東京坂道散歩(鎌倉街道 中の道(東回り②))
2013年7月26日
千駄ヶ谷駅(JR総武線)・・・(新宿区)・・新宿御苑(千駄ヶ谷門~新宿門)・・(甲州街道)・・太宗寺・・・瓶割坂上(靖国通り)・・・西向天神社・大聖院(山吹坂・不動坂)・・・抜弁天(厳島神社)・弁天坂上・久左衛門坂上・・・(大久保通り)・・・箱根山・・戸山公園・・箱根山通り・・・放生寺・・穴八幡神社・・・八幡坂(早稲田通り)・・グランド坂上・・・水稲荷神社・・甘泉園公園・・・面影橋駅(都電荒川線)・・面影橋(神田川)・・(豊島区)・・山吹の里碑・・・氷川神社・・南蔵院・・・宿坂・・金乗院(目白不動)・・・(目白通り)・・・鬼子母神前駅(都電荒川線)・・・鬼子母神堂・・・法明寺・・・威光稲荷神社・・・本立寺・・・東池袋交差点・・・サンシャインシティ・・東池袋中央公園・・・子育地蔵・・・宮仲橋(JR跨線橋)・・・明治通り・・・千川上水分配堰碑・・旧中山道(堀割交差点)・・・西巣鴨交差点(国道17号)・・(北区)・・八幡通り商店街・・・御代台の坂下・・・滝野川八幡神社・狐塚の坂下・・・四本木稲荷神社・・・金剛寺(源頼朝布陣伝承地・松橋あたり)・・紅葉橋(石神井川)・・・日光御成道合流地点・・・東十条駅(京浜東北線)
【ル-ト地図】
新宿御苑を突っ切り、甲州街道を渡り北に向かう。西向天神、抜弁天から箱根山に上り、面影橋へと下った。
豊島区に入り、目白不動の金乗院沿いの急な宿坂を上り、鬼子母神から池袋のビル街の雑踏を抜け、宮仲橋を渡って明治通りに出て北東に進む。
旧中山道を横切り、国道17号を渡って北区に入り、「鎌倉」の伝承が残る松橋あたりを過ぎて日光御成道に合流した。岩淵宿の先の荒川土手まで行くつもりだったが、蒸し暑さでバテ気味で東十条駅までとした。
*この先は『日光御成道(本郷追分→岩淵宿)』へ続く。
*坂の詳細は『東京23区』(坂道散歩)
写真をクリックすると拡大します。
御苑を抜け甲州街道を渡り北へ、太宗寺~瓶割坂上(靖国通り)~西向天神社・大聖院(山吹坂・不動坂)~抜弁天へと進む。
抜弁天(厳嶋神社) 【ル-ト地図】(中の道・東回り)の10
鎌倉街道沿いで源義家のゆかりの地。
大久保通りを越え箱根山に向かう。
山と呼ぶのは恥ずかしいか。このあたりは源頼朝の御家人の和田義盛の領地だった。
箱根山の地面の下には陸軍戸山学校時代の銃弾が多数埋まっているそうだ。戦時中、細菌戦の人体実験を行っていたとされる731部隊との関連が噂され、都内有数の心霊スポットとか。
冬には池袋のサンシャインビルが望めるそうだ。
箱根山通りを下り、穴八幡に寄り八幡坂を上って西早稲田交差点で右折して行く。
堀部安兵衛之碑(水稲荷神社境内)
西早稲田交差点あたりが仇討で有名な「高田の馬場」跡。
落語『高田馬場』
小さな水神社と思っていたが、境内は広く社殿も立派だ。
面影橋駅(都電荒川線)
「面影」・「俤」・「姿見」とはほど遠い何の風情もない橋だ。車の往来が少ないのが唯一の救いだ。
「鎌倉街道と推定される古い街道沿い」とある。
神田川(面影橋から)
山吹の里碑 《地図》
通って来た西向天神の山吹坂、大聖院の「紅皿の碑」も太田道灌の「山吹の里」にゆかりの地。『新宿区の坂⑤』に記載。
『怪談乳房榎』
江戸時代には高札場、茶店などがある交通の要衝だった。道の曲がり具合も変わっていないそうだ。
「宿坂の関」があった鎌倉街道筋の急坂。
金乗院(目白不動)
丸橋忠弥の墓もある。
東側に稲荷坂、西側にのぞき坂と3本の急坂が並んでいる。
宿坂上で目白通りを横切り、鬼子母神へと進む。
鬼子母神大門ケヤキ並木に入る。《地図》
ここは法明寺の飛地境内。右側に沿って行く。
法明寺の境内を抜ける。
細い道を進む。《地図》
ここも法明寺の境内地。
左は本立寺
高速道路のジャングルの下を抜ける。鎌倉街道はどこへやら。《地図》
子育地蔵 《地図》
ここは帝京平成大池袋キャンパス。
宮仲橋(JR跨線橋)を渡って、池袋の中心街からおさらばだ。 《地図》
千川上水分配堰碑(堀割交差点の手前) 【ル-ト地図】の12
西巣鴨交差点から八幡通り商店街へ入る。
八幡通り商店街 《地図》
非常に蒸し暑くバテてきた。滝野川八幡神社の先の突き当りを右折して行く。
円墳の四本木稲荷古墳上。塚上には「頼朝旗立の榎」があったという。
このあたり一帯を松橋といい、弘法大師の伝説地、源頼朝の布陣伝承地という。
弁天堂(金剛寺) 《地図》
源頼朝は石神井川の松橋弁財天洞窟に祀られていた弘法大師作という弁財天に戦勝を祈願し、太刀を奉納し、金剛寺の寺域に弁天堂を建てたと伝える。
頼朝が奥州藤原氏を征討に向かう時の布陣地と思っていたが、もっと以前のことだった。
紅葉橋(石神井川)から金剛寺(紅葉寺)【ル-ト地図】の13
陸上自衛隊十条駐屯地の東側を進み、日光御成道合流地点に出た。
この先は、「日光御成道」と重なって進み、地福寺(鎌倉街道の地蔵)・・・十条富士塚・・・(環七道路)・・・清水坂・・・真正寺坂下(庚申塔道標)・・・普門院・・・稲付一里塚跡・・・静勝寺の坂下・・・宝憧院前で二子からの西側の「中の道」のルートと合流し、荒川を渡って行く。
新荒川大橋まで歩くつもりだったが、蒸暑さにバテた。このあたりは何度も歩いているので十条富士塚の先を右折して東十条駅に向かった。
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