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2010年10月12日 (火)

塩釜街道②

2010年9月25日

岩切駅(JR東北本線)・・・県道35号・(東北新幹線)・(東北本線)・・・(東北本線)・・・庚申供養塔・・・慈雲寺・・・(三陸自動車道)・・・市川橋(砂押川)・・・分岐道標・新道・・・多賀城南門跡・多賀城碑(壷碑)・・・分岐点・旧道・・・伏石・・・貴船神社・・・多賀城神社・多賀城政庁跡・・・六月坂・・・多賀神社・・・多賀城東門跡・・・睦奥総社宮・男坂・女坂・・・母子石・・・赤坂・・・(東北本線)・・・(県道35号)・・・(東北本線)・・・・浪切不動尊・・・赤坂橋跡・・・塩竃神社・表坂・裏坂・七曲坂・・・芭蕉船出の地・・・塩釜港(千賀の浦)・・・本塩釜駅(JR仙石線)

  塩釜街道①』の続きです。

 台風が近づいているようだ。今にも降り出しそうで相変わらず寒い。芭蕉も杖を引き壷碑では涙した道だが、こっちは風を引きそうだ。ちょうど塩釜港に着く頃に雨が落ちてきた。荒れた海を見れるかと思ったが風波ともそれほどのことはなかった。そして、ここを今回の街道歩きの終点とした。前半の暑さと膝痛、後半の雨と寒さの8日間だったが、結局当初予定していた所を全部歩けたので、まあ満足とすべきだろう。

  【ル-ト地図】 

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5062 鳥居の奥に庚申供養塔 《地図

Img_5057 庚申供養塔(明和4年(1767))の造立

Img_5069 塩釜新道(右)と塩釜旧道(左)の分岐点 《地図

Img_5070 道標(大正13年の造立)

「右 塩釜新道 左 塩釜旧道」とある。

多賀城碑(壷碑(つぼのいしぶみ))を見に新道を行く。

Img_5082 多賀城南門跡から政庁方向

Img_5078 説明板

Img_5075 南門の推定復元図

Img_5081多賀城碑 【ル-ト地図】の①

これが芭蕉が感動し、『奥の細道』に「羇旅の労をわすれて泪も落つるばかり也」と記した「壷碑」(つぼのいしぶみ)。

芭蕉が訪れた時は露天に放置されたままの石碑だったが、水戸光圀が伊達綱村に保存措置を依頼し、覆堂が造られたという。「多胡碑」、「那須国造碑」とともに日本三古碑の一つ。

Img_5080 説明板

 道標の分岐点に戻り、旧道に入る。

Img_5089 伏石

起こしたら疫病が流行り、また伏せたんだと。弘安10年(1287)の銘のある供養碑。

Img_5090 説明板

Img_5093 貴船神社 《地図

左は樹齢450年以上という樫(ウラジロガシ)

Img_5092 縁起

Img_5100 馬歴神社碑(左)・三大神碑(右)

馬歴神は馬の守護神

Img_5104 多賀城神社

Img_5110 多賀城政庁跡 【ル-ト地図】の②

石敷広場から正殿方向

Img_5111 説明板

Img_5109 正殿推定図

Img_5114 六月坂を上る。《地図

Img_5119 多賀神社

Img_5134 陸奥総社宮

右の木に男坂、左の木に女坂と札が貼ってある。正面の石段が男坂で、左の木の左に回り込むのを女坂としているのだろう。この下に石段は続いていないから坂とは呼ぶのには苦しいが、神社が決めたのだから従うべきで、坂道散歩としては何の不満、文句があるはずもない。

Img_5137 塩釜の市街地へと下って行く。《地図

この先で道に迷って、母子石を見つけた。

Img_5142 母子石(白菊町と赤坂(地名)の間の坂の途中)

伝説の母娘の足跡が残る??

Img_5140 伝説

Img_5150 赤坂を下って東北本線をくぐる。【ル-ト地図】の③

Img_5155 浪切不動尊へ再び東北本線をくぐる。

Img_5158浪切不動堂 【ル-ト地図】の④

江戸時代に都の僧の夢枕に不動が立った。僧は泉沢堤のほとりで不動を見つけ出し、当地の清水湧く崖下の窪みに祀ったと伝える。鉄道敷設工事で現在地に遷座した。もとは塩釜トンネルの所にあったのか?近くに泉沢町もある。

Img_5159 不動尊

Img_5161 赤坂橋跡

ここを流れていた祓川に架かっていたのだろう。「平成3年の交差点改良で橋の形態は消えた」とある。

Img_5166 塩竃神社表坂 《地図

表参道の202段の石段。その上に楼門まで25段の石段が続く。男坂のこと。

Img_5183 楼門(随神門)

Img_5170 拝殿

Img_5189 塩竃桜

この細い木に咲くのだろうか?

Img_5187 説明板

Img_5191 塩竃桜

芭蕉もこの桜を見ることを奥州行脚の旅の目的の一つとしていたようだが、塩竃神社を訪れたのは花の見頃からは1ヶ月以上も遅かった。

Img_5193 裏坂 《地図

女坂のこと。

Img_5195 七曲坂 【ル-ト地図】の⑤

裏坂の途中から右に下る未舗装の坂で、創建時からといわれる神社最古の参道。塩土老翁神(シオツチノオジ)が通ったと伝えられている坂道。

Img_5194 説明板

Img_5197 坂下方向

Img_5202 何度も曲がりながら下って行く。

途中に金花水という湧き水があり、かつては参拝者の喉を潤したという。

Img_5207 坂下には道標が立っている。

Img_5213 道標

「北 なヽまがり坂」とある。享保16年(1731)に塩竃の菓子商の越後屋喜三郎が建立。

Img_5210 道標説明板

Img_5216 裏坂を下りて来るとここに出る。《地図

Img_5218 佐浦酒造の石蔵 

清酒「浦霞」

Img_5219 丹六園

Img_5221 芭蕉船出の地

このあたりは入江になっていた。芭蕉はここから船で松島に渡った。

Img_5226 塩釜港(千賀の浦)

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