山陽道(神辺駅→尾道駅)
2014年5月12日
神辺駅(JR福塩線)・・・国道313号・・・旧道・・・(国道182号)・・蓮池・・・国道313号・・・鶴ケ橋踏切(福塩線)・道標(出雲大社)・鶴ケ橋(高屋川)・県道391号・・・新茶屋橋・・新茶屋交差点・旧道・・・大渡橋(芦田川)・・土手下の道・・・地神塔・・・常夜灯・・・(山陽自動車道)・・宮入道光音の墓・・・県道378号・・山手地区・・身守地蔵・・山手一里塚跡・・湯傳稲荷神社・・(小田川)・・旧一本松跡標柱・・道標・・地神塔・・(本谷川)・・・(山陽新幹線)・・・地神塔・・・(加屋川)・・・赤坂地区・・・金毘羅常夜灯・・・(河手川)・・・(国道2号)・・・今伊勢宮鳥居・・・国道2号・・・旧道・・国道2号・・西署入口交差点・旧道・・・羽弥尾橋(羽原川)・・・赤壁交差点・国道2号・・(松永駅)・・・バスセンター前交差点・旧道・・・吾妻橋(本郷川)・・今津宿・・薬師寺・・本陣跡河本家・・高緒神社・・脇本陣跡(蓮華寺)・・陰陽石神社・・・真田橋(藤井川)・・・(尾道市)・・・国道2号・・・(高須八幡神社)・・旧道・・・恋乃水跡・・・堀出地蔵尊・・・道標・・関の地蔵・・・高須一里塚跡…尾道バイパス・・・(瀬戸内しまなみ海道)・・・新池・・徳本名号碑・・坊地古池・・(尾道バイパス)・・・防地峠・・境界石(福山領)・番所跡・境界石(藝州領)・・・題目石・・・(尾道バイパス)・・・(山陽本線)・・防地口交差点(国道2号)・・尾道宿・・・尾道駅(JR山陽本線)
雲って暑さも和らぎ歩き安くなったが、天気予報通り昼頃から雨が降り出した。ちょうど防地峠への上りとなる車道歩きの時に雨脚が強くなり、気分的にも疲れが増した。防地峠からは南に、坂道散歩で歩いた尾道市街地へと下るだけで気楽に行けた。
【ル-ト地図】
写真をクリックすると拡大します。
福塩線沿いを進む。《地図》
歩道がなく歩きづらい。この先で福塩線と鶴ケ橋を渡る。橋の袂に新旧2つの「出雲大社道」の道標がある。
ここを左折した所。
「芦田川大渡り」は、現在の「大渡橋」より少し上流の川岸にあって、常時は徒歩渡り、増水時は渡し船、冬季は橋が架けられたようだ。
渡って土手下の道を歩く。《地図》
正面は山陽自動車道
宮入道光音の墓 《地図》
加茂町の志川滝山城の城主、宮常陸入道光音は毛利軍と戦って討たれ落ち延びたが郷分あたりで、子の光寄とともに落命したという。昭和初期、芦田川の大改修の際にここへ移設されたそうだ。宮光音とは宮氏の系図の誰に該当するのだろうか?
山手地区へと入って行く。《地図》
間の宿だったともいうが、そんな雰囲気は残っていない。芦田川が川止めの時などは賑わったのだろうか。
山手一里塚跡(榎の所) 《地図》
承応年間(1652~1654)水害により流出後、京都伏見稲荷の分社として再建されたと伝わる。
「津之郷の一本松」で、「中国行程記」にも描かれている松だが、昭和60年に松喰虫の被害で枯れて切り倒されたそうだ。芦田川沿いに二本松バス停、三本松バス停もあるが松は残っていないようだ。
「右ふく山道」・「左大坂道」
谷尻バス停の所に地神塔などが並ぶ。山陽新幹線をくぐった坂部バス停の所にも地神塔などがある。
赤坂地区の家並み 《地図》
飛脚問屋の岡本家があるようだが見過ごしてしまったか。
この先の右側にもある。
ここから緩やかに下って国道2号をくぐる。
今伊勢宮鳥居 《地図》
参道は国道2号と山陽本線に分断されている。
応永33年(1426)、平朝臣太夫末次が伊勢に参宮した折り、西国へ供奉せよとの霊夢を見て山陽道を西に向かう途中、当地で一歩も進めなくなった。そこで持って来た石を安置し、社殿を創建したと伝える。
国道2号に出て、神村小学校の看板で右に入り、すぐに国道に合流し、西署入口交差点で再び右に旧道に入る。
右に旧道に入る。 《地図》
赤壁交差点で国道へ出て、松永駅入口を過ぎ、バスセンター前交差点から右斜めに旧道に入り、本郷川を吾妻橋で渡って今津宿へと進む。
今津宿へ入る。《地図》
脇本陣跡 《地図》
蓮華寺が脇本陣だった。
神霊水の効能試験報告だが、大正11年のものでは・・・。
真田橋(藤井川)を渡った先で尾道市に入る。国道2号に出て高須八幡神社の向い側から右に旧道に入る。
井戸跡の前に伊勢音頭が刻まれた碑が立つ。
「坊地くだれば鶴亀山よきよき泉之恋之水」
堀出地蔵 《地図》
地図にも載っている所だが説明板などはない。
中央は神像?、左右に線刻の地蔵石像?と、うさぎの置物だが。
「右ちかみち」だろうか?
多くの石地蔵が祀られているようだが、行かなかった。
高須一里塚跡 《地図》
この先で左に尾道バイパス沿いを進み、瀬戸内しまなみ海道をくぐって行く。雨と車だらけの味気ない道で、上はインターチェンジの無機質な空間で疲れが増す。
新池沿いを進む。《地図》
徳本名号碑(正面)
新池と坊地古池の間を進む。
尾道バイパスをくぐる。《地図》
防地峠への急な上りとなる。
防地峠の境界石 《地図》
「従是東 福山領」で、備後福山藩と広島藩(安芸藩・芸州藩)の境。
右上の民家が東番所跡でバス停も「番所」だ。
道路を挟んで、
「従是西 芸州領」(正面)
あとは尾道の市街地へ下って行くだけ。
題目石(右) 《地図》
南北朝時代に、尾道に日蓮宗を伝えた、京都妙顕寺の妙実上人が尾道を去るとき、信者が見送りをした地に建てられたと伝える。妙顕寺は後、備前法華の祖と仰がれる大覚を輩出している。備前一宮駅の近くに大覚僧正道の道標があった。『山陽道(岡山駅→吉備津駅)』
尾道バイパスのガード下を傘をさした児童が2人上って来る。久保小学校の生徒だろう。下りの登校は楽だが、帰り道の上りはきついだろう。
食品売り場になっているようだ。
奉行所跡 《地図》
本陣笠岡屋家も土堂町にあった。
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