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2014年5月17日 (土)

山陽道(有年駅→有年峠→船坂峠→大西峠→葛坂峠→伊部駅)

2014年5月8日

有年駅(山陽本線)・・・有年村道路元標・・・国道2号・道標・・・池魚塚・・・矢野川橋(矢野川)・・・有年橋(千種川)・・・旧道・有年宿・・有年村役場跡・・本陣跡・・番所跡・・・東有年沖田遺跡・・・東有年交差点・旧道・・八幡神社・高瀬舟灯台・・有年家長屋門・・・光明寺・・・淳泰寺・・・中野橋(長谷川)・・・西有年宮東遺蹟標柱・・・大避神社・・・(国道2号)・・・西有年向山の五輪塔・・・西有年宝篋印塔・・・一里塚跡標柱・・・上組橋(長谷川)・・・立場跡・・・ゲート①・・坂折池・・・有年峠・上郡町・・ゲート②・・・(国道2号)・・・梨ケ原地区(間の宿)・・梨ケ原遺蹟説明板・・応神前橋(梨ケ原川)・・・船坂神社・・・梨ケ原一里塚跡・・・不動堂・・・国道2号・・・梨ケ原国道踏切(山陽本線)・・・縣界碑(兵庫県・岡山県)・・・雲水の井戸・船坂山義挙碑・舟坂山いこいの広場・・・船坂山義挙之趾碑・・・船坂峠・播備国境標石・・・国道2号・・・第一船坂踏切(山陽本線)・・・三石一里塚跡標識①・・・深谷瀧道道標・・・亀甲橋(船坂川)・・・三石駅(山陽本線)・・三石一里塚跡標柱②・・三石宿・脇本陣跡?・・三石神社・・本陣跡・・三石城址登山口・・・大橋(金剛川)・・・光明寺・・山陽本線ガード・・・国道2号・・弟坂・・大西峠・・兄坂・・・(山陽自動車道)・・明治天皇八木山御小休所趾碑・八木山一里塚跡・・・二軒屋歩道橋・・・旧道・・・往還橋(持手川)・・・広高下地区・・・伊里川・・・閑谷神社道標・・・観音山登山口・・・西池・・・藤ケ棚茶屋跡・・・国道2号・・・(片上一里塚跡)・・・大池・・・旧道・・・(山陽新幹線)・・・天神宮・・(国道2号)・・・塩谷踏切(山陽本線)・・片上宿・・玉泉酒造・・法鏡寺・藤原審爾住居跡・・宇佐八幡宮・・清水紫琴生誕地碑・・津山街道標柱・・刀工備州祐高造之宅跡・・宝永橋(流川)・前海屋跡・・片上駅三の陣跡・・万代常閑翁跡・・恵美須屋跡・・片上宿脇本陣跡・・道標・・本陣跡・・道標・・・葛坂・・お夏の墓・・・葛坂峠・お夏茶屋跡・・・国道2号・・旧道・・・(伊部一里塚跡)・・・備前焼の伊部地区・・天津神社・・・伊部(いんべ)駅(JR赤穂線)

 五月晴れの初夏の陽気の中、以前は難所だった有年峠を越え、播磨・備前の国境、兵庫と岡山の県境の船坂峠を越えて三石宿に入り、弟坂を上って大西峠から兄坂を下り、片上宿を通ってお夏伝説の葛坂峠へ上り、備前焼の伊部の町へ下って行った。
 有年駅から伊部駅まで9時間以上かかった。起伏のある道をよく歩いた。

  【ル-ト地図

 写真をクリックすると拡大します。

Img_9101道標(昭和3年) 《地図

「左岡山 廣嶋道」・「右上郡 鳥取道」で、左の国道2号を岡山方向へ進む。

Img_9104池魚塚(天保7年(1836))

道路改修資金のために売られた池の魚への感謝と供養の塚。

Img_9108 有年橋から蛇行する千種川 《地図

昔は渡し船で渡った。

Img_9111 有年(うね)宿に入る。

寛永年間(1624~43)頃に西有年からここ東有年に宿場町が移された。
旅籠が数十軒、木賃宿、商人宿、牛馬宿、茶屋などで賑わっていたという。

Img_9126_2 説明板

Img_9127 有年宿本陣跡(旧柳原家宅跡) 《地図

民家の間を左折した裏にある。
柳原家は有年家と並び代々庄屋を務めた。今は、「明治天皇駐輦記念碑」が立つのみ。東隣には会所があった。脇本陣跡(儀兵衛宅)の場所は不明という。

Img_9119番所跡(旧松下家跡)(右) 《地図

左も松下家

Img_9123番所跡

赤穂藩役人は出張の際はここに宿泊し、前庭を白洲にし番所として利用した。

Img_9135街道を離れ、東有年・沖田遺跡へ向かう。《地図

Img_9137 説明板

Img_9138 弥生時代住居跡

2号住居(右)・5号住居(左)

Img_9142 説明板

Img_9148 古墳時代住居・高床倉庫

Img_9150 説明板①

Img_9151説明板②

Img_9155 八幡神社(正面)の上方に高瀬舟灯台の先端部分が見える。

この山は中世の赤松家の被官・富田右京が築城したという八幡山城(有年山城)で、赤穂市内で最大の山城だそうだ。

Img_9156 八幡神社 《地図

鳥居は延享元年(1744)の建立。

Img_9159 高瀬舟灯台

千種川を上下する高瀬舟の標識で、3km以上南の真殿(まとの)からも見えたという。

Img_9161 千種川方向

Img_9167 有年(ありとし)家長屋門

赤穂市に残存する江戸時代の長屋門は、赤穂城内の大石良雄宅近藤源八宅とここの三軒しかないそうだ。

Img_9168 説明板

Img_9177 淳泰寺 《地図

浄土真宗本願寺派の寺

中野橋で長谷川を渡る。

Img_9181 西有年宮東遺蹟(自動車の前に標柱)

平安時代末から鎌倉時代の掘立柱建物跡が多数見つかり、一緒に壷、皿、土器などが出土。

Img_9189 大避(おおざけ)神社 《地図

備前焼の狛犬にはこの先の神社で何匹も出会う。

国道2号を横切って行く。

Img_9199 西有年向山の五輪塔(街道左側のフェンス内)

鎌倉時代末~南北朝時代の建立という、花崗岩製で高さ1.7m。西国街道(筑紫大道)を往来する旅人の安全をも願って建てられたものか。

Img_9204 西有年宝篋印塔

Img_9202 説明板

Img_9206 一里塚跡(左に標柱)

東有年横尾からここまでが一里で、現在ではこの塚跡を塚の元と呼ぶ」と書かれている。東有年横尾の一里塚は有年村道路元標のあたりか?

Img_9211 立場跡(三村家)

有年峠を上り下りした旅人の休憩所。駕籠が縦に並ぶように、軒下を深く縁側を細くしている。

Img_9212 説明板

有年峠への上りとなる。

Img_9215 ゲート① 《地図》このあたり

開いていた。まだ舗装されていて車も通れる。

Img_9217 坂折池

Img_9219 西国街道説明板

Img_9221 気分のいい道を行く。

Img_9223 急な上り道ではない。

Img_9224 ここは直進した(と思う)

Img_9227 今は迷う道ではないだろう。

Img_9231 木橋が架けられている。

どこが有年峠の頂上《地図》だったか気づかないうちに下りとなった。

Img_9233 以前は荒れていたようだが、地元の方々が整備してくれたのだ。

Img_9236 ゲート②

ここまでゲート①から1回の小休止を入れてちょうど40分だった。左側の止め金はずして抜ける。

Img_9239 金網フェンス沿いを進む。

右はゴルフ場の敷地だろう。

Img_9244 来た道を振り返る。

左に山陽道の説明板。

Img_9243 説明板

Img_9245 直進して国道2号を横切る。《地図

Img_9247 ミラーに西国街道標識(三石←↓有年)

この手前で道端の清掃をしていた近所の女性から、以前は荒れていた有年峠の道を整備したことなどを伺った。歩き人にはまことにありがたい、感謝、感謝だ。

左折して梨ケ原地区~船坂峠~三石宿へと向かう。

Img_9249 梨ケ原地区

有年宿と三石宿の間(あい)の宿で宿屋、茶屋が並んでいたようだ。

Img_9250 梨ケ原遺蹟(左に説明板)

Img_9251 説明板

中世には梨原宿とある。

Img_9257 船坂神社(奥) 《地図

ここも備前焼の狛犬、天井絵馬だ。

Img_9263 梨ケ原一里塚跡(右に標柱)

Img_9277 縣界碑(兵庫県・岡山県) 《地図

この右上方船坂峠(180m)に「播備国境標石」がある。この先の「舟坂山いこいの広場標柱」から上り返して行かれる。

Img_9284 雲水の井戸

三軒屋という茶屋があり、旅人の喉を潤した水だったのだろう。近くに「船坂山義挙の碑」がある。

Img_9286 ここから播備国境標石へ行く。

Img_9287船坂山義挙之趾碑(途中の左側)

後醍醐天皇のどじな迷忠臣児島高徳の軽挙碑。
高徳は出雲街道の杉坂峠や院庄にも出没する。

Img_9291 播備国境標石

Img_9298 三石一里塚跡標識①

備前市教育委員会設置のもの。

Img_9300深谷瀧道道標(右) 

備前市10景の一つ深谷の滝地図
「是ヨリ六町」 とあるが、1.5kmくらいか?

Img_9307 三石駅(山陽本線)

Img_9308 三石一里塚跡標柱②(正面右)

地元か個人で設置したものか、こっちの方が新しい。①からは1km近く離れているか。

Img_9310三石耐火煉瓦工場

三石はレンガの町で、耐火煉瓦の国内シェアーは3割とか。《地図

ここが三石宿脇本陣跡だろうか?

Img_9317三石神社

神功皇后ゆかりの子宝・子授けの孕(はら)み岩。

Img_9315 説明板

Img_9321 本陣跡(かどや旅館跡) 《地図

総畳数130畳の規模だったという。電柱には今もかどやの看板が掛かっている。

Img_9323三石城址登山口

Img_9325 旧家

Img_9329 光明寺 《地図

右に明治天皇三石行在所碑。瀬戸内三十三観音の第9番。

Img_9328 山陽本線の煉瓦のトンネルを抜ける。(光明寺脇)

やっぱりレンガの町のことはある。上を山陽本線が通っている。

Img_9334弟坂を大西峠へ上る。《地図

Img_9339 兄坂を下る。

こちらの方がはるかに長い。

Img_9349 明治天皇八木山御小休所趾碑(左端)・八木山一里塚跡標柱 《地図

Img_9355 国道の右下の道を行く。

本来は四軒屋バス停の先で右に入るようだが。

小さな往還橋で持手川を渡って行く。

Img_9359 広高下地区を行く。《地図

Img_9361閑谷(しずたに)神社道標(伊里川を渡った先の小祠前)

旧閑谷学校(閑谷神社)への道標(明治10年)で、「従是丗壱丁十四間」と書かれているようだ。ここから北へ4kmほどあるか。《地図

Img_9364 伊里中地区

右に観音寺山登山口標識。和気町との境の385mの山。

Img_9366 藤ケ棚茶屋跡(左の備前焼桂花園の石塀前に標柱) 《地図

備前藩主の休憩所で、湯屋もあったそうだ。

この先で国道2号に出る。片上一里塚跡があるはずだが見逃した。大池を過ぎて右に旧道に入る。《地図》 

山陽新幹線をくぐって進む。

Img_9374 天神宮(右) 《地図

この先で国道2号を横切り、塩谷踏切(山陽本線)を渡り、片上宿へ入る。

Img_9381玉泉酒造 《地図

Img_9382藤原審爾住居跡・法鏡寺

鳥居は最上位稲荷宮

Img_9385宇佐八幡宮

前に「旧山陽道 片上宿(方上津)」・「藤井宿四里半(約十八K)」・「三石宿二里半(約十K)」の標柱が立つ。

片上は元は「方上津」と呼ばれた天然の良港で、瀬戸内海の海上交通の要衝だった。山陽道が三石から南路の片上を経由するようになってから宿場町として発展し、江戸時代には三石宿と西の藤井宿との間の宿駅として栄えた。備前藩の蔵屋敷が置かれ、問屋や商屋も立ち並び大いに繁盛したという。

Img_9392清水紫琴生誕地碑(左)

Img_9395 津山街道(かたかみ往来)標柱(右)

片上から津山を経由して山陰への道。

Img_9399 刀工備州祐高造之宅跡(左)

Img_9402 前海屋跡 《地図

宝永橋が落ちても、前海屋は倒れぬといわれた富豪。郵便局あたりまで海を埋め立てたそうだ。明治24年遊郭遊女十二名と書かれている。

Img_9407 片上駅三の陣跡(右)

石田光成の子孫ともいう石井家が務めた。

Img_9410 (薬祖)万代常閑翁跡

「日本売薬・備中売薬の祖、岡山城下に住み、二代池田綱政公から「延寿返魂丹」の金看板を拝受した。富山に返魂丹(反魂丹)を伝授した」とある。
落語の『反魂香

Img_9414 恵美須屋跡・片上宿脇本陣跡 《地図

アルファビゼンの所だが営業していない。脇本陣は京屋中村氏が務めた。

Img_9421 この先で左折して本陣跡へ

街道は右折して行く。

Img_9422 道標(天保6年(1835)・左折した左側)

「左渡海場 施主小浦 釣舩中」・「右ゑびす道」は西の恵美須神社のこと。

Img_9424 本陣小国氏邸跡 《地図

Img_9426 説明板

Img_9429 道標

「左 大坂」は歩いて来た山陽道(西国街道)で、「右 恵美須 道」は恵美須神社への道。

Img_9431 左折して『お夏伝説』の葛坂へ。

Img_9435 葛坂(くずざか) 《地図

右にお夏の墓

Img_9436 お夏の墓

お夏清十郎』のモデルとか。お夏は尼僧となって清十郎の菩提を弔ったとも。二人の墓(比翼塚)は姫路市野里の慶雲寺にもあるようだ。

Img_9440 説明板(葛坂)

Img_9443 お夏茶屋跡 《地図

井戸跡がある。

葛坂峠から下って行く。

Img_9456 国道2号へ下り、右に入り備前焼の町、伊部(いんべ)地区に入る。右下は片上隧道の出口。

Img_9459 右に旧道に入る。

伊部一里塚跡を見落とした。

Img_9464 備前焼一色の伊部の家並み 《地図

Img_9484 天津神社

参道は備前焼

Img_9483 神門も備前焼

Img_9472 社殿の床も

Img_9490 備前焼の興楽

この先で左折し伊部駅に向かった。

Img_9491 伊部駅(JR赤穂線)

備前焼伝統産業会館の建物で、2階が備前焼の展示室になっている。

Img_9495 天井につばめの巣が2つ。親つばめがひっきりなしに餌を運んでいた。ご苦労さん。

Img_9496 JR赤穂線

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