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2013年5月 1日 (水)

萩往還②

2013年4月22日

萩駅(JR山陰本線)・・・国道262号・・(山陰本線)・・・旧道・・・前原騒動慰霊碑・・・大屋観音橋(大屋川)・・・涙松の遺址・・・猿田彦神塚木・・・萩八十八ヶ所の第八番・・・地下道(県道32号)・・・悴坂一里塚跡①・・・大屋刑場跡・栗山孝庵女刑屍体腑分之跡碑・首切り地蔵・・・地下道(県道32号)・・・道の駅萩往還・松陰記念館・・・(鹿背隧道)・・・悴坂駕籠建場跡・茶屋跡・・・烏帽子岩・・・地蔵・殉難三士説明板・・・(県道32号)・・・吉田松陰詩碑・・・・彦六・又十郎伝説明板・明木橋(明木川)・明木市(明木宿)・・高札場跡・・乳母の茶屋(御茶屋跡)・・目代所跡・・瑞光寺・・明木神社・・赤間関街道分岐・明木市頭ノ尾一里塚跡②・地蔵・庚申塔・・・(国道262号)・・・一升谷入口・・下茶屋の浴(川)・・石畳・・町田梅之進自刃の地・行司の墓・・金ヶ浴・・上茶屋の浴・・彦六の道分岐・・根の迫石橋・・五文蔵峠(一升谷十合目・346m)・・・釿切駕籠建場跡・桜茶屋跡・・・釿切中ノ峠下一里塚跡③・・・七賢堂の展望台・・国道262号・・・中ノ峠(釿ノ切峠・405m)・・・旧道・・・落合の石橋・・・千持峠・・・佐々並市(宿)・・西岸寺・・佐々並橋(佐々並川)・高札場跡・・目代所跡・・御客屋跡・・・佐々並バス停→東萩駅

 街道歩きには絶好の天気の下、萩城下を後に涙松跡から悴坂を上って、宿駅風情の残る明木市へと下った。明木市を抜けると五文蔵峠への一升谷の長い上りとなる。所々に石畳が残っている。釿切地区へ下り、中ノ峠から千持峠を越えて宿駅だった佐々並市へ入った。ここにも宿場の面影が残っていた。

  【ル-ト地図】(16.9km)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0659 山陰本線を渡り、国道262号から旧道に入る。《地図

山陰本線が通じる前の旧道は、萩駅前から大屋縄手という直線的な道で、ここへ通じていた。今日も晴れていて気持ちがいい。

Img_0661 前原騒動慰霊碑

萩の乱(前原騒動)で戦死した多くの若者の慰霊のため地元の人が建てたという。

Img_0664 茶臼山方向

頂上に狼煙場があったと伝え、中世には大内氏の将、岩城豊後守の城跡と伝える。

Img_0665_2大屋観音橋 《地図

道標「左 山口 小郡 道」・「右 河内 木間 道」と、観音橋の古い親柱が立つ。橋の下の石造観音像を探したが見つからず。

Img_0669 大屋地区を抜け悴坂(かせがさか)の上りとなる。

Img_0671 涙松の遺址 【ル-ト地図】の①

萩城下が見える最後の所で、旅立つ時には萩の街との別れの涙を流し、帰って来た時は嬉し涙した所。松は枯れてしまってない。安政6年(1859)、江戸に護送される吉田松陰はここで歌を詠んだ。

Img_0673 説明板

Img_0675 猿田彦の塚木

倒れているのでなく、置かれて祀られている道祖神だろう。

Img_0676 萩八十八ヶ所の第八番

地下道で県道32号をくぐる。

Img_0680 悴坂一里塚跡① 【ル-ト地図】の②

基点の唐樋札場から最初の一里塚跡。三田尻まで11の一里塚があった。

Img_0683 土盛りではなく石積みの塚。

Img_0681 説明板

Img_0685 竹林の道を進む。

Img_0689 大屋刑場跡・栗山孝庵女刑屍体腑分之跡碑・首切り地蔵

Img_0688 説明板

Img_0690 首切り地蔵

刑死者供養の地蔵。優しく物悲しそうで、女性的な顔立ちをしている。

 再び地下道をくぐる。

Img_0692 松陰記念館 《地図

Img_0698 萩往還は右だが、左へ鹿背隧道を見に行く。

ここから隧道入口までは約250mある。隧道の出口はこの先の萩往還のすぐ近くにある。

Img_0699 鹿背(かせ)隧道(国の有形文化財)

長さ約182mの山口県で最初の洋風石造隧道。
萩往還はこの上を越え、隧道の向う口の少し先へ下って行く。

Img_0695 説明板

Img_0702 悴坂はまだ続く。

Img_0703 悴坂駕籠建場跡(復元)

悴坂峠あたり。

Img_0704 説明板

Img_0706 駕籠を置く台

Img_0711 萩往還は隧道の上を越え、ここへ下って来る。

Img_0712 萩往還の所々には現在の休憩所も設置されている。

Img_0714 道標に従い左へ下って行く。

この道標は萩市内では多くて助かるが、山口市・防府市では少ない。

Img_0716 烏帽子岩

自然の道しるべとして往還を行く人々の目標物になっていたという。慶応元年(1865)鎮静会議員の香川半助ら3名(殉難三士)を襲った選鋒隊は、香川らの首級と睾丸をここに晒したという。

Img_0719 明るい所へ出て明木市に向かう。

Img_0721 明木川沿いを進む。 《地図

静かでのどかだ。

Img_0724 地蔵・石灯籠・「殉難三士」説明板(右下)

殉難三士を供養する地蔵ともいう。

Img_0725 「殉難三士」説明板

Img_0728 吉田松陰詩碑(左)

伊豆の下田で捕らえられた松陰は江戸の伝馬町の牢屋敷へ送られ、助命されて萩へ檻送され野山獄に幽囚された。

Img_0730 説明板

Img_0734 氷室跡?

Img_0735 (現)明木橋を渡って明木市へ入る。 《地図

もとは西来寺前に架かっていて明木川を渡った所に高札場があった。

Img_0736 彦六・又十郎伝説明板

明木地区の恩人。

Img_0802 保存会もあるよ。

Img_0740 明木市(宿)へ入る。

元郵便局の児玉家

Img_0744 説明板

Img_0753 案内図

Img_0743 乳母の茶屋(萩往還交流施設)

御客屋から昇格した御茶屋跡(藩主の休憩・宿泊施設)。

Img_0745 由来

Img_0757 明木市の家並み 《地図

石州赤瓦葺きの屋根。右側に目代所(問屋場)・馬継場があった。

Img_0760 瑞光寺山門

Img_0763 「一升谷入口」の倉木商店の屋根看板

ここを左折。左角に道標と曲がった右手に高札場があったようだ。

Img_0767 赤間関街道(中道筋)分岐(右)・明木市頭ノ尾一里塚跡② 【ル-ト地図】の③

Img_0773 左上に地蔵・庚申塔・小祠

 この先で国道262号をくぐる。

Img_0775 一升谷入口

3km以上の長い上り坂の始まりだ。途中に石畳が残っている。

Img_0780 説明板

Img_0781 一升谷の石畳

Img_0782 町田梅之進自刃の地・行司の墓(左)

Img_0783 説明板

Img_0784 小さな石碑がポツンと。

Img_0786 行司の墓(昭和2年)

「東京行司木村久治墓」とあるそうだ。詳細は不明のようだ。旅の途中のこの地で病死したのだろうか。

Img_0788 金ヶ浴(きんがえき)あたり

昔、大泥棒が処刑される時、このあたりに盗んだ千両箱を埋めたという埋蔵金伝説があるそうだ。今だ発見されず・・・。「浴」とは小川のことか?

Img_0792 一升谷五合目(標高165m)あたり

Img_0801 彦六の道分岐(右の木橋方向)

Img_0808 根の迫石橋を渡って行く。

Img_0816 石畳道

Img_0820 五文蔵峠(一升谷十合目(346m))

Img_0822 釿切(ちょうのぎり)地区に入る。

Img_0827 釿切駕籠建場跡・桜茶屋跡

Img_0828 説明板

Img_0834 釿切中ノ峠下一里塚跡③ 【ル-ト地図】の④

何の標示、説明板などはない。写真を撮って通り過ぎ、塚上の木柱の文字を読もうと思い引き返すが、フェンスで近づけず読めない。近くで農作業中のおばさんに聞いてみる。確かに一里塚跡で、役場に何度も案内板・説明板などを立てるように言っているが、駄目らしい。以前はもっと粗雑に扱われ、塚石は炭焼きの窯(かまど)用に持ち去られていた時もあったそうだ。地区の人たちがこのように復元したという。その他いろんな話を聞けてよかった。

 この先で左折し、国道262号へ上って行く。

Img_0838 七賢堂の展望台から 《地図

下が萩往還の釿切中ノ峠下一里塚跡あたり。

Img_0841 竹林を抜けて国道に出る。

孟宗竹・黒竹・大名竹ほか色々ある。

Img_0849 中ノ峠(釿ノ切峠)

標高405mで五文蔵峠より高い。下りとなって佐々並に向かう。

Img_0853 旧道に入る。

Img_0854 石畳が残る。

Img_0864 落合の石橋

Img_0861 説明板

Img_0865 刎橋構造になっている。

木造の刎橋は甲州街道沿いの「猿橋」が有名だ。

Img_0871 千持峠あたり

Img_0876 佐々並市(宿)へと入る。

Img_0880 佐々並橋 《地図

渡った所の左の呉服屋前に高札場があった。

Img_1006 説明板

Img_0889 案内図

御茶屋(藩主の宿泊・休息施設)は宿の東端(写真の右端)にあった。

Img_0886 説明板

Img_0893 目代所跡(右)

Img_0894 説明板

Img_0990 林旅館

江戸期からの旅館

Img_0991 御客屋跡(正面) 【ル-ト地図】の⑤

右は阿武萩森林組合佐々並出張所。

Img_0904 説明板

Img_0902 阿武萩森林組合佐々並出張所

もとはバスの佐々並停留所の建物。佐々並で唯一の洋風建築だそうだ。

Img_0901 説明板

ここを左折して行くのだが、この先のバスの便を考えて今日はここまでとし、佐々並バス停に向う。

Img_0907 今が盛りか

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