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2013年9月17日 (火)

奥州街道(盛岡城下→渋民宿→好摩駅)

2013年9月9日

盛岡駅→四ツ家惣門跡・・・上田踏切(JR山田線)・・・上田組町跡・・・正覚寺・・盛岡一高・・・NHK前交差点・・・高松の池・・・高松神社・・・上田一里塚跡(140)・・・座頭ころがし・・・松園観音・・・長坂・・・県立博物館・・・松園水辺公園・・・小野松一里塚跡(141)・・小野松観音・・・観音清水・・・観音橋(飛田川)・・・春日大明神・・・笹平大橋(北上川)・・・笹平一里塚跡(142)・・・二つ坂・・・明治天皇小休所跡・・・門前寺橋(濁川)・・・渋民野球場・・・盛岡工業団地・・・(国道4号ガード)・・・渋民一里塚跡(143)・・館石川・・・渋民宿・・(愛宕清水)・・愛宕の森・愛宕神社・・・宝徳寺・・石川啄木記念館・渋民尋常小学校校舎・・国道4号・・駒形神社鳥居・・・好摩口交差点・・・芋田橋(北上川)・・・好摩駅(いわて銀河鉄道) 

 【ル-ト地図】(24.8km)

  奥州街道』(盛岡城下)からの続きです。

  秋の気配を感じる岩手の奥州街道を、盛岡城下から金田一宿まで4日間で歩く。

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5031上田組町跡 《地図

南部藩の足軽屋敷が並び、「御組丁」・「御同心丁」・「上田ぐみ(茱萸)町」ともいわれた。

Img_5030説明板

Img_5038正覚寺

足軽たちの檀家寺として親しまれていた寺。浅田次郎の小説『壬生義士伝』の主人公、吉村貫一郎が、のちに妻となるしづと初めて出会った場所。

盛岡三十三観音の第十八番

Img_5035説明板

「汗搔観音」と呼ばれる木造聖観音立像を見たいものだが。

街道を挟んだ西側には、宮澤賢治、石川啄木らが学んだ名門、盛岡一高がある。

Img_5044高松の池

盛岡城築城時に、上田沼に治水のために築いた上田堤にできた池。
日本さくらの名所100選」・「白鳥の飛来地」で、岩手山を望む景勝地。
ゆっくりしたい所だが、まだ歩き始めたばかりでそうも行くまい。

Img_5049説明板

Img_5050高松神社

祭神の猿田彦は道の神。道中の無事安全を願う。(ちょっと一礼しただけだが)

このあたりの街道沿いには茶屋があったそうだ。

Img_5054上田一里塚跡(140) 【ル-ト地図】の①

西塚のみ残る。
昭和初期の「上田一里塚」と奥州街道の写真。
ここにあった「ドミニカン修道院」と一里塚の写真。

すぐ先に松並木の名残りが5、6本。

Img_5055説明板

Img_5062ここを左に入る。 《地図

分かりにくく、少し先に進んでしまった。

Img_5065「座頭ころがし」の長い上りとなる。 【ル-ト地図】の②

写真で見るより急坂だ。坂上近くに松園観音があるが入らず。

Img_5069長坂の下りとなる。

Img_5070坂下の岩手県立博物館の敷地。 《地図

ここも前を素通り。

Img_5079南部片富士湖(四十四田ダム湖)

北上川本流のただ一つのダム。南部片富士とは岩手山のこと。『周辺図

Img_5080ドミニカン・ロザリオの聖母修道院入口。

上田一里塚跡からこの地に移ってきた。《地図

Img_5082_2小野松一里塚跡(141) 【ル-ト地図】の③

東西両塚が残る。

Img_5084_2説明板

Img_5086ここは小野松橋(左)に向かわずに直進して行く。

その前に右に入って小野松観音に寄る。

Img_5087小野松観音

観音堂より立派な鳥居だ。ここは里宮で北東の小野松山(291m)の山腹に奥宮がある。

Img_5090正観音の一寸八分の金像というからここにはないのだろう。奥宮に安置されているのか?

Img_5089縁起

もう少し短い文章にならないものか。

Img_5095観音清水

Img_5096_2奥宮への道だが遥拝のみ。

Img_5101岩手山(2038m)

惜しいかな、上部は雲隠れ。下は北上川。

Img_5109観音橋(飛田(ひだ)川)から 《地図

この先で北上川に流れ込む。

Img_5119笹平大橋(北上川)・岩洞第二発電所

水力・火力・風力その他の自然エネルギーに限る。原発はダメよ。

Img_5125「岩手山 秋はふもとの三方の 野に満つる蟲を何と聴くらむ」(石川啄木・橋の欄干の歌碑)

右下の北上川の岸近くに笹平一里塚跡がある。北上川本流が四十四田ダムで堰き止められて水位が上昇し、このあたりの旧奥州街道は水没してしまった。

Img_5129笹平(ささだいら)一里塚跡への標柱

覆い隠されている。ここを左に入って民家の方へ左折して行くのだが、「床止護岸工事」(25年12月20日まで)用道路でその先は通行不能。

少し引き返し、工事用道路に入り岸辺に下りる。

Img_5137笹平一里塚跡(142) 【ル-ト地図】の④

何の標識もないが(後で調べると塚に立っている木の杭に「笹平一里塚」と書かれているようだ)、たぶんこれが西塚だろう。すぐ後ろは北上川の流れ。増水時には水没するか。塚は崩壊寸前、工事用重機で根こそぎ崩されてしまうのか。盛岡市は保存する気はあるのか。工事業者まかせでほったらかしか。

Img_5149「二つ坂」を上って峠を越える。

Img_5152明治天皇御小休之跡碑(右)

Img_5156下って柏平、門前地区へ。

上って下る「二つの坂」か? 昔は千本松という、根元から多くの枝の生えた松があったが、菅江真澄が旅した頃にはすでに枯れていたという。

Img_5165岩手山

Img_5163姫神山(1123m)はくっきり、稲穂も刈入れ間近で黄金色に輝いている。

白河以北一山百文」 と吐いた、明治新政府軍を率いた薩長土肥の役人に見せたい風景だ。

Img_5918姫神山山頂から岩手山(1999年9月16日撮影)

雨の中を登った。雲の切れ目から寸時、岩手山山頂が頭をのぞかせた。

Img_5171これも気分いい坂だ。

濁川を渡り、渋民野球場から盛岡工業団地の間を抜け、国道4号(渋民バイパス)をくぐって行く。

Img_5183渋民一里塚跡(143) 【ル-ト地図】の⑤

右の電柱脇に「奥州道中 渋民一里塚跡」の標柱。塚は残らず。

Img_5185国道4号に出て渋民宿へ。

盛岡以北は宿駅の間隔は長くなり、規模も小さかった。渋民宿の出入口には柵戸が置かれていた。右折したすぐ先に愛宕清水があるようだが、気づかずに通り過ぎてしまった。

Img_5189愛宕の森 《地図

啄木がよく散策した道。この下に啄木が通い、代用教員としても務めた渋民尋常小学校があった。

Img_5187説明板

Img_5191宝徳寺 《地図

啄木一家が住んだ寺。「啄木」の名はここから生まれた。

Img_5193説明板

Img_5195石川啄木記念館

Img_5197渋民尋常小学校校舎

愛宕神社下からここへ移築された。

Img_5202説明板

Img_5200旧斎藤家

啄木一家が間借りしていた家だが、奥州道中渋民宿の町家だったことの方が興味深い。

Img_5201一部2階建ての広く立派な町家だ。啄木一家は借家でなく、間借りだった。

Img_5199説明板

Img_5205頂上あたりも見えてきた岩手山。

「ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな」(啄木『一握の砂』より)

この風景を毎日眺めていれば、なるほど、納得。

国道4号に出て北上する。

Img_5208北上川が蛇行しながらすぐ左下を流れる。《地図

この先の奥州道中は北上川の源流を訪ねる旅でもある。

Img_5209駒形神社鳥居

啄木の『渋民日記』の「八月中(暑中休暇中)」に、「この月、村に祭礼が二度あつた。・・・(中略)・・・六日は陰暦六月十七日で芋田にある村社駒形神社の祭典、所謂「お蒼前さま」であつた。この社は、其昔、九郎判官義経が高館の城落ちて、表向きは死んだ風に装ふて僣かに北海へ落人となつた時、其乗馬の斃れたのを葬むつた所であるさうな。されば今猶、その馬の足跡を刻んだ石がこの社に残つて居る。又、十町許り離れて武道の部落には、義経が一夜を明かしたといふ判官館といふのがある。・・・(以下略)」と紹介されている。

Img_5215芋田橋から北上川下流方向

Img_5216好摩駅

「霧ふかき 好摩の原の停車場の 朝の虫こそ すずろなりけり」 (『一握の砂』より)

今は歌心を誘う駅あたりの光景ではない。歌心も持ち合わせていないが。

Img_5217
いわて銀河鉄道

JR東日本から引き継いだ第三セクターの鉄道にしては地味な車輛だ。JR境線の「鬼太郎列車」とは行かないまでも、もう少し派手にしたらどうか。路線存続が第一、余計なお世話か。

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コメント

 どうぞ使ってください。

投稿: ?様へ(坂道散歩) | 2015年1月22日 (木) 08:08

突然メールして、すみません。

東京都文京区在住のものです。

今回、文京区で「石川啄木展」を2月8日からやることになっています。

昨年の夏、盛岡市、渋民地区等を巡り、資料を収集したのですが、、愛宕の森の良い写真を取り損ねてしまいました。 
ネットで、雰囲気のある写真があるのを見つけ、承諾して頂ければ、展示会で使用したいと思っています。

ご協力頂けると有り難いのですが、よろしくお願い致します。


                                  

投稿: | 2015年1月22日 (木) 02:35

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