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2015年2月 3日 (火)

六郷田無道①

2015年1月31日

田無駅(西武新宿線)・・・青梅街道・・・田無1丁目交差点・・・富士街道分岐地点・・西武新宿線ガード・・・六郷田無道分岐地点(深大寺道合流地点)・深大寺通り・・・境橋(石神井川)・・・ほうろく地蔵堂・・・馬頭観音道標・・・武蔵野大学前交差点・五日市街道合流地点・千川上水・(武蔵野市)・・・御門訴事件記念碑・五日市街道分岐地点・大師通り・・・市民の森公園・・・境浄水場迂回・・・大橋(玉川上水)・・・(JR中央線)・・・深大寺道分岐地点(三鷹市塚交差点)・(三鷹市)・連雀通り・・・神明社・・井口院・・・八幡大神社・・禅林寺・・庚申塔石祠・・・狐久保交差点・吉祥寺通り・・・新川交差点・人見街道合流地点・・・新川宿公会堂・八幡社・・・三鷹一小前交差点・人見街道分岐地点・下本宿通り・・・新川宿バス停・・(東八通り)・・島屋敷通り・・・新川3丁目交差点・吉祥寺通り・・・新川2丁目交差点・・庚申塔道標・・・旧道・・・北野庚申堂・・・吉祥寺通り・・・(中央自動車道)・・・北野地区公会堂・八幡神社・・・(世田谷区)・旧道・・・吉祥寺通り・・・給田交差点(甲州街道・国道20号)・・・給田町交差点(旧甲州街道)・・・京王線踏切・・・長太稲荷社・・・榎交差点・滝坂道交差地点・・・塚戸公園・・・塚戸十字路・庚申塔道標・・・環八船橋交差点(稗殻橋跡・稗殻坂跡)・・・(荒玉水道道路)・・・浄立寺・・・小田急線ガード・・・稲荷森稲荷神社・庚申塔道標・・・千歳船橋駅(小田急線)

  東海道の六郷から青梅街道の田無に通じる道で、大田区→目黒区→世田谷区→三鷹市→武蔵野市→西東京市(旧田無市)へと続く。六郷田無道は主に世田谷区で呼ばれている通称名という。寒中のことでもあり、田無から南方向に六郷を目指す。

  【ル-ト地図】(田無駅→千歳船橋駅(17.4km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_0087青梅街道との分岐地点 《地図

この交差点右折して、北から来る深大寺道と合流して南下して行く。田無駅からここまでは『青梅街道②』に記載。

Img_0092ほうろく地蔵堂 《地図

右の新しい祠内

Img_0095ほうろく地蔵

光背が焙烙の形に似ていることからの名。文京区の大円寺、日光街道の栗橋宿の手前にもある。『文京区の坂⑨』・『日光街道(栗橋宿→野木宿)』に記載。

Img_0099馬頭観音道標(安永7(1778)・正面の右角) 《地図

左側面に「西 府中 東 戸 道」・右側面に「南 大寺 北 □□ 道」。は「神」か「深」か?

Img_0105五日市街道合流地点(武蔵野大学前交差点)

左折して千川上水を渡り、すぐ先の左の御門訴事件記念碑で右折し、大師通りに入る。

Img_0116市民の森公園 《地図

昨日の雪が残っている。

Img_0118大師通りは境浄水場に突き当たり左に迂回する。《地図

深大寺の元三大師堂への道で、開港後は横浜街道とも呼ばれていた。

Img_0126大橋(玉川上水)を渡る。《地図

大師通りの続きの道で、武蔵野市と三鷹市の境となっている。

Img_0125説明板

Img_0127工事中の広い車道に合流し、三鷹市との境を南下する。

JR中央線をくぐり、三鷹市塚交差点で左折し、南下する深大寺道と分かれ三鷹市の連雀通りに入る。

Img_0133神明社地図

連雀を開発した練馬区関町の井口家より分家した井口権三郎が、村の鎮守として寛文12年(1672)に創祀。隣が井口院。

Img_0135井口院

Img_0134説明板

Img_0139雨乞弥勒(文政11年(1828))

Img_0137説明板

Img_0142不動明王

Img_0149八幡大神社 《地図

江戸の明暦の大火(振袖火事)後に、神田連雀町から入植した人々の鎮守として、寛文4年(1664)に創建された。左は神木のスダジイ(三鷹市天然記念物)。

Img_0151由緒碑

江戸の「神田連雀町」からの地名の由来も書かれている。

Img_0153禅林寺

Img_0158太宰治墓

向かい合って、

Img_0156森鴎外墓

Img_0160庚申塔(禅林寺前のスーパー「コープみらい」の角

がっしりとした石祠に守られている。これなら自動車や自転車にぶつかられても大丈夫だ。

狐久保交差点で右折し、吉祥寺通りに入る。

Img_0166新川交差点で人見街道に合流して左折する。

Img_0172八幡社 《地図

新川宿の鎮守。奥に品川用水の跡がある。

Img_0177三鷹一小前交差点で、人見街道は左に離れて行く。

新川宿バス停で右折し、東八通りを渡り、島屋敷通りを南下する。

Img_0181島屋敷通り 《地図

南方の新川団地あたりに柴田勝家の孫の柴田勝重の屋敷があったという。『日本の城巡り紀行』・『島屋敷遺跡

新川3丁目交差点で左折し、吉祥寺通りに入る。

Img_0186庚申塔道標(宝暦7年(1757)) 《地図

分岐の金網フェンス内

Img_0189左側面

左側面に「左 神代寺みち」、右側面に「右 天神みち」。深大寺と、少し北の新川天神社への道標。

Img_0190新川二丁目交差点の先で右に旧道が少し残る。《地図

Img_0196北野庚申堂(右)

前方は中央自動車道

Img_0191庚申塔

右から2番目は享保?年の銘。この他に馬頭観音と?神塔がある。

中央自動車道をくぐる。

Img_0199北野地区公会堂の敷地内の八幡神社の小祠 《地図

他所から移設されたものか?

Img_0202世田谷区に入ると左に旧道が残る。《地図

すぐに吉祥寺通りに戻るのだが、かなり進み過ぎてしまって引き返した。

Img_0207甲州街道を横切る。《地図

この先で京王線の踏切を渡る。

Img_0211長太稲荷社(吉実園の敷地内)

Img_0214滝坂道交差地点(榎交差点) 《地図

この先の塚戸公園に「せたがや百景」の48.「上祖師谷の六郷田無道」の案内板があるというが、工事中で撤去されたのか見当たらず。

Img_0217塚戸十字路 《地図

向い側に庚申堂

Img_0219庚申塔(享和2年(1802))

正面下方に「東 世田ヶ谷道」、右側面に「南 二子道」、左側面に「北 高井土道」、裏面は「西 府中道」か?

Img_0223説明板

Img_0227稗殻坂跡(環八船橋交差点)

ここに品川用水が流れていた。

環八通りを渡り、荒玉水道道路を横切り、浄立寺の先で小田急線ガードをくぐる。

Img_0231稲荷森神社 《地図

「いなりもり」・「とうかもり」とも呼ぶようだ。

Img_0234庚申塔道標(文政9年(1826)・稲荷森神社境内)

正面下部に「南二子道」、左側面に「西登戸道」、右側面に「東青山道」、裏面に「北高井戸道」。

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