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2015年1月30日 (金)

田原街道④・伊勢街道(表浜街道)①

2015年1月10日

三河田原駅(豊橋電鉄渥美線)→亀山西バス停・国道259号・・・伊良湖神社北交差点・・・伊良湖神社・・・国道259号・・・菜の花畑バス停・・・芭蕉の句碑公園・・・港入口交差点・・伊良湖港・西行歌碑・・道の駅伊良湖クリスタルボルト・・伊良湖岬遊歩道・・糟屋磯丸歌碑・・伊良湖岬灯台・・万葉歌碑・・(伊勢湾海上交通センター)・・恋路ヶ浜・・・道の駅・・・港入口交差点・伊勢街道(国道42号)・・・(日出の石門)・・・帰命寺・・・国道42号・・・伊良湖菜の花ガーデン・・・新堀川・・ハマボウ野生地・・・堀切交差点・・・常光寺・・・神明社・・・境橋(小塩津放水路)・・・国道42号・・・新川尻橋(川尻川)・・・和地バス停→三河田原駅

  風は相変わらず強くおまけに雨だ。午前中には上がるようだが気が重い。幸い伊良湖神社に着く頃には小降りになって来た。強風の伊良湖岬遊歩道を一周し、伊良湖岬の道の駅で大アサリを食べながら、この先伊勢街道に入ろうか、このままバスで三河田原駅まで戻ろうか思案しているうちに雨は上がり青空が広がって来た。行くっきゃない、行くなら今と遠州灘沿いに伊勢街道に入った。
 今日から始まった「菜の花祭り」なども楽しみながら進み、バスの時間も考慮して和地バス停までとした。

  【ル-ト地図】(亀山西バス停(59.9k)→和地バス停(81k)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9882伊良湖神社 《地図

この地が伊勢神宮領伊良湖御厨(みくりや)であったことから、神宮と深い関わりを持っていた。「ごぜんだら祭」・「おんぞ(御衣)祭」で有名な神社。

Img_9880由緒

Img_9884津波避難経路(伊良湖神社境内)

ここから伊良湖岬の南側の小高い伊良湖ビューホテルまで上って行くようだ。

Img_9889バス停「菜の花畑」前

冬の渥美半島は冬キャベツ畑と菜の花畑が広がり、もう12月から約1250万本の菜の花が咲き始めるそうだ。

Img_9897芭蕉句碑(芭蕉の真筆を複製して作った新しい句碑・芭蕉の句碑公園内)

「鷹一つ見付てうれしいらご崎」、『笈の小文』に「伊良古崎は万葉集に伊勢の名所にうちに選ばれ、「いらご鷹」など歌にも詠まれていて趣深く思う」と記す。

Img_9894寛政5年(1793)10月の芭蕉百回忌に建立。

岩の上には行けず、ここから眺めるのみ。山頭火も昭和14年の旅でこの句碑を見ている。『旅日記』(4月20日)

Img_9911伊良湖港 《地図

ちょうど鳥羽港行きの伊勢湾フェリーが出港した。約55分で着くというからここから伊勢は近い。

Img_9906西行歌碑(伊良湖港前)

「浪もなし いらごが崎にこぎいでて われからつける わかめかれあま」
(海士たちよ割殻虫がついた若布(わかめ)を刈りなさい)か?

文治2年(1186)8月のはじめ、69才の西行は俊乗坊重源の依頼により、東大寺再建の砂金勧進のため藤原秀衡を訪ねるべく伊勢の二見ケ浦から伊良湖岬に渡り奥州へと旅立った。2度目の「小夜の中山」越えをし、「年たけて また越ゆべしと おもひきや いのちなりけり さよの中山」と詠んだ。
鎌倉では源頼朝と歓談し、頼朝が贈った「銀の猫」を通りで遊んでいた子どもに与えてしまったという。『西行と頼朝

Img_9905説明碑

Img_9922伊良湖岬に流れ着いたヤシの実(道の駅伊良湖クリスタルボルト内の「やしの実博物館」)

島崎藤村の『椰子の実』は、柳田国男が伊良湖岬で流れ着いた「椰子の実」を見たことを明治31年に藤村に語ったことから発想されたそうだ。
今でも台風の通過した後などには流れ着くこともあるという。

Img_9936伊良湖岬遊歩道 《地図

漁夫歌人糟谷磯丸の歌碑が並ぶ「祈りの磯道」だが、気に入った歌はなかった。

Img_9949伊良湖岬灯台・神島

潮騒の 伊良虞の島辺 漕ぐ舟に 妹のるらむか 荒き島廻を」(柿本人麻呂・万葉集巻一)『たのしい万葉集
日本の灯台50選」の灯台だが、今はこの上の古山に立つ「伊勢湾海上交通センター」が主役か。
神島(三重県鳥羽市)は鳥羽藩の流刑地であったため、志摩八丈と呼ばれたこともあった。三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台になったことでも有名だ。5度も映画化され、吉永小百合、山口百恵も主役を演じているが、どれも見ていない。伊良湖港から神島観光船が出ている。

沖の方より、風のあしきとて、鰹(かつお)と申す魚釣ける舟どもの帰りけるに
「伊良胡崎に 鰹釣り舟 並び浮きて 西北風(はがち)の波に 浮かびつつぞ寄る」(西行・「山家集」(新潮日本古典集成)より)。昔も今も風が強いのは変わりなしだ。

Img_9952伊勢湾海上交通センター

「古山の烽火(のろし)場」があったのはこのあたりか。この少し下に万葉歌碑が立つ。

Img_9955万葉歌碑

「うつせみの命を惜しみ浪にぬれ伊良虞の島の玉藻刈りを食す」(麻続王・万葉集巻一)

流人の三位の皇族が飢えをしのぐため、波にぬれて海藻をかじっている惨めで世をすねた姿が目に浮かぶようで哀れを誘う? いや愉快だ。晴れて京へ帰れる日を夢見て、荒波にさらわれて魚の餌食、海の藻屑にならないように頑張って頂戴。

Img_9953説明板

Img_9970恋路ヶ浜地図

ミーちゃん、ハーちゃんを呼び込む観光スポット「恋人の聖地」として命名されたものではなく、文化5年(1808)には和歌に「春さめにぬれてひろはんいらご崎 恋路ヶ浦の恋わすれ貝」などと歌われていて、伝説では、その昔、高貴な身分の男女が許されぬ恋ゆえに都を追放されこの地に暮らした事にちなむという。
「やしの実」が流れ着いたのもこの浜か。

Img_9965「タカの渡り」

「9月下旬から10月中旬頃、タカたちは伊良湖水道を渡って志摩半島を目指します」とある。芭蕉が伊良湖岬を訪れた冬の時期貞享4年(1687)11月12日(旧暦)には「いらご鷹」はいないはずだが。前記の芭蕉の句の「鷹」は、「はぐれ鷹」か、鷹狩り用に飼育された鷹か、芭蕉の想作か、愛弟子の杜国を鷹に譬えたのか?
西行は「巣鷹渡る伊良湖が崎を疑ひてなを木に帰る山帰りかな」と詠んでいる。白洲正子は『西行』(新潮社)で、「「巣鷹」は若鳥、「山帰り」は成鳥のことを指すそうで、若い鷹が上昇気流に乗って勢いよく飛び立って行くのを、不安げに見送った親鳥は山へ帰り、風待ちをしているという意味である。」と書いている。さらに「(西行が)ここを通ったのは文治2年(1186)8月はじめのことであった。新暦では9月下旬にあたるから、鷹渡りはその時実見したものにほぼ間違いはない。」と続けている。
「巣鷹」は鷹狩り用に飼育された鷹の雛(ひな)で、渡り鳥の「いらご鷹」とは別物ともいい、この歌には別の解釈もあるようだ。

Img_9976伊勢街道(表浜街道)に入る。《地図

晴れてきて雨の心配はなくなった。東方向に進むので追い風にもなるだろう。渥美半島の遠州灘沿いを表浜、三河湾沿い(歩いてきた田原街道沿い)を裏浜と呼ぶ。

Img_9980起伏のある道が続く。

正面上が先ほどの伊良湖神社からの津波避難経路の伊良湖ビューホテル。あそこまでは表浜、裏浜からの津波も到達しまい。

Img_9989恋路ヶ浜・伊良湖岬港方向

Img_9993
日出の石門(ひいのせきもん)

太平洋の荒波の浸食によって真ん中が洞穴となった岩。

Img_9996伊勢街道(表浜街道)は遠州灘沿いの「片浜十三里」の沿いの道だ。

Img_0004日出の石門(反対側からの眺め)

四国遍路道での海蝕洞門の「トオルマの夕日」を思い出した。

Img_0007国道42号と分れ直進した。《地図

Img_0009帰命寺(きみょうじ)

渥美開運大師の第10番

Img_0017初立ダム・東大寺瓦窯跡標識

ここを左折して行けば昨日訪れた東大寺瓦窯跡(12世紀末~13世紀初め)に通じている。西行が東大寺再建勧進の奥州への旅で伊勢街道を歩いた時(文治2年(1186))には、この窯で瓦を焼いていたであろうか、西行は瓦窯があるのを知っていただろうか?

Img_0024伊良湖菜の花ガーデン

ちょうど今日から「渥美半島菜の花まつり」が始まった。

Img_0034冬キャベツ畑と南国風の並木の取り合わせがいいね。

Img_0037ハマボウの野生地 《地図

黄色の花が咲くようだ。

Img_0036説明板

ここが分布の北限というが、千葉県の方が北にあるのでは?

Img_0038常光寺 《地図

犬が二匹出迎えてくれた? 不審者が来たのでキャンキャンほえて追い返そうとしているのだ。うるさくつきまとわれて参った。
京都の公家、烏丸準大臣資任が応仁の乱を逃れ、堀切の浜辺近くに当寺を建立し、潔堂義俊和尚を開山に迎えたのが始まり。本尊は聖観世音菩薩。江戸時代には、奥郡曹洞宗寒厳派寺院の中心で、神島、登志島を含め30ケ寺ほどの末寺があったという。東海七福神の布袋尊天で、これで4ヶ寺訪れたことになる。

Img_0046堀切地区の家並み

Img_0049神明社

Img_0051「想い出の地」石柱(参道近く)

「明治 大正 昭和 兵隊送迎の跡」と刻まれている。この村社の前で大勢の村人から送られた兵隊たちの幾人が無事に迎えられ故里へ戻れたのだろうか。

国道42号に出て和地バス停まで行き、三河田原駅に出た。

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