奥州街道(中田宿→長町宿→仙台城下)
2010年9月23日
南仙台駅(JR東北本線)・・・国道4号・・・名取橋(名取川)・・・旧荒川・・・(太子堂駅)・旧道・・・長町宿・・・道標・橋姫明神社・広瀬橋(広瀬川)・・・(東北新幹線・東北本線)・・・旅立稲荷神社・・・金刀比羅神社・・・三宝大荒神社・・・泰心院・・・円福寺・・・仏眼寺・・・柳町大日堂・・・芭蕉の辻・・・仙台駅
*この先は『奥州街道奥道中(七北田宿→富谷宿)』に続く。仙台城下は『仙台市の坂-1~4』に記載。
朝から雨だが仙台城下の芭蕉の辻までは残りわずかだ。それにしても寒い。昨日は25度あったのが今日は15度以下らしい。まあ仙台のビル街の車道歩きで見所も少く、広瀬橋から先は去年の坂道散歩で所々歩いているし、2時間少しで着くだろう。
【ル-ト地図】
写真をクリックすると拡大します。
名取橋(名取川)を渡る。《地図》
北からの雨と風で寒い。南仙台駅あたりから名取川までが中田宿で南北に木戸があり、検断屋敷もあったというが、今はただの車道で街道風情の残る家並みなどは見当たらず。傘をさして足早に進んだので見逃したのかも。
太子堂駅の所で国道4号から分かれ、東北本線に西側に出る。
笹谷道道標(長町駅の北の三叉路の所) 《地図》
仙台→川崎→笹谷峠(906m)を越えて山形に通ずる笹谷街道の起点。
ここが長町の一里塚跡のようだ。
左が「多賀神社道案内」道標で、右が「門前道」道標(大年寺門前町)。もとは10mほど南の長町宿の枡形の所にあったもの。
昔、広瀬川が荒れて橋が架けられなかった。それは竜神の怒りで、若い娘を差し出さなければ治まらないとの噂が立った。その時、根岸の長者の娘が自ら人身御供となった。川は静まり無事、橋が架けられたという伝説。その娘を橋姫として祀っている。左に文政6年(1823)の橋供養碑が立つ。
水量が増え河川敷にも水が上がって来ている。
右は広瀬川の土手。福島城下の荒川土手の柳稲荷神社と同種の社。
ここから先の旧街道は左右に曲がりながら芭蕉の辻に向かう。
大正元年の建築。
針生屋 《地図》
河原町の木戸番を勤めた家。左側に金刀比羅神社がある。
雌雄同株のイチョウが聳え、境内に耳権現の小祠がある。
泰心院山門 《地図》
手前に北目町の一里塚があったようだ。
大日如来は、ひつじ(未)歳とさる(申)歳生まれの守り本尊。
芭蕉の辻 【ル-ト地図】の91
名前の由来は次の『奥州街道奥道中』に記載。松尾芭蕉とは関係がないようだ。
「北 津軽三厩迄 四十五次 百七里二十二丁 奥道中」・「南 江戸日本橋迄 六十九次 九十三里 奥州街道」
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