房総往還⑤
2011年11月7日
青堀駅(JR内房線)・・・国道16号・・・青木八坂神社・・・福恩寺・・・大乗寺・・・東福寺・・・富津交差点・県道255号・・・医光寺・富津陣屋跡・・・富津交差点・・・長秀寺・・・川名交差点・国道465号・・・川名地蔵堂・・・川名橋(川名川)・・・磯部大神宮・・・新田踏切(内房線)・・・(大貫駅)・・・岩瀬橋(岩瀬川)・・・(内房線)・・・弁天山古墳・小久保藩藩邸跡・弁財天社・・・小久保交差点・旧道・・・公園踏切(内房線)・・・獅子堀川(小久保川)・・・海老田踏切(内房線)・・・国道465号・・・洗心坂・・・花御堂橋(内房線)・・・(佐貫町駅)・・県道265号・・・八幡街道踏切(内房線)・・・川崎橋(染川)・・・圓鏡寺・・・県道256号・・・笹毛踏切(内房線)・・・慈眼寺・・・長浜橋(世入川)・・・国道127号・・・上総湊海水浴場・・・上総湊駅(内房線)
【ル-ト地図】
写真をクリックすると拡大します。
小林一茶とも親交のあった女流俳人の織本花嬌の墓がある。
房総往還はここを左折するが、直進して富津陣屋跡へ行く。
富津陣屋跡あたり(医光寺付近) 【ル-ト地図】の12
説明板などなし。江戸時代末期、上総・安房の江戸湾防備を命じられた松平定信は、梅ヶ丘陣屋、松ヶ丘陣屋、竹ヶ岡陣屋のいわゆる「松竹梅」陣屋を置いた。文政4年(1821)に富津陣屋が置かれ、海沿いの房総往還が整備され、主要ルートになった。明治になってこの先の富津岬の先には元洲堡塁砲台が築かれた。現在は富津公園になっている。
富津交差点まで戻り、房総往還を進む。
地蔵が何体が並んでいる。
「はかりめ」とは、東京湾で獲れる天然の「あなご」のこと。
寂しいねえ。
小久保藩は明治元年に立藩し、明治4年の廃藩置県までの短期間存続した。藩校の盈進館(えいしんかん)は大貫小学校の元となった。
縄掛突起は向う側にもある。
前方中央に東京湾観音の後ろ姿が見える。
「西上総之国小久保村弁財天」の額が掛かっている。
小久保交差点で国道465号から分かれ、左に進み公園踏切(内房線)を渡り、大貫小学校の前を右折し南下する。
東京湾観音が近づいてきた。
右へ東京湾観音へ上る坂。
花御堂橋(内房線)を渡り、佐貫町駅前を通り、八幡街道踏切を渡り、新舞妓海水浴場の方へ進む。
房総往還(県道256号)は直進し、海の方へ向かうが左折して像法寺から圓鏡寺方向に進み南下する。
《地図》
像法寺と圓鏡寺が建てた新しい石像。
圓鏡寺(上総国薬師如来霊場の1番)
この上の観音堂(新上総国三十三観音霊場の15番)の脇には怪しげな石造物が置いてある。
慈眼寺 《地図》
上総国薬師如来霊場の3番。
上総湊海水浴場 《地図》
今日は帽子を持たずに来たため、一日中前方から陽射しを受けまぶしくて疲れ、気分が悪くなってきた。街道歩きには一年中、帽子と傘は必需品ということだ。ベンチで横になりしばし休息し、上総湊駅に向かった。
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