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2015年5月 2日 (土)

伝右川・毛長川を歩く ①

2015年4月24日 (伝右川①)

東川口駅(JR武蔵野線)・・・畷橋(綾瀬川)・・伝右川浄化導水揚水機場・伝右橋①(跡)・起点・・・(大門平沼橋)・・・(柳橋)・・・戸塚榎戸公園・・・(雷電橋)・・・戸塚佐藤第2公園・・・(戸塚橋)・・(武蔵野線)・・・(杉本橋)・・・(学校橋①)・・・(舟堀橋)・・・(藤久橋)・・・(新伝右橋)・・・(新境橋)・・・(馨橋)・・・・龍圦水門・龍圦橋(一の橋放水路)・稲荷神社・・・(伝右橋②・赤山街道交差地点)・・・(伝右公園橋)・・幸福川合流地点・安行出羽公園・・・(栄羽橋)・・・(吉長橋)・(草加市)・中山吉長頌徳碑・・・(原新田橋)・・・(東京外環道)・・・(学園橋②)・・・(昭和橋)・・・(東西橋)・・・北谷いがぐり公園・・・寿橋・・・成田山碑・峯分橋・・・(與六橋・草加バイパス)・・・独協大学・・・独協さくら橋・・・松原団地駅(東武伊勢崎線)

 伝右川は関東代官伊奈半十郎忠治の家臣井手伝右衛門が、低湿地帯であった流域を干拓するため、寛永5年(1628)に開削したとされ、伝右衛門堀とも呼ばれた。さいたま市見沼区に源を発して南東に流れ、川口市、草加市を流れ、東京足立区の伝右川排水機場で綾瀬川に合流する。
 毛長川は川口市赤山地区を源とし、鳩ヶ谷地区の江川と前野宿川の合流地点を起点とし、草加市と足立区の境を東に流れ、これも伝右川排水機場で綾瀬川に合流する。(「毛長」の由来は後日記す)

 3日間かけ伝右川を綾瀬川まで下り、毛長川を遡る。

  【ル-ト地図】(松原団地駅(10.5km)地点まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_4119綾瀬川 《地図

畷橋(なわてばし)から上流方向。すぐ西側を伝右川が流れている。

Img_4108伝右橋跡の車道を渡った右が伝右川浄化導水揚水機場で、ここを伝右川歩きの起点とした。

Img_4114伝右川源流(上流)方向(伝右川浄化導水揚水機場から)

水源はここから7kmほど北西の浦和競馬野田トレーニングセンターの先の、さいたま市見沼区膝子地区。

ここから下流へ南下する。

Img_4125大門平沼橋から伝右川下流方向

川面が見えない。

Img_4106戸塚榎戸公園 《地図

Img_4132柳橋から下流方向

Img_4133桜からつつじの季節に変わったか。

すぐに藤~あじさいで梅雨になるか。

Img_4144武蔵野線をくぐって流れて行く伝右川。(戸塚橋から)

Img_4168馨橋から

前方は龍圦(たついり)水門で、耐震補強工事中だ。

Img_4169龍圦橋・一の橋放水路(正面方向・綾瀬川とつなぐ水路)・伝右川(手前) 《地図

Img_4171龍圦水門から西へ流れる用水

Img_4174龍圦橋・一の橋放水路・稲荷神社

Img_4177龍のマーク圦だ。

Img_4179稲荷神社の前

庚申塔・力石・龍圦樋管伏替紀念碑など。

Img_4192伝右橋②で『赤山街道』が交差する。《地図

Img_4200幸福川合流地点 《地図

安行出羽公園沿いに安行出羽緑道になっている。

Img_4219中山吉長頌徳碑 《地図

伝右川の改修に功績があった人物という。ここの橋名にもなっている。右は文化7年(1810)の庚申塔。

川口市から草加市に入った。

Img_4220細い草道を進む。

Img_4223親亀の後ろにピッタリついて泳ぐ子亀。

Img_4230原新田橋から

前方の外環道をくぐって流れて行く。

Img_4256峯分橋・成田山碑の祠 《地図

ここから大きく左(東)に流れを変えて、国道4号草加バイパスを横切って行く。

Img_4271独協大学(右)

急に現代的な風景になった。

Img_4276独協さくら橋 《地図

今日はここまでとし橋を渡って松原団地駅に向かった

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