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2011年4月27日 (水)

甲州街道(駒木野宿→小仏宿→小原宿→与瀬宿→吉野宿)

2011年4月22日

高尾駅(JR中央線)・・・国道20号・・・両界橋(浅川)・・・(中央線ガード)・・・西浅川交差点・旧道・・駒木野宿・・駒木野橋碑・・小仏関跡・・念珠坂・・・蛇滝口バス停・旅籠「ふぢや新兵衛跡」・蛇滝道標・・湯の花トンネル慰霊碑・・・蛇滝水行道場入口・・・峰尾豆腐店・・・常林寺・・・浅川国際マス釣場・・・木下沢橋(こげさわばし)・・・道標・・・(中央線ガード)・・・小仏宿・・・宝珠寺・・・小仏一里塚跡あたり(小仏峠登り口)・・・小仏峠(548m)・・・中峠茶屋跡あたり・送電鉄塔・・・車道・・・(中央自動車道)・・・美女谷温泉分岐・・・美女谷橋・・(中央自動車道)・・・馬頭観音・甲州街道道跡・・・底沢一里塚跡あたり・・・長久保架道橋(中央線)・・・底沢バス停・国道20号・・小原宿・小原の郷・本陣跡・・旅籠小松屋跡・・南無阿弥陀仏碑・・・旧道・・・(中央線)・・・えんどう坂・・・(相模湖駅)・・国道20号・・与瀬宿・・本陣跡・旧道・・・慈眼寺・・与瀬神社・・・与瀬一里塚跡・・・秋葉神社・・・丸一産業・・・板金工場・・・天奈橋(中央自動車道)・・・赤坂・・・(中央線)・・・蚕影山碑・二十三夜塔・・・小舟橋・・・吉野宿・高札場跡・・国道20号・・郷土資料館(旅籠ふじや跡)・本陣跡・・吉野橋(沢井橋)・・・旧道・・・国道20号・・・藤野駅(JR中央線)

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5456 駒木野宿 《地図

宿場の面影は残らず、本陣跡・脇本陣跡なども分からず。左は駒木野病院。小仏関跡手前左に駒木野橋碑がある。

Img_5460 小仏関跡

【ル-ト地図】の26

戦国時代には小仏峠にあった。江戸時代に甲州街道が整備されるに伴いここに移された。

Img_5462 説明板

Img_5463_2 旅人は手形石(奥)に手形を置き、手付石(手前)に手をついて通行の許しを待ったそうだ。

Img_5465 念珠坂を下る。 【ル-ト地図】の27

今は緩い坂だが、昔は大変な急坂で念仏を唱えながら上ったのでこの坂名とか。

Img_5470 甲州街道念珠坂

ほかに青面金剛塔・南無阿弥陀仏碑などが坂の途中左側に並んでいる。

Img_5475 旅籠ふぢや新兵衛跡(蛇滝口バス停の所)

右端に蛇滝への道標が立つ。

Img_5478 「蛇滝まで八丁」

「上行講」という講を組んで、蛇滝で水行を行った人達が記念として立てたのだろう。

Img_5482 いのはな(湯の花)慰霊碑 《地図

昭和20年年8月5日12時20分頃、新宿発長野行の中央本線下り列車が湯の花トンネル付近で、米軍の戦闘機に銃撃された。2日の八王子空襲で線路に被害を受け、運転が再開されたばかりで、列車は長野、山梨の疎開地に向かう人で満員だった。死者は52名以上となり、列車銃撃事件としては日本最大の被害者を出した。

Img_5485_2 碑文

Img_5486現在の湯の花トンネル

当時は単線だった。

Img_5489 「するさし(摺差)のとうふ」の峰尾豆腐店は客が並んでいた。相当うまいのだろう。食べてみたかったがこれから小仏峠への上りだし、先も長いので止めといた。

Img_5495 浅川国際ます釣場

何が国際なのか?

小仏バス停あたりが小仏宿だが、民家がわずかにあるだけだ。

Img_5507_2 宝珠寺の「小仏のカゴノキ」(都天然記念物) 《地図

幹が鹿の子模様になることから「鹿子の木」と書いてこの名が付いたという。

Img_5532 案内図

Img_5511 小仏峠登り口

小仏一里塚跡あたり。ここから峠までは大した距離ではない。

Img_5515整備された道を一気に登る。

Img_5516_2 可憐な花も出迎えてくれるか。

Img_5521 小仏峠 【ル-ト地図】の28

武蔵国と相模国との境。かつて峠に1寸8分の小さな仏が安置されていたともいう。峠は広い平坦地になっていて茶屋跡などいろんな物で雑然とした感じだ。

Img_5520 峠の地蔵・庚申塔

昔この地に小仏関があった頃、道行く人の安全を願って立てられたという地蔵 。

Img_5522_2 峠から眺めはいまいちか。

Img_5523 三条実美歌碑(左)

「来てみれば こかひはた織り いとまなし 甲斐の旅路の 野のべやまのべ」

高尾山薬王院に詣でた時に詠んだ歌。当時は生糸が高騰し、「蚕飼い機織り」で賑わう様子を歌っている。

Img_5528 高尾山道標(寛政7年(1795))

Img_5539 クッションのいい道を下って行く。

Img_5544 中峠茶屋跡あたりの送電鉄塔

Img_5551車道に出るとあちこちに猿の姿が。ハイカーやドライバーが餌を与えるのだろうか。

Img_5554 下に中央線・上に中央自動車道

Img_5558美女谷温泉分岐 《地図

おじいちゃん、おばあちゃんに手をひかれ、美女谷温泉に向かうのは照手姫のように愛らしい子だった。(としておこう)

甲州街道は左折し、再び中央高速をくぐる。

Img_5555 美女谷伝説「照手姫物語」

照手姫を美女谷の生まれとしている。各地に残る『小栗判官照手姫伝説』の一つ。

Img_5562 モノレールのような中央自動車道が頭上を通る。無機質な自動車の通過音が不気味に響く。昔の旅人なら恐れおののき、腰を抜かすか一目散に駈け出したことだろう。

Img_5563馬頭観音(右)の脇を上るのが本来の道だが、廃道となっている。 

Img_5567 説明板

ここを上った先に底沢一里塚があったようだ。

Img_5537 案内図

Img_5576 底沢バス停で国道20号に合流。《地図

Img_5585 小原の郷

資料館になっている。

Img_5597小原宿本陣地図

Img_5592 神奈川県下には東海道と甲州街道合わせて26軒の本陣があったが、建物が当時のまま残っているのはこの小原宿本陣だけだそうだ。

小原宿と次の与瀬宿は片道継立の宿で、甲州へは小原宿から吉野宿へ継ぎ、江戸方面には与瀬宿から小仏宿へと継いだそうだ。

Img_5591 説明板

Img_5598 旅籠小松屋跡

Img_5584 往時の小松屋(小原の郷に展示の写真)

ここに泊まれるのは裕福な者達だけだったか。

Img_5599 南無阿弥陀仏碑(右)

上部が欠けている。

Img_5601 「旅館ひらの」の看板前から右に旧道を上る。大きく北に迂回する感じの道になる。《地図

Img_5606 中央線を越えて下って行く。途中右にUターンするように「えんどう坂」を下る。

Img_5609 左のえんどう坂を下る。坂を拓いた「遠藤」さんの家が坂沿いにあるのか? 確認するのを忘れた。それとも「えんどう」には別な由来があるのか。

【ル-ト地図】の29

Img_5610下りはじめは石段 

Img_5612 坂下方向

正面は中央線で相模湖駅の方へ下って行く。

国道20号に出ると与瀬宿となる。

Img_5618 与瀬宿本陣跡(右)を右折 《地図

建物は普通の民家になっている。木々に隠れて「明治天皇與瀬御小休所址碑」も立っている。鮎が名物の宿場だったそうだ。

Img_5620与瀬神社参道

Img_5621与瀬神社・慈眼寺

下は中央自動車道。

Img_5706地図の通りに「細い取り付け道をくぐり」、「砂利道」、「古道復活道」を行こうと思ったが、「細い取り付け道」が分からず進んでしまい、誰もが通る普通の道筋を行くことになった。この付近の道筋はちょっとややこしい。【ル-ト地図】の「与瀬一里塚跡」あたり参照のこと。 

Img_5639 復活した古道はここへ出てくる。ここを手前にちょっと上ると「与瀬一里塚跡」の標柱が立っている。《地図

Img_5638 与瀬一里塚跡 【ル-ト地図】の30

Img_5634_2 相模湖・勝瀬橋の眺めがいい。

Img_5640古道を進むと歩いてきた道(左)と合流する。合流点先に「甲州道中横道」の標柱が立っている。《地図

Img_5643秋葉神社は木の鳥居だけか? 道沿いには二十三夜塔・地蔵など。

Img_5652二十三夜塔・庚申塔・首の欠けた地蔵など。後ろに小祠もある。(「甲州古道 間宿橋沢」標柱の先)

Img_5661 板金店の先で左折し下って行く。《地図

Img_5663 天奈橋(中央自動車道)を渡る。

Img_5665 右に赤坂を下る。【ル-ト地図】の31

右に「甲州古道 赤坂」の標柱。

Img_5668 下に中央線が走る。

Img_5670すぐに車道に合流する。

Img_5673 甲州古道 椚戸(くぐと)」の標柱と自転車通行止めの標識。

古い街道の道筋は相模湖北岸を通って、ここを上って来たのだろうか。左が今下ってきた道。

Img_5676 蚕影山碑(右端)

このあたりは蚕影信仰が盛んだった。養蚕の神の蚕影神社が茨城県つくば市にある。

Img_5682 吉野宿高札場跡

Img_5683 急坂を下ると国道20号に出る。

Img_5690 郷土資料館

旅籠ふじ屋の後の養蚕のための建物で、組頭だった大房家から寄贈を受け資料館とした。

Img_5686_2 吉野宿本陣跡 《地図

吉野家は承久の乱(1221)で天皇方についたが、戦いに敗れて大和の吉野からこの地に移り住み、開拓したという。江戸末期は五階建てだった。(下の写真)

Img_5688 説明板

Img_5695 吉野橋から沢井川上流方向

昔は少し下流に架かっていて、大月の猿橋に似た造りで、「小猿橋」といった。

Img_5697 右に旧道に入る。 藤野中学校の先で国道20号に合流し、日連入口交差点を過ぎて藤野駅に出た。

 

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