中街道②
2013年1月20日
大和八木駅(近鉄大阪線)・・・半九旅館・・旧高取銀札引替所(河合家)・・河合源七郎家・・札の辻(横大路交差点)・東の平田家(八木札の辻交流館)・西の平田家・・谷三山生家・・高取藩下屋敷跡・・井戸の辻・八木町道路元標・・・八木街道踏切(JR桜井線)・・・おふさ観音・・・神道橋(飛鳥川)・小北稲荷・・・八幡神社・・・国道169号・・下ツ道跡碑・・・軽の衢(丈六交差点)・山田道(県道124号)・・・厩坂宮・厩坂寺跡伝承地・・・石川池(剣池)・孝元天皇陵・・・春日神社・応神天皇軽島豊明宮跡碑・・法輪寺(軽寺跡)・・・丸山古墳・・・旧道・・・欽明天皇陵・・・みみなほし地蔵・・・ほうねん橋碑・・・飛鳥第五号踏切(近鉄吉野線)・・・高取国際高校・・・高取中学校・・・橋本橋(吉備川)・県道120号・・・八幡神社・宮池・・・如来寺・・・市尾墓山古墳・・・天満池・・・念仏寺・天満神社・市尾宮塚古墳・・・(御所市)・・・古瀬大橋(曽我川)・・・巨勢寺塔跡・大日堂・・・(近鉄吉野線)・・・吉野口第三号踏切(近鉄吉野線)・・・卯神社石標・・・薬水駅(近鉄吉野線)・・・薬水橋(薬水川)・・・重阪第一踏切(JR和歌山線)・・・重阪第三踏切・・・(五條市)・・・テクノパークなら・・・旧道・・・北川・・・下街道合流地点(三在町北交差点)・国道24号・・・三在交差点・旧道・・・国道24号・・・今井町交差点・旧道・・・五条駅前・・・商栄会通り・・本陣交差点・・天誅組本陣跡(桜井寺)・・五條代官所跡(五條市役所)・・宝満寺・・一ツ橋(西川)・・新町通り(旧紀州街道)・・鉄屋橋(西川)・・赤根屋半七宅跡・・まちなみ伝承館・新町橋(東浄橋)・・栗山家住宅①・・中家住宅・・栗山家住宅②・・御霊神社・・・五条駅(JR和歌山線)
【ル-ト地図】
横大路と交差する八木町からひたすら南下する。途中古代の遺跡、伝承地にも寄り道しながら進む。飛鳥駅を過ぎたあたりで中街道は南西方向へ道筋を変える。田園地帯も広がり風景も一変する。
市尾墓山古墳、市尾宮塚古墳、巨勢寺塔跡と進み、薬水駅を過ぎるとJR和歌山線沿いの道となる。和歌山線と別れ重阪地区を五條市との市境まで上り、下って下街道との合流地点に出る。
国道24号を進み、今井町交差点から旧道に入って五条駅前に出た。さらに本陣交差点から昔風情の残る新町通り周辺を散策した。
写真をクリックすると拡大します。
左が旧高取銀札引替所(河合家)、その隣が河合源七郎家。
「笈の小文」の旅での句。札の辻付近の宿に泊まったようだ。
札の辻(横大路との交差点) 【ル-ト地図】の7
谷三山生家(左)
井戸の辻 《地図》
左の民家前に「八木町道路元標」
創業は天保8年(1837)の老舗。作曲家の山田耕筰もファンだったという清酒「岸の竹」は今は造っていないようだ。
慶安3年(1650)、付近にあった鯉ヶ淵という池の中から白い亀に乗った観音が現れ、それを見つけた近くに住む娘おふさが小さな堂を建立して観音を祀ったことが起源という。今日は恵比須尊社の「初えびす」で賑わっている。
下ツ道跡碑 《地図》
丈六交差点から東へ山田道(県道124号)を石川池(剣池)へ向かう。
下ツ道と山田道が交差する交通の要衝で「軽の巷(衢・ちまた)」と呼ばれた。
厩坂宮跡・厩坂寺跡伝承地 《地図》
舒明(じょめい)天皇の宮跡に建てられた、藤原氏の氏寺の興福寺の前身の寺というが、説明板などはない。
正面は孝元天皇陵。池の西方の本明寺が石川精舎跡という。
応神天皇軽島豊明宮跡碑(春日神社境内) 《地図》
法輪寺(軽寺跡)
全長約310mの奈良県下で最大、日本全国で6位の前方後円墳。
皇極(斉明)天皇の母。そばには4体の猿石と呼ばれる石造物もある。
みみなほし地蔵 《地図》
堂内には浮彫の石造地蔵立像がある。「耳なおし」の由来はどういうものか?
道標には「こんかう山ミち」で金剛山。
高取川沿いを進む。《地図》
飛鳥第五号踏切(近鉄吉野線)を渡り、田園地帯を行く。
高取中学校の先のT字路を左折して行く。《地図》
右は束明神古墳・岡宮天皇陵への道。このあたりには薩摩・兵庫・吉備・土佐・松山などの地名がある。
鍵が掛かっていて入れず、外からは内部は見えず。もう少し工夫しろよ。
被葬者はこの地一帯を本拠地としていた巨勢氏の一族か。
近づくと上からの照明が点灯して、よく見えるすぐれもの。市尾墓山古墳とは大違いだ。
巨勢寺塔跡・大日堂 【ル-ト地図】の9
舎利納孔の周りに三重の溝が切ってあり、これらの溝を結ぶ排水溝が西方向へ掘られている。
「右 かうや」・「左 大峯」
ここは御所市奉膳(ぶんぜ)
薬水(くすりみず)駅(近鉄吉野線) 《地図》
ここは大淀町で、この先で再び御所市となる。
薬にはほど遠しか。
県道との間にガードレールはない。
練習中の中学生と高校生のチーム何組かとすれ違った。
一周というから100kmくらいあるかと思ったら25.7kmだった。拍子抜け。
峠越えの感じだ。峠に名前はあるのか?
五條市に入り「テクノパーク・なら」の間を下って行く。《地図》
金陽製薬の先で県道から離れ左に入る。《地図》
「いずこもおなじ秋の夕暮れ」の駅前通り。
栄えた時もあったろうに。
天誅組本陣跡(桜井寺) 【ル-ト地図】の11
「御政府」の看板を掲げたが、それも「一日天下」のつかの間の夢だった。
代官鈴木源内の首を洗ったとされる「首洗い鉢」、「三勝・半七の比翼塚」もあるようだ。
五條代官所跡(五條市役所) 《地図》
天誅組は代官鈴木源内の首を刎ね、代官所に火を放って挙兵した。
『新町周辺ガイドマップ』を頼りに新町通り(旧紀州街道)周辺を散策する。
宝満寺 《地図》
宝永年間(1704~10)の創業。富有柿を使った柿ワイン、飲みたいねえ。
歌舞伎『三勝半七艶容女舞衣』のモデル。
新町橋・まちなみ伝承館
この橋の西側の神田橋(寿命川)を渡った西方寺に、島原の乱の引き金となった圧政者の松倉重政の頌徳碑がある。五條では名君として崇められ、「豊後さま」として称えられるほどだったというから、びっくりだ。
元禄9年(1696)の棟札が残る。五條の町屋の多くが中二階建てなのに対して、単層に見せる構造が珍しいそうだ。
宝永元年(1704)の建築。元禄の大火(元禄16年(1703))以降に建てられた防火策の厳重さが特徴という。
棟札に慶長12年(1607)の銘があり、年代の判る民家では日本最古とか。
創業130年以上の天然醸造醤油専門店。
国内産大豆100%と小麦、世界最高級の紅海産天然天日塩を使用しているそうだ。
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