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2010年8月11日 (水)

水戸街道(我孫子宿→取手宿→藤代宿)

2010年8月9日

我孫子駅(JR常磐線)・・・国道356号・・我孫子宿本陣跡・大光寺・脇本陣跡・・・成田道分岐・道標・・・浜街道踏切(JR成田線)・・・(国道6号)・・・(JR常磐線)・・・柴崎神社・・円福寺・・・東源寺・・・柴崎交差点・国道6号・・・青山台交差点・旧道・・・青山の渡し跡あたり(利根川土手)・・国道6号・・・大利根橋・・・(JR常磐線)・・・取手宿・・・新道バス停・・・吉田バス停・・・薬師堂・・・水戸街道道標・・・来応寺道標(土橋・相野谷川)・・・旧陸前浜街道標柱・・・百井戸橋・・・釜神橋・・・藤代・牛久道標・・・(JR常磐線)・・・(谷中本田交差点)・・(県道201号)・・藤代宿・相馬神社・高蔵寺・本陣跡・愛宕神社・・・熊野神社・・小貝川土手(宮和田の渡し跡)・・・国道6号・・文巻橋(小貝川)・・旧道・・十一面観音堂・・・(常磐線)・・・往還橋(谷田川)・・・県道5号・・・道標(馴柴小入口交差点)・・・(関東鉄道竜ヶ崎線)・・・道標(馴柴小学校)・古水戸街道分岐・・・佐貫駅東入口交差点・・・佐貫駅(JR常磐線)

  【ル-ト地図

  取手宿は『取手市の坂-1』に記載。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0627 我孫子宿

「旅籠松島屋」は割烹旅館角松本店になっている。

Img_0631 大光寺

新四国相馬霊場の42番

Img_0633 旅籠扇屋は染井金物店に。

Img_0635 本陣小熊家跡(右) 【ル-ト地図】の①

手前に問屋場があった。

Img_0639 脇本陣小熊家

Img_0642 渡辺材木店

Img_0645 料亭鈴木屋

Img_0655 成田道直進・水戸街道左折 《地図

木の下に道標が集められている。一つには「右成田道」とある。

Img_0661柴崎神社

日本武尊が東征の折に武運を祈願したとも、平将門の祈願所ともいう。相馬一族の守護神の伝えもある。

Img_0666 円福寺

新四国相馬霊場の55番

左に鯖大師堂がある。

Img_0669 鯖大師

四国八十八ケ所に別格霊場の「鯖大師堂」がある。

Img_0677 東源寺 《地図

新四国相馬霊場の75番。樹齢250年の榧(かや)の木。

Img_0679このあたりは名主だった川村姓の家が多い。表札を確かめていたら、後ろから家の人が来て怪訝そうな表情で門を入っていった。めげない、懲りない、くじけない。

Img_0683 旧家

青山台交差点から右に旧道に入る。

Img_0691 青山西屋敷バス停の名の通り、立派な屋敷が多い。

Img_0692 旧家

Img_0698 青山の渡し跡あたり

利根川に架かる橋では最長の全長1209mの大利根橋を渡り、茨城県取手市に入る。河川敷が広く、川幅自体はさほどでもない。

今でも常磐線鉄橋下の「取手ふれあい桟橋」から、三点間で、「小堀(おおほり)の渡し」が就航している。

Img_0702 取手宿の通り

奈良漬の新六本店

Img_0705 本陣跡(染野家) 【ル-ト地図】の②

金・土・日に公開している。

Dsc065472007年3月25日撮影

Dsc06542 主屋

Dsc06539 説明板

徳川斉昭の歌の最後の部分は「とくつきにけり」

Img_0706 金物店

Img_0708 ここを直進すれば小堀の渡しの「サッカー場乗船場」に行かれる。左は八坂神社。

Img_0710 設計事務所?

Img_0713 旧道(本街道)は右へ(新道バス停の交差点)

利根川、小貝川の水害に備え、藤代宿への4本の道があった。
①本街道(今日歩いた道筋・旧陸前浜街道)・・・吉田→清水→中田→谷中→藤代  
②中通り(ここを直進する陸前浜街道で明治になってからの本道)・・・県道229号(取手谷中線)→藤代
③椚木(くぬぎ)廻り道・・・桑原→毛有→椚木→藤代 ④大廻り道・・・寺田→和田→小貝川→藤代

Img_0715 歩道は雑草で覆われている。

利根川土手の手前の吉田バス停の所で左斜めに入る。

Img_0720 薬師堂 《地図

吉田公民館の建物に同居だ。

Img_0723 右のサイカチの木の下に新しい道標が立つ。

Img_0725 水戸街道

左には「水戸与利十八里十八丁」とある。

Img_0729 水田の間の縄手道を行く。

Img_0733 来応寺道標(土橋) 《地図

相野谷川沿いの500mほど南に寺はある。

Img_0735 旧陸前浜街道の標柱

Img_0739 不動明王と石祠

Img_0741 右側を流れる用水に百井戸橋が架かっている。100もの井戸があったのだろうか? このあたりは昔は百井戸村で、今も百井戸橋バス停がある。

Img_0746 道標

「北谷中藤代宮和田ヲ経テ牛久」

常磐線、県道を渡り藤代宿へ入る。

Img_0758 藤代宿

右は坂本呉服店、突当たり左に相馬神社

Img_0759 相馬神社

藤代宿、宮和田宿の総鎮守。

Img_0762 高蔵寺

室町時代末期の寄木造りの薬師如来坐像を安置。

Img_0765 本陣跡(中央公民館)の老松と百日紅(さるすべり・正面奥) 【ル-ト地図】の③

唐破風造りの玄関で茅葺き建物の本陣を取り壊し、残ったのはこの木2本だけ。もったいないことをしたものだ。

Img_0763 説明板

Img_0771 宮和田宿

藤代宿とつながっていて独立した宿ではなかったようだ。

Img_0772 熊野神社

創建は千葉常胤(鎌倉時代)、俊胤(戦国時代)の説がある。

Img_0777宮和田の渡し跡

今は小貝川は文巻橋で渡る。《地図

Img_0782 小通十一面観音堂(慈眼院) 【ル-ト地図】の④

平将門を討った平貞盛が天慶年間(938~946)に建てたという。

Img_0783 説明板

Img_0789 成田道標(馴柴(なれしば)小入口交差点) 《地図

左の電柱下に屋根付の道標がある。「右りゅうがさき なりた 左わかしば 水戸」だそうだ。

Img_0799 道標(馴柴小角) 【ル-ト地図】の⑤

江戸時代初期の水戸街道(直進・布佐方向)との合流点。

昔は取手を通らず我孫子から布佐(なま道の起点)に下り、利根川を渡り北上し、ここへ出た。貞享年間(1684~87)に取手を通るようになり、二つの水戸街道がここで合流していた。「水戸十六里」・「江戸十三里」・「布川三里」と刻む。

Img_0797 説明板

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