« 山陽道(厚狭駅→小月駅) | トップページ | 山陽道(長府駅→下関駅) »

2014年11月30日 (日)

山陽道(小月駅→長府駅)

2014年11月23日

小月駅(JR山陽本線)・・・孝行塚・・・清末八幡宮・・・道祖神・・・橋本家長屋門・・・神田橋(神田川)・・・(国道491号)・・・宇部一里塚跡・・・才川踏切(山陽本線)・・・国道491号ガード・駕籠立場跡あたり・・・長府駅(山陽本線)

  今日と明日で山陽道も終わる。早朝に自宅を出て小月駅に着いたのが午後の1時頃。11月も末というのに歩いているとまだ暑い。今日は長府駅までとし明日、最後の山陽道を楽しもう。

  【ル-ト地図】(小月駅→長府駅(7.7km地点))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_7217孝行塚(清末鞍馬4-6)

これで周防三孝女の阿米・阿石・お政が出揃った。『山陽道(高水駅→福川駅)』・『山陽道(福川駅→大道駅)

清末は長州藩の孫藩「清末藩一万石」(長州藩の支藩の長府藩の支藩)の領地で、清末藩邸(陣屋)跡の東部中学校には石碑が立つ。

昔は孝行塚の手前に「乱れ橋」と呼ばれる石橋があり、小月村と清末村の村境になっていたそうだ。二股を左に進む。

Img_7218説明板

Img_7222清末八幡宮 《地図

建武年間(1334~5)の創建という。荒廃していた社を寛文2年(1662)に初代の清末藩主毛利元知が、藩の守護神として再建した。

Img_7230清末八幡宮境内の護国神社の土塀

Img_7223清末八幡宮から周防灘方向

Img_7240橋本家長屋門(清末千房一丁目)

清末藩邸の第一裏門で、明治6年の藩邸処分の際に買い取られ移築された。

Img_7247神田川(神田橋から) 《地図

カモちゃんは昼寝タイムだ。

Img_7252神田橋

文化8年(1811)の石橋(昭和8年に改修)が保存されている。ここが清末藩と長府藩の境。

国道491号を横切って、国道と山陽本線の間を行く。

Img_7264宇部一里塚跡 《地図

左に標柱で赤間関までわずか3里だが、あちこち寄るからもっとかかる。右は出征兵士の記念碑

Img_7272畑の間の道を行く。

この先で才川踏切を渡り、国道491号のガードをくぐる。そのあたりに駕籠立場があったようだ。長府駅まで見所はなかった。
駅の隣の長府東公民館で「下関観光ガイドブック」をもらい明日に備えた。

|

« 山陽道(厚狭駅→小月駅) | トップページ | 山陽道(長府駅→下関駅) »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161343/60735727

この記事へのトラックバック一覧です: 山陽道(小月駅→長府駅):

« 山陽道(厚狭駅→小月駅) | トップページ | 山陽道(長府駅→下関駅) »