鎌倉街道(中の道②)
2013年8月26日
下永谷駅(横浜市営地下鉄)・・・下永谷市民の森・・・上柏尾歩道橋(国道1号)・・・跨線橋(東海道線)・・・嶽下橋(平戸永谷川)・・秋葉三叉路・・・川上小学校・・・名瀬橋(横浜新道)・・・徳翁寺・・・戸塚カントリー倶楽部迂回・・・柳橋(川上川)・・・合掌の里・・・(旭区)・・・都塚・道標「鎌倉道」・・・こども自然公園・・・(保土ヶ谷バイパス)・・・(東海道新幹線)・・・相模鉄道踏切・・・鎧の渡し緑道・・鎧の渡し標柱・首洗い井戸標柱(旭区役所)・・・首塚・・・鶴ヶ峰交差点(八王子街道)・・・白根交差点・・鶴ヶ峰坂下・白根通り・・・代官前バス停・・斎藤橋・びんだら池跡・・代官橋・・・正円寺・・白根小入口交差点・・白根郵便局・・・旭台中央公園・・・(緑区)・・・池ノ谷公園・・・寺山町交差点(中原街道)・・・長泉寺・・・中山第二踏切(JR横浜線)・・・中山駅(JR横浜線)
【ル-ト地図】
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芙蓉苑の裏から旧道が復活する。 《地図》
戸塚区と港南区の境の尾根道を通って行く。
横浜市は起伏、坂が多い。
少し先に「五山見亭」があるが、今は山一つの見晴らしもない。
柏尾郵便局前 《地図》
右は五輪塔の一部か。
この先で国道1号(東海道)に出て右折し、上柏尾歩道橋で国道1号を渡り、跨線橋で東海道線を越えて行く。【ル-ト地図】の6
秋葉三叉路の先で右に入り、川上小学校前を通り、名瀬橋(横浜新道)を渡り北上する。
この先、鎌倉街道は戸塚カントリー倶楽部内となり、右に迂回する。
横浜カントリークラブ(右))・戸塚カントリー倶楽部(左)の間を行く。 《地図》
この先で大きく左(西)にカーブし、旭区に入ったクラブハウスあたりで旧道が復活する。
標柱には、「武蔵の国と、相模の国の国境 鎌倉の都が一望できた。」
正面に小さな道標が立つ。左に上ると地蔵堂がある。そこからの眺望はきかない。
「南 鎌倉道」・「西 武相堺」・「北 二俣川村」・「○○本宿青年○」
戸塚区は「相模国鎌倉郡」、旭区は「武蔵国都筑郡」で「武相堺」だ。
このあたりは「二俣川・鶴ヶ峰の戦」で畠山重忠軍が1万騎以上の北条軍と激戦を繰り広げた「万騎が原」(まきがはら)の地。
保土ヶ谷バイパス→東海道新幹線→相模鉄道踏切を越え、鶴ヶ峰地区に入る。
鎧の渡し緑道(旧帷子川) 《地図》
正面左は旭区総合庁舎
鎌倉街道が帷子(かたびら)川を渡る所で、以前は川幅が広く、武士は頭に鎧をのせて渡ったという。帷子川の流れは変えられて「鎧の渡し緑道」になった。
その他、駕籠塚など畠山重忠ゆかりの所は、『浜街道(絹の道)②』に記載。(浜街道交差地点【ル-ト地図】の8)
【坂標】には、「長さ二町(218m)の急坂で旧八王子街道の難所であった。馬の蹄鉄を造った鍛冶屋が坂の両側にあった。」
鎌倉街道中の道と上の道を結ぶ支道(連絡道)だったのだろう。『旭区の坂①』
斎藤家は室町時代以前からこの地に居住し、江戸時代には代官・名主を勤めた。この手前の「代官前」バス停、この先の「代官橋」にその名が残る。
源頼朝が奥州に向かう途中、池の水で鬢(びん)をなでつけたという。この池の水を子供の頭に注ぐとシラクモなどが出ないといわれたそうだ。
白根郵便局の先を右折し上って行く。
静かな旧道の坂だが、そろそろ暑さでバテてきた。《地図》
この先で旭台中央公園を横切って行く。
池ノ谷公園(前方左)の所で左に進み、中原街道へと下り、寺山町交差点を横切って行く。 《地図》
旧道は長泉寺の西側を進む。
中山第二踏切(JR横浜線) 《地図》
今日はここまでとし、左に中山駅に向った。
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