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2011年6月10日 (金)

熊野古道(紀伊路・黒江散歩)

2011年5月30日

海南駅(JR紀勢本線)・・・金比羅大権現・・・尾崎家住宅・・・子安地蔵堂・・・黒江ぬりもの館・・・黒牛茶屋(名手酒造)・・・温故伝承館・・川端通り・・・浄国寺・・・菊谷(屋)地蔵・・・中言神社・・・黒江坂・・・黒江駅(JR紀勢本線)

 【地図

 熊野古道の続きを歩く前に、紀州漆器のまち黒江を散策した。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8146 黒江の町並み案内図

Img_8089 集合住宅か?

Img_8097 尾崎家(国登録有形文化財) 

紀州徳川家の地士として、伊勢国大杉山奉行、有田川普請奉行、海士郡代官等を務めた家柄で、座敷は江戸中期の建物。

Img_8094 風情ある蔵?

Img_8100 池庄漆器店(国登録有形文化財)

丸瓦や、つし二階(低い二階)が特徴の築220年の建物。

紀州漆器は室町時代に起源を持ち、紀州藩の保護を受けて発展した。今は漆を使った伝統漆器と、化学塗料の現代漆器を生産し、日本漆器四大生産地(輪島・山中・会津・黒江)の一つ。

Img_8105黒江ぬりもの館(右)

Img_8107 虫籠窓の旧家

Img_8113黒牛茶屋(名手酒造) 

「黒牛の水」で造られた清酒「黒牛」の酒蔵休憩所。

Img_8116

名手酒造

Img_8121 温故伝承館

Img_8134木佐商会

隣家(右)との間に「うだつ」(防火壁)がある。

Img_8131 木佐商会

Img_8136池慶漆器店

Img_8154 のこぎりの歯状の家並み①

江戸時代に黒江の入江を埋め立ててできた平行四辺形の土地に家を建てたためという。家の前にできた三角形の空き地に漆器の材料を干したとか。

Img_8160のこぎりの歯状の家並み②

左側に紀州連子格子の家が並んでいる。 甲州街道の韮崎宿では新しい家も鋸の歯状に並んでいる所があった。

Img_8167 浄国寺たいこ堂

「黒江のごぼうさん」で親しまれている寺。

Img_8166 義人重根屋伊七の墓(浄国寺)

Img_8164 説明板

Img_8169 菊屋(谷)地蔵 

海南駅でもらった「黒江散策マップ」では「 菊屋地蔵」で、川端通りの案内板の地図では「菊屋地蔵」となっている。地蔵の小祠にも書かれていないようでどちらか分からず。

Img_8170 地蔵さんが3体か? 

Img_8174 中言神社参道前

Img_8176 中言神社へ

Img_8177由緒

Img_8184 黒牛の水・万葉歌碑(中言神社境内) 

紀の国名水の一つ「黒牛の水」は覆い屋の中。万葉の昔は神社のある山のふもとまでが海で、牛の姿をした黒い大きな岩があったことから黒牛潟と呼ばれていたとか。牛と入で「黒江」になったのだろう。

万葉歌碑:「いにしえに 妹とわが見し ぬば玉の 黒牛潟を みればさぶしも」 (柿本人麻呂)

「黒牛潟 潮干の浦を 紅(くれない)の 玉裳裾ひき 行くは誰が妻」(万葉集巻九) という色っぽい風情の歌もあるが、潟は埋め立てられてしまい、こんな情景も遥か昔の夢のまた夢か。

Img_8183つるべ井戸で「黒牛の水」を汲み上げるようだ。

Img_8188 黒牛像

Img_8194 名手酒造の裏

この近くに「黒牛岩」があったという。

Img_8195 黒江坂を上る。 

Img_8199 坂の途中の商店

Img_8203坂上近くの家並み

Img_8208 出口米店

Img_8210 黒江駅へ方へ下って行く。

Img_8211 旧家 

 

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