五千石街道
2011年9月29日
平田駅(JR篠ノ井線)・・・国道19号・・・善光寺西街道合流地点(平田南交差点)・道祖神・・・平田橋(田川)・・・ポリテクセンター松本・・・百瀬陣屋跡・・・耳塚古墳・・・正念寺・・・(百瀬諏訪神社)・・・小池神社・・・宝蔵寺跡・・・小池・・・出城砦跡・・・砦橋(塩沢川)・・・赤木下の宮・・・赤木1号橋(北洞川)・・・赤木公民館・・・弘長寺・・・赤木上の宮(諏訪神社)・・・赤木3号橋(南洞川)・・・君石・・・君石橋(小場ケ沢)・・北熊井郵便局・馬頭観音群・・・五千石集会所・五千石バス停・・・道標・宮村交差点・・・大沢橋・・・(長野自動車道)・・・南熊井諏訪神社・・・南熊井城址・・松林寺・・・五千石街道道標・・・(国道20号塩尻バイパス)・・・高山正雄生家・・・住吉神社・・・中山道(塩尻宿)合流地点・・・三州街道・・・鍋中橋(四沢川)・・・三嶋山神社・・・金井橋(田川)・・・みどり湖駅(JR中央線)
今回の街道歩きの最終日は、五千石街道を半日で歩く。
【ル-ト地図】
写真をクリックすると拡大します。
善光寺西街道合流地点(平田南交差点) 《地図》
五千石街道(塩尻市のサイト)は交差点を右折し、平田橋を渡って行く。
交差点右角に五千石街道(松本市のサイト)の道標と道祖神が立っていたのだが、工事中で道祖神(文化7年(1810))のみが残る。
百瀬陣屋跡 【ル-ト地図】の①
高島藩諏訪氏は東五千石領のうち二千石を弟に分割し、ここに陣屋が置かれた。
耳塚古墳 《地図》
前面に2本の大ケヤキがそびえている。
「首塚のいわれは碑面の通り」とある。耳塚=首塚なのか?
かすれていて読めない。
耳の聞こえがよくなるようにと、穴の開いたお椀が奉納されているは、中山道塩尻宿の先の耳神社と同じだ。
小池神社 《地図》
左端が元禄6年(1693)銘の弥勒菩薩像。
今日は晴れてはいるが霞んでいる。
赤木下の宮(諏訪社と津島社の合殿) 《地図》
街道は赤木下の宮→公民館→弘長寺→諏訪神社(赤木上の宮)へと進む。
寺号に年号を許されたのは極めて稀なことだそうだ。
本棟造り、雀踊りの旧家
交差点を渡った右に小祠。弘長寺の旧位置のようだ。
念仏塔道標(左・宮村交差点) 《地図》
南無阿弥陀仏の左右下に、「左 松本 右 牛伏寺」
諏訪神社 《地図》
南熊井城址 【ル-ト地図】の④
通称は余計と思うが。
この先にフランス文学者の吉江喬松の生家があるのだが見逃した。
小祠の後ろに蠺玉神塔
蠺玉(こだま)神
蚕の神様
25日に歩いたばかりの地点に到着。『中山道(下諏訪宿→洗馬宿』
ここから東に少し行き三州街道に入り、みどり湖駅まで行く。
三州街道入口(電柱下に道標) 《地図》
信濃と三州(三河)を結ぶ街道で、伊那街道、「中馬の道」とも呼ばれる。中山道塩尻宿を起点に、天竜川沿いに伊那谷を南下し、下伊那の駒場・根羽を経て、三州の岡崎で東海道に合流する街道。
三嶋山神社 《地図》
小さな無人駅でうっかり跨線橋を渡って行ってしまいそうになった。この駅からの乗車客は我一人。3分ほどで上り電車が来る、グッドタイミングだった。下諏訪駅で特急あずさに乗り換え、明るい内に帰京した。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 日光東往還④(谷貝宿→仁連宿→諸川宿→武井宿)(2010.01.10)
- 北国街道松代道①(矢代宿→福島宿)(2012.05.18)
- 北国街道松代道②(長沼宿→神代宿→北国街道追分)(2012.05.22)
- 坂名一覧表(2012.05.09)
- 北国街道⑧(新井宿→高田城下)(2012.05.16)
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 日光東往還④(谷貝宿→仁連宿→諸川宿→武井宿)(2010.01.10)
- 北国街道松代道①(矢代宿→福島宿)(2012.05.18)
- 北国街道松代道②(長沼宿→神代宿→北国街道追分)(2012.05.22)
- 坂名一覧表(2012.05.09)
- 北国街道⑧(新井宿→高田城下)(2012.05.16)
















































コメント
早速に有難うございます。父がとても感謝しておりましたm(_"_)m 親戚関係に連絡し、皆で生家近辺散策を企画しています(^o^)丿
投稿: 玉兎 | 2011年11月25日 (金) 09:13