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2013年8月14日 (水)

東京坂道散歩(鎌倉街道 中の道③)

2013年8月9日

赤羽駅(JR京浜東北線)・・・宝憧院前(日光御成道合流地点)・道標・・・JR線ガード・・師団坂下・・うつり坂・・坂本庚申塔・・・善徳寺・大恩寺・富士見坂・・(板橋区)・・・(国道17号)・・・長徳寺・長徳寺坂・・・(首都高5号)・・・(富士見街道)・・・双葉町交差点(環七通り)・・・山中橋(石神井川)・・・東武東上線踏切・・・専称院・・・轡神社・・・海老山坂下・(旧川越街道)・日大病院入口交差点(川越街道)・・・地蔵坂上・・大谷口給水所・・・(豊島区)・・・要町3交差点・・・千川上水跡・・・西武池袋線踏切・・・籾山牧場跡・・・南長崎6交差点(目白通り)・(中野区)・・・中野通り・・・水の塔公園・・・(新青梅街道)・・・葛谷御霊神社・・哲学堂公園・・・四村橋(妙正寺川)・・・西武新宿線踏切・・・功運寺・・・(早稲田通り)・・・北野神社・・・(JR中央線)・・・紅葉山公園・・・紅葉山公園下交差点(大久保通り)・・・三味線橋(桃園川緑道)・・・鍋屋横丁交差点(青梅街道)・・・十貫坂上交差点(中野通り)・・(杉並区)・十貫坂・・十貫坂地蔵堂・・・和田見橋(神田川)・(中野区)・・・本郷堰跡宝福寺・・多田神社・・・一本松の庚申塚・・・(渋谷区)・・十号坂・・・(甲州街道)・・・笹塚駅(京王線)・・・笹塚橋(玉川上水)・・(世田谷区)・・・大原一西交差点(井ノ頭通り)・・・羽根木交差点(環七通り)・・・羽根木神社参道・・・子育地蔵尊・・・東松原駅(井の頭線)・・・(赤堤通り)・・・(北沢川緑道)・・・梅ヶ丘駅(小田急線)・・・豪徳寺・・・世田谷城址公園・・・(烏山川緑道)・・・上町駅(東急世田谷線)・・・(世田谷通り)・・・ボロ市通り・大山街道合流地点・・・世田谷代官屋敷跡・・・上町駅

  【ル-ト地図】(22.7km)

 紅葉橋(石神井川)の先で日光御成道に合流した鎌倉街道の東回りの「中の道」は、赤羽の宝憧院前で西回りの「中の道」に合流する。今回はここから二子多摩川へ向け、西回りの「中の道」を進み、世田谷代官屋敷跡そばの大山街道の合流地点まで歩く。
  北区→板橋区→豊島区→中野区→杉並区→中野区→渋谷区→世田谷区と進む。

 猛暑の中、2日かけて歩くつもりでいたが、ほとんどが知っている道筋なので、赤羽駅を6時半過ぎに出発したら12時頃には大山街道との合流地点に着くことができた。昼近くになるとさすがに暑さが増し、帰りの電車の冷房が何よりだった。
 

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4336宝憧院前 《地図

門前の道標(元文5年(1740))の「西 西国冨士道 板橋道」に従い左折して板橋道に入る。 右折して行けば岩淵宿から荒川の「川口の渡し跡」(岩淵渡船場跡)と続く。『日光御成道』(岩淵宿→大門宿)

JR線ガードをくぐり、うつり坂を上る。

Img_4346うつり坂  【ル-ト地図】の①

板橋道で、坂の途中の左側に坂本庚申塔の小祠がある。

善徳寺の前から富士見坂を下る。

Img_4359富士見坂を下る。《地図

今は傾斜も緩く、富士も見えない。途中で左に入り板橋区となる。

Img_4365長徳寺坂を下る。《地図

右が長徳寺

首都高5号をくぐり、富士見街道→環七通りを横切って行く。

Img_4383山中橋から石神井川

この橋が本来の「板橋」ともいう。少し霞んでいる。光化学スモッグのせいか?

東武東上線を渡って行く。

Img_4388轡(くつわ)神社  《地図

鎌倉街道沿いで、源義経、徳川家康の由来話がある神社。

日大病院入口交差点で川越街道を横切る。

Img_4396大谷口給水所 《地図

(旧)大谷口配水塔から生まれ変わった新しい配水塔。

この先を斜め左に入り、板橋高校の先で豊島区に入る。要町交差点を渡り、再び斜め左に進む。

Img_4410千川上水跡を通る。 【ル-ト地図】の②

すぐ先は千川親水公園になっている。きれいな公園ではないが。

Img_4413説明板

Img_4416昭和30年頃の写真

懐かしい風情があるねえ。

Img_4419籾山牧場跡の説明板

西武池袋線を渡った先の、南長崎6-9-8の「ベルデ南長崎」の所。《地図

こんな所に牧場があったとは驚いたが、千川上水の写真(上)よりずっと以前の大正初期というから、牧場風景も想像できるか。

Img_4425水の塔公園  《地図

昭和41年まで使われていた旧野方配水塔で、空襲の弾痕が残っている。

Img_4430哲学堂公園(右)

園内には「経験坂」がある。このあたりは「中野区の坂②」で歩いている。

公園の西側一帯は江古田古戦場跡

Img_4427葛谷(くずのや)御霊神社地図

「前九年の役」の際の源義家らの伝承がある神社。奥州街道では「前九年の役」によく出会った。

Img_4431四村橋で妙正寺川を渡る。

新宿区と中野区の境の何の風情・変哲もない橋と川だが、昔は武蔵国豊島郡と多摩郡の境で、橋の東西、川の上・下流で4つの村を分かっていたのだろうか。

Img_4436西武新宿線踏切

電柱脇に庚申塔。

吉良家の墓所の功運寺へ寄る。

Img_4441万昌院功運寺 《地図

早稲田通りを横切り、JR中央線ガードをくぐって行く。

Img_4448紅葉山公園 (右)

Img_4452三味線橋で桃園川緑道を横切る。

Img_4457鍋屋横丁交差点 《地図

青梅街道との交差点。鍋や釜を売る店が並んでいたのではなく、「鍋屋」という茶店からこの名がついた。

Img_4458由来碑

十貫坂上交差点(中野通り)から十貫坂を下る。

Img_4463十貫坂 【ル-ト地図】の③

十貫坂の由来については諸説ある。「中野区の坂①」 右は十貫坂地蔵堂。

 いったん杉並区に入る。

Img_4466和田見橋(神田川) 《地図

近くに和田義盛の館があったともいう。

橋を渡れば再び中野区になる。

Img_4468本郷堰跡 《地図

神田川から取水した農業用水路の堰があったのだろう。

Img_4473万年マス

地下鉄東西線の建設現場から発掘された、江戸初期の神田上水用の溜マスで、石造りは少ないそうだ。(本郷堰のものではない)

Img_4476多田神社

源義家が多田源氏の祖の源満仲を祀ったのが始めという。雑色(村)の鎮守。

Img_4477説明板

Img_4480一本松の庚申塚 《地図

松は2代目か? 松の右に庚申塔の小堂がある。

Img_4482説明板

 渋谷区笹塚に入る。

Img_4485十号坂を下る。 【ル-ト地図】の④

玉川上水新水路に新宿中央公園あたりから架けられた十番目の橋で「十号橋」という名だった。その番号が通りの名称の「十号通り」となり、坂名にもなった。『笹塚十号坂商店街
橋はなくなったが坂と商店街にその名が残った。

Img_4488頭上のアーチ

Img_4489上りとなって甲州街道へと続く。

甲州街道を渡り、京王線をくぐり、観音通商店街を抜ける。笹塚観音がどこにあるのか気がつかなかった。

Img_4499玉川上水(笹塚橋から)

橋を渡れば世田谷区に入る。井ノ頭通り→環七通りを横切って行く。

Img_4510子育地蔵 《地図

Img_4509由来

「・・・一里塚のそばに・・・」とある。ここに一里塚があったのだろうか?

東松原駅(井の頭線)の踏切を渡って行く。

Img_4517北沢川緑道を横切る。 《地図

ここは光明橋跡

梅ヶ丘駅(小田急線)の踏切を渡る。

Img_4520新しそうな道だ。最近、拡幅整備されたのか?

Img_4532豪徳寺山門

Img_4529三重塔

2005年に訪れた時にはまだ竣工していなかった。

Img_4533参道は少し涼しく感じる。

Goutokuji「江戸名所図会」の豪徳寺

Img_4541世田谷城址公園 《地図

吉良氏が築いた平山城。

Img_4539説明板

Img_4544烏山川緑道を横切る。

上町駅(東急世田谷線)を通り過ぎる。

Img_4546大山街道合流地点 《地図

もとは鎌倉街道は上町駅あたりから桜小学校を突っ切っていたのだろう。ここを右折して行けば二子で多摩川を渡り、溝口→荏田へと「中の道」は『大山街道』と重なって進む。
左折して世田谷代官屋敷跡を終点とした。

Img_4547世田谷代官屋敷跡 【ル-ト地図】の⑤

Img_4549説明板

Img_4551代官屋敷主屋(大場家)

Img_4556白洲跡

代官所の取り調べ、裁きの場の「お白洲」もちゃんとある。

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