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2015年2月28日 (土)

伊南房州通往還⑥

2015年2月13日

勝浦駅(JR外房線)・・・外房線ガード・・・(国道28号)・・・トンネル①・・・トンネル②・・・トンネル③・・・トンネル④・・・勝浦法輪閣・・・題目塔・・大法寺・・・荒川テニスコート・・・荒川小学校入口交差点・県道82号・・・貝掛交差点・題目塔(龍蔵寺)・・・落合橋(夷隅川)・・・六ツ雁の滝・・・新川橋(夷隅川)・・・諏訪神社・・・岩屋跡(鈴木家)・・・東光寺・・・宮川橋(夷隅川)・・・慈眼寺・・吉野酒造・・・興津坂上・馬頭観音・地蔵・・・題目塔(妙久寺)・・・熊野神社・・・仲川橋(夷隅川)・・・題目塔(寂光寺)・・・台宿地区・・・(鴨川市)・・・日蓮寺標識・市ヶ坂道・・・題目塔道標・・・日蓮寺・・・外房線ガード・・・八雲神社・・・磯崎神明社・・・開戸橋・・・吾妻神社・・・大橋(大風沢川)・・・安房小湊駅(外房線)

  勝浦から小湊までは海岸沿いのルートと内陸のルートがあるが、トンネルの多そうな海岸沿いを避け、少し遠回りになるが内陸の道を行く。長い坂を上って荒川地区で県道82号に入る。
 安房の鴨川市に入ると急カーブがいつまでも続くような道をひたすら下って日蓮寺に寄り、小湊まで進んで、安房小湊駅から特急で帰宅した。ここまで日帰りで来ていたが、往復の電車の時間の方が歩いている時間より長くなってきて気分的に疲れが増した。

  *伊南房州通往還⑦(安房小湊駅→太海駅)』へ続く。

  【ル-ト地図】(勝浦駅(68.2km)から安房小湊駅(89km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1384ここを右折し外房線をくぐり、内陸部を迂回する道筋を取る。《地図

本来の道筋は外房線をくぐった先の分岐を左に行き、串浜トンネルを抜けた先で北に入り、串浜坂を上って、大法寺題目塔の手前に出る道だろう。

Img_1388田吾作みたいな地蔵さん。(分岐を左に少し進んだ所)

分岐を右に進む。

Img_1389長い坂が始まる。《地図

Img_1394途中から勝浦湾の眺め

Img_1399トンネル① 《地図

似たようなトンネルを4つ抜ける。内陸の道でもトンネルはあった。

Img_1412大法寺題目塔(文化2年(1805)) 《地図

Img_1421荒川小学校入口交差点 《地図

ここを左に県道82号に入る。荒川小学校は2006年に廃校になっている。荒川テニスコートの所に校舎があったのだろうか?

Img_1425題目塔(龍蔵寺・寛政3年(1791)) 《地図

ここを右に900mほど入った龍蔵寺には、「鋳銅鰐口」(県指定文化財)がある。

Img_1430六ツ雁ノ滝 《地図》(バスは走ってなくバス停はない)

もとは「雨降滝」といったようだ。

Img_1433滝上から

高さはない。

Img_1437夷隅川(新川橋から)

複雑に蛇行をくり返して、いすみ市岬町の長者町駅の東方で太平洋に注いでいる。
十返舎一九は『房総道中記』で、このあたりの往還は「川多く大方は徒歩渡りなり」と記すそうだ。

Img_1441諏訪神社 《地図

Img_1446岩屋跡(鈴木家)

大岡氏が年貢米の貯蔵用に山腹に掘らせたもので、もとは広さが60坪ほどあったという。

Img_1452東光寺参道

Img_1465慈眼寺の大カヤ

Img_1469吉野酒造地図

天保年間(1830~43)の創業という「腰古井」醸造元で、店舗・酒蔵などは国登録有形文化財

Img_1475馬頭観音(左端)・地蔵(右に2体) 《地図

興津坂上の県道177号との交差点を渡った所に、忘れ去られたように立っている。

Img_1476妙久寺題目塔(宝暦13年(1763))

寺は右に800mほど入った所にある。

Img_1488寂光寺題目塔(明治13年)・「上野村の大椎」標柱 《地図

ここを左に入って寂光寺へ

Img_1492大椎

日蓮の在世の時から生えていたとも。

Img_1493空洞化している。

Img_1495説明板

旧道は寂光寺の南側から県道82号の東側を南下して、市ヶ坂を下って日蓮寺から小湊へ続いていたという。

Img_1500台宿地区 《地図

人家もなく宿という感じではないが、旧道沿いに集落があるようだが《地図》、その先の日蓮寺との間の道は途切れるようだ。

県道82号を進む。

Img_1506岩高(がんこう)山荘は廃墟だ。

上総から安房(鴨川市)に入り、急カーブの続く県道82号を下って行く。《地図

Img_1513車が少ないので助かる。

Img_1514気分のいい所もぐんぐんと下って行く。

Img_1518日蓮寺標識 《地図

左折して市ヶ坂道を日蓮寺へ向かう。

Img_1546市ヶ坂・題目塔(天明2年(1782)・中央後ろ)

左の背の高いのも題目塔(昭和6年)・前の新しい標石は「岩高山参道入口」で日蓮寺のこと。

Img_1524「是ヨリ市坂道」で、台宿から下って日蓮寺本堂前へ出て、ここへ通じていた。

Img_1536道標(明治29年)

「右がんこう山道」

Img_1533説明板

Img_1534疵洗い井戸

日蓮が小松原法難で受けた傷を洗った湧水。

Img_1540養疵窟

静かな寺で、ここまで誰にも会わなかった。「血止めの砂」を求める人も今は昔か。

Img_1541養疵窟内

お市婆さんは果物が好物なの?

Img_1538説明板

市ヶ坂を下り、県道へ戻って外房線をくぐって小湊の町中に入る。特急の時間もあり、誕生寺には寄らなかった。

Img_1557吾妻神社参道 《地図

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