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2014年11月21日 (金)

山陽道(厚狭駅→小月駅)

2014年10月31日

厚狭駅(JR山陽本線)・・・寝太郎橋(桜川)・・・石丸橋(大正川)・・・大師堂・・・道標・吉田道・埴生道分岐地点・・・幸神・・・(大正川)・・山野井八幡宮・・・(県道225号)・・・金錆第2踏切(山陽本線)・・・石炭跨線橋(山陽本線)・・・(石炭隧道上)・・・境国第2踏切・・福田八幡宮・・・道標・・吉田方面標識・蓮台寺峠入口・・・庚申塔・開作記念碑・・・蓮台寺峠・(下関市)・・哲学の道・・蓮台寺・哲学の道・・・道標・・・(山陽自動車道)・・・庚申塔・猿田彦塔・・・吉田宿・・高札場跡・道標・恵比須神社・・長慶寺・・末富家・・三界万霊地蔵・吉田一里塚跡・県道26号・・勘場跡・御茶屋跡・・晋作橋(埴生口橋)・・東行庵・高杉晋作の墓・・・小川橋・・吉田大橋(木屋川)・・・大師祠・旧道・・・県道33号・・・(山陽新幹線)・・・旧道・・・京泊池・・・旧国道碑・・・小月神社・・・(国道491号)・・・庚申塚(小月神社御旅所)・・庚申橋(浜田川)・・小月宿・・高札場跡・・小月一里塚跡・・道標・・見廻り通り・・観音寺参道・・・小月駅(JR山陽本線)

  山陽道で最後の峠、蓮台寺峠への道でちょっとトラブって時間をロスしたが、雨が降り出す前に峠を越えて下関市に入り、奇兵隊・高杉晋作ゆかりの吉田宿から木屋川沿いを進み小月宿まで行った。

  【ル-ト地図】(厚狭駅(136.5k)から小月駅(155.2km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_7028条里制の遺構という直線道路 《地図

こんなに拡幅されては分かりにくいが、地図を見ると北側の区画に名残りが見られるか。
今日は雲行きが怪しく午後からは雨になるようだ。前を行く人はもう傘をさしている。

寝太郎橋(桜川)、石丸橋(大正川)を渡って緩やかに上って行く。

Img_7038大師堂(左)

このあたりに一里塚があったのか?

Img_7040道標(分岐点) 《地図

「右吉田道」・「左はぶ道」で右に進む。左は埴生への道で中世の山陽道という。山陽本線に埴生駅もある。

Img_7046山野井八幡宮

Img_7047何か行事があるようだ。

県道225号を横切って北西に進む。

Img_7057山陽本線沿いとなる。

金錆第2踏切を渡り、線路の北側を進み、石炭跨線橋を渡って南側に出てしばらく行く。

Img_7062石炭隧道(正面)の上を越え、線路の北側に出る。

もう一度線路を越えて南側を進み、境国第2踏切を渡る。

Img_7067福田八幡宮の前に出た。《地図

Img_7068分岐点に道標(電柱の左) 《地図

「右吉田 左埴生 道」右に進とすぐに標識が立つ。

Img_7071「左 吉田」の標識(正面)

左に入って蓮台寺峠へ向かう。ここで道筋を確認したかったのだが、誰もいなくて聞けなかった。この先で標識や案内板などはなかった。 《地図》にははっきりと道の標示があるが。

Img_7073ここを左に入る。

Img_7074道はしっかり続いている。

Img_7077ぬかるみ防止の砂?

このあたりは農作業用の車が通るようだ。

Img_7078正面に送電の鉄柱が見える。

Img_7079ずっとこんな道ならいいのだが。

Img_7080このあたりから草深くなり道筋がはっきりしなくなる。

右方向に上るような道らしきのもあり、コンパスで方向を確認したが進む方向がはっきりせず不安となる。一度分岐まで引き返し少し待って、民家から出て来たおばさんに道を確認する。道は間違っていなかった。道は緩やかで急な上りはないとのことだった。再度ここまで来て、ここは草の中を直進した。この間、30分以上のロスタイムとなったが、雨が降ってこなくてよかった。

Img_7081ぬかるみ道

靴を覆うビニール袋を持ってきたが、たいしたこともなさそうで除けながら草の上を進んだが、バランスを崩して片足がはまってしまった。

Img_7084少し荒れているがはっきりした道となる。

Img_7086鉄柱が近づいて来た。

ここは左から右へカーブして進んで行く。

Img_7088庚申塔・開作記念碑(右)

Img_7092蓮台寺峠あたりか?

峠を越えて山陽小野田市から下関市に入った所に駕篭立場があったという。

途中で右に入り蓮台寺へ寄る。

Img_7095蓮台寺への急坂の「哲学の道」 《地図

Img_7099蓮台寺

背後は葉の裏に文字が書ける「タラヨウ」(多羅葉)の木。

Img_7104説明板

Img_7102「哲学の道」の石畳を下って山陽道に戻る。

Img_7106のどかな道を行く。

Img_7107道標「右 蓮台寺」・「左 川久保」 《地図

吉田方面から蓮台寺への道標

左に下って吉田宿へ向かう。

Img_7113庚申塔・猿田彦塔(右)

この先の突き当りで左折すれば吉田宿だ。

Img_7118吉田宿入口 《地図

右に「吉田旧街道跡」碑・道標「右上方道」・「左萩道」、正面の恵比須堂が高札場跡。

Img_7121説明板

Img_7123長慶寺

奇兵隊屯所の一つ。

Img_7124説明板

Img_7125末富家(左)

奇兵隊の本営となった庄屋家

Img_7126説明板

Img_7129吉田一里塚跡 《地図

説明板には「萩唐樋札場を基点」とある。『萩往還①』 山陽道の一里塚ではなかったようだ。左は三界万霊地蔵。

Img_7132説明板

Img_7131説明板(吉田町)

ここを左折し勘場跡から東行(とうぎょう)庵に寄る。

Img_7138勘場(代官所)跡・御茶屋(本陣)跡の土塀

Img_7136説明板

Img_7139吉田小学校

Img_7140晋作橋

すぐ先に「晋作の湯」で、高杉晋作だらけだ。来年のNHK大河ドラマで賑わって一儲けだろう。

Img_7144東行庵

「東行」は晋作の号名

Img_7148高杉晋作の墓 《地図

Img_7149説明板

街道に戻る。 Img_7155吉田大橋(木屋川)を渡る。《地図

昔は夏秋は舟渡しで冬場は木橋を架けて渡っていた。

Img_7157木屋川沿いの県道33号を行く。

味気ない道で、蓮台寺峠への道で苦労した疲れが出て来た。

Img_7159大師の祠で右に旧道入る。《地図

Img_7163廃屋の前を通る。

Img_7165雑草をかき分けて進む。

Img_7166ここはもはや道とは呼べないだろう。旧道はもっと右上を通っていたようだが分からず。

民家の間をすり抜けてなんとか県道に出た。

Img_7171山陽新幹線をくぐって右に旧道に入る。

Img_7176京泊池沿いを行く。《地図

水鳥たちを見ていると疲れも和らぐ。

Img_7182旧国道碑(小月小学校前)

参勤交代などが往来していた山陽道のこと。昭和初期に国道2号の開通により旧国道と呼ばれるようになった。

Img_7186小月神社 《地図

Img_7185説明板

国道491号を横切って行く。

Img_7190庚申塚

庚申の2文字の凹みに米粒を入れると2斗入るそうだ。

Img_7189説明板

庚申橋(浜田川)を渡って小月宿に入って行く。

Img_7194小月一里塚跡(左に石碑) 《地図

これも萩の唐樋札場が基点の一里塚跡で山陽道の一里塚跡ではないようだ。

Img_7195説明板

Img_7198道標「右かみがた」・「左とよた道」

Img_7200説明板

「とよた」がどこなのか書いて欲しいね。

この先で右折して行く。

Img_7202見廻り通り(正面右に標柱) 《地図

標柱には「下市から茶屋入口までの山陽道の一部で、下市は宿場街、茶屋町は歓楽街で栄えた。このため武士が庶民の暮らしや治安を見て廻った」だが、武士がいるから治安が悪くなったのかも。

Img_7210小月駅(JR山陽本線)

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