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2014年5月24日 (土)

山陽道(三谷駅→神辺駅)

2014年5月11日

三谷駅(井原鉄道)・・・(井原線)・・・道標・小田川・・・国道486号・・・旧道・・・清水地蔵堂・・・矢掛神社・・・矢掛宿・・矢掛一里塚跡・・多聞寺・・脇本陣跡高草家・・本陣跡石井家・・観音寺・・栄橋(美山川)・・高通川徒渡し跡碑・・・地蔵・国道486号・・・旧道・・・大曲・・・国道486号・・・旧山陽道備中國江良村下原下座所跡標柱・・・道標・・・岡山元標・・・毎戸池・光明真言供養塔・・・毎戸一里塚跡標柱・・・旧道・・・(小田駅)・・・間の宿堀越・・・小田西交差点・国道486号・・・(井原市)・・・旧道・・・(井原線)・・・国道486号・・・平井入口バス停・・道標・・・(早雲の里荏原駅)・・・青木東バス停・旧道・・・日本綿布・・(一里塚跡)・・・(井原線)・・・今市駅本陣跡標柱・・・雄神橋(雄神川)・・・中堀城跡標柱・・甲山八幡宮・・・田中生誕地バス停・・枡形・・相田嘉三郎邸旧宅標柱・・地蔵堂・・(国道486号)・・・山陽酒造・・・日芳橋(小田川)・・・川越し上り場跡碑・・七日市宿・・七日市停車場跡石柱・・本陣屋敷跡碑・・武速神社・・・岩山神社鳥居・・・出部地区・・一里塚跡碑・・八幡宮・・里程標・・・大曲・薬師堂・・・(国道313号)・・・備中大橋跡標柱・・・後月橋(高屋川)・・法泉院・・高屋宿・・子守唄の里やすらぎ広場・・・県境碑・広島県福山市・・・神影橋(清水川)・・・上御領八幡神社・・・上御領一里塚跡・菅茶山先生詩碑・四ツ堂・・・地神塔・・・阿弥陀堂・・・明正寺・・・上御領下組北札場案内図・・・御領八丈岩登山口・・・日吉神社・・・下御領八幡神社・・・備後国分寺跡・国分寺・・・湯野口交差点・国道313号・・・(井原鉄道)・・・旧道・・・橋本橋(高屋川)・・・神辺宿・・一里塚跡・荒神社・・廉塾・菅茶山旧宅跡・・天寶一酒造・・太閤屋敷跡標柱(川北村役場跡)・・・枡形・・西本陣跡・・・神辺駅(JR福塩線)

 宿場風情が色濃く残る矢掛宿から七日市宿、高屋宿へと進み、県境碑から広島県福山市神辺町に入った。備後国分寺跡に寄り神辺宿まで行った。相生駅から歩き始めて今日で5日目、ずっと晴れの日が続いたが明日は雨になるようだ。

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9945 道標(安政5年(1858)) 《地図

「左大坂道」で歩いて来た山陽道、「右 玉しま道」で小田川沿いに倉敷市玉島方向への道。

Img_9948 小田川土手下の常夜灯(安政6年)・山上講供養碑(安政5年)・地蔵と大師の小祠

Img_9951 清水地蔵堂

Img_9952 清水地蔵

綺麗な花を飾られて幸せそうな地蔵だ。地元の人たちから大切にされているのだろう。

Img_9958矢掛神社 《地図

備中一宮、吉備津神社の末社。天正10年(1582)毛利元清茶臼山入城にあたり城下鎮守のため、鳥居を寄進したという。(今の鳥居は元禄13年(1700)に庭瀬藩主板倉氏の寄進という)
茶臼山城一帯は神社の南側に、「ヘルシーロード茶臼山文化の丘」として整備されている。

矢掛(やかげ)宿へ入って行く。

Img_9967 一里塚跡(左に標柱と説明板)

両塚とも黒松が植えられていた。

Img_9968 説明板

Img_9966 旧家

Img_9971多聞寺

カラフルでユニークな造りの鐘楼。

Img_9978 白壁の町屋が並ぶ街角

Img_9980脇本陣跡高草家 《地図

Img_9983 説明板

Img_9989 旧家

Img_9993本陣跡石井家

将軍家定に嫁ぐため江戸に向かう天璋院篤姫が泊まった。

Img_9994 説明板

Img_0002 石井醤油店

Img_0019栄橋(美山川)

ここは徒歩渡しで、橋を渡った右側に「高通川徒渡し跡碑」が立っている。

Img_0027 大曲 《地図

民家の左前に「旧山陽道 大曲」の立札が裏返って立っている。左折して国道486号に出る。

Img_0030旧山陽道備中國江良村下原下座所跡標柱(左の電柱前)

参勤交代の際など、村人が下座して迎えた場所という。この先にも下座所跡の標柱がいくつもある。わざわざ(土)下座した場所を残すのには、こちらの頭が下がる。

Img_0032 道標 《地図

「貴布袮宮道」・「是より南十丁」で、南に轟橋(小田川)を渡って行くと貴船神社がある。

Img_0044 光明真言供養塔(毎戸池) 《地図

左が弘化4年(1847)、右が天保5年(1834)

Img_0054 毎戸一里塚跡標柱(左) 《地図

Img_0068 間の宿堀越地区に入る。《地図

矢掛宿と七日市宿の間の宿だった。

Img_0074_2 説明板

Img_0070 レトロな建物

小田西交差点で国道486号に出て進むと井原市に入る。

Img_0084 旧道は一部区間、井原線の北側沿いとなる。《地図

再び井原線をくぐり国道に出る。

Img_0092 道標 《地図》(写真は高越城跡方向)

「高越城址 寶蔵院」で、北の宝蔵院と高越山の北条早雲が生まれた城という高越城跡への道標。早雲の出自については備中荏原荘(井原市)が通説となっているようだ。この先の井原鉄道の駅名もずばりと「早雲の里荏原駅」だ。

Img_0107 道祖煎餅店

「道祖渓名物」とある。道祖渓はかなり北方にあるが、この店はもう営業していないようだが?《地図

日本綿布の木造の事務所の先に、一里塚跡の標柱が立つようだが見逃した。

Img_0110 今市駅本陣跡 《地図

難波家が務めた。矢掛宿と七日市宿の間の宿で、小田川を挟み七日市宿の対岸になり、川止などの時は賑わったという。

Img_0113 雄神(おがみ)橋(雄神川)を渡る。

甲山八幡宮へ曲がる所に、中堀城跡の標柱が立っている。那須与一の兄の光隆の築城という。

Img_0122甲山八幡宮

石灯籠は慶長9年(1604)の建立。ここも那須氏ゆかりの神社。

Img_0121 説明板

Img_0125 社殿の背後が甲山古墳跡。

Img_0124 説明板

Img_0126 田中生誕地バス停

平櫛田中のこと。生家が田中で、養子先が平櫛で2つの姓を合せて号としたそうだ。

Img_0128 枡形跡 《地図

この先左側に「相田嘉三郎邸旧宅」標柱が立つ。

Img_0131 西荏原地区の家並み

Img_0137山陽酒造(ここは山陽道の一本西側の道沿い)

「地酒山陽街道」、「山陽道」でないのが惜しい?

小田川に突き当たり、日芳橋を渡り七日市宿へと入る。

Img_0143 川越し上り場跡(七日市宿側から)

徒歩渡りでここへ上った。

Img_0144 川越し上り場跡碑 《地図

Img_0148 七日市停車場跡石柱(右端)

「七日市停車場」・「大正二年十一月開通」で、井原と笠岡を結ぶ井笠鉄道の七日市駅への案内道標。昭和46年まで走っていたのだ。「井笠鉄道記念館

Img_0151 七日市宿本陣跡碑 《地図

本陣1軒(佐藤家)、脇本陣が3軒というかなり大きな宿場だったが、安政3年(1856)の大火でほぼ全焼し、その後建てられた家が多いそうだ。

Img_0152武速神社

鳥居の左側の支柱に本陣家の「佐藤正左衛門」の名が刻まれている。 

Img_0160 岩山神社鳥居 《地図

井原鉄道の向うに急な石段が見える。ここから遥拝で済ます。

Img_0167 出部(いずえ)地区の旧家

Img_0169 一里塚跡碑(右) 《地図

Img_0177 里程標(左)

「距岡山元標十三・・・」

Img_0183 大曲跡で右折して行く。《地図

分岐に説明板・水準点標柱・道標・薬師堂がある。

Img_0184 説明板

Img_0191 備中大橋跡標柱

Img_0193 「県境まであと少し」だと。

おかげで少しは元気が出たか。

Img_0196 天井川の高屋川を後月(しつき)橋で渡る。

渡った左に法泉院。

Img_0207 高屋宿に入る。

本陣家だった上野家が声楽家の上野耐之の生誕地で、今は「子守唄の里高屋」と呼んでいる。♪『中国地方の子守唄

Img_0216 家並み(振り返って見ている)

Img_0218 県境碑 《地図

岡山県と広島県、備中国と備後国との境。通り一つ挟んで他県人とは。

福山市神辺町に入る。

Img_0229 上御領一里塚跡・菅茶山先生詩碑・四ツ堂

このあたりは一里塚という地名で、一里塚バス停もある。

Img_0232 説明板

Img_0233 四ツ堂

旅人の休憩所、宿泊所として利用された。

Img_0235 一里塚跡碑・菅茶山先生詩碑

Img_0242 阿弥陀堂(左)

すぐ先の右が明正寺

Img_0244 阿弥陀如来像

Img_0250 上御領下組北札場案内図

このあたりに高札場があったのか?

Img_0254御領八丈岩登山口

伝説:「御領山には栗がいっぱい繁り、 高屋川を挟んで向かいの権現山は岩だらけだった。二つの山に棲んでいた鬼が山の高さを競って喧嘩になり、栗と岩を投げ合った。そして御領山(234m)は岩山に、権現山(231m)は栗山になった。それで御領山は岩の分だけ高くなったとさ」

Img_0258 日吉神社

ここも遥拝のみだ。

Img_0260 長屋門

Img_0264 備後国分寺跡 《地図

ここは南門跡で・・・金堂・塔跡・・講堂跡と続く。

Img_0269 説明板

Img_0271 現国分寺仁王門

Img_0283 いろんな趣味の人がいる。

湯野口交差点で国道313号に出て井原鉄道をくぐり、右に旧道入る。

Img_0285 高屋川沿いを進む。

前方の橋本橋を渡って神辺(かんなべ)宿へ入る。

Img_0291 一里塚跡標柱(右の荒神社境内) 《地図

Img_0295

廉塾並びに菅茶山旧宅跡(右)

Img_0298 説明板

Img_0301 神辺宿の家並み(七日市地区)

Img_0306 天寶一酒造

すぐ先の左側に「旧山陽道 神邊駅跡 「太閤屋敷あと」」の標柱が立つ。太閤秀吉が朝鮮役からの帰途、立ち寄った屋敷の跡で、明治以降は川北村役場が置かれていたとある。

Img_0316三日市通りの旧家

Img_0314 西本陣尾道屋菅波家跡 《地図

Img_0319 本陣跡表門

七日市地区にあった東本陣跡はどこか見落とした。建物は残っていないようだが。

Img_0313 説明板

Img_0324 菅波歯科医院 《地図

本陣家の家柄だろう。

神辺駅(JR福塩線)に向った。

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