那覇市の坂④
2012年6月30日
旭橋駅(ゆいレール)・・・天使館跡・下天妃宮跡・那覇里主所跡・沖縄県電信電話発祥の地・・・薩摩藩在番奉行所跡・・・三重城跡・・・獅子屋御嶽(辻南公園)・・・辻遊郭街跡・・三文珠公園・・・花城御嶽(当間森)・・・久米至聖廟・・・波上宮・護国寺・・・小桜の塔・・対馬丸記念館・・・波の上ビーチ・那覇港・・・若狭海浜公園・・・夫婦橋(久茂地川)・・・泊港・・泊港橋・・・泊外人墓地・ペルリ提督上陸地碑・・・那覇新港(安謝港)・・・安謝交差点(国道58号)・ナナユヒービラ・・・上之屋交差点・・・沖縄県立博物館・・那覇メインプレイス・・・・おもろまち駅(ゆいレール)→那覇空港→羽田空港
暑い那覇を4日間歩き終えた。羽田に降りた時の涼しさが身にしみた。
【地図】
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上天妃宮の石門が、すぐ北側の天妃小学校に残るのだが、うっかり見落とした。暑さぼけだろう。
南側の薩摩藩在番奉行所跡を探したが分からず。東町交差点の南側あたりのようだが。
炎天下、男女2人が海に向かって線香をたいて熱心に拝んでいる。遥拝所だろう。
三重城の対岸には屋良座森城があった。
今もぎっしりと風俗店が立ち並ぶ。
小説『テンペスト』では、寧温(真鶴)の策略で首里城を追われた前の聞得大君(真牛)が、ここでジュリ(遊女)に身を落していた。NHKTVドラマでは、その店の女将の小林幸子が「はまり役」だった。
花城御嶽 《地図》
後ろは当間森か。
孔子を祀る廟
対馬丸事件犠牲者ら沖縄戦没学童の慰霊塔。
波の上ビーチ・波の上橋
強い日差し紫外線で、10分も肌をさらせばやけどだろう。
ウランダ(方言でオランダ)墓ともいわれる。アメリカ人、中国人、イギリス人、フランス人、スウェーデン人などが眠る。最も古いのは、1718年に埋葬された中国人だそうだ。
ペルリ(ペリー)艦隊は、浦賀に帰港する3ヶ月前に那覇を訪れ、王府の抵抗を押し切って、約200人の兵隊や軍楽隊を率いて首里城を訪問した。その後も日米交渉の基地として数回寄港・滞在している。記念碑には米琉友好の挨拶が和文と英文で刻まれているそうだ。
北側には外国人の宿泊所にもなった聖現寺と琉球八社の一つの天久宮(あめくぐう)がある。ここもうっかり忘れた。暑さぼけではなく、本物のボケか。
安謝交差点(国道58号)から南方向に上之屋交差点あたりまで上る長い坂。歴史散歩マップ『真和志まーい』に載る坂だが、坂名の由来などは分からず。
害虫駆除で7月3日まで休館だと。どっと汗が噴き出し、疲れが増した。仕方なく「おもろまち」の那覇メインプレイスで時間を潰し、那覇空港へ向かった。それにしても暑い4日間だった。
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