下街道②
2013年1月23日
大和新庄駅(JR和歌山本線)・・・大和新庄南二番踏切・・・笛吹若宮神社・・・新町橋(安位川)・・・薑地区・・・閻魔堂・・・御所まち(北の木戸跡・高札場跡・四地蔵①(長命地蔵)・・大橋(葛城川)・・正栄寺・・町石・・四地蔵②(大日地蔵)・・四地蔵③(馬橋地蔵)・・円照寺・・・大橋・・真龍寺・・背割下水・・加茂口踏切(JR和歌山本線)・四地蔵④(安産地蔵))・・鴨口橋(柳田川)・・鴨都波神社・・・端駆橋(葛城川)・・・国道24号・・・宝国寺・・八幡神社・宮山古墳(室の大墓)・・・かやの木淡島神社・・・小殿交差点・旧道・・・西蓮寺・・・田口橋(葛城川)・・・船宿寺・・・風の森峠・国道24号・・・小山跨線橋(JR和歌山本線)・・・春日神社・・・北川橋(北川)・・・中街道合流地点・・・北宇智駅(JR和歌山本線)
【ル-ト地図】
御所まちを散策し、国道24号に出て右手に金剛・葛城山を見ながら進む。小殿で左に旧道に入り緩やかに上って行くと、船宿寺の先で風の森峠に出た。ここは葛城古道で歩いた所だ。
後は五條に向かってひたすら下って行く。北宇智駅を過ぎて中街道との合流地点に着いた。
写真をクリックすると拡大します。
笛吹若宮神社 《地図》
葛木坐火雷神社(笛吹神社)の分社。
閻魔さんは右奥に引っ込まされて渋い顔だ。
『御所まちマップ』を頼りに散策する。
枡形(遠見遮断)になっている。
御所まちは江戸初期に形成された陣屋町で、葛城川の西側が環濠集落の商業地区の西御所、東側が寺内町の西御所として発展した。
陣屋はどこにあったのか?
枡形を過ぎ振り返った所。四地蔵は御所まちの四隅を守る道祖神みたいなものか。
大橋(葛城川)を渡って東御所の寺内町へ。
四地蔵②(大日地蔵) 《地図》
四地蔵③(馬橋地蔵) 《地図》
再び大橋を渡って西御所に戻る。
中井家(国登録有形文化財)
「風の森」の樽が積んである。
四地蔵④(安産地蔵) 《地図》
ここで御所まちともおさらばだ。
葛城氏・鴨氏によって祀られた神社で、高鴨神社(高鴨社)・葛城御歳神社(中鴨社)に対して「下鴨社」とも呼ばれる。京都の上賀茂・下賀茂神社の本家という。
宝国寺(室身替大師)
宮山古墳(室の大墓) 【ル-ト地図】の8
ここは宮山古墳の後円部下。
小殿交差点から左に旧道に入る。
旧家の前に「家長韜庵」の石碑
生家か旧宅か?
船宿寺 【ル-ト地図】の9
「花の寺」だが今の時期、花はお休みか。なぜ「船」なのかと思っていたが、船形岩からきているようだ。船路という地名もこの寺に由来するのだろう。
名前のような景観はない。
ここで国道24号と合流する。
2008年5月に御所駅からここまで、下街道の西側の葛城・金剛山麓の「葛城古道」を歩いている。なんだが懐かしい。
この先、五條までは「中街道②」に記載。
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