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2012年10月18日 (木)

多古街道②

2012年10月9日

芝山千代田駅(芝山鉄道)・・・多古街道復活地点(千代田交差点)・県道106号・・・御山神社・・・春日神社・・・旧道・・・県道106号・二太郎塚跡?・・・旧道・・・牛頭天王碑・・・阿弥陀堂・・・普賢院・・・高谷川・・・国道296号・・・(多古町)・・・三社神社・・・多古橋川・・・染井交差点・(一里塚跡あたり)・・旧道・・・三輪神社・・・までいどの三差路・・・法福寺跡・県道74号・・・八坂神社・・・多古陣屋跡(多古第一小学校)・・・多古町役場前(バス)→成田空港第二ターミナル

  【ル-ト地図】(12.1km)

 今日のコースは昔ながらの旧道も残り、まあ歩きがいがあった。だがIMF総会の開催で成田空港周辺は警備が厳しく、駅、電車の中には警官がいるし、多古町からの帰りのシャトルバスでは、空港エリアに入る所に検問所があり、バスに警官が乗り込んで来てチェックを受けた。無粋な始末にいい気分の街道歩きの余韻も半減した。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_3470 多古街道復活地点(千代田交差点) 【ル-ト地図】の①

街道は成田空港(正面)を横切って、ここへ通じていた。

Img_3476 カーブしながら緩やかに上って行く県道106号。

Img_3477 春日神社 《地図

住母家・白枡・加茂・坂志岡・稲葉・千代田の旧六ヵ村の鎮守。

Img_3480 春日神社の先で右に旧道に入る。白枡地区ではこの道を「江戸街道」といい、加茂地区ではこれから通る道を「江戸街道」といっているそうだ。
民謡にも歌われた美人の娘いる茶屋、「白枡粉屋」跡へと続く道でもあるが、美人娘も粉屋も今は遠い昔の話よ。

Img_3482 行き止まりになってしまう。

Img_3486 少し先の道を進んでみる。

Img_3484 林の間の道となり県道からは離れて行ってしまうようで引き返す。

Img_3487 二太郎塚跡あたり? 《地図

字名に「二太郎塚」が残り、多古町の染井の一里塚から二里目の塚があった所ともいう。この次が成田の三里塚だろう。

Img_3491 やっとコスモスの似合う季節になってきた。

Img_3495 この先で左に旧道に入る。

田辺野入口バス停の所なのだが、バス路線は廃止されたようで、倒れたバス停に気づかずかなり進んでしまって引き返し、もっと前まで戻ってしまった。そば工房「篠」は健在だ。

Img_3498 これが加茂地区でいう「江戸街道」の道筋。《地図

右の小高い塚に牛頭天王碑が立つ。

Img_3503 切通しの気分のいい坂を下って行く。

Img_3504 阿弥陀堂 【ル-ト地図】の②

Img_3507 小さな阿弥陀さんもちゃんといらっしゃる。

Img_3508 このあたりから加茂宿なのだが、今は民家はない。そば屋があったというが。県道沿いにあったそば屋はここから移ったのかも? 勝手な想像で根拠なし。

Img_3511 旧家

Img_3516 普賢院 《地図

ちょと寂れた感じの参道、境内だった。

Img_3518 樹齢300年以上という大槇(普賢院境内)

加茂宿を抜けると旧道は国道を横切り、山道を上って行くのだが、今はゴルフ場内の道となる。事前の下調べでは通れないので国道を上って行く。国境の峠を越えるような感じだ。

Img_3528坂上で芝山町から多古町へ入る。《地図

「千葉県歴史の道調査報告書」では上総国と下総国の境という。成田市は下総、芝山町は上総、多古町は下総ということか。

Img_3531 三社神社前に出る旧道に入る。《地図

Img_3532 三社神社 【ル-ト地図】の③

慶長6年(1601)の勧請といい、天照大神・熊野大神・八王子大神が祭神。

Img_3534 旧道っぽい道が続いているが国道からは離れて行くようなので国道に出る。

Img_3539 国道をどんどん下って行く。

Img_3543 染井交差点

一里塚があったのはもう少し北側か?

すぐ先で左に旧道に入る。

Img_3544 旧道へ左折する。 《地図

民家の間を抜け、旧家の長屋門の突当りを右折すると上りとなる。

Img_3549 長屋門

Img_3552 ちょとした急坂となる。

Img_3554 三輪神社参道 【ル-ト地図】の④

Img_3555 社殿

染井地区の鎮守。開放されていて気持ちがいい。

Img_3557 みかんの成る道を下る。 《地図

Img_3559 明るい畑中の道となる。

Img_3561 までいどの三差路 【ル-ト地図】の⑤

分岐に道標などが立つ。ここを右折して坂を下って行く。

Img_3563 道標(明治21年)

「東多古八日市場てうし」・「西三里塚佐くら東京」・「北十余さくら田佐八ら」、西は今歩いて来た道、北は佐原への道で、道標に従い東の多古、銚子への道へと進む。

Img_3566 振り返って見る。

左が三里塚、佐倉へ、右が佐原への道。

Img_3567 坂を下る。

国道に出ると多古町の中心部だ。

Img_3572 法福寺跡の石灯籠と池 《地図

Img_3574 多古宿

多古(久松松平家)藩1万2千石の城下町で、多古第一小学校が陣屋跡で、その南方が中世の千葉氏の多古城跡。嘉永7年(1854)には旅籠が9軒の記録があるが問屋場どこにあったかなどは不明という。

Img_3576 家並み

Img_3578 八坂神社 《地図

Img_3580しいかご舞」説明板

Img_3584 旧家

Img_3586 郵便局のマーク(〒)がついている。門も立派だ。

前の郵便局で、もとは問屋場、本陣格の家だったのか?

Img_3592 多古陣屋跡(多古第一小学校) 《地図

敷地内に石垣の一部が残る。その南方が中世の千葉宗家の最後の砦の多古城跡のようだ。『千葉家騒動』(多古町史話) 案内板、説明板などはない(と思う)。多古町は歴史に無関心、無頓着のようだ。

多古町役場前バス停からシャトルバスで、成田空港に向かった。

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