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2010年10月 5日 (火)

奥州街道(藤田宿→貝田宿→越河宿→斎川宿→白石城下)

2010年9月20日

藤田駅(JR東北本線)・・・鹿島神社・・・滝川・・・国道4号・・・弁慶の硯石・・・県北中学校・旧道・・・国見神社・・義経腰掛松・・・阿津賀志山防塁跡・古戦場跡・・・大木戸小学校・(国道4号)・・・国見峠長坂跡・芭蕉翁碑・筆塚・・・(国道4号)・・・旧道・・・(国道4号)・・・貝田宿・三つ石・検断屋敷跡・制札場跡・口留番所跡・・・国道4号・・・境界石(福島・宮城)・・下紐の石・・越河番所跡・・・(東北自動車道)・・・深山神社・旧道・・・越河宿・・(東北本線)・・・国道4号・・・馬牛沼・・斉川孫太郎食堂・・・旧道・・・鐙摺坂・孫太郎虫供養碑・・田村神社・甲冑堂・・・(鬼ずるす石)・・・斉川大橋(斉川)・・・斎川宿・検断屋敷跡・・・奥州街道斉川踏切(東北本線)・鳥居坂・・・国道4号・・・里程標・・・(東北新幹線)・・・道祖神社・・・(東北自動車道)・・・旧道・・・白石城下・・米沢街道分岐・・東京街道道標(白石中学校前)・・・当信寺・・・すまiる広場(壽丸屋敷)・・・白石城・・・八幡宮・・・沢端川・・・片倉家中武家屋敷・・・白石駅(JR東北本線)

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4101 観月台文化センター(正面の塔・観月台公園内)

藤田宿(国見町)は代官所のある桑折宿と違って、気楽な宿場だったといわれる。近隣の村人、半田銀山の労働者たちが遊び続け、農作業に支障が出たり、代金を払えない者が続出したともいう。北側には阿津賀志山の合戦の時に源頼朝が本営を置いた藤田城跡がある。

国道4号に出て、左に入り硯石山に向かう。山といっても小高い丘。

Img_4112 弁慶の硯石 【ル-ト地図】の①

平家打倒のため平泉から頼朝のもとへ向かう義経に同行しようと、多くの兵たちが駆けつけて来た。弁慶がこの石で墨を摺り、兵たちの名を記したと伝える。確かに水を湛えている。

Img_4110 説明板

Img_4109 厚樫山(弁慶の硯石から)

源頼朝と奥州藤原氏の決戦場の阿津賀志山古戦場

Img_4129 国見神社

Img_4127 説明板

Img_4125 義経腰掛松(2代目) (国見神社の先)

金売り吉次の手引きで平泉に向かう義経が、この松に腰掛けて休んだという。3本の太幹の内、2本は松喰虫にやられてしまった。覆屋(義経神社)内に初代の松株が祀られている。ここから西に600mほどに石母田城跡がある。

Img_4122 説明板

Img_4133「阿津賀志山防塁横断地点」の表示板と「阿津賀志山の古戦場」説明板が立っている。

防塁横断地点とは、畠山重忠が防塁を掘り切崩した地点ということか。福岡市の元寇防塁、大宰府の水城防塁とともに「日本三大防塁」の一つ。

Img_4132 阿津賀志山古戦場説明板

大木戸小学校で左折し、国道4号を横切り国見峠の長坂跡に向かう。

Img_4145 長坂跡(坂上方向) 【ル-ト地図】の②

付近には茶屋があったという。

Img_4143 説明板

Img_4147 坂下方向(藤田方向)

道跡のようにも見えるが。

Img_4144 西方向

ここもけっこう高さがあるようだ。

Img_4148 坂上方向

200mも残っていないか。

Img_4149 芭蕉翁碑・筆塚などが立つ。

ここで行き止まり。

Img_4151 説明板

芭蕉翁碑に刻まれた『奥の細道』の一節、「路縦横に踏んで伊達の大木戸を越す」 大木戸小学校にその名を残す。

旧道へ戻って、さらに上る。

Img_4167 国道4号を横切り貝田宿へ入る。

左に庚申塔(享保?年か)が立つ。

Img_4173 貝田宿説明板

Img_4171貝田宿の家並み 《地図

看板下に右下に「三つ石」、ここは水準点で標高151.8m。

Img_4176 検断屋敷跡?

取り込み中のようで近づかなかった。

Img_4174 案内図

Img_4177 「おくのほそ道自然歩道終点」とある。

Img_4181 貝田口留番所跡(岡田家)

Img_4182 福島と宮城の県境 《地図

栃木と福島のように大きな境明神が張り合っていない、殺風景な所だ。峠の頂上より少し低い所に境界がある。仙台藩が福島盆地を見張りやすいように南に押し出した結果だという説もある。

Img_4183 境界石がポツンと。

道の反対側の下紐の石を見に行く。横断歩道なんかないから危ないよ。

Img_4187 下紐の石

ここは歌枕の「下紐の関」の地。しかし、用命天皇の皇妃がこんな辺鄙な、路上沿いでお産をしたのだろうか?まだ関所の建物もなかったろうに。まあ伝説といえばそれまでだが。でも聖徳太子のおやじの用命天皇の名まで出てくるのでやはり気になる。乳神伝説や近くの安産ダルマなどとも関連がある話なのか?

Img_4186 説明板

Img_4188 越河(こすごう)番所跡

東北本線の線路の向こう側の崖に看板が立っている。

Img_4189 ここからはかなり離れていそうでパス。

深山神社参道前から旧道に入ると越河宿。

Img_4195 越河宿の家並み 《地図

Img_4191 案内図

Img_4198 諏訪神社の参道は東北線の線路で分断されている。

越河駅の北側に越河の一里塚があったとも。越河駅の先で東北本線を横切り、国道4号に出る。

Img_4205 馬牛沼 《地図

向う側の山が馬牛館跡だろう。「沼乾し」の時の沼を見たいものだ。

Img_4203 説明板

Img_4206 孫太郎食堂

孫太郎虫はヘビトンボの幼虫で、これを乾燥させ「疳の薬」、「強壮剤」として商われた。立て看板の「萬行楯城址」は馬牛館跡の背後の430mの「万牛山(まんぎやま)」(楯山)にある城址のことか。馬牛館跡=萬行楯城址なのかも。食堂で聞くのを忘れた。

この先で右に旧道に入る。

Img_4210 旧道

Img_4218 鐙摺坂 【ル-ト地図】の③

右の崖に「孫太郎虫供養碑」、聖徳太子碑、大小の庚申塔、「あぶみずり坂」の標柱などが立っている。その上を義経が鐙を摺りながら通ったという鐙摺坂の古道が通っていたようだ。下った右側が田村神社、甲冑堂。

Img_4217 甲冑堂

義経の家来の佐藤継信、忠信兄弟の妻、楓と初音は、息子2人を失って嘆き悲しむ老義母のため、夫の甲冑を身に着け、その雄姿を装って見せたという。この話は滝沢馬琴が『南総里見八犬伝』の中で使っている。(と思う)

Img_4216 略記

Img_4221 「鬼ずるす石」説明板

土着の先住民を鬼として扱い征服して行く、中央からの侵略者の作り話、悪どい手口の一つ。

Img_4222 木に覆われて岩が露出しているのは見えないが。

斎川を渡り斎川宿に入る。

Img_4226 斎川宿入口

Img_4223 案内図

Img_4229 検断屋敷跡(島貫家) 【ル-ト地図】の④

伝馬・人足業務のほか、大名の宿泊、休憩所も兼ねていた。瀬上宿の島貫家と関係はある家柄なのだろうか?

Img_4233 門は開いたまま。

「明治天皇斎川御小休所」の石柱が立つ。

Img_4232門内を覗いて見る。ずっと以前からこんな状態のようだ。

Img_4237 斎川宿の家並み

ブルーノ・タウトが昭和9年に訪れた時の古い家並みなどは残らず。

Img_4239 宿を抜け、奥州街道斉川踏切を渡ると鳥居坂の上りとなる。《地図

このあたりに鳥居坂の一里塚があったようだ。

Img_4241 坂上方向

坂上で国道4号に出る。

Img_4243 里程標(左端・明治21年設置)

「距仙臺元標十四里」、仙台まであと約56kmか、寄り道しないで行った場合の距離だが参考にはなる。

Img_4247 道祖神社

堂内に神体の多数の陽石(男根石)が立っているようだ。堂の外にもあるようだが気づかなかった。惜しいことをした。

Img_4250 分岐点 《地図

ここを直進して白石市街地へ入って行く。途中左に入ると白石城主片倉家の菩提寺傑山寺がある。

田町の交差点あたりに白石の一里塚があったとも。

Img_4255 道標(白石中学校正門前に移設) 《地図

上部に指差し、その下に英語、その下に「一等道路東京街道」

もとは東側の米沢街道との分岐にあったもの。

Img_4258 英語の部分

「Main Road To(For?) Tokyo」

Img_4263 当信寺山門 《地図

白石城の東口門を移設。

Img_4262 説明板

Img_4267 案内図

Img_4266 枡形 《地図

正面は「すまiる広場」、その後ろが壽丸屋敷。街道は直進だが左折して白石城に向かう。

Img_4312 壽丸屋敷

明治時代からの豪商の渡辺家。現在は寄贈され、白石まちづくり株式会社が管理し、イベント会場などまちづくりの拠点の1つになっている。

アーケードの屋根が目障りだ。

Img_4276 白石城

一国一城の例外として認められた仙台城の支城で、伊達家家臣の片倉家の居城。

Img_4305 沢端川

白石城の外堀の一部。

Img_4293片倉家中武家屋敷(旧小関家) 【ル-ト地図】の⑤

Img_4297母屋

Img_4301内部

質素、素朴で農家の住まいのようだ。

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