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2013年11月28日 (木)

山陽道(西宮駅→神戸駅)

2013年11月16日

西宮駅(JR神戸線)・・・天神橋(東川)・西国街道・・角之橋(六堪寺川)・・正念寺・・中国街道合流地点・山陽道起点・・西宮宿・・高札場跡(札場交番)・・蛭児大神御輿屋伝説地・・西宮神社・・圓満寺・・・香櫨園駅(阪神本線)・夙川橋(夙川)・・・(芦屋市)・・・浜街道分岐地点・・親王寺・・・阪神本線踏切・・・道標・・・金津山古墳・・・阿保親王廟道標・・・打出天神社・・・白露地蔵尊・西国橋(宮川)・・・国道2号・・・業平橋(芦屋川)・・・県営深江団地・葦屋駅家跡(深江北町遺跡)・・・国道2号・・・赤鳥居前交差点・・・要玄寺川橋・・・天上川橋・・・三王神社・旧道・・・くび(花松)地蔵・・・国道2号・・・住吉橋(住吉川)・・・住吉駅(JR神戸線)・・・有馬道道標・・西国街道碑・・本住吉神社・・・大手筋交差点・旧道・・御影中学校・西国街道の松・旧西国街道標柱・・・一里塚橋(天神川)・・・徳川道起点・・・西国橋(石屋川)・・・石屋川駅(阪神本線)・・・新在家駅(阪神本線)・・・下河原橋(都賀川)・・大石駅(阪神本線)・・・厄除東向八幡宮標柱・国道2号・・・西灘交差点・旧道・・・岩屋中橋(西郷川)・旧道・・・灘駅(JR神戸線)・・・脇浜子安地蔵尊・・・大安亭市場・・・雲井橋(生田川)・澄覚法親王歌碑・お玉大神・・・三ノ宮駅(JR神戸線)・・・生田神社・生田森・・・生田筋・・(JR神戸線)・・浜街道合流地点(センター街通り)・・・三宮神社・・元町アーケード・・・走水神社・・・きらら広場・兵庫県里程元標・・・(JR神戸線)・・・湊川神社・・・JR神戸駅

 古代の律令制のもとでは、山陽道は都と大宰府を結ぶ大幹線道路で、唯一の大路とされた。鎌倉時代には衰えたが、江戸時代になると西国と畿内を結ぶ脇街道としてにぎわい、西国街道の名で親しまれた。今回歩いた兵庫県内では「西国街道」と標示された説明板・標柱などが多い。
 京都から西宮までを西国街道として歩いた。その先、下関までを近世の山陽道として歩く。途中、古代山陽道の駅家(うまや)跡などにも立ち寄りながら進みたい。

   【ル-ト地図】 

 写真をクリックすると拡大します。

Img_7458山陽道起点 《地図

ここが西国街道歩き、中国街道歩きの終点とした所で、正念寺(右)の先で右折し、西宮宿から西宮神社へと進む。西宮神社までは『西国街道④』に記載。

香櫨園駅前を通り、高架の阪神本線と国道2号の間の道を進み、西宮市から芦屋市に入る。

Img_7475浜街道分岐地点 《地図

大名行列などが通った本街道はここを右折、庶民の生活道路だった海岸沿いの浜街道は直進する。

浜街道を少し進み、在原業平の父、阿保親王ゆかりの親王寺に寄る。

Img_7472親王寺

阿保親王の別邸跡に建てられた親王の菩提寺。

浜街道分岐地点に戻り、右折し本街道を進む。

Img_7478道標の南面:「右西宮道」、西面:「左中山道」
地蔵の左面:「左甲山・荒神・中山・妙見山」で、「中山」は西国三十三所の第24番札所中山寺のこと。

この先で打出小槌町に入って行く。芦屋の民話『打出の小槌

Img_7488金津山古墳 《地図

阿保親王が財宝を埋めたという『黄金伝説』のある前方後円墳。

Img_7485説明板

Img_7489道標「阿保親王廟 是ヨリ五丁」

右折し途中の打出天神社まで行く。

Img_7492打出天神社

今日は「七五三」だ。

Img_7491説明板

Img_7494打出小槌郵便局

預金するとどんどんお金が増えるかも。

Img_7496白露地蔵尊堂(西国橋のたもと) 《地図

Img_7497白露地蔵

延享2年(1745)の造立で、芦屋で一番古い地蔵とか。名前の由来は何なのか?

西国橋を渡って進み、国道2号に合流する。

Img_7504業平橋(芦屋川)から北方向 《地図

在原業平の物語という『伊勢物語』の八七段に、「昔、男、つのくにむばらのこほり、あしやのさとにしるよしゝて、いきてすみけり」とある。橋の手前の北側が「業平町」で、そのあたりに別荘があったようだ。
東京スカイツリーのそばにも業平橋があり、「業平」の地名も残る。東京スカイツリー駅(東武線)も、もとは業平橋駅だった。『東京坂道散歩(墨田区)』に記載。
芦屋川は天井川で、すぐ上流でJR神戸線が川の下を通っている。「天井川の写真」(『デジカメ散歩日記』)

神戸市東灘区に入り、古代山陽道の駅家(うまや)跡を訪ねる。

Img_7506葦屋駅家跡(深江北町遺跡) 《地図

ここから奈良時代の「驛」と墨書した土器が出土したそうだ。『古代山陽道の駅家を辿る

国道2号に戻る。

Img_7512赤鳥居 

鳥居の左前に道標「稲荷之社 從是三町」がある。阪急神戸線の北側の森稲荷神社のこと。

Img_7514要玄寺川

JR神戸線の北側に要玄寺がある。

三王神社の所で国道の北側の道に入る。

Img_7517くび(花松)地蔵堂 《地図

Img_7518くび地蔵

地蔵の顔立ちではないと思うが。先住の花松地蔵はどこにあるのか?

Img_7519説明板

ここを左折し国道2号に出る。

Img_7523住吉橋(住吉川)から北方向

住吉川も天井川。

Img_7525道標「有馬道 是ヨリ北江九十丁」 《地図

江戸時代、六甲を越えて有馬へ行く道は魚屋道だったが、明治7年に大坂~神戸間の鉄道が開通し、住吉に駅が設置されると住吉川沿いに山中に入り、魚屋道に合流する道が利用されるようになった。これが住吉越えの「有馬道」。

Img_7527西国街道碑(本住吉神社前)

住吉は西宮宿と兵庫宿の間にある「道中昼休みの宿」で、本住吉神社前に大名の「休み本陣」があり、街道沿いには多くの「休み茶屋」があった。

Img_7529本住吉神社

大手筋交差点で左折し旧道に入る。

Img_7532西国街道の松 《地図

松並木の名残りのクロマツ。ここを右折して行く。向い側には、「旧西国街道」の標柱が立つ。

Img_7533説明板

Img_7537一里塚橋(天神川) 《地図

Img_7540説明板

Img_7541徳川道起点 《地図

西国街道の迂回路として整備された道だが、一度も正式に使われることなく廃道となった幻の道で、『日光御廻り道』を思い出した。
右折し北上するのが徳川道で、山陽道は左折して、すぐに西国橋を渡って西進する。

Img_7542説明板

処女塚古墳に寄るのを忘れた。『処女塚伝説

Img_7549厄除東向八幡宮標柱 《地図

表面は「七五三まいり」の看板で隠されている。

Img_7552船寺神社=厄除東向八幡宮

ここで国道2号に出て、西灘交差点を直進し国道から離れる。

Img_7558脇浜子安地蔵尊 《地図

Img_7567大安亭市場 《地図

Img_7562由来

Img_7570雲井橋

このあたりは生田川公園になっている。

Img_7576説明板(旧西国街道)

Img_7572澄覚法親王歌碑

布引の滝」の歌、2首。

Img_7574お玉大神(雲井橋を渡った所)

人名と思ったが、「おたま」でなく「しゃもじ」が奉納されていた。

JR三ノ宮駅をくぐって北側に出る。

Img_7580生田神社 《地図

「七五三」の土曜日で、けっこうな賑わいだ。
境内には「源平の合戦の史跡」が多い。

Img_7591生田森

Img_7597説明板

生田筋を南進し、JR線をくぐる。

Img_7598浜街道合流地点 《地図

センター街通りとの交差地点で、芦屋で本街道を分かれた浜街道がここで合流する。

Img_7599三宮神社地図

神戸事件発生の地」碑が立つ。「生麦事件」の神戸版か。

Img_7600元町のアーケードを抜ける。《地図

すごい人波だが、街道歩きは我一人だろう。

Img_7602走水(はしうど)神社 《地図

旧走水村の氏神、菅原道真が祭神で、狛が出迎えてくれる。

Img_7604兵庫県里程元標 《地図

元町のアーケードを抜けた「きらら広場」

Img_7605分」まで書かれているすぐれ物?

JR神戸線をくぐり湊川神社に寄る。

Img_7611湊川神社地図

Img_7608道標(弘化3年(1846))

「従是楠公石碑道」・「従是くすのき公せ記ひみち」で、もとは山陽道にあったもの。

Img_7612神戸駅

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