく、お互いの顔から汗が流れ落ちていた。

南北朝時代から戦国時代の末期まで、この先の小田氏の小田城の支城だった。豊臣秀吉によって攻められて小田城は落ち、藤沢城も廃城となった。

Img_0162 土塁跡だろう

民家の敷地内

Img_0165 藤原藤房卿遺跡 【ル-ト地図】の②

Img_0164 説明板

小田治久は北畠親房を小田城に迎えた、藤原氏の家系の宇都宮氏の支流の小田家の8代当主。小田治久が南朝方となったのは藤原藤房の影響からか。
東海道の石部宿手前の三雲駅前には「微妙大師万里小路藤原藤房卿墓所」への道標石柱が立つ。『東海道(水口宿→石部宿)』に記載。日光西街道(壬生通)にも藤房ゆかりの「公家塚」があるそうで、藤房が諸国を遍歴したことは事実のようだ。

Img_0175 遍照寺

Img_0177 八坂神社

Img_0179 遍照寺の先で右に旧道に入る。

Img_0180 二十三夜塔(板碑)堂 《地図

Img_0182 板碑

前が慶長12年(1607)の二十三夜板碑だそうだが、扉の上から撮ったので、彫られている字はよく見えない。

Img_0183枡形の名残りのような旧道を行くと国道125号に合流する。

Img_0187 広い国道125号を下る。

Img_0195 鹿島神社

後ろの国道沿いには地蔵などの石仏、境内左には享和4年(1804・文化元年)の二十三夜塔などがある。

Img_0203 馬頭観音から宝篋山(461m)

Img_0204 大形集落へ右に入る。

Img_0205大小二棟の長屋門が並ぶ。

西大形バス停先で右へ旧道

Img_0215 馬頭観音

倒れたままのは何とかならないものか。

Img_0217 小田集落へ直進する。《地図

Img_0219 庚申塔(左)と名号塔道標(右)

道標の文字は磨り減っていて読めず。

Img_0223 解脱寺

正面は二十三夜堂

Img_0226 旧家の先の十字路左に庚申塔道標が立つ。 【ル-ト地図】の③

Img_0234 庚申塔道標から宝篋山

庚申塔は、正面の「庚申」だけ読める。裏は「土う羅道」(土浦)で、側面に「徒久者道」(筑波)と刻まれているそうだ。

Img_0239 周辺図

Img_6713 小田城址

12世紀末に八田知家が築いた平城。南北朝時代に北畠親房がここで「神皇正統記」を書いたそうだ。

2008年4月28日撮影

Img_6715 城址碑

Img_6721 説明板

Img_0243 旧家

門前の2人は?

Img_0244 静かで、立派な構えの家並が続く。

Img_0180 五輪塔(延寿院裏)

天文7年(1538)の建立。在銘五輪塔の中で県内で3番目に古いもの。

Img_0179 説明板

Img_0259 後生車(右端)

中央に車がついていて、今でも回る。明治33年の建立の五輪塔。

ここの手前の右側に「だんご石」あるはずだが見つからず。

Img_0261これは何?

日天と月天か、違うだろうな。

Img_0269筑波山の女体山がうっすらと見えるか。

Img_0277 両側に旧家が続く道を行く。

Img_0283 北条新田交差点を突っ切る。

Img_0284 右に行けば北条大池、平沢官衙跡

Img_0460 北条大池から筑波山、平沢官衙跡の復元(右手前)

2007年12月14日撮影

Img_0465 説明板

Img_0287 北条の町に入ると枡形跡が残っている。

Img_0291 五輪塔(八坂神社) 【ル-ト地図】の④

高さ201cm、花崗岩。天文6年(1537)造立で県内で2番目に古いもの。もとは別当寺の吉祥院にあったが、明治の廃仏毀釈の際に移されたという。

Img_0290 説明板

Img_0294 つくば道道標 【ル-ト地図】の⑤

ここを右に曲がれば筑波山神社から筑波山だ。

Img_0296 説明板

Img_0295 つくば道道標

正徳5年(1715年・7代将軍家綱)に建立され、寛政10年(1798年・11代将軍家斉)に再建された筑波山参詣道の花崗岩製の道標。高さ306cm、

ここから正面に筑波山が見えるのだが、今日はうす曇りでだめ。

Img_0297 花屋

この先で左に曲がり、裏堀用水、つくばリンリンロードを越えで旧筑波庁舎バス停に向かった。

Img_6826裏堀用水

多気城の外堀だったという。

Img_0298つくばりんりんロード 《地図

1987年に廃線になった筑波鉄道の線路跡につくられたJR土浦駅(常磐線)からJR岩瀬駅(水戸線)の間の約40kmのサイクリングロード。

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