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2015年5月24日 (日)

葛西用水を歩く④(東武動物公園駅→一ノ割駅)

2015年4月9日

東武動物公園駅(東武伊勢崎線)・・・古川橋(大落古利根川)・・・(清池橋)・・・(宮東橋)・・・姫宮落川合流地点・・仲洲嶋小橋(姫宮落川)・・・笠原沼落合流地点・・・隼人堀川合流地点・・三千貝橋(隼人堀川)・・・(小渕橋(古利根川))・・・春日部大橋・・・古隅田川合流地点・・新町橋(古利根川)・・・(古利根公園橋)・・・(春日橋)・・・(埼葛橋)・・・(八幡橋)・・東八幡神社・・・賢住寺・・・(牛島人道橋)・・・(東武野田線)・・川久保公園・・・(ゆりのき橋)・・・(藤塚橋)・・・一ノ割駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(東武動物公園駅(46.7km)→一ノ割駅(59.km))

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Img_3456古川橋から下流方向

Img_3463菜の花と名残りの桜

Img_3469柵もなく気持ちのいい土手道を行く。

Img_3480桜もまだまだ頑張っている。

Img_3501雪のような桜吹雪ロード

Img_3507姫宮落川が右から合流して来る。《地図

Img_3508姫宮落川上流方向

前方の橋は仲洲嶋小橋で、すぐ先が仲洲嶋橋。

Img_3523すぐ下流で笠原沼落(右)が合流する。

Img_3525上流の橋に迂回し笠原沼落を渡り、再び葛西用水(大落古利根川)の土手に出る。

Img_3535隼人堀川(右)合流地点 《地図

前方は小渕橋

Img_3538少し上流の三千貝橋(隼人堀川)を渡る。

Img_3543小渕橋に進む。

Img_3558春日部大橋を渡って左岸を行く。

橋の標示は「古利根川」だった。

Img_3566古隅田川(左)合流地点(上流方向) 《地図

日光街道(粕壁宿→幸手宿)を歩いた時、同じ写真を撮っているのだが、すっかり忘れている。

新町橋(日光街道)を渡る。

Img_3570田村荒物店 《地図

ここは日光街道の粕壁宿

Img_3577古利根公園橋

八幡橋から東八幡神社に寄る。日光街道(越谷宿→粕壁宿)を歩いた時にも寄っていて何となく見覚えがあるような気がしたのだが、同じ写真を何枚も撮ってしまった。

Img_3608昔の流れの面影が残る川沿いを行く。

Img_3615東武野田線が通る。

Img_3617橋梁の下を通れる。

Img_3627前方の藤塚橋まで行き、一ノ割駅に向かった。 《地図

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2015年5月23日 (土)

葛西用水を歩く③(鷲宮駅→東武動物公園駅)

2015年5月17日

鷲宮駅(東武伊勢崎線)・・・新道橋(青毛堀川)・・・(天王新堀)・・古川(こかわ)橋(葛西用水)・コスモスふれあいロード・・・(霞が関橋)・・・(上古川橋)・・・(柳橋)・・・(上河原橋)・・・(下新井橋)・天王新堀・・・河原堰(葛西用水)・河原橋①・・・葛西橋①(葛西用水)・・天王橋(天王新堀)・・出来野踏切(JR宇都宮線)・・外野新堀橋(天王新堀)・・外野橋(葛西用水)・・・(東北新幹線)・・(上川橋)・・・(薬王院橋)・・・(常楽寺橋)・・・(玉屋橋)・・・(大日橋)・・・(平成橋)・・・(幸橋)・・・(弁天橋)・・・琵琶溜井・中郷用水路分岐・南側用水路分岐・葛西用水路土地改良区記念館・日光御成道交差地点・庚申塔・馬頭観音道標・・(栄水橋)・・・(圏央道)・・・(葛西橋②)・・・青毛堀川合流地点(大落古利根川起点)・・・中落堀川合流地点・・・大落古利根川治水碑・和戸橋(大落古利根川)・備前前堀川合流地点・・・備前堀川合流地点・・・(万願寺橋)・・・(鎌倉橋)・・・南側用水路・・・東武日光線踏切・・(南側用水路)緑道・・南側用水路の碑・・・(河原橋②)・・・浅間神社・(芭蕉句碑)・・・古川橋・・・東武動物公園駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(鷲宮駅(31.5km)→東武動物公園駅(46.7km)

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Img_6954コスモスふれあいロードを行く。

川口樋前橋から玉屋橋まで全長約6kmの、「春はポピー」・「秋はコスモス」の散歩道だ。

Img_6963
天王新堀(下新井橋から下流方向) 《地図

隣を葛西用水が流れている。

Img_6967河原堰(河原橋①から上流方向)

Img_6977JR宇都宮線と東武伊勢崎線が交差し、葛西用水と天王新堀が接近して並行して流れて行く。 《地図

Img_6984天王新堀(上流方向)

左は東武伊勢崎線

Img_6990天王新堀(外野新堀橋から下流方向)

Img_6994葛西用水(外野橋から下流方向) 《地図

Img_6998東北新幹線をくぐる。

Img_7005薬王院橋から下流方向 《地図

北側に薬王院がある。

Img_7020琵琶溜井・琵琶溜井分水工 《地図

溜池の平面形状が、楽器の琵琶に似ていることに由来するという。この先の右岸は葛西用水土地改良区記念館の敷地で行止りとなる。記念館も一般人は見学できないようだ。

Img_7042水神社か?(記念館の敷地内)

Img_7025葛西用水本流の流れ

Img_7030分水工から中郷用水路が分岐する。《地図

Img_7037下流方向

Img_7029南側用水路も分岐する。《地図

Img_7036下流方向

ここは日光御成道沿いで、庚申塔や馬頭観音道標などが立つ。

Img_7043圏央道をくぐって行く。

Img_7045何度ももぐって餌を取りながら下流へ泳いで行く。

スピードは拙者よりちと早い。

Img_7052右上から青毛堀川が合流して来る。《地図

ここが大落古利根川の起点で、古利根堰で分かれるまで葛西用水の流路と重なる。

Img_7053草深い川岸を行く。

釣り人のパラソルもちらほら見える。

Img_7055中落堀川合流地点 《地図

Img_7056上流方向

右が大落古利根川(葛西用水)・正面が中落堀川

Img_7064大落古利根川治水碑(左岸の和戸橋のたもと)

橋の標示も「大落古利根川」となる。

Img_7074備前前堀川(左)合流地点(和戸橋) 《地図

Img_7080備前堀川合流地点 《地図

Img_7089鎌倉橋 《地図

もっと古風な橋と思ったら、洒落たデザインの橋だった。橋名の由来は何なのか?

Img_7094琵琶溜井分水工からの南側用水路が細々と流れている。《地図

正面は東武日光線の踏切

Img_7100ここは南側用水路跡の緑道になっている。《地図

Img_7097説明板

Img_7098ここにあった水門

葛西用水沿いに戻る。

Img_7108南側用水路で使用されたポンプ類と「南側用水の碑」

Img_7113河原橋② 《地図

昔風情のある橋だ。

Img_7118浅間神社(河原橋②と古川橋の間の左岸)

どこに芭蕉句碑が刻まれているか探しても分からず。

Img_7119芭蕉句碑説明板

古川橋を渡って杉戸町から宮代町に入り、東武動物公園駅に出た。

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2015年5月22日 (金)

葛西用水を歩く②(羽生駅→鷲宮駅)

2015年5月10日

羽生駅(東武伊勢崎線)・・・旭橋(葛西用水)・東谷分水工・・・宮田橋・宮田落排水路伏越地点・中川起点・・・岩瀬落伏越地点・・(南大橋)・・羽生市産業文化ホール・・・(藪浦橋)・・・(長浜橋)・・・(神明橋)・・・六ヶ村手子堀排水路・・・(新田橋)・・・(陣屋橋)・・・(馬店橋)・・・(野呂橋)・・・(甚兵衛橋)・・・(永井橋)・・・(加須市)・・・下谷伏越(手子堀川交差地点)・・・地蔵尊・(串作橋)・・・(岩瀬橋)・・・(昭和橋)・・・(道通橋)・・小堂・・・大道下揚水機場・・・(不動岡橋)・・銭見橋?(午の堀川)・・・入谷橋(葛西用水)・・・(正蓮橋)・・・午の堀川伏越地点・・庚申橋(午の堀川)・・・(中通上橋(葛西用水))・・・(中通下橋)・・・(新七釜戸橋)・・・地蔵堂・・・(七釜戸橋)・・・水産試験場・・(岡古井落伏越地点)・・・(学校橋)・・・(新造橋)・・・(藤搦橋)・庚申堂・・・(真名板橋)・・・(東北自動車道)・・・(橋場橋)・地蔵尊・・・(医王寺橋)・・・医王寺・・・(篠合橋)・・・会の川合流地点・・・(新篠合橋)・・・(川面橋)・・・(鷹橋)・・・(平成新橋)・・・(古門樋橋(中川)・・・(川口橋)・中川水辺再生地・・・川口分水工・北側用水路分岐地点・・・(下川面橋(北側用水路))・・・(川口樋前橋(葛西用水))・・・コスモスふれあいロード・・・(久喜市)・・・(新橋)・・・(金山橋)・・・(新古川橋)・・・(古川橋)・・・(?橋)天王新堀・・・御霊社・・・新道橋(青毛堀川)・・・鷲宮駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(羽生駅(11.3km)→鷲宮駅(31.4km))

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Img_6386旭橋から東谷分水工 《地図

Img_6387説明板①

水争いは昔のことと思っていたが、今でも用水分配の公平・不公平の問題はあるようだ。

Img_6388本線水路・分水路写真

Img_6395分水工から下流方向

鉄柵を挟んだ下の暗渠部分が分水路。

Img_6390説明板(逃樋)

葛西用水路は洪水防止の役割も持っている。

Img_6392伏越・逃樋説明図

大雨などの時は伏越を流れる水と、逃樋で葛西用水路に流す水の二本立てになる。

Img_6399中川起点碑(宮田橋の東詰) 《地図

起点は利根川と思っていた。

Img_6400中川下流方向

少し下流で前回(葛西用水①)、葛西用水を伏せ越した城沼落が合流して来る。

Img_6404宮田橋西詰から宮田落(排水路)

この手前で葛西用水を伏せ越して中川に合流している。この先の流れは地図で見ると羽生南小学校の北西角あたりまでだ。《地図

Img_6406岩瀬落伏越(南大橋の手前) 《地図

右から岩瀬落が葛西用水をくぐって行く。写真の左に見えるパイプ類は逃樋みたいな役割だろう。

Img_6411岩瀬落(上流方向)

Img_6407伏越した岩瀬落は操舟落となって中川に合流する。(下流方向) 《地図

Img_6412説明板

Img_6418今日も晴天で暑い。貴重な木陰だ。

Img_6423きれいにカーブして流れて行く。

左が分水路なのか? ここは開渠になっている。

Img_6436六ヶ村手子堀排水路(下流方向・新田橋の南側あたり) 《地図

Img_6443手子堀排水路に葛西用水から水が流れ込んでいる。向う側は貯水(調節)プールか? 関連が分からず。

この先の陣屋橋の南側から手子堀川になるようだ。

Img_6465一直線に伸びる運河だ。(永井橋から)

加須市に入る。

Img_6470
下谷伏越 《地図

手子堀川が葛西用水くぐって流れて行く。(正面前方)

Img_6483伏せ越した手子堀川の出口

Img_6477地蔵さんがぽつんと寂しげに(串作橋の手前の右岸)

台座に「念仏講中」とある。

Img_6494左岸の小堂(道通橋手前)に寄る。

Img_6498「西国三十三番・・・」(文化7年(1810))

Img_6500大道下揚水機場の調節池 《地図

Img_6508午(うま)の堀川(銭見橋?から上流方向) 《地図

Img_6516入谷橋下流の旧家

Img_6521午の堀川交差(伏せ越)地点 《地図

Img_6524午の堀川下流方向

東北道をくぐり、中川に合流する。

Img_6528庚申橋(伏越地点の手前の午の堀川の橋)から上流方向

庚申塔を探したが見当たらず。

Img_6533田んぼの向うにピラミッドが出現?

加須市の文化学習センターの「パストラルかぞ」だった。 《地図

Img_6545地蔵堂(右・新七釜戸橋手前の右岸)

堂内にタスキ掛けの石地蔵が立っている。

Img_6549左岸の三角屋根は水産試験場 《地図

水産試験場あたりで右から岡古井落が伏せ越して行くのだが、分からなかった。

Img_6565庚申堂(藤がらみ(搦)橋の右岸) 《地図

堂内には三猿の庚申塔と光明真言供養塔が並んでいる。

Img_6577葛西用水の流れとともに東北自動車道をくぐって行く。

Img_6583何の木か? ひょろひょろと伸びている。

Img_6587ここにも地蔵さんが見守っている。(橋場橋の左岸) 《地図

Img_6597会の川が右から合流する。《地図

Img_6598会の川上流方向

羽生市の上新郷で葛西用水を伏せ越して、ここまで流れている。『葛西用水①』

Img_6599合流地点

空き缶、ゴミが堰になっている。

Img_6600合流地点の葛西用水から会の川上流方向

Img_6607段差が出来て、右の水路は停滞し藻が浮いている。

Img_6623左の水路は新篠合橋をくぐるのがやっとだ。

平成新橋から中川に向かう。

Img_6630古門樋橋から中川上流方向 《地図

右から十王堀が合流する。煙突は大利根クリーンセンターだろう。

Img_6628下流方向

Img_6636中川水辺再生地 《地図

右に葛西用水、左に中川が接近している。

Img_6640夏越(なこし)大祓祭

毎年7月31日に行われる鷲宮神社の神事

Img_6639説明文

Img_6643葛西用水與八圦之跡碑(川口分水工のそば)

このあたりは『日光御廻り道②』で歩いているのだが、すっかり忘れている。この「與八圦碑」をネットで調べていたら、何番目かに自分の書いたものが載っていた。

Img_6645川口分水工 《地図

Img_6655左に北側用水路が分岐する。

Img_6658北側用水路を下川面橋まで行って、渡って戻った。

Img_6663右が北側用水路、左が葛西用水(分水口下流から)

Img_6676コスモスふれあいロード

加須市の川口樋前橋から久喜市の玉屋橋までの約6kmの葛西用水路沿いは、春はポピー、秋はコスモスの花街道だ。

古川橋まで行き、天王新堀の橋を渡って鷲宮駅に向かう。

Img_6686天王新堀(下流方向) 《地図

葛西用水と青毛堀川の間を流れ、東北新幹線をくぐった先で青毛堀川に合流する。

Img_6689並木理容店 《地図

地図にも載っているレトロな有名店? 

Img_6695御霊社

中は墓地になっている。

Img_6699青毛堀川(新道橋から上流方向) 《地図

下流で天王新堀を合流し、圏央道の先で葛西用水(大落古利根川)に流れ込む。

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2015年5月21日 (木)

葛西用水を歩く①(利根大堰→羽生駅)

2015年4月29日

利根大堰(利根川)・・利根導水路須加樋管・須加大橋・沈砂池・・・埼玉用水路(新小稲荷橋)・・・(川上橋)・・・(豊年橋)・・・(高畑橋)・・・(宝橋)・・・雷電神社①・・・(久保内橋)・・・(中橋)・・・(清水橋)・・・(朝日橋)・・・(雷電橋)・・・雷電神社②・・・(谷田橋)・・・(新井橋)・・・(共栄橋)・(羽生市)・・・(諏訪橋)・・・(並木橋・千人同心日光道交差地点)・・・(五十ヶ谷戸橋)・・・(別所橋)・・・(坂本橋)・・・(相川橋)・・・(南方用水分水地点)・・・(農園橋)・・・(内出橋)・・・北河原用水合流地点・・・(本田橋)・・・(中通り橋)・・・(火の見橋)・・・(関場橋)・・・(新田橋)・・・(竜住橋)・・・(東武伊勢崎線)・・・(観音橋)・千手院・・・稲田橋(埼玉用水路)・葛西親水公園・葛西用水旧元圦跡・埼玉用水路分岐地点・・・小滝橋(葛西用水)・・・長良神社・・・中の橋・・・下の橋・・・中橋・・・北大橋・・・大天白橋・・大天白神社・大天白公園・・・藤見橋・・・川俣排水路合流地点・・・城沼落伏越地点・・・学校橋・・・愛宕神社・子育地蔵尊・・・城橋・・・東橋・・・さくら橋・旭橋・・・稲荷神社・・・羽生駅(東武伊勢崎線)

 見沼代用水と並び日本三大農業用水とされる葛西用水を歩く。利根川の取水口から下流へと記載するが、歩いた日にちは前後している。

  【ル-ト地図】(利根大堰→羽生駅(11.3km))

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 利根大堰(現在の取水口)から沈砂池までは『見沼代用水を歩く①』に記載。

Img_3133葛西用水説明板(草加市の根郷橋そばに設置のもの)

Img_5115埼玉用水路を葛西用水分流地点まで行く。

小稲荷橋から下流方向 《地図

Img_5118上流の沈砂池方向

Img_5101雷電神社① 《地図

田畑の中にポツンと小祠。雷除け、雨水・豊作祈願か。

Img_5097用水の両側も歩ける。

Img_5080雷電神社② 《地図

Img_5071共栄橋から羽生市に入る。

Img_5062並木橋 《地図

千人同心日光道交差地点で、3年前の9月23日に、この勘兵衛松並木跡を通り、昭和橋を渡って茂林寺のある館林市まで行った。まだまだ暑かったことだけは覚えている。

Img_5048南方用水分水地点 《地図

この手前に会の川が流れているのだが、うっかり見過ごした。

Img_5044南方用水下流方向

Img_5047標示板

Img_5036北河原用水合流地点(左) 《地図

Img_5034北河原用水

Img_5009東武伊勢崎線をくぐる。

Img_4997千手院

前に観音橋が架る。

Img_4996千手院の前あたりで埼玉用水路は2つの流れになる。 《地図

左が埼玉用水路の本流で、右がこの先の葛飾用水の元圦(もといり・旧取水口)の南側で右(南)に曲がって葛西用水となり南流する。

Img_4969埼玉用水路は左から右へ上を越えて行く。(自動車の手前)
葛西用水は左から来る流れと、葛飾用水の元圦からの流れ(正面方向)が合流して南流する。(葛西用水から上流方向を見ている)

Img_4971埼玉用水路は立体交差で上を越えて流れて行く。(上流方向を見ている) 《地図

Img_4977葛西用水の旧元圦(葛西親水公園)

万治3年(1660)から昭和43年(1968)まで、背後の利根川から取水していた。

Img_4979下流方向

Img_4989葛西用水元圦跡之碑

Img_4990元圦前の利根川 《地図

Img_4981説明板①

Img_4984説明板②

Img_4967葛西用水を下流へ向かう

Img_4965松平大和守生祠(長良神社境内)

Img_4963説明板

Img_4961長良神社

Img_4947「ふじまつり」の開催中だ。

Img_4945大天白神社 《地図

弘治3年(1557年)に羽生城主?の木戸伊豆忠朝の夫人が安産祈願のために創建したと伝えられ、安産・子育ての神様として知られる。毎年5月と10月に例大祭が開かれる。

Img_4930堀田相模守生祠

Img_4929説明板

Img_4934藤①(神社前の大天白公園)

グッドタイミングだった。

Img_4935

Img_4944

Img_4925藤見橋から下流方向

Img_4922川俣排水路合流地点 《地図

Img_4919城沼落(じょうぬまおとし)伏越地点 《地図

この手前で葛西用水の下をくぐって来た。

Img_6392伏越

一般的な模式図

Img_4909愛宕神社(右岸)

子育地蔵尊堂が境内傍らにある。

Img_4913子育地蔵尊

Img_4911由来記

Img_4903東橋から下流方向

Img_4901さくら橋・旭橋 《地図

ここから葛西親水公園までの右岸が、「羽生市健康ウォーキングロード」になっている。

今日はここまでとし、右折し羽生駅に向かう。

Img_4891正一位稲荷大明神(羽生駅への道の右側)

ここも藤だ。

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2015年5月20日 (水)

見沼代用水を歩く⑩(東縁③ 東浦和駅→はんの木橋バス停)

2015年3月26日

東浦和駅(JR武蔵野線)・・・赤山街道・・附島橋(見沼代用水西縁)・・附島氷川女体神社・・稲荷神社・・八丁堤跡・・八丁橋(芝川)・・水神社・・鈴木家住宅・・稲荷神社・・(川口市)・・山口橋(見沼代用水東縁)・・・(木曽呂南橋)・・・木曽呂調節堰・・・(神戸橋)・・たたら荘・・・(東京外環道)・・・小祠・・(道合橋)・・・根岸水位調節ゲート・・・妙蔵寺橋・妙蔵寺・・・(新台橋)・・・(台橋)・・・(権現橋)・・・神根浄水場第11号取水井・・・(桜橋)・・・(松原橋)・・・(県道34号)・・・(根岸橋)・・・川口市立グリーンセンター・・・(神明橋)・・・(浦寺橋)・・・(瑞穂橋)・・・(諏訪下橋)・・見沼諏訪山公園・・・(諏訪山橋)・・・(射的橋)・・・(国道122号)・・・(ほたる橋)・・・(おおぎ橋)・・・(北谷橋)・・・的場水位調節ゲート・見沼的場公園・的場橋・・・庚申塔祠・・・(あいぞめ橋)・・・(宮下橋)・・・吹上橋・御成坂(日光御成道)・・・(富士見橋)・富士見坂下・・(貴船橋)・・・(稲荷橋)・・・(浅間橋)・・・毛長川交差(伏越)地点・・・(浅田橋)・・・(御嶽橋)・・・(観音橋)・・・(御手洗橋)・・・辰井公園・・・(三歳橋)・・・(首都高川口線)・・・(酒盛橋)・・・(蓮沼橋)・・・(南前橋)・・・(石御堂橋)・・・(上本郷橋)・・・(本郷橋)・・・見沼代用水路管理終点・(一本橋)・砂小橋(毛長川)・(足立区)・神領堀親水緑道分岐地点・見沼代親水公園・・(見沼代親水公園駅(日暮里舎人ライナー))・・諏訪神社・・古千谷橋交差点・・・はんの木橋交差点・・はんの木橋バス停→竹ノ塚駅(東武伊勢崎線)

 現在の見沼代用水東縁管理終点まで行き、かつてはそのあたりまで流れていたという見沼代親水公園の先の、はんの木橋交差点まで足を伸ばした。

  東浦和駅から山口橋までは、『赤山街道①』に記載。

  【ル-ト地図】(東浦和駅(24.3km)→はんの木橋バス停(37.8km)

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Img_2841木曽呂調節堰

Img_2852東京外環道をくぐって行く。《地図

Img_2856くぐって出た所

右に小祠

Img_2863根岸水位調節ゲート

Img_2868妙蔵寺地図

Img_2920的場水位調節ゲート

Img_2925庚申塔祠(的場橋の下流)

馬頭観音のようにも見えたが。

Img_2935御成坂 《地図

ここは日光御成道の鳩ヶ谷宿。左はからくり人形時計。

Img_2942貴船橋から

Img_2948毛長川伏せ越し地点 《地図

東縁は毛長川の下をくぐって行く。

Img_2950毛長川上流方向

Img_2952見沼代用水東縁は伏せ越してここに出て来る。

Img_2967首都高川口線をくぐる。《地図

Img_2983見沼代用水路管理終点(一本橋) 《地図

現在、見沼代用水土地改良区が管理するのはここまで。
かつては見沼代用水東縁が毛長川を懸樋(かけひ)で越えていたという。このあたりは『赤山街道⑤』でも歩いている。

Img_2994神領堀親水緑道地図

見沼代用水の支流の用水、神領堀跡。

Img_2995説明板

Img_2993毛長川を渡った所

まだ整備途中なのか雑然としている。この先が見沼代親水公園だ。

Img_2999見沼代親水公園を進む。《地図

昭和59年3月、見沼代用水の流路跡に約1.7kmの親水公園として整備された。

Img_3004見沼代親水公園駅(日暮里・舎人ライナー

駅名の公募の結果は1位が「舎人(とねり)」駅で、大差の2位が、建設時からの仮称の「見沼代親水公園」駅だったそうだ。「見沼」を知る人も多くはなく、「見沼代」の「代」の意味を知る人は少ないのでは。
舎人」はこのあたりの地名で、由来は諸説あるようだ。

Img_3007せせらぎ沿いの親水緑道を行く。

Img_3011諏訪神社 《地図

Img_3018古千谷橋交差点 

ここで見沼代親水公園は終わる。

Img_3031はんの木橋交差点 《地図

かつてはこのあたりまで、見沼代用水東縁が流れていたという。
「はんの木橋」バス停からバスで赤山街道を通り、竹ノ塚駅へ出た。

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2015年5月19日 (火)

見沼代用水を歩く⑨(東縁② 七里駅→東浦和駅)

2015年3月25日

七里駅(東武野田線)・・・上ヶ谷橋(見沼代用水東縁)・・・(半縄橋)・・・(七里橋)・・・(高台橋)・・・埼玉記念病院・・大宮第二調節堰・・・七里総合公園・・・(膝子橋)・・・加田屋川・・・(樋ノ口橋)・・・見沼弁財天堂・・・(丼橋)・・・(締切橋)・・・見沼自然公園・・・(さぎやま記念公園)・・・(五斗蒔橋)・・・総持院橋・・総持院・・・見沼原型保存区間・・・国昌寺橋・・国昌寺・・・(新見沼大橋(国道463号バイパス))・・・(大崎橋)・・・(天神橋)・・大崎公園・・・(公園橋)・・・無量寺橋・・無量寺・・・(大白天橋)・・・(浅間橋)・・・東沼神社・・・(差間橋)・・・二ツ橋・・川口自然公園・・・(美沼橋)・・・(川蝉橋)・・・(JR武蔵野線ガード)・・・(八丁小橋)・・・(見沼新田橋)・・見沼通船堀東縁・・(芝川)・・八丁橋・・見沼通船堀西縁・・・油屋橋(西縁)・・・東浦和駅(JR武蔵野線)

  【ル-ト地図】(七里駅(8.4km)→東浦和駅(24.3km))

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Img_2617大宮第二調節堰地図

高台橋の先のさいたま記念病院のそば。

Img_2627加田屋川が東縁の西側を流れている。《地図

この付近の見沼田圃を開発した江戸の加田屋助右ェ門に由来する川名という。

Img_2632見沼弁財天(丼橋の上流)

見沼七弁天の一つ。菖蒲町の星川との分岐地点にも祀られていた。『見沼代用水③

Img_2636説明板

Img_2646井沢弥惣兵衛像(見沼自然公園内) 《地図

見沼代用水を開削した江戸時代の治水家

Img_2678龍神伝説

Img_2649見沼自然公園の池

左岸沿いには「さぎ山記念公園」がある。『さいたま市の坂④

回り舞台 見沼たんぼ』の「4.さぎやま盛衰」

Img_2660総持院地図

Img_2665見沼原型保存区間①

Img_2669

Img_2679国昌寺山門

「開かずの門」と「釘づけの竜」の2つの伝説のある山門。

Img_2680説明板

Img_2681国昌寺

Img_2682説明板

Img_2684阿弥陀一尊種子板石塔婆

鎌倉時代の物らしい。

Img_2688新見沼大橋をくぐる。《地図

上は見沼大橋有料道路

大崎公園を過ぎて行く。

Img_2707無量寺  《地図

元和元年(1615)の開山というから、見沼代用水が開削される以前の、見沼の時代だ。

Img_2720東沼(とうしょう)神社地図

Img_2730川口自然公園

Img_2738JR武蔵野線をくぐる。《地図

Img_2747見沼通船堀(東縁)が右へ分岐する。《地図

Img_2751見沼通船堀(東縁)

享保16年(1731)に築造された閘門式運河。前方の橋の下が「仮締め切り」

見沼通船堀の実演

Img_2809説明板①

Img_2759説明板②

Img_2775

Img_2776

Img_2770第二の関(第一の関側から)

Img_2777第二の関から第一の関

Img_2772第一の関

Img_2781芝川との合流地点 《地図

Img_2784芝川対岸の右の橋の下から西縁からの通船堀が合流する。

このあたりが八丁河岸で賑わった所。芝川に架かる八丁橋あたりは八丁堤で赤山街道の道筋。

Img_2760大正時代の八丁河岸

Img_2790説明板(八丁堤)

Img_2786水神社

Img_2785説明板

Img_2795通船堀西縁が芝川に合流する地点

Img_2797案内図

Img_2808西縁合流地点

油屋橋(西縁)を渡って東浦和駅に向かった。

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2015年5月18日 (月)

見沼代用水を歩く⑧(東縁① 蓮田駅→七里駅)

2015年3月24日

蓮田駅(JR宇都宮線)・・・御前橋(見沼代用水)・・・瓦葺調節堰・・立合橋(綾瀬川)・・瓦葺分水工(東縁・西縁分岐地点)・・高橋(東縁)・・・宮浜踏切(宇都宮線)・・・(大島橋)・・・(国道16号東大宮バイパス)・・・(坂下橋)・・・(鳥ヶ谷戸橋)・・・(春河橋)・深作川交差地点?・・・(海崎橋)・・・(入山橋)・・・(諏訪橋)・・・(膳棚橋)・・・(中島橋)・・・(稲荷台橋)・(県道322号)・・・春おか広場・・・神明神社・・神明橋・・・行止り(東武野田線)・・・野第36号踏切へ迂回・・・上ケ谷橋・・・七里駅(東武野田線)

 西縁を歩き終えたので、瓦葺分水工から東縁をたどる。(蓮田駅から瓦葺分水工までは、『見沼代用水を歩く(西縁①)』に記載)
 今日も体調が悪く、思うように歩けなかった。

  【ル-ト地図】(七里駅(8.4km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2533高橋から東縁を行く。《地図

宮浜踏切(宇都宮線)を渡り、東大宮バイパスをくぐって行く。

Img_2560春河橋 《地図

このあたりで深作川が東縁の下をくぐって行く、伏せ越し地点なのだが、工事中でよく分からず。

Img_2571菜の花が続く堤(膳棚橋の先)

上の桜もそろそろか。

Img_2578以前は「見沼ツーデーマーチ」があった。

1997年(第5回大会)の前後、3大会ほどに参加した。

Img_2586神明神社 《地図

Img_2590東武野田線で行止りで、左に迂回して踏切を渡った。

上ケ谷橋を渡り七里駅に向かった。

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2015年5月17日 (日)

見沼代用水を歩く⑦(西縁④ 東浦和駅→笹目川→武蔵浦和駅)

2015年3月22日

東浦和駅(JR武蔵野線)・・・油屋橋(見沼代用水西縁)・・(見沼通船堀公園)・・附島橋・・・(吉場橋)・・・(柳崎橋)・・柳崎第3公園・・・(後町橋)・・・宮下橋・・柳崎氷川神社・・・六ヶ村用水分岐地点・・・(観音院)・・・(堂山橋)・・・(橋戸橋)・・・(新橋戸橋)・・・明花公園・・(明花橋)・・・大谷口公園・調整池・・・(見沼桜橋)・・・(円正寺小橋)・・・馬坂・・・薬師堂・・・坂下橋交差点・(県道34号)・坂下橋・・・藤右衛門川交差地点・・・八幡橋・・・神宮禅寺・鶴ヶ丸八幡神社・・・芝支所交差点(外環自動車道)・・・(原の下橋)・・・(外環自動車道)・・・(みつや橋)・・・(戸井の橋)・・・新曽用水(文蔵川)分岐地点(元西福寺前分水口)・・・阿弥陀堂・・(行止り迂回)・・・南浦和陸橋(JR京浜東北線)・・・六辻水辺公園・・・(一ツ木通り)・・・文蔵薬師堂・・・神明社・・・(根岸橋)・・・(国道17号)・・(旧中山道)・・・(萬蔵寺)・・・辻鉢木公園・・・笹目川合流地点・・水辺公園橋(笹目川)・・・武蔵浦和駅(JR武蔵野線)

 西縁の終点の笹目川との合流地点まで行く。見沼通船堀は東縁を歩いた時に記載する。

  【ル-ト地図】(東浦和駅(70.7km)→笹目川合流地点→武蔵浦和駅(82.2km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2322柳崎氷川神社地図

社殿の右はスダジイの大木。

Img_2324六ヶ村除塵機及び調節堰

六ヶ村用水が左(南)に分岐し、松声橋の下で藤右衛門川を伏せ越し(くぐって)て行く。 《地図

Img_2344大谷口調整池 《地図

大雨などの時に一時的に雨水を溜める施設。あたり一帯は大谷口公園になっている。

馬坂を上って寄り道する。《地図

Img_2352薬師堂(馬坂の坂上近く)

このあたりは円正寺という地名だがその名の寺はないようだ。

Img_2357県道34号で途切れた西縁は坂下橋から復活する。

Img_2361藤右衛門川交差(伏越)地点 《地図

西縁の用水は藤右衛門川の下をくぐって行く。

Img_2364整備工事中のようで雑然としている。正面遠方は東京外環道。

Img_2365藤右衛門川(上流方向)

上流では浦和競馬場の中を流れている。西縁はこの下をくぐっている。

Img_2368この先の八幡橋から鶴ヶ丸八幡神社に寄る。

Img_2379_2鶴ヶ丸八幡神社  地図》 

鳥居は木製の両部鳥居。石段下の隣が別当寺の神宮禅寺。

西縁は外環自動車道を芝支所交差点と、《地図》 原の下橋の先で2回くぐって流れて行く。

Img_23872度目の外環道をくぐる。《地図

Img_2388この下を流れて行く。

Img_2393ここへ出て来て西に流れる。《地図

Img_2394西へ直線的に流れる。

Img_2398みつや橋の先で暗渠となる。

Img_2400暗渠の上は遊歩道だ。 《地図

Img_2404新曽用水分岐(元西福寺前分水口) 《地図

左(南)が新曽用水(文蔵(ぶぞう)川)で、直進すると辻用水となる。かつては旧中山道までが見沼代用水土地改良区の管理だったが、(六辻水辺)公園整備のため、さいたま市に移管されたそうだ。今でも元西福寺前分水口までと新曽用水は見沼代用水土地改良区の管轄という。

Img_2406新曽用水(文蔵川)

正面は東京外環道

Img_2409阿弥陀堂 《地図

Img_2411阿弥陀像が拝めた。

Img_2412阿弥陀堂の先は行止りで、北の南浦和陸橋に迂回してJR線を越える。

Img_2414長屋門

Img_2417南浦和陸橋 《地図

陸橋を渡って線路沿いを戻る。

Img_2423辻用水(西縁)はJR線路をくぐり、左のガード下に出て来る。《地図

上に「六辻水辺公園→」の看板が架る。ここを右に入って行く。

Img_2425ガード下には濁った水を溜めている。

Img_2427六辻(むつじ)水辺公園を進む。

平成3年に見沼代用水西縁(辻用水路)を、治水・利水を考慮しながら水に親しめる憩いの場とするため整備した、総延長2.4kmの細長い遊歩道の親水公園。

Img_2437遊歩道が続く。

Img_2445文蔵薬師堂 《地図

文蔵(ぶぞう)はこのあたりの地名。外環道の南方を文蔵川が流れ、笹目川に注いでいる。

Img_2449神明社(薬師堂の西側)

Img_2469旧中山道交差地点 《地図

六辻水辺公園が整備されるまでは、ここまでが見沼代用水土地改良区の管理だったそうだ。

Img_2476辻鉢木公園あたり

Img_2492六辻水辺公園の終点 《地図

Img_2497笹目川へ流れ込む辻用水(見沼代用水西縁)

Img_2501笹目川下流方向

Img_2499水辺公園橋

笹目川沿いを上流の武蔵浦和駅に向かった。

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2015年5月16日 (土)

見沼代用水を歩く⑥(西縁③ 与野駅→東浦和駅)

2015年3月13日

与野駅(JR京浜東北線)・・・(旧中山道)・県道120号・・・足立神社・・・西高坂・・・正樹院・・・正樹院橋・見沼代用水西縁・・西高斜面林・・・(木崎橋)・・・木崎四丁目保存緑地・・・足袋屋橋・・・宝蔵院・山崎のボダイジュ・・・足袋屋橋・・・(第二産業道路)・・・山中橋・・大道橋(芝川)・・・(忠兵衛橋)・・・(ふるさと橋)・・・(大古里橋)・・・(北宿橋)・北宿坂下・みむろ桜広場・・・(米原橋)・・・(清水橋)・・・(馬場橋)・・・(舟戸橋)・・・(北浦橋)・・・(敬助橋)・朝日坂下・・・(延助橋)・・・(宮元一の橋)・・・(宮元二の橋)・・・氷川下橋・・・氷川女体神社・・氷川女体橋・・磐船祭祭祀遺跡・氷川見沼公園・・(宮元三の橋)・・・(神明橋)・・・(神明新橋)・・・(助右衛門橋)・・・(国道463号)・・・(高間ヶ原橋)・・・(大牧橋)・・・大牧氷川女体神社・・・大牧学校橋・・・(源七橋)・・・(JR武蔵野線ガード)・・・油屋橋・・・東浦和駅(JR武蔵野線)

  【ル-ト地図】(与野駅(56.6km)→東浦和駅(70.7km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_1848足立神社 《地図

Img_1847説明板

Img_1854正樹院地図

今日が卒業証書授与式の浦和西高前を通り、正樹院橋を渡る。《地図

Img_1858西高斜面林

Img_1873木崎四丁目保存緑地と桜並木

桜もそろそろか。

Img_1880さいたま新都心方向

足袋屋橋あたりから

Img_1882山崎のボダイジュ(宝蔵院) 《地図

Img_1883説明板

Img_1905北宿大橋(芝川) 《地図

南の北宿橋(見沼代用水)から上る坂が北宿坂。北宿橋の東側が「みむろ桜広場」。

Img_1910猫の溜まり場

手前の猫は毛並が良さそうだ。

Img_1929みむろ桜広場近く

Img_1933カワセミは見かけないが鴨はあちこちにいる。

Img_1977氷川女体神社

Img_1973説明板

Img_1972道標(弘化2年(1845))

もとは赤山街道沿いにあったもの。八丁橋の西側の赤山街道が西縁を横切るあたりか?

Img_1971説明板

Img_1986氷川女体神社磐船祭祭祀遺跡 《地図

見沼の御船祭→見沼の干拓→磐船祭

Img_1981説明板

Img_1966見沼たんぼの歴史(移り変わり)

東京?湾の入江→沼・湿地→溜井→(干拓・見沼代用水)→見沼たんぼ ということ。

Img_1995見沼氷川公園

Img_1993案山子像

唱歌の♪「案山子」は、この地で生まれ育った作詞者の武笠三が、「見沼たんぼ」に立つ「かかし」を歌ったものという。

Img_2025もうじきに梅から桜に変わるだろう。

Img_2037大牧氷川女体神社 《地図

Img_2039説明板

近くの赤山街道沿いには、武田信玄の娘、見性院の墓のある清泰寺や大間木氷川神社がある。

Img_2050JR武蔵野線をくぐる。

Img_2054油屋橋を渡って東浦和駅に出た。

足袋屋橋、油屋橋も今は何の面白味もない橋だが、昔を偲ばせる橋名だ

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2015年5月15日 (金)

見沼代用水を歩く⑤(西縁② 土呂駅→与野駅)

2015年3月20日

土呂駅(JR宇都宮線)・・・浅間神社・・・川島橋(見沼代用水西縁)・・市民の森・・見晴公園・・・土呂の地蔵堂・・・(産業道路)・・百体庚申社・・・野第9号踏切(東武野田線)・・・御嶽社・・・西縁・・・(寿能神橋)・・寿能城跡(寿能公園)・・・万葉の並木道・・・鹿島橋・・・(白山橋)・・・堀の内橋(堀の内河岸跡)・・・(稲荷橋)・・・(朝日橋)・・・天沼揚水機場・・・(境橋)・北袋揚水機場・・・北袋橋・(首都高埼玉新都心線)・北袋河岸跡・・・さいたま市大原サッカー場・・・北袋中継ポンプ場・・・(大原中橋)・・・(市川橋)・・・正樹院橋・・・西高坂・・・(旧中山道・大ケヤキ跡)・・与野駅(JR京浜東北線)

  【ル-ト地図】(土呂駅(46.9km)→与野駅(56.6km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2174浅間神社 《地図

Img_2179市民の森(見沼グリーンセンター)

Img_2182見晴公園 《地図

見沼代用水沿いから離れる。

Img_2196土呂地蔵堂 《地図

この先の御嶽社も初鹿野氏ゆかりの所

Img_2195説明板

Img_2197百体庚申社 《地図

Img_2199庚申塔ではなく猿像だった。

Img_2198説明板

Img_2201東武野田線の踏切を渡って見沼代用水に戻る。

Img_2205御嶽社 《地図

Img_2206説明板

Img_2208西縁(下流方向)

Img_2213寿能城跡 《地図

Img_2212説明板

Img_2218万葉の並木道 《地図

万葉集とは直接の関係がない。

Img_2233堀の内橋(堀の内河岸跡) 《地図

昭和の初期まで、用水路が舟運に利用されて賑わっていたという。

Img_2231説明板

文中の「おかま坂」は以前から気になっていたのだが、まだ行ったことがない。

Img_2251天沼揚水機場 《地図

Img_2257北袋揚水機場

Img_2264北袋河岸跡・北袋橋 《地図

上は首都高埼玉新都心線

Img_2263説明板

Img_2270北袋中継ポンプ場

Img_2281正樹院橋を渡って西高坂を下り、与野駅に向かった。《地図

旧中山道の与野駅東口交差点にあった大ケヤキの幹の輪切りが与野駅に保存され、西口の広場には大ケヤキの後継樹が植えられている。『中山道(浦和宿→上尾宿)に記載。

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2015年5月14日 (木)

見沼代用水を歩く④(蓮田駅→瓦葺分水工・西縁①→土呂駅)

2015年3月14日

蓮田駅(JR宇都宮線)・・・御前橋(見沼代用水)・・小厩橋(綾瀬川)・・・(弥佐渕橋・見沼代用水)・・・(稲荷(とうか)橋)・・・(前橋)・・・瓦葺調節堰・・瓦葺伏越(掛渡井跡・水路橋跡)・・立合橋(綾瀬川)・・瓦葺分水工(見沼代用水東縁・西縁分岐地点)・・・西縁・・(宿橋)・・・(荒神上橋)・・・(東大宮バイパス)・・・(溜橋)・・・(森田前橋)・・・(新田橋)・・・(宇佐美橋)・・・(高台橋)・東大宮親水公園・・・(築後橋)・・・(砂調節堰)・跨線橋(芝川・JR東大宮操車場)・・・(上坂口橋)・・・(馬橋)・・・(本郷橋)・・・(九平橋)・・・神明北公園・・・(宇都宮線跨線橋)・・・(神明橋)・・見沼公園・神明社・・・(筆吉橋)・・・市民の森(見沼グリーンセンター)・川島橋・・・土呂駅(宇都宮線)

 瓦葺伏越から東縁と西縁が分岐する瓦葺分水工へと進んだが、途中から気分が悪くなり、目まいがしてふらつき出した。見沼公園のベンチに寝て様子を見たが一向に良くならず、市民の森そばの川島橋から土呂駅に向かった。

  【ル-ト地図】(蓮田駅(37.1km)→土呂駅(46.9km)) 

  写真をクリックすると拡大します。

Img_2061御前(おまえ)橋から下流方向 《地図

すぐ西側の伊奈町との境を綾瀬川が流れている。

Img_2511綾瀬川(小厩橋から下流方向)

この先の瓦葺伏越(かわらぶきふせこし)で、見沼代用水は綾瀬川の下をくぐって西側に出る。そしてすぐ先の瓦葺分水工で東縁と西縁に分かれて行く。

Img_2070瓦葺調節堰 《地図

Img_2076立合橋から綾瀬川上流方向 《地図

ここが瓦葺伏越で右から左へ見沼代用水が綾瀬川の下をくぐっている。見沼代用水の開削(享保13年(1728))当初は、綾瀬川の上を越えた木製の掛渡井→レンガ造りの水路橋(明治42年)から、昭和35年に下をくぐる伏せ越しになった。左はレンガの水路橋の名残りで、この上に鉄製の樋(水路)を置いたそうだ。

Img_2506掛渡井説明板

Img_2081対岸(伏越地点)から瓦葺調節堰

Img_2080東縁(左)・西縁(右)分岐地点 《地図

Img_2083東縁は高橋をくぐって行く。

まずは手前の西縁を歩く。

東大宮バイパスをくぐって行く。

Img_2114高台橋手前あたり(上流方向)

この下流(手前)で暗渠となって高台橋から東大宮親水公園となる。

Img_2120東大宮親水公園内を進む。

築後橋から流れが復活する。

Img_2124築後橋から下流方向

芝川とJR東大宮操車場を越えて行く。

Img_2127跨線橋下を流れる見沼代用水西縁と砂調節堰

Img_2128見沼代用水の下を伏越して流れる芝川(下流方向) 《地図

Img_2134跨線橋で越えた所から西縁の上流方向

Img_2149神明北公園の北側でJR線路に突き当たり行止りだ。《地図

Img_2154左に迂回したが踏切はなく、右に線路沿いを進み跨線橋で越えた。《地図

Img_2156長屋門

西縁に戻る途中

Img_2161神明橋から下流方向 《地図

Img_2163神明社

Img_2164由緒

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2015年5月13日 (水)

見沼代用水を歩く③(上町バス停→蓮田駅)

2015年5月11日

久喜駅(東武伊勢崎線)→上町バス停・・仲橋(見沼代用水)・・・中島分水工(中島用水路分岐地点)・さくら橋・・・見沼弁財天・・星川分岐地点・十六間堰・弁天橋(星川)・・八間堰・見崎橋(見沼代用水)・・・(八束橋)・・・(丸谷橋)・・・(常観堂)・・・(神ノ木橋)・・・稲荷社・・・(東北自動車道)・・・(柴山橋)・・小塚橋(野通川)・・・(箕輪橋)・・・常福寺・・宮野橋・・柴山観音堂・諏訪八幡神社・・柴山伏越・・・常福寺橋(元荒川)・・・(折戸橋)・・・(北浦地橋)・・・(池田橋)・・・(高橋)・・・(徒行橋)・・久伊豆神社①(駒崎)・星久院・・・(行方橋)・・・小貝戸圦・・・久伊豆橋・久伊豆神社小祠・・・(小右ェ門橋)・・・(吾庵橋)・・・猿田彦大神道標・・・久伊豆神社②(閏戸)・・・(樹木橋)・・・(東北新幹線)・・・(吹上橋)・・・(八幡橋)・・・(高砂橋)・・・蓮田市浄水場・・・(前原橋)・・・(西谷橋)・・・(関山橋)・・山ノ内公園・・綾瀬橋(綾瀬川)・・・(蓮田橋)・・・(亀田橋)・・・綾瀬せせらぎ公園・・・(御前橋)・・・蓮田駅(JR宇都宮線)

  【ル-ト地図】(上町バス停(22.3km)→蓮田駅(37.1km))

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Img_6707中島用水路(黒沼笠原用水)が左に分岐する。《地図

Img_6711中島分水工から流れ出て来る中島用水路。

Img_6714見沼弁財天 《地図

紀州流で見沼代用水を開削した井沢弥惣兵衛は、水路沿いの要所要所に弁財天堂を勧請し、燈明料を寄進して水路の平安と豊作を祈願した。

Img_6718説明板

Img_6722星川分岐地点地図

見沼公園の南側で合流した星川との共用区間はここで終わる。

Img_6726弁天橋から星川

十六間堰から勢いよく流れ出て来る。

Img_6727十六間堰・星川

写真を撮っていると霧状の水しぶきを浴びた。

Img_6721説明板

Img_6729八間堰・見沼代用水

Img_6730見沼代用水(見崎橋から)

川の流れと変わり用水路っぽくなる。

Img_6739八束橋から右岸の木陰沿いを進む。《地図

このところ25度以上の晴天の夏日が続いていて、南に向かう日なたは暑い。

Img_6755稲荷社 《地図

Img_6751東北自動車道をくぐって行く。

柴山橋で野通(やどうり)川が近づく。

Img_6761野通川(小塚橋から下流方向) 《地図

Img_6776井沢弥惣兵衛の墓(常福寺境内)

Img_6775説明板

Img_6779柴山観音堂(正面) 《地図

今の観音堂は小さく、堂という感じではない。北側に諏訪八幡神社がある。

Img_6780説明板

Img_6784諏訪八幡神社

諏訪神社+八幡神社ということか。

Img_6783説明板

Img_6799柴山調節堰

この先が柴山伏越

Img_6801現在の柴山伏越

もとは元荒川の川床に木製の樋管を通して見沼代用水をくぐらせた。

Img_6786説明板

Img_6795見沼代用水は元荒川の下をくぐり(伏越)、対岸の調節堰の所へ出て来る。《地図

白岡市から蓮田市へくぐり抜けることになる。

Img_6790見沼代用水は柴山調節堰の先から蓮田市側の調節堰まで、常福寺橋の少し下流の元荒川の下に埋設されたパイプ管を通って流れて行く。

Img_6805元荒川(常福寺橋から上流方向)

右から野通川が合流して来る。

Img_6815蓮田市側で復活した見沼代用水

Img_6840久伊豆神社①(駒崎) 《地図

蓮田市に7つある久伊豆神社の一つ。

Img_6838説明板

Img_6846小貝戸圦(行方橋の下流近く)

見沼代用水から引かれた農業用水が田畑を潤す。

Img_6852久伊豆橋たもと

右から久伊豆神社の小祠・その隣の庚申塔(享保10年(1725))の左側面には「埼玉郡上閏土村」と刻む。弁財天の石祠・馬頭観音(大正6年)。

Img_6868猿田彦大神塔(天保2年?(1831)) 《地図》?

左側面は道標になっている。

Img_6873「久喜 二里」は分かるが、その他は?

Img_6882久伊豆神社②(閏戸) 《地図

Img_6881説明板

Img_6885東北新幹線をくぐる。

蓮田市浄水場の所で綾瀬川と近づく。

Img_6908綾瀬橋から綾瀬川上流方向 《地図

泳いでいるのは、はぐれ鴨かも。

Img_6912蓮田橋をくぐって行く。《地図

雨で冠水すると遮断機が下りて通行止になる。

Img_6916ゴリラが行者のように瞑想に耽っている。(綾瀬せせらぎ公園)

この先の御前(おまえ)橋までとし蓮田駅に向かった。

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2015年5月12日 (火)

見沼代用水を歩く②(武州荒木駅→上町バス停)

2015年5月8日

武州荒木駅(秩父鉄道)・・・秩父鉄道踏切・・・星川橋(見沼代用水(星川)・行田バイパス)・・・(六本木橋)・・・(徒橋)・秋葉神社・・・御嶽神社①・・・(なかよし橋)・・・御嶽神社②・・(須戸橋)・・・行田第一調節堰・・・柳大橋水管橋・柳大橋・・・小針野揚水機場・・・(田島橋)・・・藤間神社・・・(藤間橋)・・・(さわやか橋)・(万蔵橋)・・・行田第二調節堰・・・関根神社・・・旧忍川合流地点・・・関根落伏越地点・関根排水機場・・・(新落合橋)・・・(落合橋)・落合陸田圦・・・山王橋・山王圦(山王用水路)・・・騎西領用水水門・元圦橋・・騎西第一調節堰・・・境橋・天満宮・・・(中ノ目橋)・・・上の池・下の池・・・(榎戸橋)・・・(水道送水管橋)・・(新種足橋(しんたねだればし))・・龍昌寺・・・(種足橋)・・・調節堰・・・(舟場橋)・・・(新橋)・・・仲橋・・上町バス停→久喜駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(武州荒木駅(4.7km)→上町バス停(22.3km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_6208六本木橋(見沼代用水(星川))から下流方向 《地図

星川の自然の流れを利用している。上星川と合流後は、菖蒲町(久喜市)の十六間堰で分かれるまで橋名も星川と標示されている。
この先の徒橋のたもとの秋葉神社は民家の敷地内だ。

Img_6215御嶽神社①

Img_6221御嶽神社②(須戸橋の手前) 《地図

Img_6230行田第一調節堰

Img_6238柳大橋から 《地図

右後方は「古代蓮の里」の古代蓮会館のタワー。

Img_6247藤間神社 《地図

Img_6254弁財天女像の日本廻国供養塔(明和8年(1771)・藤間神社境内)

右上に「奥州金華山」・左上に「大瓣才天女」と刻む。講を組んで弁財天の福徳の御利益を求めて、金華山詣をしたのだろう。

Img_6275関根神社 《地図

Img_6277旧忍川合流地点 《地図

Img_6288根落伏越地点 《地図

関根落が見沼代用水の下をくぐって行く所だが、ゴミが堰になっている。

Img_6287関根落(上流方向)

Img_6291見沼代用水の右岸先に伏せ越して、野通川に合流する。

Img_6299落合橋・落合陸田圦(正面)

見沼代用水からの取水口があちこちにある。今でも田畑を潤す大切な農業用水なのだ。

Img_6315騎西領用水(新川)分岐地点 《地図

元圦橋と騎西領用水水門。その先が騎西第一調節堰。

Img_6319騎西領用水が流れ出して行く。

Img_6324騎西領用水(下流方向)

Img_6335天満宮 《地図

ここは旧川里村で、今は鴻巣市だ。

Img_6337八幡神社の鳥居だろう。《地図

向うは旧騎西町で今は加須市。

Img_6341「瓦葺分水工」(上尾市)で見沼代用水は東縁と西縁に分かれる。(用水沿いの管理道路に埋め込まれたプレート)

Img_6346下の池 《地図

ビオトープの創出を目的とした公園だそうだ。

Img_6348案内図

Img_6360水道送水管橋 《地図

その先は新種足(しんたなだれ)橋で、右の光っている屋根は龍昌寺。

Img_6377右岸脇の沼 《地図

星川の蛇行跡の名残りで、釣場になっているようだ。

Img_6382旧菖蒲町(現久喜市)に入り、仲橋を渡って上町バス停から久喜駅に出た。《地図

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2015年5月11日 (月)

見沼代用水を歩く①(利根大堰→武州荒木駅)

2015年4月29日

利根大堰(利根川)・・利根導水路須加樋管・須加大橋・沈砂池・・見沼元圦公園・・(東水橋)・・・北河原用水合流地点・展望台・・・(四谷橋)・(四谷新橋)・・・(赤城橋)・・・常世姫岐神社・・・弥五郎橋・・新弥五郎橋(武蔵水路)・・・武蔵水路伏越・荒木橋・・見沼公園・・上星川合流地点・・・東福寺・・・天洲寺・・・武州荒木駅(秩父鉄道)

 日本三大農業用水路の一つとされる見沼代用水を歩く。(あとの2つは葛西用水と愛知の明治用水)
 利根大堰から瓦葺分水工の東縁と西縁の分岐地点まで行き、西縁を笹目川との合流地点(さいたま市)まで行く。次に瓦葺分水工から東縁を下り、毛長川と交差する管理終点地点の先の見沼代親水公園(東京都足立区)まで行く。歩いた日にちは前後するが、上流から下流へと記載した。

  【ル-ト地図】(利根大堰→武州荒木駅(4.7km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5138利根大堰・武蔵大橋

Img_5139須加樋管

見沼代用水埼玉用水路武蔵水路の取水口

Img_5140利根川の水は樋管から須加大橋をくぐって沈砂池へ。

Img_5126沈砂池 《地図

右から見沼代用水路・武蔵水路・埼玉用水路・邑楽用水路(利根川の左岸の群馬県側の用水で、埼玉県側で取水して沈砂後に、利根川の下をパイプでくぐって群馬県へと送水するそうだ)となる。

武蔵水路は荒木橋の所で伏越で、見沼代用水の下をくぐって行く。葛西用水も現在は埼玉水路から取水している。

Img_5147近辺図

Img_5150見沼元圦公園

Img_5154見沼代用水(東水橋から上流方向)

Img_5155下流方向

Img_5166北河原用水(手前)合流地点 《地図

見沼元圦公園の南端で展望台がある。

Img_5159展望台

Img_5163見沼代用水・武蔵水路(左)下流方向

Img_5168上流方向

右が見沼代用水、左が北河原用水。

Img_5176武蔵水路(四谷新橋から上流方向) 《地図

水路というより道路のように見える。

Img_5187常世岐姫神社 《地図

現在の祭神は常世岐姫命

Img_5194武蔵水路(新弥五郎橋から) 

伏せ越し(逆サイフォン)で荒木橋の下の見沼代用水の下をくぐって行く所だが、工事中で雑然としている。《地図

Img_5198荒木橋

Img_5201見沼代用水(荒木橋から下流方向)

前方の見沼公園の森の向う側で上星川が合流して星川となり、菖蒲町(久喜市)の十六間堰で分かれるまで供用区間で流れて行く。

Img_5206伏越で見沼代用水の下をくぐった武蔵水路はここへ出て来る。(上流方向、奥が荒木橋)、さらに上星川橋の下で上星川を伏し越えている。

Img_5204武蔵水路(下流方向) 《地図

Img_5208見沼公園

Img_5214前方の棒川橋までとし武州荒木駅に向かった。

左は東福寺で、このあたりは千人同心日光道で歩いている。

Img_5227武州荒木駅

4、5回乗降しているが変わり映えしない殺風景な駅だ。それがいいのかも。

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2015年5月10日 (日)

鴨川・鴻沼川・逆川を歩く ④

2015年5月5日 (鴻沼川②)

中浦和駅(JR埼京線)・・・高沼橋(鴻沼川)・・・(上の宮橋)・・・(西戸橋)・・・(大鈴橋)・・・(鴻沼橋)・・・南与野駅(埼京線)・・・大戸橋・・・(小絵橋)・・・鈴谷橋・・・(大榧橋)・・・高沼用水路西縁・・・里見橋(鴻沼川)・・・(中里橋)・・・(巽橋)・・・(福原橋)・・・(霧敷橋)・・・(JR線路)・・・(西谷橋)・・・石橋供養塔・(赤山橋)・赤山街道交差地点・・・(落合橋)・・・(八幡橋)・・・(氷川橋)・・・(富士見橋)・・・(四四条橋)・・・南大橋・(首都高埼玉新都心線)・・・(四二条橋)・・・(四一条橋)・・・(日の出橋)・・・(戸崎橋)・・・(芦原橋)・・・(小桜橋)・・・西大橋・・・大宮駅(JR京浜東北線)

 中浦和駅より上流の鴻沼川は、川沿いを歩ける所が少なくなる。橋から道を確認しながら進むのが面倒で歩きにくく気分的に疲れた。

  【ル-ト地図】(中浦和駅(36.7km)→大宮駅(46.3km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5921上の宮橋 《地図

擬宝珠付きの昔風情のある橋で、別所沼公園へ上る坂が続いている。坂名はあるのだろうか?

Img_5920川沿いは通れない。(上の宮橋から上流方向)

西戸橋は「高沼排水」、鴻沼橋は「鴻沼排水路」と表示されていた。

Img_5946鈴谷橋から上流方向 《地図

左の舗装道を進む。

Img_5955高沼用水西縁 《地図

Img_5960里見橋から上流方向 《地図

遊歩道を整備しているのではなく、護岸の嵩上げ工事中だ。でも右側は通れた。

Img_5979霧敷橋から 《地図

左岸(右)を進み、JR線路をくぐって行く。霧敷(切敷)川は鴻沼川の別名。

Img_5987西谷橋から右岸の狭い道を通る。

Img_5991赤山橋の享保11年(1726)の石橋供養塔(下流方向を見ている) 《地図

橋を通る道は赤山街道だ。

Img_6012四四条橋から

「よんじゅうよんじょうばし」と読む。

南大橋で首都高埼玉新都心線を横切って行く。

Img_6049西大橋までとし、右に大宮駅に向かった。《地図

**********************

2015年5月6日 (鴻沼川③・逆川)

大宮駅・・・西大橋・・・小村田橋・・・櫛引橋①・・・見返り橋・・・櫛引橋②・・・不惑橋・・・神明橋・・・普門橋・・・学橋・・・誠橋・・・陣屋橋・・・大志橋・・・稲荷橋・・・鍛冶橋・・・松原橋・・・三条橋・・・大進橋・・・一条橋・・・(川越線線路)・・・上尾街道踏切(JR川越線)・・・つばさ小学校・・鴻沼川終点・逆川起点・うねうね公園・逆川緑道・・・逆川・・・(宮原駅)・・・(外環自動車道)・・・鍛冶公園・・・別所小学校・・・別所団地・・・別所橋(逆川)・・鴨川合流地点・・・奈良団地バス停→宮原駅(JR高崎線)

 【ル-ト地図】(大宮駅(46.3km)→奈良団地バス停(57.8km))

 写真をクリックすると拡大します。

Img_6052小村田橋

川名は「切敷川」だ。鴻沼川は「霧(切)敷川」・「鴻沼排水路」・「高沼排水」とも呼ばれる。西大橋のバス停はなぜか「切川」だ。

Img_6088陣屋橋から 《地図

近くに陣屋があったのだろうか?

Img_6127一条橋 《地図

鴻沼川最後(最初)の橋

Img_6130一条橋から

川越線の向う側のつばさ小学校が鴻沼川の源という。                                                                    西方の上尾街道踏切を渡って、つばさ小学校に向かう。

Img_6141逆川(さかさがわ)緑道(つばさ小学校前のうねうね公園内) 《地図

ここを鴻沼川歩きの終点、逆川歩きの起点とした。左の石に逆川緑道の説明が記載してある。

Img_6139説明板(逆川緑道)

「逆」の由来、流路も記載してある。

Img_6143中央が逆川緑道

Img_6146うねうね公園を出てしばらく行くと開渠となって流れが復活する。《地図

Img_6150川というにはおこがましいか。

Img_6156川沿いに道がついているから歩き安い。

水は少ないが確かに北に流れている。

Img_6158JR線の線路に突き当たる手前で向きを変える。 《地図

Img_6160線路から離れ外環自動車道をくぐって行く。

Img_6167このあたりは暗渠になっている。《地図

Img_6171再び姿を見せ大宮別所小学校の方へ流れて行く。

Img_6179ここから暗渠となって西に向かう。《地図

Img_6181別所団地の南側の通りの下を流れているようだ。

Img_6184細い水路が鴨川に向かう。

Img_6187別所橋の先で鴨川に流れ込む。《地図

Img_6189川の字は破損している。

Img_6190合流地点の鴨川

対岸からの写真は『鴨川①』にある。これで鴨川・鴻沼川・逆川歩き」を終了し、奈良団地バス停から宮原駅に向かった。

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2015年5月 9日 (土)

鴨川・鴻沼川・逆川を歩く ③

2015年5月4日 (鴨川③・鴻沼川①)

北浦和駅(JR埼京線)バス→領家・・・学校橋・・・徒歩(かち)橋・・・大久保排水路合流地点・・・鴨川旧水路合流地点・・千貫樋・千貫樋水郷公園・・荒川土手・・・鴨川・・・(上浅間橋)・・・(浅間橋)・・・(諏訪前橋)・・・浦和斎場・・・鴨川排水機場・鴨川放水路・・・(中土手橋)・・・油面川合流地点・・・(鴨川橋)・・・鴻沼樋門(鴻沼川合流地点)・・・(さくら草橋)・・昭和水門・・・田島ケ原サクラソウ自生地・さくら草公園・・・さくらそう水門・・荒川合流地点・・・さくら草橋・・・鴻沼樋門・・・桜橋(鴻沼川)・秋ヶ瀬緑道・・・(新開橋)・・・(立花橋)・(国道17号新大宮バイパス)・・・平川戸橋・・鴻沼資料館・・・氷川社・田島氷川公園・・・(合野谷橋)・・・神明神社・神明神社古墳・・・東福寺・・・(こけし橋)・・中浦和駅(JR埼京線)

 好天の連休で家族連れなどで賑わうさくらそう公園で一休みし、さくらそう水門の先の荒川合流地点まで行く。鴻沼樋門まで引き返し、鴻沼川を遡り始めた。

  【ル-ト地図】(領家バス停(23.3km)→中浦和駅(36.7km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5713稲荷社 《地図

Img_5714由緒

文中の五関地区にある千貫樋に向かう。

Img_5718大久保排水路?合流地点 《地図

Img_5719鴨川旧水路合流地点 《地図

Img_5720鴨川の旧水路で、遊歩道がついている。

Img_5748アヤメを楽しみながら千貫樋水郷公園に向かう。

Img_5749千貫樋(くぐった所から)

右から「千貫樋」と刻む。荒川の増水時の逆流による水害に悩まされていた近隣の村々が、江戸時代の末に資金を出し合って設けた関門。「千貫」の値打ちがあるということか。明治37年にはこのレンガ造りになった。さらに昭和10年には鴨川を南に延長して鴻沼川の一支流に付け替えた。今は左が水路・右が通路、上は道路だ。

Img_5731水路はここまでで、一帯は千貫樋水郷公園になっている。

Img_5734千貫樋水郷公園

菖蒲園もあるが、まだちょっと時季が早い。と言ってもアヤメとショウブの違いも知らないが。

Img_5736土手上から荒川河川敷

鴨川の旧水路はこの先で荒川に注いでいたのだろう。

鴨川に戻り、浅間橋・諏訪前橋を過ぎて行く。

Img_5764浦和斎場の先で行止りで、鴨川から離れ右の荒川方向に迂回する。

Img_5769鴨川排水機場 《地図

ここから鴨川放水路が南に分流する。

Img_5770鴨川放水路

さくらそう水門の手前で鴨川の本流に合流する。

Img_5781中土手橋から下流方向 《地図

ここから右岸の土手を進んだ。

Img_5785草深くなって右の舗装道路に迂回した。

Img_5790油面川合流地点 《地図

Img_5797鴨川橋から 《地図

正面に昭和水門(鴨川)が見える。

Img_5801鴻沼樋門 《地図

北から鴻沼川が合流して来る。

Img_5806昭和水門(さくら草橋から) 《地図

昭和樋門(昭和9年完成)に代わり、鴨川の排水と、洪水時に荒川からの逆流を防止して、大きな治水効果をあげるため、昭和61年度から工事に着手し平成2年度に完成した。

Img_5810昭和水門からさくら草橋を振り返る。

Img_5811昭和水門から下流方向

正面遠方のさくらそう水門の先で、鴨川は荒川に合流する。

Img_5816田島ケ原サクラソウ自生地からさくらそう水門 《地図

Img_5814説明板

さくら草公園を突っ切って行く。

Img_5826さくらそう水門 《地図

鴨川が荒川第一調節池を通り荒川本川に合流する際に、囲繞堤(いぎょうてい・荒川と荒川第一調節地を仕切る堤防)を横断するための水門として設置された。 この水門の機能は、(1)鴨川の水を荒川本川に合流させる。(2)洪水時には水門を閉じて囲繞堤の役割を果たす。(3)さくらそう水門と昭和水門を操作することにより、調節池完成後もサクラソウ自生地の冠水頻度を以前と同じ割合にする。『荒川上流河川事務所』のHPより。

Img_5834さくら草水門から上流方向

左遠方が昭和水門、右が埼京線の線路。

Img_5841鴨川河口の荒川合流地点

荒川が右から左へ埼京線をくぐって流れて行く。ここが鴨川歩きの終点だ。

さくら草橋に戻って鴻沼樋門へ向かう。

Img_5848さくら草橋から鴻沼樋門

右から鴻沼川が流れ込んでいる。

Img_5854鴻沼樋門をくぐる鴻沼川

享保年間(1716~35)の新田開発の際に、溜池の鴻沼の水を抜くために作られた排水路。東西には見沼代用水から引いた高沼用水路が開削された。
鴻沼(高沼)排水路・霧(切)敷川とも呼ばれている。

Img_5856鴻沼川上流方向

ここを鴻沼川歩きの起点として遡る。

Img_5862桜橋から左岸の秋ヶ瀬緑道を行く。

Img_5870新大宮バイパスをくぐって行く。

下の車道は連休のUターンで渋滞していると思いきや、ガラガラだった。

Img_5876鴻沼資料館 《地図

高沼(鴻沼)用水は、鴻沼川(排水路)の東西を流れている用水路。楽しみにしていたのに、12時で閉館だと、がっかり。

Img_5880氷川社 《地図

田島地区の鎮守

Img_5883由緒

Img_5892神明神社神明神社古墳(右) 《地図

6世紀後半頃の直径33mの円墳

Img_5893由緒

Img_5891説明板(古墳)

Img_5896東福寺

本堂前に洗濯物が干してあって近寄りがたい。右は庚申塔などの祠。

Img_5894説明板①

近くに似たような板石塔婆があるが、これではなかった。

Img_5895説明板②

こけし橋までとし高架の中浦和駅に上がった

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2015年5月 8日 (金)

鴨川・鴻沼川・逆川を歩く ②

2015年5月2日(鴨川②)

日進駅(JR川越線)・・日進七夕通り・・・日進神社・・・萬福寺・・・新開橋(鴨川)・・・宮前川合流地点・水崎橋(宮前川)・・・(下内野橋)・・・(新平和橋)・・・ウェットランド(鴨川第一調節池)・・・三橋総合公園南口・・・(新大宮バイパス)・・・赤山街道(県道165号)・・とんび(鳶)坂・・・並木橋(鴨川)・・・(堀の内橋)・・・新川合流地点・・新袋橋(新川)・・・林光寺・・・学校橋①・・関沼(跡)・・・藤橋・・藤橋の六部堂・・・藤橋・・・台耕地稲荷塚古墳・・・(根切橋)・・・かね山古墳・・・権現塚古墳・・・白鍬塚山古墳・・・在家橋・・・江川排水路合流地点・・・白神川合流地点・・・学校橋②・・・領家バス停→北浦和駅(JR京浜東北線)

  【ル-ト地図】(日進駅(12.1km)→領家バス停(23.3km))

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Img_5560日進神社 《地図

Img_5562由緒

「切敷川」(霧敷川)は鴻沼川の別名

Img_5558説明板(日進餅つき踊り

Img_5564満福寺

足立坂東観音霊場の第1番。境内のヒヨクヒバとシラカシが見当たらないのだが・・・。

新開橋で鴨川沿いに出た。

Img_5573宮前川合流地点 《地図

右から合流する短い川。

Img_5579水崎橋(宮前川)から鴨川合流地点

Img_5578宮前川上流方向

北側の八雲神社による川名か。

Img_5594ウェットランド(鴨川第一調節池) 《地図

Img_5596前方の橋の下で鴨川と調節池がつながっている。

Img_5602調節池

Img_5610三橋総合公園南入口

この先で川沿いの道は途切れるので、新大宮バイパスを横切り赤山街道(県道165号)に出て、庚申塔道標の立つとんび(鳶)坂を下り並木橋に出た。

Img_5633新川合流地点 《地図

Img_5638新川上流方向(新袋橋から)

Img_5648林光寺 《地図

説明板の本堂の裏手、北東側の大ケヤキだろう。

Img_5645説明板

Img_5659関沼跡? 《地図

灌漑用の溜池が今は水田になっている。正面奥の木がこんもりしている所は茶臼塚古墳だろう。

Img_5658説明板

Img_5661左岸の桜並木を行く。

Img_5662堰になっている。

Img_5669藤橋の六部堂 《地図

堂の前の敷石は旧藤橋の石材。右奥に積んであるのもそうだろう。

Img_5667説明板

鴨川沿いから離れて古墳を巡ったが、探すのに一苦労した。

Img_5677台耕地稲荷塚古墳地図

7世紀代の直径約30mの円墳。

Img_5680説明板

Img_5676土手に戻り、根切橋で左に入る。

与野西北小学校の方まで行ってしまい引き返す。

Img_5686かね山古墳 地図

6世紀後半頃の元は内堀の直径約40mの円墳。

Img_5688説明板

Img_5691権現塚古墳 《地図

この前を行きつ戻りつした。権現社?の小祠が立っている。私有地で柵内に説明板があるが入れない。直径約10mほどの円墳か?

Img_5695白鍬塚山古墳 《地図

建物に囲まれ全体が見えない。西側に説明板があるようだ。5世紀後半の築造らしい。消滅寸前という感じだ。

Img_5702在家橋から下流方向

江川排水路が右から合流する。《地図

Img_5704江川排水路上流方向 

Img_5705白神川合流地点 《地図

名前負けしている川だろう。

学校橋②を渡って領家バス停から北浦和駅へ出た。

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2015年5月 7日 (木)

鴨川・鴻沼川・逆川を歩く ①

2015年5月1日(鴨川①)

桶川駅(JR高崎線)・・・さいたま文学館・・・鴨川公園・・・(上尾市)・・・地蔵公園・・・かぶと橋・鴨川起点・・・(ふれあい橋)・・・(菜の花橋)・・・(あすなろ橋)・・・水神公園・・・鴨川橋①(一級河川起点)・・・(親橋)・・・浅間台大公園・・・(子橋)・・・昌福寺・・・(新弁財橋)・・・(ずずむき橋)・・・(富士見橋)・・富士見親水公園・・・(鴨川橋②)・・・(館橋)・・・神明社・・・向山不動尊・・・(揺木橋)・・・上尾南中学校・・・(焼橋)・・・逆川合流地点・・・中橋・御嶽坂下(秋葉道・川越道)・・(さいたま市北区)・・・大宮市立北高・・三貫清水緑地・鎌倉街道跡・・三貫清水跡・・・(聖学院橋)・・・(戸崎橋)・・・浅間川合流地点・・・(共栄橋)・・・新大宮バイパス歩道橋・・・番場公園・・・(歩道橋(鴨川))・・・日進駅(JR川越線)

 埼玉の鴨川を上尾市のかぶと橋から、さくらそう水門先の荒川との合流地点まで下り、さくら草橋(鴨川)の少し手前(上流)の鴻沼樋門から、鴻沼川を源あたりの川越線の日進駅近くのつばさ小学校まで遡る。その同じあたりを水源とする(した)逆川緑道に入り、逆川(さかさがわ)を北に下って鴨川との合流地点の別所橋まで行く。

  【ル-ト地図】(日進駅(12.1km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_5410けやき通り

今日も木陰がありがたい陽射しだ。

Img_5413さいたま文学館

Img_5420かぶと橋(下流方向) 《地図

ここを鴨川歩きの起点として南下した。川の由来は東方の旧中山道沿いの加茂神社(さいたま市北区)によるという。

Img_5425かぶと虫から水が落ちている。

ここから上流(北)方向は暗渠になっている。

Img_5422北と北東へ暗渠は続いている。

北東の桶川市若宮2丁目に「鴨川源流碑」が立っているようだ。

Img_5478鴨川の概略

富士見親水公園に設置の案内板から

Img_5430下流方向

すぐ先に「菜の花橋」がある。

Img_5443鴨川橋①が「一級河川起点」となる。(上流方向を見ている) 《地図

Img_5444右岸の遊歩道を行く。

Img_5446親橋には鴨だ。

Img_5459昌福寺 《地図

Img_5455門前の石造物

右端は正徳3年(1713)の庚申塔で、右側面に「武州足立郡大谷領瓣財村」と刻む。ここは今も「弁財」という地名で、鴨川の橋は新弁財橋だ。

Img_5468新弁財橋から下流方向

Img_5484富士見親水公園の流れ 《地図

柵もなく昔の川風情を残しているか。

Img_5492館橋(やかたばし)から下流方向 《地図

川沿いから離れて、神明神社と向山不動尊に寄る。

Img_5493神明神社

Img_5494説明板

Img_5500向山不動尊のイトヒバ 《地図

Img_5499不動堂の彫刻

不動明王は見れず。

焼橋を過ぎて行く。

Img_5508このあたりは野っ原が残っている。

Img_5512逆川合流地点 《地図

鴻沼川と源を同じくして北へ流れ、ここへ注いでいる。最後の日に歩く予定だ。対岸はさいたま市北区。

Img_5516ここにも暗渠の排水路?が流れ込んでいる。

Img_5521中橋から下流方向 《地図

3年前の7月の酷暑の日に『上尾市の坂』で、この橋を渡って、秋葉道・川越道の御嶽坂を上った。

左岸の三貫清水緑地に向かう。

Img_5524鎌倉街道(跡) 《地図

狩りに来た太田道灌も通ったであろう道筋が、三貫清水緑地内に南北に残っている。鎌倉街道中の道の脇道か枝道だろう。

Img_5529涼しい所で一休みした。

Img_5531三貫清水源泉地

このあたりに狩りに来た太田道灌に、村人たちがこの清水を汲んで茶をたてた。道灌は「とても美味い」と満足し、村人たちは三貫文の褒美を賜った。以来この名前で呼ばれるようになったという。

Img_5530絵図

美味いお茶に道灌が喜んでいる。

鴨川の土手に戻る。

Img_5538聖学院大学

Img_5542戸崎橋と共栄橋の間で、右から浅間川が合流して来る。《地図

上流に浅間神社、大宮花の丘農林公苑がある。

Img_5556歩道橋から川越線の鉄橋方向

ここまでとし日進駅に向かった。

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2015年5月 6日 (水)

八条用水を歩く

2015年4月30日

越谷駅(東武伊勢崎線)・・・平和橋(葛西用水)・・瓦曽根溜井・谷古田川取水口・・葛西用水取水口・・八条用水取水口・・・(馬喰橋)・・・青面金剛像・閻魔堂橋・・・馬頭橋・馬頭観音道標・・・(沼端橋)・・・(西方橋)・・・流通団地・・・(JR武蔵野線)・・・(川柳橋)・・・(富士見橋)・・・(宝橋)・・・(山城橋)・・・出戸橋・・そうか公園・・(八条用水橋)・・・(笹橋)・地蔵祠・・・(東京外環道)・(綾瀬川放水路)・・・(境橋)・・・(和耕新橋)・・・(和耕橋)・(八潮市)・八條ふれあい緑道・・八条親水公園・・(福神橋)・・(寿老橋)・・(大黒橋)・・(福禄橋)・・(恵比須橋)・・(弁財橋)・・(毘沙門橋)・・(布袋橋)・・・(末廣橋)・・・(八條小橋交差点)・・・終点(取水口から7.8km地点)・・八潮高校西バス停→八潮駅(つくばエクスプレス)

 広大な八條領の農地灌漑のために造られた八条用水を、越谷市の葛西用水の瓦曽根溜井の取水口から、八潮市の八潮高校の西側あたりで暗渠となる地点まで行く。

  【ル-ト地図

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Img_5253八条用水取水口(右) 《地図

葛西用水の瓦曽根溜井には上流から谷古田用水・(東京)葛西用水・八条用水の取水口が並んでいる。かつてはその上流に四ヶ村用水の取水口があったそうだ。
瓦曽根溜井は慶長19年(1614)頃、幕府が八條領と四ヶ村(瓦曽根、西方、登戸、蒲生)の地域の水田用水として、この地点で荒川の流れを堰き止め溜井としたことが始まりという。
前方は斜張橋の「しらこばと橋」

Img_3081左端に四ヶ村用水がある。ちょうど現在の南越谷駅の東側を流れていたようだ。

Img_5255車道の向う側から八条用水が顔を出す。

Img_5258八条用水(下流方向)

Img_5263馬喰橋から下流方向 《地図

Img_5267青面金剛庚申塔(文政7年(1824)) 《地図

閻魔堂橋の所。すぐ近くに閻魔堂があるのだがうっかり見逃した。

Img_5275馬頭観音(明和7年?(1770)・馬頭橋のそば)

上は不動明王像だろう。側面は道標になっている。

Img_5277左側面

「左 不動尊道」で、大聖寺の大相模不動尊への道だろう。『赤山街道③』に記載。《地図

Img_5281右側面

「草加 迄二里 越ヶ谷 迄十二丁」

Img_5284沼端橋から

Img_5291右は流通団地、左は住宅街の間を南下する。

Img_5293越谷レイクタウンはまだ広がるようだ。

Img_5299JR武蔵野線をくぐって行く。《地図

Img_5300川柳橋から叡明高等学校

聞いたことがない名と思ったら、今年度からここに移転し、名前も変わったのだ。

Img_5303未舗装道を行く。

Img_5318そうか公園 《地図

Img_5325修景池

亀が甲羅干しだ。

Img_5332笹橋そばの地蔵さん

Img_5340東京外環道をくぐって行く。

Img_5348外環道に沿って綾瀬川放水路が流れている。《地図

Img_5349この水門から地表に八条用水が復活する。

Img_5350水門から下流方向

草加市と八潮市の境になっている。

Img_5363和耕橋で八潮市になる。《地図

Img_5368ふれあい緑道を行く。

Img_5371左岸は八条親水公園

Img_5377この先の寿老橋から布袋橋まで、七福神の名の橋が並んでいる。

小橋の交差点を過ぎると終点は近い。《地図

Img_5408瓦曽根溜井の取水口から7.8km地点 《地図

この先は右も左も暗渠となるので、ここを八条用水歩きの終点とした。すぐ先の八潮高校西バス停から八潮駅に出た。

Img_5407距離標示プレート

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2015年5月 5日 (火)

新方川を歩く

2015年4月27日

豊春駅(東武野田線)・・・旧古隅田川・・・豊春駅入口交差点・国道16号・増野川・・・増冨北交差点・・・立野小学校・・・中之堀川(千間堀新方川)・起点・・・春日部共栄中・高校・・かすかべ湯元温泉・・・増田新田橋(県道80号)・・・大貫堀合流地点・新方川(管理起点)・・・独協埼玉中・高校・・・三野宮変電所・・・石造仏群・・・(中堀橋)・・・安之堀川合流地点・・・千間堀橋梁(東武伊勢崎線)・・・せんげん台駅(東武伊勢崎線)

 春日部市から南流し、春日部市とさいたま市岩槻区の境を流れ、越谷市に入って東に向きを変え、東武伊勢崎線を越えて南東方向に流れて中川に合流する新方(にいがた)川を2日間で行く。

  【ル-ト地図】(せんげん台駅(7.8km)まで)

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Img_4599旧古隅田川(?橋から北(上流?)方向) 《地図

古隅田川の支流という。

Img_4603増野川(元荒川左岸から取水する農業用水路)が国道16号沿いを流れている。

Img_4611千間堀新方川(中之堀川)が開渠となるここを新方川歩きの起点とした。《地図

Img_4613南流して行く。

Img_4626春日部共栄中・高校沿いを流れている。

高校野球でおなじみの学校だ。

Img_4628かすかべ湯元温泉沿いを進む。

Img_4634右前方に東京瓦斯のガスタンク

地図にはこのあたりの交差点の左側に水神社があるのだが、見当たらなかった。《地図

Img_4639亀が甲羅干しでくつろいでいる。後ろに小さいのもいる。

Img_4647県道80号を横切る。

この先で北西方向から大貫堀(増野川の排水路)が合流して新方川(管理起点)になるようで、注意して見ていたのだが流れを見落とした。《地図

Img_4662独協埼玉中・高校グランド沿いを進む。

Img_4667三野宮変電所の所で、東に流れを変える。《地図

Img_4674石造仏群(曲がるあたりの左岸)

左から3番目の地蔵立像の下は道標になっている。その右は石橋造立供養塔(明和3年(1766))。

Img_4673道標の部分

「このみち・・・・」

Img_4680中堀橋 《地図

この先で左(北)から安之堀川(やすのほりかわ・準用河川)が合流してくるのだが、見過ごした。

Img_4691東武伊勢崎線手前の橋から上流方向

Img_4692下流方向

千間堀橋梁を東武伊勢崎線が通る。

2015年4月28日

せんげん台駅(東武伊勢崎線)・・・戸井橋(新方川)・会之堀川合流地点・大枝大泊人道橋・・・(念仏橋)・・・(廣橋)・・・上間久里ポンプ場・・(新方川橋・国道4号越谷春日部バイパス)・・・北部配水場・・・(大杉橋)・・・くすのき荘・・・平新川樋門・平新川合流地点・・・(向畑橋)・・・河川防災ステーション新方公民館・・(新栄橋)・・・大吉調節池・・大吉管理橋・・大吉調節池排水機場・・(白鷺橋)・・野鳥の森・・葛西用水交差(伏越)地点・・(定使野橋)・・・(宮野橋)・・・(鷹匠橋)・・・(城之上橋)・・・(東橋)・・・越谷総合公園・・(千代田橋)・・いきいき館・・REUSE(東埼玉資源環境組合)・・・(増森橋)・・・稲荷社・・・(新田橋)・・・(新ましもり橋)・・・昭和橋・・・中川合流地点(新方川終点)・・・元荒川河口(中川合流地点)・中島橋(元荒川)・・・吉川橋(中川・南百の渡し跡)・・・吉川水位観測所・・・(吉越橋)・・・吉川駅(JR武蔵野線)

Img_4702戸井橋から下流方向

左(北)から会之堀川が合流する。

Img_4700会之堀川 《地図

Img_4707念仏橋

名前の通り昔風の橋だ。

Img_4708児童館コスモス 《地図

プラネタリウムもある。

Img_4710廣橋

何のデザインか?

Img_4714菜の花に埋もれて土手を進む。

Img_4715新方川橋(国道4号越谷春日部バイパス)

上間久里ポンプ場 《地図

Img_4720北部配水場

Img_4725大杉橋 《地図

Img_4727大杉橋から下流方向

正面奥はREUSE(東埼玉資源環境組合)の煙突展望台。あの先まで行くのだ。

Img_4732老人福祉センターくすのき荘

Img_4735平新川(へいしんかわ)樋門

左から平新川(準用河川)が合流する。

Img_4736平新川(上流方向)

Img_4742上流方向

左が新方川、右が平新川

Img_4744下流方向

左が「湾処」か? このあたりを「水辺の楽校」と呼んでいる。

Img_4740説明板

Img_4751河川防災ステーション新方公民館  《地図

ここも立派な建物だ。
新方」(にいがた)の地名の由来は、「古利根川の左岸は、中世末期までは下総国葛飾郡下川辺庄下方に属していました。この下川辺庄の勢力を持っていた大河戸氏の一族が、大河戸より分枝して左岸の大川戸より右岸へ移住し、この土地を開発して「新方」と呼び、新方氏を名乗るようになったと伝えられています」(越谷市のHPより)

Img_4768大吉(おおよし)調節池

Img_4771大吉管理橋

右が新方川・左が大吉調節池、正面前方が大吉調節池排水機場、その左の三角屋根は「キャンベルタウン野鳥の森

Img_4778白鷺橋

Img_4781葛西用水交差地点 《地図

伏せ越し(逆サイフォン)で、葛西用水(逆川)が左から右へ新方川の下をくぐって行く。この左側が野鳥の森で、前方は定使野橋。

Img_4787葛西用水と伏越施設

Img_4784葛西用水はこの下をくぐって、対岸の水門の先に出て来る。

Img_4798宮野橋を過ぎて未舗装道となる。

Img_4813越谷総合公園 《地図

総合体育館・いきいき館・REUSE(東埼玉資源環境組合工場)などいろんな施設が並ぶ。

Img_4829正一位稲荷神社(新田橋手前) 《地図

Img_4832境内脇の庚申塔

左端の右側面は道標

Img_4831「左こしがや 右ま志ばやし みち」か?

越谷・増林だろう。

Img_4841新ましもり橋(右)

左の昭和橋を渡って右岸を行く。

Img_4846中川との合流点を目指す。

Img_4856中川合流地点 《地図

奥が中川で左から右に流れて行く。ここを新方川歩きの終点とした。

Img_4859中川の河川敷を元荒川へ向かう。

このあたりは中川が越谷市と吉川市の境になっている。

Img_4869元荒川上流方向(中島橋)から 《地図

Img_4871元荒川・中川合流地点

右は中川の吉川橋で架け替え工事中だが、まだ現在の橋は通行可能。

Img_4881吉川橋から中川下流方向

このあたりは「南百(なんど)の渡し跡」で、中川の主要な渡船場があった。ここに明治7年、平沼村(現吉川町)の徳江忠次郎が自費で木橋の徳江橋を架けた。渡橋賃を取ったので、別名で「賃取り橋」とも呼ばれていた。吉川橋の西方に旧南百村の鎮守だった南百水神社がある。(地名の由来も載っている)
正面奥は吉越橋でその先がJR武蔵野線の鉄橋。

Img_4887武蔵野線の鉄橋手前で土手から下りて吉川駅に向かった。

Img_1590なまずのモニュメント(吉川駅南口前)

なまずの里よしかわ」で、「吉川なまずの里マラソン」には何回か出場した。

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2015年5月 4日 (月)

伝右川・毛長川を歩く ③

2015年4月26日 (毛長川②)

谷塚駅(東武伊勢崎線)・・・日光街道・・・水神橋(毛長川)・武蔵野の路・・・(国道4号草加バイパス)・・・(東武伊勢崎線)・・・辰井川合流地点・・・(谷塚橋)・・・毛長橋①・・・毛長神社・・・(里人やすらぎ橋)・・・(舎人二つ橋)・・・(ふれあい橋)・・・(砂小橋)・見沼代用水東縁交差地点・一本橋(見沼代用水東縁)・舎人橋(毛長川)・・・(新砂子路橋)・・・(中居橋)・(首都高川口線)・・・新郷工業団地・・・(江戸橋)・・・八幡神社・・・毛長川橋・・・(毛長1号橋)・・・調節池・・・(赤井橋)・・・毛長橋②・・・見沼代用水東縁交差(伏せ越し)地点・・・長寿橋(江川)・・江川・前野宿川合流地点(毛長川終点)・・・富士見坂・・・富士見橋(見沼代用水東縁)・・・(日光御成道)・・・鳩ヶ谷駅(埼玉高速鉄道)

  【ル-ト地図】(谷塚駅(20.4kmから)

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Img_4454水神橋から右岸の足立区の「武蔵野の路舎人コース」を上流へ向かう。 《地図

Img_4464東武伊勢崎線をくぐって行く。

東京都が整備した21の散策遊歩道・サイクリングロードの一つだが、武蔵野を感じる道でもなかろう。

Img_4458説明板

Img_4466辰井川が北から合流する。《地図

正面は辰井川樋門

Img_4475毛長橋①から上流方向

Img_4479毛長神社地図

神体は女性の髪の毛

Img_4478説明板

「毛長」の由来もある。

Img_4488舎人二つ橋 《地図

以前は見沼代用水に沿って毛長川が流れていて、橋が二つ続いていたので二つ橋と呼ばれていた。現在は毛長川は改修で北側に水路を移したため橋は一つになり、この新しい橋を「舎人」二つ橋と命名した。毛長川の旧水路が毛長緑道として残されている。このあたりは『赤山街道⑤』で歩いている。

Img_4495砂小橋 《地図

見沼代用水東縁が交差する。以前は毛長川を懸樋(かけひ)で越えていたという。

Img_4500一本橋(見沼代用水東縁の橋)

ここが東縁の見沼代用水土地改良区の管理終点地点。この先の見沼代親水公園などは足立区の管理だろう。

Img_4503舎人橋(砂小橋と並行して架る橋)から毛長川上流方向

しばらく木々の間の遊歩道が続く。

Img_4509気分のいい遊歩道を行く。

Img_4513新砂子路橋から上流方向

中居橋で首都高川口線を横切る。その先の新郷工業団地で川沿いの道は一時途切れる。

Img_4531江戸橋から上流方向

ここは川沿いに道はない。

Img_4535八幡神社 《地図

Img_4536由緒

川沿いの道に戻る。

Img_4551両岸下に調節池がある。《地図

Img_4549平面図

Img_4557左岸調節池

テニスコートになっている。

Img_4554右岸調節池

今は水は溜まっていないようだ。

Img_4558ここで右(北方向)に曲がって行く。《地図

Img_4565毛長橋②から

流れも細く味気ない感じの川になっている。

Img_4568見沼代用水東縁交差地点

左(西)から右(東)へ伏せ越し(逆サイフォン)で、見沼代用水がくぐって行く。

Img_4571左に毛長川から少し離れて、また川沿いに出る。

Img_4575川の上は民家の駐車場だ。

Img_4576長寿橋(前方)まで来た。《地図

Img_4581毛長川の看板だが・・・

Img_4578江川となっている。

Img_4584江川(左)・前野宿川(右)合流地点(長寿橋のすぐ北側)

ここを毛長川歩きの終点とした。

Img_4589富士見坂を下る。 《地図

富士見橋(見沼代用水東縁)を渡って、日光御成道を横切り、鳩ヶ谷駅に出た。

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2015年5月 3日 (日)

伝右川・毛長川を歩く ②

2015年4月25日 (伝右川②・毛長川①)

松原団地駅(東武伊勢崎線)・・・独協さくら橋(伝右川)・・・男女土(おめど)橋・・・(北浦橋)・・・(幸橋)・・・(若草橋)・・(東武伊勢崎線)・・・(浦寺橋)・・・(草加六丁目橋・日光街道)・・札場河岸公園・綾瀬川・・・(甚左衛門橋)・・神明排水機場・・・(八条小橋)・・・(谷古宇新橋)・・谷古宇稲荷神社・・・天満宮・・・(東小橋)・・・(上山王橋)・・・吉町公園・日枝神社・・・(山王橋)・・・(吉笹原橋)・・・伝右川浄化施設・河内堀合流地点・・・瀬崎中学校・・・瀬崎稲荷大明神・・・伝右川・・・スポーツ健康都市記念体育館・・・伝右大橋・・(足立区)・・(伝右橋)・・桑袋ビオトープ公園・・伝右川排水機場・綾瀬川合流地点・毛長川・・・鷲宮橋(毛長川)・・大鷲神社・・大鷲公園・・・(さくら橋)・・・(花畑大橋)・・・日光街道・・水神橋・・・富士浅間神社・・・谷塚駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(松原団地駅(10.5km)→谷塚駅(20.4km)まで)

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Img_4285男女土橋(おめどばし)から下流方向 《地図

この先で右から左に曲がり、若草橋の先で東武伊勢崎線をくぐって流れて行く。

Img_4297東武伊勢崎線をくぐれば、日光街道草加宿の綾瀬川の札場河岸だ。

Img_4308日光街道の草加六丁目橋・札場河岸公園の望楼(左)

Img_4315綾瀬川(札場河岸公園から) 《地図

Img_4323神明排水機場

伝右川は右に流れて行く。

Img_4334谷古宇稲荷神社地図

草加七福神の福禄寿

Img_4346天満宮 《地図

右は稲荷大明神

Img_4352上山王橋から下流方向

Img_4356日枝神社 《地図

Img_4369伝右川浄化施設 《地図

Img_4365浄化図

伝右川の水を浄化してポンプで河内堀に送り、それを再び伝右川に注ぐのか?

Img_4372河内堀は蓋で見えない。

見沼代用水東縁から取水して、毛長川の北方を東西に流れて伝右川に注ぐようだが、開渠の部分はほとんどないようだ。詳しくは『暗渠俳諧の日々』で、いろんな趣味の人がいるもので、楽しいね。

ここから伝右川沿いに道はないので、瀬崎中学校の方へ迂回した。

Img_4383瀬崎稲荷神社 《地図

小さな社だった。

Img_4385伝右川に突き当たった。

Img_4392伝右大橋から上流方向

左は草加市スポーツ健康都市記念体育館

足立区に入る。

Img_4399伝右川排水機場(伝右橋から) 《地図

手前左側が足立区桑袋ビオトープ公園

Img_4406綾瀬川合流地点

水門の向う側に毛長川は合流する。

Img_4409毛長川合流地点 《地図

Img_4410毛長川を上流に向かう

前方に鷲宮橋・東京ガスのガスタンク・左が大鷲神社の社叢。

「毛長」は女性の長い髪の毛で、毛長神社の神体だ。スサノオ命の姫君、村の長者の娘ともいう。髪の毛にまつわる伝承もいくつかあるようだ。
伝承:「新里村の長者の娘が舎人(現足立区)に住む男の所へ嫁入りしたが、男の実家と折りが合わず新里村に帰る途中で、川に身を投げてしまった。その後、長い髪の毛が見つかり、これを新里の神社に祀って毛長神社となった。以来、この川を毛長川と呼ぶようになった」

Img_4417大鷲(おおとり)神社

Img_4421説明板

足立区側の右岸を遡る。

Img_4430毛長公園を行く。

毛のように細長い公園だ。

Img_4434花畑大橋から下流方向 《地図

右に毛長公園が延びている。

Img_4441日光街道の水神橋を渡って草加市側に入り谷塚駅に向かった。

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2015年5月 2日 (土)

伝右川・毛長川を歩く ①

2015年4月24日 (伝右川①)

東川口駅(JR武蔵野線)・・・畷橋(綾瀬川)・・伝右川浄化導水揚水機場・伝右橋①(跡)・起点・・・(大門平沼橋)・・・(柳橋)・・・戸塚榎戸公園・・・(雷電橋)・・・戸塚佐藤第2公園・・・(戸塚橋)・・(武蔵野線)・・・(杉本橋)・・・(学校橋①)・・・(舟堀橋)・・・(藤久橋)・・・(新伝右橋)・・・(新境橋)・・・(馨橋)・・・・龍圦水門・龍圦橋(一の橋放水路)・稲荷神社・・・(伝右橋②・赤山街道交差地点)・・・(伝右公園橋)・・幸福川合流地点・安行出羽公園・・・(栄羽橋)・・・(吉長橋)・(草加市)・中山吉長頌徳碑・・・(原新田橋)・・・(東京外環道)・・・(学園橋②)・・・(昭和橋)・・・(東西橋)・・・北谷いがぐり公園・・・寿橋・・・成田山碑・峯分橋・・・(與六橋・草加バイパス)・・・独協大学・・・独協さくら橋・・・松原団地駅(東武伊勢崎線)

 伝右川は関東代官伊奈半十郎忠治の家臣井手伝右衛門が、低湿地帯であった流域を干拓するため、寛永5年(1628)に開削したとされ、伝右衛門堀とも呼ばれた。さいたま市見沼区に源を発して南東に流れ、川口市、草加市を流れ、東京足立区の伝右川排水機場で綾瀬川に合流する。
 毛長川は川口市赤山地区を源とし、鳩ヶ谷地区の江川と前野宿川の合流地点を起点とし、草加市と足立区の境を東に流れ、これも伝右川排水機場で綾瀬川に合流する。(「毛長」の由来は後日記す)

 3日間かけ伝右川を綾瀬川まで下り、毛長川を遡る。

  【ル-ト地図】(松原団地駅(10.5km)地点まで)

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Img_4119綾瀬川 《地図

畷橋(なわてばし)から上流方向。すぐ西側を伝右川が流れている。

Img_4108伝右橋跡の車道を渡った右が伝右川浄化導水揚水機場で、ここを伝右川歩きの起点とした。

Img_4114伝右川源流(上流)方向(伝右川浄化導水揚水機場から)

水源はここから7kmほど北西の浦和競馬野田トレーニングセンターの先の、さいたま市見沼区膝子地区。

ここから下流へ南下する。

Img_4125大門平沼橋から伝右川下流方向

川面が見えない。

Img_4106戸塚榎戸公園 《地図

Img_4132柳橋から下流方向

Img_4133桜からつつじの季節に変わったか。

すぐに藤~あじさいで梅雨になるか。

Img_4144武蔵野線をくぐって流れて行く伝右川。(戸塚橋から)

Img_4168馨橋から

前方は龍圦(たついり)水門で、耐震補強工事中だ。

Img_4169龍圦橋・一の橋放水路(正面方向・綾瀬川とつなぐ水路)・伝右川(手前) 《地図

Img_4171龍圦水門から西へ流れる用水

Img_4174龍圦橋・一の橋放水路・稲荷神社

Img_4177龍のマーク圦だ。

Img_4179稲荷神社の前

庚申塔・力石・龍圦樋管伏替紀念碑など。

Img_4192伝右橋②で『赤山街道』が交差する。《地図

Img_4200幸福川合流地点 《地図

安行出羽公園沿いに安行出羽緑道になっている。

Img_4219中山吉長頌徳碑 《地図

伝右川の改修に功績があった人物という。ここの橋名にもなっている。右は文化7年(1810)の庚申塔。

川口市から草加市に入った。

Img_4220細い草道を進む。

Img_4223親亀の後ろにピッタリついて泳ぐ子亀。

Img_4230原新田橋から

前方の外環道をくぐって流れて行く。

Img_4256峯分橋・成田山碑の祠 《地図

ここから大きく左(東)に流れを変えて、国道4号草加バイパスを横切って行く。

Img_4271独協大学(右)

急に現代的な風景になった。

Img_4276独協さくら橋 《地図

今日はここまでとし橋を渡って松原団地駅に向かった

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2015年5月 1日 (金)

笹目川を歩く

2015年4月23日

武蔵浦和駅(JR武蔵野線)・・・花と緑の散歩道・・・白幡沼(笹目川起点)・・・白幡緑道・・・(武蔵野線)・・笹目川・・・(中曽根橋)・・・(白幡橋)・・・(瓶尻橋)・・・(内谷橋)・・(笹目川放流口)・・・(水辺公園橋)・見沼代用水西縁(辻用水)合流地点・・(戸田市)・・・(外環道)・(笹目川橋)・・・文蔵樋管・(文蔵川)・・・(中央橋)・・(JR埼京線・東北・上越新幹線)・・・(池の尻橋)・・・(北部橋)・笹目川遊歩道・・・(谷口上橋)・・・(谷口橋)・・・谷口稲荷神社・・・(境橋)・・・(山宮橋)・・・(山宮下橋)・・・(根木橋)・・・堤向橋・・・新曽氷川神社・・・沼口橋・・・聖下橋(さくら川(荒川左岸排水路))・・・(富士見橋)・・・(富士見大橋)・・(富士見水管橋)・・・笹目水門・笹目川排水機場・・・早瀬渡船場跡・・・戸田競艇場(送迎バス)→戸田公園駅(JR埼京線)

 2月の中旬に体調を崩した。まだ長い距離、起伏のある道は不安なので、当分の間は足慣らしを兼ねて近郊の小河川・用水路沿いを歩く。
 今日は初夏のような陽気の下を、さいたま市南区の白幡沼を水源とし、南流して戸田市の笹目水門で荒川に流れ込む笹目川沿いを行く。

  【ル-ト地図

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Img_3930花と緑の散歩道地図

もとは別所沼排水路で、別所沼から笹目川まで流れていた。

Img_3938白幡沼

笹目川の源流だった。

Img_3950白幡緑道 《地図

白幡沼から暗渠となっている。

Img_3955笹目川の水門

ここから開渠となる。上は武蔵野線の高架線路。

Img_3958水門の上を行く武蔵野線

Img_3957下流方向

昭和10年頃、浦和の排水路として作られた。新曽(にいぞ)村と笹目村の境界になっていた。砂田堀・中央排水路とも呼ばれる。

Img_3960このあたりの水は澱んで油が浮いているが、鴨たちは餌をついばんでいる。

Img_3975笹目川放流口(右) 《地図

内谷(うちや)橋の少し下流。正面は水辺公園橋。
今ではここからの放流水と水辺公園橋の先で見沼代用水西縁(辻用水)から流れ込む水が、笹目川の主流か。

Img_4096説明板

Img_3981見沼代用水西縁(辻用水)合流地点 《地図

勢いよく流れ込んでいる。見沼代用水西縁は暗渠となって、六辻水辺公園として整備されている。

この先で戸田市に入る。

Img_3983遊歩道となっているが狭い。散歩中の犬とすれ違う時に先に通そうと思って立ち止まっていたら、向うも止まって動かない。やっぱり人間が怖いのだろう。飼い主が抱えて申し訳なさそうに通り過ぎて行った。

Img_3998文蔵樋門 《地図

東方向から文蔵川が合流して来る。

Img_4001文蔵(ぶぞう)川

中央橋でJR埼京線の下をくぐって行く。

Img_4011北部橋 《地図

橋の中央に男女像が向き合っている。ここから谷口橋まで笹目川遊歩道「自然と彫刻のプロムナード」になっている。

Img_4015笹目川遊歩道(自然と彫刻のプロムナード)

人体の彫刻だろう。

谷口橋で川沿いから離れる。

Img_4026旧家

広大な敷地だ。

Img_4025新旧の蔵

Img_4030谷口稲荷神社地図

Img_4029説明板

Img_4051堤向(つつむかい)橋から下流方向 《地図

Img_4048新曽氷川神社

右は夫婦柿

Img_4045説明板

Img_4055さくら川(荒川左岸排水路)が右から合流する。《地図

Img_4059さくら川(荒川左岸排水路)

さくらが見事なのは中流域のようだ。

Img_4060聖下橋(さくら川)の下

鯉が群れている。

Img_4066富士見水管橋

Img_4071笹目水門・笹目川排水機場 《地図

笹目川は水門をくぐって荒川に流れ込む。排水機場は2007年7月からの稼働というから比較的新しい。右側から回り込んで荒川の土手に上る。

Img_4087早瀬渡船場跡 《地図

笹目橋の下あたり。鎌倉街道の中道の脇道か、枝道の道筋だったという。

Img_4084説明板

笹目橋を渡って西高島平駅(都営三田線)へ向かうのが帰り道の本筋?だろうが、戸田競艇場から無料送迎バスで戸田公園駅に出た方が帰りには便利で安上がりなので競艇場に向かう。

Img_4089笹目水門

左向うは戸田競艇場(ボートレース場)

Img_4091荒川に注ぐ笹目川

Img_4103笹目水門(笹目川左岸河口から)

Img_4105戸田競艇4R(一周目)

一番手前の6号艇が1着、2着が1号艇で、2連単は19300円の波乱となった。むろんハズレた。もう1Rリベンジ戦をやろうかと思ったが止めといた。それでも無料送迎バスが(入場料+舟券)の高い有料バスになってしまった。

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