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2011年5月11日 (水)

甲州街道(黒野田宿→笹子峠→駒飼宿→鶴瀬宿→勝沼宿→栗原宿→石和宿)

2011年4月30日

笹子駅(JR中央線)・・国道20号・・・笠懸地蔵・・・黒野田宿・・本陣跡天野家・・黒野田橋(笹子川)・・普明院・黒野田一里塚跡・・・屋影橋(笹子川)・・・追分バス停・・・庚申塔・馬頭観音・・・県道212号・・中橋・・・新田下バス停・・笹子峠登り口・・・明治天皇御立野所跡(三軒茶屋跡)・・・矢立の杉・身代り両面地蔵・・・笹子トンネル手前・・・笹子峠(1096m)・(甲州市)・天神宮・・・笹子トンネル先・・・甘酒茶屋跡・・・馬頭観音標柱・・・自害沢天明水標識・・・県道212号・・清水橋・・・桃の木茶屋跡・・・大持沢橋・・・津島大明神・天狗橋・・・駒飼宿・・脇本陣富屋跡・・本陣跡・・旧道・・・古道橋(笹子沢川)・・・(中央自動車道)・・巡礼供養地蔵・・・大和橋西詰交差点・国道20号・・・立会橋(日川)・・旧道・・鶴瀬宿・・金岡自画地蔵尊碑・・鶴瀬関所跡・・本陣塩野家跡・・国道20号・・・古跡血洗沢跡・・・古跡鞍懸跡・・・観世音菩薩石塔・・聖観音堂標柱・・観音トンネル・・芭蕉句碑・長垣の吊り橋標柱・・観音隧道西交差点・旧道・・・武田不動尊・・共和地区・・横吹諏訪神社・・・国道20号・・・深沢入口交差点・・柏尾坂(跡)・近藤勇柏尾古戦場跡・柏尾橋(深沢川)・・・大善寺・・・御身影岩標柱・・柏尾交差点・・国道411号・・・国見坂・・・勝沼氏館跡家臣屋敷・・勝沼氏館跡・・上行寺・・勝沼宿脇本陣跡・・本陣跡・・小佐手小路・・仲松屋跡・・旧田中銀行・・ようあん坂・・・護念寺・・・諏訪神社・・・常夜灯・球形道祖神・・・等々力交差点・・・延命地蔵堂・・・玄正寺・・万福寺・・・(山梨市)・・栗原宿・・妙善寺・・大翁寺(栗原氏館跡)・・・旧道・・・大宮五所神社・・・源屋園・・・国道411号・・・一町田中交差点・・称名院・・・田安陣屋跡・水上稲荷神社・・・日川橋(日川)・(笛吹市)・旧道・・・白山神社・・・笛吹川堤・・国道411号・・・笛吹橋(笛吹川)・・・松並木・・・笛吹権三郎像・・・権三郎通り・・・長昌院・・・豊玉稲荷社・・・八田家御朱印屋敷跡・・・国道411号・・・石和宿・・遠妙寺・・願生稲荷神社・・本陣跡・・小林公園・・石和陣屋跡・・石和八幡宮・・・石和温泉駅入口交差点・・・石和橋(第二平等川)・・・石和温泉駅(JR中央線)

 今日は笹子峠を越えて一気に石和宿までの30km以上の長い行程だったが、峠を越えて一般道に出てからはずっと下って行くので思ったより楽だった。 

  【ル-ト地図】(30.9km)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6391 笠懸地蔵(安政2年(1855))

地蔵というより少年力士のようだ。 

Img_6389 説明板

Img_6395 黒野田宿本陣跡天野家

本陣1、脇本陣1、旅籠14軒の宿場。

『広重道中記』には、「扇屋へ行く、断る故若松屋といへるに泊まる、此家古く、今きたなし、前の小松屋に倍して、むさいこといはん方なし、壁崩れ、ゆか落ち、地虫座敷をはひて、畳あれども、ほこり埋み、蜘蛛の巣まとひし破れあんどん、欠け火鉢一ツ、湯呑形の茶碗のみ家に過ぎたり」とたいそうご立腹で、散々のいわれ様だ。前の小松屋とは野田尻宿でのことで、そこでもかなり怒っていたが、ここの方が怒りも倍している。

Img_6399 黒野田一里塚跡(普明院前) 【ル-ト地図】の①

左の門柱の左側に「一里塚跡 黒野田」の標柱、右の門柱の右側に「江戸日本橋ヨリ二十五里」の石柱が立つ。普明院は毘沙門天で有名な寺。

Img_6410 県道212号に入る。

Img_6415 新田下バス停の先で右折して笹子峠の登り口へ。

Img_6418 笹子峠登り口

Img_6421 緩やかに上って行く。

Img_6424 この先で県道212号に出る。

Img_6429 「笹子峠自然遊歩道の看板」の所から左に山道に入る。

Img_6435 木橋もある。

Img_6437 明治天皇御野立所跡碑

ここは三軒茶屋跡(中の茶屋・笹子茶屋ともいった)

Img_6438 説明板

Img_6444_2 矢立の杉 《地図

出陣する武士がこの杉に矢を射立てて冨士浅間神社を祀り、戦勝を祈願したという。樹齢は千年以上。

Img_6441 説明板

Img_6445 根元は空洞になっていて、以前は中に入って空を眺められたようだが今は立ち入り禁止。ボランティアの管理人のおじさんの話だと、根元部分に苔が生えてきて木の状態は良くないそうだ。

Img_6451身代り両面地蔵(右)の脇を左に入って行くのが旧道。

杉良太郎地蔵ともいい、「矢立の杉」の歌もあるが、あまり聞く気がしない。

この先は一たん下って沢を渡る。

Img_6452 涸れている沢を丸太のような橋で渡る。道っぽくない所だ。雨が降ると沢になるのか。

Img_6454  やせ尾根となって上って行く。

Img_6456 右上に県道が見え始める。県道より高い所まで上って行く。

Img_6459 県道へ下る。

Img_6464 笹子トンネルの手前で右に上る。

登山者だろうか車が数台止まっていた。

Img_6465 説明板

Img_6469 笹子峠への急登となるが距離は短い。熊が出るかどうかは、熊に聞かないと分からない。とっくに登り口から鈴をぶら下げ鳴らして歩いてはいるが、熊除けになるかも分からない。鈴の音を気に入った熊ちゃんが浮かれて出てくるかも知れない。

Img_6471 笹子峠(1096m)は近い。 《地図

Img_6472 峠下の道標

「大和村日影 かいやまと駅」方向に下る。

Img_6473 天神宮の鳥居と小祠(昭和56年)と常夜灯(享保14年(1729))。

Img_6475 峠から下ってトンネルの反対側に出る。ここにも車が駐車している。

Img_6476_2県道を少し下り「甲州街道峠道」の標識に従って左に山道に入る。

Img_6478 再び県道に接近する所に甘酒茶屋の標柱と、その先に清水橋への標識が立つ。

Img_6481 林道と合流し、しばらく進む。

Img_6483 林道から離れ右へ下る。ここにも「甲州街道峠道」の標識が立つ。

Img_6486 道肩が悪い所もあるが、やはり下りは楽だ。

Img_6491 小さな沢を渡る。橋はないがたいした水量ではない。雨の時は分からないが。

Img_6495 木橋の所もあるよ。

Img_6498 馬頭観音標柱

「雑事場の馬頭観音」(嘉永5年(1852))は見当たらない。

Img_6499 自害沢天明水分岐

自害沢天明水の方へ入ってみたが、どの位先にあるのか分からないので引き返した。またどういう由来があるのか調べても分からず。「自害沢」と「天明水」は別物かとも思った。

ここから5分も歩けば県道に出る。

Img_6502県道に出た。あとはだらだらと下って行くだけ。

Img_6503 説明板

Img_6505 桃の木茶屋跡

Img_6508 県道をひたすら下る。車はほとんど通らないので歩きやすいが飽きてくる。

Img_6510 津島大明神の祠(昭和12年建立・天狗橋の所)

スサノオ命を祀る。

Img_6518駒飼宿本陣跡の標柱

手前に脇本陣富屋跡(標柱のみ)、前方はジョギング姿で笹子峠を越えて来た若い2人連れの男女。宿の案内板を見ていたから甲州街道を走っているようだ。県道を走って笹子トンネルを抜けたのか、山道を走って峠越えをしたのか聞けばよかった。

Img_6522 宿場図

本陣1、脇本陣1、旅籠6軒。

Img_6525 左に旧道に入って下って行く。

Img_6526 旧家

Img_6527 中央自動車道の方へ下って行く。

Img_6533 巡礼供養地蔵(右端・中央自動車道をくぐった所)

追剥に襲われ首を切られた巡礼を供養するため村人が立てた地蔵という。これが「歴史の道調査報告書」に載る「西ヶ原の首無し地蔵」のことだろう。 今は首はある。新しく据えたものなのか、初めからあるのか確認しなかった。

国道20号に出て、立会橋の先で左に旧道に入る。

Img_6539 金岡自画地蔵尊碑

巨勢金岡が日川沿いの岩壁に地蔵を描き、水をかけると地蔵像が鮮明に現れるので「水かけ地蔵」 とも呼ばれたという。岩は享保年間(1716~35)の水害で崩れ碑のみが立つ。

新府城から落ち延びて来た武田勝頼の腰掛石も付近にあるようだが見逃した。

Img_6544 鶴瀬関所跡 【ル-ト地図】の②

「甲州十二関」の一つで、鶴瀬の口留番所といわれ、主に物資の流通と「入鉄砲に出女」を取り締まった。取り締まりは厳しくなく、平然と裏道を抜けて行く者もあったという。左隣が本陣塩野家跡で斜め向かいに関守の家があったようだ。

Img_6546 国道に出ると、「甲州街道 鶴瀬宿」の標柱、「鶴瀬地区」碑が立っている。

本陣1、脇本陣1、旅籠4軒の宿場。

Img_6551 血洗沢跡標柱(右の石垣上)

武田勝頼らが落ちて延びて行く時、勝頼の家臣の土屋惣蔵昌恒が逃亡した跡部大炊介を討ち取り、この沢で血を洗い流したという。跡部大炊介は最後まで勝頼に従い田野で殉死したともいう。

Img_6554 鞍懸跡

逃亡する長坂長閑が土屋惣蔵に追われ、落ちた鞍が路傍の桜の木に懸っていた所という。長坂長閑も勝頼に殉死したとするのが一般的なようだが、何故かこのあたりでは土屋惣蔵の活躍、カッコよさだけが強調されている。

Img_6556 観音トンネルの手前で右に上る。

Img_6562観世音菩薩塔(右)・左は?

Img_6559 聖観音堂標柱

京の清水から遷したものといい、養蚕の守護神としての信仰が篤く、4月3日の縁日には馬の藁沓半足を借りて帰り、後日1足にして返すという風習があったそうだ。ここが聖観音堂跡と思ったが、後日、ここからかなり上った墓地の方に、観音堂と納藁堂があることを知った。そして崖沿いを細い旧道が続き、観音トンネルの上を越しているようだ。残念至極後の祭りだ。

Img_6564観音トンネルの左側の歩道を進み、左側の道へ出る。

Img_6565芭蕉句碑・長垣の吊り橋標柱

今でもこの下の急峻な断崖の観音沢に吊り橋は架かっているようだが見逃した。

Img_6566 芭蕉句碑

「観音の 甍(いらか)見やりつ 花の雲」

Img_6571 武田不動尊

武田勝頼一行がここを通った折、武運長久を祈り、守りの不動明王像を村人に託した所という。

Img_6577 往時の道中の面影を残す共和地区の横吹あたり。横吹一里塚跡があったのはこのあたりか?

Img_6579 球形道祖神と小さな六地蔵  (横吹諏訪神社前)

球形道祖神には、この先いやというほど出会う。

Img_6598 柏尾古戦場跡(深沢入口交差点の所)

この近藤勇像の顔はどうもしっくりこないね。甲陽鎮撫隊は官軍との1時間ほどの戦いで敗走し、江戸まで逃げ帰るはめになろうとは情けない。ここは「鎮撫隊」ではなく、「珍舞台」となってしまった。

Img_6594 説明板

Img_6599 柏尾坂(跡・復元)

往時はここを下って柏尾橋で深沢川を渡っていた。この坂は「ころび石」ともいわれた急坂だったそうだ。

Img_6600 行き止まりとなる。

Img_6601この手前の道筋が柏尾坂で(大正)柏尾橋を渡ったのだろう。

Img_6597 馬頭観音(天保7年(1836)造立)

勝沼宿脇本陣家が中心で造った、3面に馬頭観音が彫られたすぐれ物。

Img_6596 説明板

Img_6610 大善寺

養老2年(718)、修行中の行基の夢の中に、葡萄(ぶどう)を持った薬師如来が現れた。 行基はその夢を喜び、夢と同じ薬師如来像を刻んで安置したのが始まりで、この地に葡萄が栽培されるようになった。甲州葡萄発祥の地の「ぶどう寺」。

新府城から岩殿城へ落ちて行く武田勝頼はこの寺で一夜を明かした。「武田滅亡記」ともいう「理慶尼記」を書いた理慶尼の墓もある。この寺は商売っ気が満々で入る気がそがれた。

Img_6613 御身影岩標柱(柏尾交差点の南側)

養老2年行基がこの磐石上で修行中に、葡萄薬師如来の姿を見たというが、あたりに磐石は見当たらず。下の日川の川岸にあるのか? 修行中に居眠りをして夢の中で薬師の姿を見たということか。行基も俗人と変わらず一安心か? それとも居眠りして夢を見るのも修行の一つか?

Img_6616 国見坂を下る。(右に坂標) 《地図

元和元年(1612)に甲州街道の往還筋の地名としてつけられたという。このあたりから甲府城が見えたのだろうか。何しろ笹子峠を越えてからずっと下りっぱなしなのだ。この先では同じ道筋でも「ようあん坂」と呼ぶ所もある。

Img_6625 勝沼氏館家臣屋敷跡 《地図

勝沼氏は武田信虎の弟の五郎信友に始まる武田の親族衆。子の信元の時に、信玄により滅ぼされた。

Img_6623_2 説明板

Img_6641 勝沼氏供養地蔵

勝沼氏館跡の前にある。 

Img_6633 勝沼宿の旧家

本陣1、脇本陣2、旅籠23軒。問屋場は中町にあり、江戸方面へは1~20日までは鶴瀬宿へ、21~晦日までは駒飼宿へ、甲府方面へは栗原宿へ継ぎ立てた。

Img_6637 説明板

Img_6642 宿場図

中央に脇本陣・本陣、左端に問屋場・脇本陣が見える。

Img_6650 脇本陣跡

Img_6654 本陣跡

「槍掛けの松」は手入れ中。

Img_6659 小佐手小路 《地図

突き当りに勝沼氏の菩提寺の泉勝寺がある。

Img_6658 説明板

Img_6661 仲松屋東西屋敷

蔵とその右が東屋敷で、その右端が西屋敷。左端は野田家だったか。

Img_6666 説明板

Img_6667 西屋敷

Img_6670 三階建ての蔵

Img_6672 旧田中銀行

Img_6674 説明板

Img_6676 内部

Img_6678 ようあん坂 【ル-ト地図】の③

天野養庵(どんな人物なのか?)の屋敷が近くにあったとか。勝沼宿内で最も急な坂というがそれほど急には感じられない。このあたりは海抜400m、笹子峠からは700m近く下って来たことになる。

Img_6684護念寺

惣門、鐘楼門、本堂が一直線に並ぶ。

Img_6691 諏訪神社

樹齢300年というケヤキ

Img_6692 まだまだ下って行く。

Img_6693 ここにも球形道祖神

Img_6695 延命地蔵堂 《地図

Img_6698 延命地蔵尊

丸顔の地蔵さんか。 

Img_6699 杉御坊(万福寺)道標

Img_6701 万福寺

聖徳太子の命を受けて調子麿が開創したと伝えられる寺。当寺を訪れた親鸞が、杉の箸を地面に挿して帰った後、その箸が杉の大木になったとの伝承から「杉の御坊」と呼ばれるようになったという。この杉は寛延の火災で焼失した。その代わりムクの大木がある。

Img_6708 説明板

Img_6704 芭蕉句碑

「行駒の麦に慰むやどりかな」

Img_6703 説明板

Img_6709 聖徳太子堂

手前は聖徳太子の馬蹄石で、甲斐の黒駒に乗ってこの地に飛来した太子がこの石の上に駐まったという伝説がある。

Img_6707聖徳太子像

Img_6712 山梨市に入る。甲府市・甲州市・甲斐市などどこも山梨県の本家を名乗っているようでややこしい。

白百合醸造では見学、試飲もできるというが、まだ先が長いので横目で眺め通り過ぎる。

Img_6716 栗原宿の家並み

往時の景観はない。本陣1、脇本陣1、旅籠20軒。

Img_6715大翁寺、妙善寺一帯が栗原氏館跡という。 《地図

Img_6717 この先を真っ直ぐ旧道に入る。

Img_6720 大宮五所神社

社殿の前が舞台にもなる歌舞伎造りという建物で、江戸からの芝居役者はここで興業し、評判を確かめてから甲府へ入ったという。

Img_6721 説明板

Img_6722クロマツ(山梨市天然記念物)

「老松」の標柱のように、今にも倒れそうで支えられている。

Img_6727 源屋園(もとは旅籠源屋)の前で枡形を左折し、国道に出る。

称名院のある一町田中交差点を右折し、田安陣屋跡による。

Img_6736 田安陣屋跡(水上稲荷神社) 【ル-ト地図】の④

Img_6737 説明板

Img_6742 旧家(一町田中交差点の南側)

この先で日川の土手沿いに出る。南田中一里塚跡はどのあたりか。

Img_6747 白山神社 《地図

Img_6749 一宮町田中の家並み

この先で笛吹川に出る。

Img_6753 国道411号(左)と合流 《地図

「甲州桃太郎街道」の標柱が立つ。桃の産地として有名だそうだ。国道に入ってしばらく行くとローラースケートの2人連れが追い抜いて行った。男だけ馬鹿でかいリュックを背負っていた。そこまでしなくてもよかろうに。女はつけ上がるだけよ。

Img_6755 笛吹川を渡る。

Img_6756 聖牛(せいぎゅう・復元・笛吹橋下)

武田信玄が考案した水防、治水工作物

Img_6759 川中島の松並木が残っている。

Img_6760笛吹権三郎像、球形道祖神のある分岐から右に「権三郎通り」に入る。《地図

Img_6761 笛吹権三郎像

孝行息子というより、マザコン男の哀れで救いようがないお話。

Img_6826 伝説碑(石和橋に設置のもの)

Img_6767旧家

石和川中島簡易郵便局で、「郵便 貯金 為替 ・・・」の看板が立っている。隣の長昌寺にも武田勝頼の腰掛石があったが明治の水害で流失したそうだ。

Img_6776 八田御朱印屋敷 《地図

4時で閉門で入れず。八田家は武田家の蔵前奉行として、年貢や軍の食料を司っていた。門は石和陣屋の表門を移築した。

Img_6778 慶長6年(1601)に造られた書院

Img_6784 周辺案内図

Img_6785遠妙寺

謡曲「鵜飼」の発祥地

Img_6789 由緒

Img_6786_2 説明板

Img_6791 「鵜飼」説明板

Img_6796 願生稲荷神社

Img_6797縁起

Img_6798 石和宿本陣後藤家跡

本陣1、脇本陣2、旅籠18の宿場。

Img_6799 説明板

Img_6806 小林家土蔵

現在は民俗文化財展示館

Img_6804 説明板

Img_6807 石和陣屋跡(石和南小学校) 【ル-ト地図】の⑤

Img_6808 説明板

Img_6816 石和八幡宮

武田信光が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請。

Img_6822 説明板

Img_6823 音声・触知案内板が所々に設置されている。

Img_6827 笛吹権三郎像(第二平等川の石和橋) 《地図

ここは明治40年の大水害までの笛吹川の流路。

 

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