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2012年8月 8日 (水)

舘山寺街道①(浜松市の坂)

2012年7月28日

浜松駅・・・大安寺・・・神明坂・・・清水坂・・・神明宮・・・秋葉神社・秋葉坂・・・浄土寺・・・普済寺・寺坂・・・日枝神社・・・三社神社・・・犬塚坂・・・城門の坂・・・おかめ坂・・・うさぎ坂・・・おかめ坂・・・地蔵坂・・・朝日橋(段子川)・・・富塚神明宮・宮坂・・・弥生橋(新川)・道標・・・保六坂・・・安座の坂・・・こりす・・・福江の坂・・・狸坂・・・巳之助坂・・・神明宮・・・神田橋(東神田川)・・・伊佐美橋(伊佐地川)・・・赤坂・・・きがのや東坂・・・湖東団地・・・(東名高速)・・・栗谷坂・・・和地小学校・・・さとう坂・・・きがのや西坂・・・向坂①・・・湖東団地西バス停→浜松駅

  【ル-ト地図】(19.4km)

 浜松駅から北西に浜名湖岸の舘山寺まで、舘山寺街道とその周辺の坂を歩く。けっこう起伏のある道で、暑さと坂の多さで頭と体が疲れた。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1334 神明坂 《地図》 北方向に上る坂だが、今は傾斜は感じられないほど緩い。

天正6年(1578)まで「天照皇大神」「豊受大神」を祭神とする神明宮が、神明町と肴町の境の坂の上にあった。その後、天正15年(1587)に現在地の三組町へ遷座された。この北側の神明町にその名が残る。

Img_1034 清水坂 《地図》 北西方向に上る坂。

このあたりは清水が湧き、清水谷といい、清水様という祠があった。三方原の戦で敗れた家康が、ここで休み清水を飲んだという言い伝えもあるとか。

Img_1035 坂下方向

Img_1037 神明宮(右) 《地図

神明坂の由来の社。正面が秋葉神社。

Img_1038 説明板

Img_1039 秋葉神社

左を下るのが秋葉坂。毎年1月下旬に焼納祭(ショウノウサイ)と管粥祭(クダガユサイ)が行われる。
管粥祭は、五穀を入れた粥の中に五本の竹管を入れて、その年の豊凶を占う行事。焼納祭では、正月のお飾りが焼かれる。当日は露店も立ち並び大勢の人々で賑わうそうだ。

Img_1040 秋葉坂(坂下方向) 《地図》 鴨江町交差点から東方向へ秋葉神社の南側に上る坂。

Img_1043 坂下方向

Img_1046 坂上方向

右に坂標

Img_1050 普済寺

Img_1049 説明板

Img_1051 寺坂 《地図》 北西方向に上る坂。

Img_1052 坂下方向

ここで右にカーブして上って行く。

Img_1053 坂上方向

昔は坂の右側が普済寺、左側が西来院の境内で、寺坂と呼ばれた。

Img_1059 犬塚坂(坂下方向) 《地図》 浜松北高東交差点から南東へ下る坂。

昭和3年に犬塚伊三郎さんが私財を投じて開いた坂だが、新道に整備され往時の面影はないようだ。坂の途中に、犬塚氏の作と思われる石碑が建てられているというが、今もあるのか確認できなかった。

Img_1064 城門の坂 (坂下方向)《地図》 北西方向に下る坂。

浜松城に通じていたところからこう名づけられた。 江戸時代、庄内、神久呂に住む人たちはこの坂を通って城下町に出かけた。

Img_1074 おかめ坂(坂下方向) 【ル-ト地図】の① 北東から南東に上る坂。右に「おかめ坂」バス停。

この坂は明治25年頃つくられた。朝日橋から地蔵坂を上る旧坂に対して新坂と言われている。昭和の初め、鍛冶町の呉服店が新坂の途中におかめの絵を描いた大きな看板を立てので、いつの間にか「おかめ坂」と呼ぶようになった。

Img_1077 坂下方向

途中から右にうさぎ坂が下っている。

Img_1079 うさぎ坂 【ル-ト地図】の② カーブして南に舘山寺街道に上る坂。

昔、この坂は道幅が狭く急でうさぎが通るような獣道で、付近にはうさぎが棲んでいたことから、この名がつけられた。

Img_1084 坂上方向

Img_1082 右に「うさぎ坂」・右下に「兎橋」の標示がある。

Img_1091 地蔵坂 【ル-ト地図】の③ 南東方向に上る坂。

旧庄内街道の道筋で、明治の初め頃、坂の下に首のない地蔵があったので、こう呼ばれるようになった。

Img_1093 坂下方向

階段坂となる。

Img_1096 坂上方向

Img_1100 宮坂 《地図

神明宮(左)の東側を北方向に上る坂。

Img_1107 坂上方向

Img_1114 道標(弥生橋を渡った左側)

「直 庄内 濱名 三ケ日 左 神久呂 雄踏 道」

Img_1118 保六坂 《地図》 曲りながら南方向に上る坂。坂上で安座の坂の途中に出る。

このあたりの字名による坂名。電柱の右に坂標が立つ。

Img_1126 坂下方向

Img_1121 安座の坂 《地図

お茶屋橋(新川)から北西方向に上る坂。
これも字名による坂名。

Img_1123 坂下方向

Img_1132 こりす(子りす)坂(坂上方向) 【ル-ト地図】の④

東方向に富塚西小学校南門に上る坂。右の小学校石碑の所を右折して行く。

昭和54年4月、富塚西小学校開設にあたって、山を切り崩して児童の通学路を作った。全校からこの坂の名前を募集して名づけられた。

Img_1136 坂上方向

右に坂標

Img_1142 福江の坂 《地図》 曲りながら北西に上る坂。

字名による坂名。旧道風情の残る坂だ。

Img_1145 坂上方向

Img_1150 坂下方向

Img_1155 狸坂(坂上方向) 【ル-ト地図】の⑤

狸坂バス停あたりを上って下る舘山寺街道。
弥生団地が造成される前は、小さな獣の棲む山で、狸がよく出たと言われる。また、坂の付近は字名を狸谷という。

Img_1160 下りとなる。

Img_1161 巳之助坂(坂上方向) 《地図》 南東方向に上る坂。

江戸時代に巳之助さんが住んでいたという。坂標を見て知った坂。

Img_1162 坂上方向

Img_1178 赤坂 《地図》 北西に上る坂。

赤坂バス停(左)あたりの坂だが今は傾斜はゆるい。

Img_1183 きがのや東坂 《地図》 和地向交差点から北方向に下る坂。

谷間を気賀谷川が蛇行していた。「まむし坂」とも呼ばれていた。この坂も坂標で知った坂。

Img_1185 坂下方向

Img_1188 栗谷(くりや)坂(坂上方向) 《地図》 東方向に上る坂。

付近の地名か、栗の木が多かったかさだかでない。

昔話:「仲の悪いくりやさとうという武将が、この坂とさとう坂に陣を構え石を投げ合って戦った。坂上にはたくさんの石が積み上げられていたという」

Img_1191 さとう坂(坂上方向) 《地図》 東方向に上る坂。

栗谷坂とはかなりの距離だ。手で投げても石は届かないだろう。

Img_1194 きがのや西坂 《地図》 南方向に上る坂。坂上は湖東団地中バス停。

Img_1197 坂下方向

Img_1198 向坂①を下る。 《地図

北西方向に花川橋へ下る坂。

次の湖東団地西バス停から浜松駅に戻った。

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