奥州街道(蟹田駅→平舘)
2014年6月2日
蟹田駅(JR津軽線)・・・蟹田町奉行所跡・・・国道280号(松前街道)・・・長楽寺・・・蟹田橋(蟹田川)・・・中貞商店・・・観瀾山公園(蟹田台場跡・太宰治文学碑)・・・旧道・・稲荷神社・・塩越地区・・塩越橋(滝の沢川)・・水汲沢橋(水汲沢川)・・・国道280号・・・旧道・・磯山地区・・磯山橋(口広川)・・・国道280号・・・船岡橋・・・龍神宮・・・旧道・・久須志神社・・・湯の滝橋(小湯の沢川)・・・船岡郵便局・・国道280号・・尻高橋(尻高川)・・旧道・・今津地区・・・釜の沢橋(釜の沢)・・稲荷神社・・・間沢橋(間沢川)・・・才の神橋(才の神川)・・・滝沢橋・・・野田地区・・玉川橋(玉川)・・・根岸地区・・・湯の沢橋(湯の沢川)・・・稲荷神社・・・平舘漁港・・北田旅館
奥州街道(松前街道)の続きを蟹田から終着地の三厩まで行き、竜飛崎まで足を延ばす。太宰治が小説『津軽』で「津軽の旅行は、五、六月に限る」と言っているように、好天に恵まれ奥州街道歩きの絶好の締めくくりの3日間となるだろう。
【ル-ト地図】(17.6km地点まで)
写真をクリックすると拡大します。
蟹田町奉行所跡(外ヶ浜町商工会館の所) 《地図》
国道280号(松前街道)に突き当たり左折し、北上する。
長楽寺 《地図》
平成13年に総青森ひば(ヒノキアスナロ)で本堂・山門が再建された。天井、壁、柱、床や屋根裏までにも青森ひばが使われているそうだ。
前方右のこんもりしている所が観瀾山公園。
太宰治の青森中学時代の友人の中村貞次郎氏宅で、「津軽」ではN君で登場する。
蟹田港(観瀾山公園の太宰治文学碑の前から)
ちょうど下北半島の脇野沢へ向かう「むつ湾フェリー」が出航した。右の塔は蟹田フェリーターミナルのトップマスト。
司馬遼太郎は『街道をゆく41(北のまほろば)』の「蟹田の蟹」で、この碑文のことを誤解して書いている。まさに「双方にとって、無残というほかない」だ。
ここはアイヌのチャシ跡という。
蟹田地区を抜けて、石浜で左に旧道に入る。
揚浜式塩田開発に成功した津軽藩の塩焼場があったという。
小高い所まで上って行く。ここは新しく造られた道かも。下に国道280号が通る。
国道に出て、今度は右に海寄りの道を進む。
再び国道に出る。
この地区の海の守り神でだろう。
国道に「龍飛 46km 外ヶ浜(三厩)34km 今別29km」の道路標識が架かる。
久須志神社鳥居 《地図》
この付近に二ツ家一里塚があったようだが。
背後の森一帯は、「杉の子わんぱくの森公園」になっている。
船岡郵便局の先で国道280号に出て、尻高橋(尻高川)を渡って右に旧道に入る。
稲荷神社(今津地区) 《地図》
街道沿いに多くある稲荷神社の社殿はこの形式だ。
日影の風は冷たく長くは居られない。
塞ノ神(道祖神)のことだろう。バス停(停留場はない)も「今津才の神」だが、どこに才の神があるか分からず。聞く人もいない。
玉川 《地図》
『奥州街道 歴史探訪・全宿場ガイド』は、この川を順徳院が「陸奥(みちのく)の野田の玉川見渡せば塩(汐)風こして氷る月かげ」と詠んだ歌枕の「野田の玉川」としているが間違いだろう。
「井出の玉川」は『山背古道①』で、「野路(萩)の玉川」は『東海道(石部宿→草津宿)』で歩いている。
海鳥と一緒に下北半島を眺めいたら、すぐに強い陽射しでじりじりと焦げそうになってきた。水を浴びないと焼き鳥になるぞ。
ちゃぽらっと(外ヶ浜町営の温泉)
「雁風呂伝説」・落語にも水戸黄門と淀屋辰五郎が登場する『雁風呂』がある。
当初はここに泊まろうと思ったのだが。
下北半島がよく見える。
北田旅館 《地図》
JR津軽線は蟹田駅から今別駅の間は海岸沿いを離れ内陸部を走る。この先今別までに宿はなく、まだ3時と早いが今日はここで一泊して明日、三厩を目指す。ビールと海の幸の夕食で満腹となり、静かな部屋でぐっすり眠った。
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