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2010年10月21日 (木)

浜街道(絹の道)③

2010年10月14日

西谷駅(相鉄線)・・・西谷不動尊・・・橋戸橋・・・(相鉄線)・・・(国道16号)・・妙福寺・・・庚申塔・・・堅牢地神塔・・正観寺・・・東川島隧道(環状2号)・・・国道16号・・・杉山神社・・・旧道・・・国道16号・・・堅牢地神塔・・・(東海道貨物線)・・・釜台つづら坂下・・・和田村道橋改修碑・・・和田町交差点・旧道・・・国道16号・・・(横浜新道)・保土ヶ谷陸橋下交差点・旧道・・・国道16号・・・旧道・・・(国道16号)・旧道・・・国道16号・・・宮田2丁目交差点・旧道・・・宮田坂下・・・庚申塔・・芝生の追分・旧東海道・・・浅間神社・・・新横浜通り・・・新田間(あらたま)橋(新田間川)・・・平沼橋(帷子川)・(相鉄線・東海道線)・・・(京浜急行線)・・・平沼商店街・・・(石崎川)・・・岩亀横丁・・岩亀稲荷・・・(紅葉坂下)・・・野毛坂交差点・・・都橋(大間川)・・・(JR京浜東北線)・・・横浜開港記念館・・・神奈川運上所跡(県庁)・・・シルクセンター・・・横浜港・・・みなと大通り・衣紋坂跡・・港崎遊郭跡(横浜公園)・・・関内駅(JR京浜東北線)

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6109 西谷不動尊 【ル-ト地図】の①

寛政3年(1791)に当地の有志により祀られた。説明板には「当時の八王子街道はシルクロードとして知られ・・・・」とあるが、江戸時代にシルクロードと呼ばれていたことはあるまい。

Img_6108 説明板

Img_6106 不動明王

Img_6118 庚申塔

妙福寺脇の旧道沿いの左側。元禄?年の古いもの。

Img_6121 堅牢地神塔(寛政3年(1791))・前は薬師如来?

正観寺の手前の左側

Img_6130 旧八王子道道標 《地図

直進すると環状2号に突当たるので、右へ迂回し東川島隧道をくぐる。

Img_6137 堅牢地神塔(右)・庚申塔(中)・2体並ぶのは何の石仏か?

東海道貨物線の下あたりの左側だったか。

Img_6139 釜台つづら坂下 【ル-ト地図】の②

延長(163m)と高低差(38m)は保土ヶ谷区内の階段坂の第1位。このあたりは4年前に「保土ヶ谷区の坂道散歩」で歩いている。梅雨入り前の蒸し暑い中を汗を拭き拭き、急な石段坂をいくつも上り下りしたことを思い出した。

Img_6145 和田村道橋改修碑(釜台歩道橋下)

Img_6146 説明板

Img_6168 芝生(しぼう)の追分の手前

左に庚申塔の小祠

Img_6166 庚申塔

かなり風化している。

Img_6172 芝生の追分(左角に標柱) 【ル-ト地図】の③

左から来るのが浜街道(八王子道)で、左折し旧東海道を直進し北に向かう。 

ここの南は大繁盛の「ハマのアメ横」こと「洪福寺松原商店街」で、橘樹神社近くに東海道の江戸方見付があった。

Img_6170 標柱の説明

Img_6178 浅間神社 《地図

富士の人穴(横穴墓)は跡形もない。

Img_6179 説明板

Img_6183 平沼橋(帷子川)を渡り、右下に旧道に入る。

Img_6189 岩亀(がんき)横丁に寄る。

Img_6187説明板

Img_6192岩亀稲荷神社 【ル-ト地図】の④

ここは民家の敷地内で、奥の左に稲荷の小祠が祀られているが、暗くて写真は失敗作となった。

Img_6190由来

有吉佐和子の「ふるあめりかに袖はぬらさじ

Img_6196 野毛坂交差点を左折。右から下ってくるのが野毛坂。《地図

Img_6204 横浜開港記念館

Img_6226 神奈川運上所跡(県庁)

Img_6209 横浜海岸教会

明治5年に設立された日本で最初のプロテスタント教会。

Img_6224 横浜貿易協会ビル

「横浜貿易協会」は、明治38年に横浜の貿易業者が横浜港の貿易振興のために創立。この建物は、昭和4年に大倉土木(現大成建設)の設計による。

Img_6222シルクセンター国際貿易観光会館 【ル-ト地図】の⑤

横浜開港100年記念事業として、貿易・観光の振興、とくに生糸及び絹製品貿易の振興発展を図ることを目的として、昭和34(1959)年「英一番館」の跡地に開館した。去年が開港150年だった。早いものだが開港200年の時にはとっくにおさらばしているよ。

Img_6216 横浜港大さん橋(象の鼻防波堤から)

鑓水峠を越え、絹の道を通って運ばれた生糸はここから外国へと旅立った。

Img_6218 明治40年代の象の鼻防波堤・横浜港

Img_6217 説明板

Img_6230 衣紋坂跡あたり 《地図

横浜開港後、坂下左側の現在の横浜公園に港崎遊郭(みよざきゆうかく)ができた。岩亀稲荷に参拝した遊女たちの「岩亀楼」もこの中にあった。江戸吉原遊郭の衣紋坂をまねて、こう呼んでいたのだろう。

岩亀楼の灯籠が横浜公園内の横浜スタジアム脇にある日本庭園に現存する。

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