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2015年6月27日 (土)

元荒川を歩く②

2015年6月8日

吹上駅(JR高崎線)・・・新宿橋(元荒川)・・・(高砂橋)・・・水鳥橋(前谷落)・・(遠所橋)・・・(筑波橋)・・・(砂山橋)・・・(小谷橋)・・・元荒川橋①(県道307号)・・・(アサヒ橋)・・・埼玉県消防学校・・・三ツ木堰橋・三ツ木堰・取水池・前砂用水路取水口・・・(笹原橋)・・・(三ツ木橋・国道17号)・・・(川面橋・館林道)・・・忍川合流地点・・・前屋敷橋(忍川)・・庚申堂・水神社・・・元荒川橋②・武蔵水路伏越地点・・・緑道さかい橋(元荒川)・さきたま緑道・・・フラワー通り・・・元荒川橋③(熊谷バイパス)・・・(八幡神社)・・・渋井橋・千間堀悪水路合流地点・・・東円寺・・・フラワー通り・・・元荒川・・・新谷田用水取水口・・西浦用水取水口・安養寺堰・・三谷橋・・・壽橋(箕田排水路)・・鈴木橋・・元荒川合流地点・・・新谷田用水路・・外谷田用水路分岐・免許センター通り・・・免許センターバス停→鴻巣駅(JR高崎線)

  【ル-ト地図】(吹上駅(12.6km)→免許センターバス停(25.8km))

Img_8437高砂橋

このあたりの元荒川は汚れているが、橋の造り・デザインは様々で楽しめる。

Img_8441水鳥橋で前谷落を渡る。《地図

Img_8442前谷落(上流方向)

農業用排水路に生活排水も流れ込むようで澱んで汚い。上流の前谷橋で「がんがら落」が合流して来る。『千人同心日光道⑤

Img_8446水鳥橋・元荒川合流地点(元荒川左岸から)

洒落た橋で休憩所にもなっているが、この臭ってくるような汚さではのんびりする気にはなれない。

Img_8453砂山橋

猿山のボス猿か。

Img_8454自慢のきれいな羽毛も台無しになってしまうぞ。

Img_8455小谷橋 《地図

すぐ先の元荒川橋①で右(南)にカーブして流れて行く。

元荒川橋①を渡って左岸を進む。

Img_8467埼玉県消防学校地図

訓練用の仮設建物だろう。

Img_8468三ツ木堰 《地図

Img_8476説明板

「愛の橋」・「愛の橋堰」はなく、三ツ木堰橋・三ツ木堰になっている。

Img_8487取水口(正面)

前砂用水路(右側)・取水池へ(中央)・魚道(左側)

Img_8483水路図

魚道は三ツ木堰をくぐって元荒川下流につながる。もっともこんな汚い川に魚はいるのか。それとも「水清ければ魚棲まず」か。

Img_8474取水池

前図の現在地の下

Img_8488三ツ木堰橋の左岸にはロープが張ってあったが、かまわず進んだ。

Img_8501川面橋 《地図

ここを渡って北上する道は館林道だ。3年前の9月に中山道の箕田の追分から、ここを通って館林に向かった。暑かったことだけは覚えている。忍川上流の堀切橋あたりには忍城を水攻めするため石田光成が築いた石田堤の跡が残る。

Img_8505左岸は忍川(おしかわ)との合流地点で行き止まる。(前方は元荒川橋②)

忍川の前屋敷橋へ迂回する。

Img_8509忍川(前屋敷橋から下流方向) 《地図

土手の右から来る元荒川と合流して忍川は終わる。

Img_8511忍川(上流方向)

正面は上越新幹線

Img_8519庚申堂(猿田彦堂)・水神社(右の石祠・嘉永3年(1850))

前屋敷橋を渡った左側

Img_8517庚申塔

ショケラ(上半身裸の女人像)の頭髪をつかんでぶら下げている。

Img_8518説明板(水神社)

Img_8524元荒川(左)・忍川合流地点(元荒川橋②から) 《地図

すぐ下流の元荒川橋の下を武蔵水路が元荒川を伏越して(くぐって)行く。

Img_8532武蔵水路(上流方向・上は上越新幹線)

利根大堰の取水口あたりは『見沼代用水①』に記載。

Img_8529武蔵水路伏越(元荒川サイフォン) 《地図

元荒川をくぐってこちら側に出てくる。

Img_8527元荒川をくぐって流れる武蔵水路

伏越地点あたりは工事中で雑然としていた。

Img_8540緑道さかい橋(元荒川) 《地図

この道は武蔵水路沿いのさきたま緑道だ。

橋を渡って左折して行くが元荒川沿いは通れない。フラワー通りに出て熊谷バイパスを横切って行く。

Img_8561八幡神社か?

Img_8564渋井橋から下流方向 《地図

左から千間堀悪水路が合流する。

Img_8567千間堀悪水路(下流方向)

土手の右から来る元荒川に合流する。

Img_8568千間堀悪水路(上流方向) 《地図

右は上越新幹線

Img_8571東円寺 《地図

Img_8573このあたりは鉢植えの花卉(かき)栽培の温室が並ぶ。それで「フラワー通り」だ。『鴻巣市の花の歴史

この先で元荒川沿いの道に出られた。

Img_8583風でさざ波が立って逆流しているように見える。

Img_8594安養寺堰地図

下流の老朽化した宮地堰を廃して新設された堰。手前の右岸から新谷田用水、左岸から深浦用水が分岐する。

Img_8602新谷田用水取入樋管(樋門)

Img_8600新谷田用水(上流方向) 《地図

この用水には後でまた出会う。

Img_8604安養寺堰

左の樋門から深浦用水が分流する。三谷橋を渡って行ってみる。

Img_8610深浦用水(樋門方向) 《地図

Img_8612上流方向

Img_8626箕田排水路(大幹線排水路?)上流方向(壽橋から) 《地図

Img_8624元荒川合流地点(鈴木橋・箕田排水路)から

Img_8628新谷田用水(上流方向) 《地図

取入樋管から箕田排水路を越えて(?)、ここへ流れて来る。

Img_8631下流方向

右(直進)が新谷田用水で、左に免許センター沿いの外谷田用水に分かれる。

Img_8637新谷田用水(下流方向) 《地図

Img_8638外谷田用水沿いを免許センターバス停に向かった。

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2015年6月25日 (木)

元荒川を歩く①

2015年6月5日

熊谷駅(JR高崎線)・・・熊谷桜堤・荒川土手・・・万平公園・元荒川通り・・・大雷神社・元荒川源流地①・・熊谷市ムサシトミヨ保護センター・元荒川源流地②・・・(熊久橋)・・・帰帆橋・・元荒川・①と②の合流地点・・・?橋・・・旧中山道・・(東竹院)・・・県道257号下・(ムサシトミヨ橋西)・・(ムサシトミヨ橋東)・元荒川通り・・・久下小学校・提灯塚橋・・・(今出橋?)・・・伊勢前橋…排水路分岐地点(元荒川蛇行跡)・・・馬頭観音・・・久下第一公園・・・排水路合流地点(蛇行跡)・・・一般道へ迂回・・・新宿橋①・・榎戸堰公園・・・(JR高崎線)・・・洲崎橋・・鎌塚落合流地点・・・(榛名橋)・・・(吹上橋)・・・(新佐賀橋)・・・(佐賀橋)・・・(桜橋)・・・新宿橋②・・・吹上駅(JR高崎線)

 寛永6年(1629)に関東郡代の伊奈忠治により熊谷市久下付近で荒川が締め切られ、和田吉野川、市野川を経由し、入間川に付け替えられるまでは荒川の本流だった元荒川を歩く。

  【ル-ト地図】(熊谷駅→吹上駅(12.6km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8236熊谷桜堤 《地図

荒川の土手に上って見たが、河川敷が広く流れは見えなかった。

Img_8239元荒川通りの左の大雷神社あたりと、右のムサシトミヨ保護センターが現在の元荒川の源流だ。

Img_8241大雷神社前の流れ(源流①) 《地図

湧き水ではなく生活排水路で、汚れていて源流とするには恥ずかしいか。この手前から流れて来るのだが、ここを源流の一つとした。

Img_8242大雷神社

ここも殺風景な有様になっている。かつては境内の湧き水が元荒川の水源だったそうだ。鳥居の左下に、「大字 基標」・「埼玉縣」の小さな石柱が立つ。

Img_8247民家とHM(ほっともっと)の後ろとの間を細々と流れて行く。

パイプ管から生活排水が流れ込んでいる。

Img_8253源流②近く(上流方向) 《地図

現在は左のムサシトミヨ保護センターから地下水をポンプで汲み上げて流しているそうだ。

Img_8254下流方向

本当にムサシトミヨがいるのだろうか? しばし流れの中を観察していたが小魚一匹も泳ぐ姿は見えなかった。むろん源流①に比べれば水ははるかにきれいだが。「水清ければ魚棲まず」ともいうが。

Img_8251説明板(ムサシトミヨ)

Img_8272帰帆橋の下を源流①がくぐった所で、源流②と合流する。 《地図

Img_8271源流①の澱んだ流れ

このすぐ上流に架かる橋が熊谷と久下の境界の熊久(ゆうきゅう)橋だろう。

Img_8270源流②の速くきれいな流れ

Img_8276この草むらの右下を合流した元荒川が流れている。

ここにもムサシトミヨの説明板だ。

Img_8282あまり流れはよくないが。

ここにもムサシトミヨの看板だ。

Img_8285民家の間を細々と流れて行く。《地図

このあたりは川沿いは歩けず、流れを探すのに苦労して、どこを歩いているのか分からなくなっていたら、旧中山道の東竹院前に出た。『中山道(鴻巣宿→熊谷宿)』

Img_8292久下熊久(ゆうきゅう)バス停あたり 

ここも旧中山道で下を細い流れが横切る。

Img_8295旧中山道の下を通って細い流れが元荒川に注いでいた。《地図

この流れの上流近くの荒川には、2003年まで久下(冠水)橋が架っていた。『中山道(鴻巣宿→熊谷宿)』に記載

Img_8298左が荒川方向から来る細い流れ、正面方向が元荒川の上流方向

さっきの民家の間の流れはここへ通じている。

Img_8308畑の中を流れて行く。

正面前方の県道257号の高架道路の下に2つの橋が架かる。

Img_8320「ムサシトミヨ橋西」(橋の名前)から下流方向 《地図

すぐ前が「ムサシトミヨ橋東」

Img_8337提灯堤橋から下流方向 《地図

2輛だけの高崎線は初めて見た。高崎線の手前で大きく右にカーブして元荒川通りをくぐり南流して荒川に近づいて行く。

Img_8338「決意表明」

ご苦労さん、頑張って頂戴。

Img_8341上流方向

田んぼの間を流れている。

Img_8347伊勢前橋で元荒川通りをくぐる。

南流して荒川土手に近づく。

Img_8353上流方向 《地図

このあたりは澱んで汚れている。荒川土手(左)と右は熊谷福祉の里「クイーンズビラ」の建物の裏側を申し訳なさそうに流れている。

Img_8355拝水路分岐地点 《地図

この拝水路は元荒川の蛇行跡で、北東に高崎線、国道17号を越え、大きく右にカーブして南西に進み、再び現在の元荒川に合流している。地図で見ると大きく膨らんだ蛇行跡がよく分かる。

Img_8356水は流れていない。

Img_8360草に覆われた元荒川沿いを進む。

Img_8364崩れそうな馬頭観音

首の所で折れたのを接着したようだ。

Img_8368拝水路合流地点 《地図

水は溜まっているが流れてはいない。

Img_8374このあたりは農家の作業用の道だ。

左へ一般道に迂回する。

Img_8382高崎線沿いをしばし行く。《地図

Img_8390榎戸堰 《地図

元荒川の最上流の堰だが、水は停留し随分と汚い。ここも『中山道(鴻巣宿→熊谷宿)』で歩いている。

新宿橋②から北に元荒川沿いを進む。

Img_8393JR線をくぐれる。

Img_8398川沿いを歩けるが水量は少なく、澱んで汚れていて臭ってくるようだ。農作業に水が使われる時期的なこともあって流量が少ないのだろう。「元荒川の桜並木」はいいが、気分は良くない。

Img_8400鎌塚落合流地点 《地図

対岸に行って見る。

Img_8402鎌塚落は暗渠になっている。

先を進んでみたが流れは現れなかった。

Img_8412吹上橋から下流方向 《地図

Img_8419新佐賀橋

Img_8416説明板

Img_8422佐賀橋 《地図

昔風情のある橋で、ここは千人同心日光道の道筋だ。
新宿橋②を渡って吹上駅に向かった。

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2015年6月22日 (月)

六ヶ村用水・緑川を歩く

2015年6月4日

東浦和駅(JR武蔵野線)・・見沼代用水西縁・・・附島橋・・・(吉場橋)・・・(柳崎橋)・・(後町橋)・・・(宮下橋)・・・六ヶ村用水分岐地点(六ヶ村除塵機・調節堰)・・・(学びの橋・六ヶ村用水路)・・・(外記橋)・・・(用水橋)・・・(松声橋)・藤右衛門川伏越地点・・・地蔵尊・・・伊刈交差点・暗渠・・・藤右衛門川放水路・(国道298号・東京外環道)・・・根岸水門・・・庚申塔・緑川起点・・・力神社・・・伊刈排水路交差地点・庚申塔・・・前川小学校・・・大行院・・・三枚橋(緑川)・・・(観音橋)・・・(愛宕橋)・・・(前川橋)・・・(右近橋)・・・(緑桜人道橋)・・・(二ツ橋)・・・竪前橋(竪川交差地点)・竪前橋ポンプ場・・親水公園・・(中田橋)・(蕨市)・・緑公園・・・(稲荷橋)・・・(緑ヶ池橋)・・・(緑橋)・・・(ひこばえ橋)・・・塚越ポンプ場・・・(第二丁張橋)・(京浜東北線)・・・塚越陸橋へ迂回・・・(三和橋・鬼澤落)・・・(丁和橋)・・・(南町桜並木遊歩道)・・・(鬼澤橋)・・・(立野際橋)・・・馬頭観音祠・・・(喜沢橋)・・・(かわきん橋)・・・緑橋・菖蒲川合流地点・・・三領排水機場・三領水門・荒川合流地点・・・川口駅(JR京浜東北線)

  見沼代用水西縁から分流するのが六ヶ村用水で、緑川とつながって荒川まで流れて行くのか? まあ歩き始めよう。

  【ル-ト地図

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8017見沼代用水西縁六ヶ村除塵機・調節堰 《地図

六ヶ村用水はここから道路をくぐって左(南)に流れて行く。

Img_8020六ヶ村用水(下流方向)

Img_8023学びの橋の親柱

柳崎小学校沿いに流れている。

Img_8032用水橋の手前から下流方向

Img_8041藤右衛門川伏越地点(松声橋) 《地図

左の青いバルブに「伏越2号」、右が「排水1号」と記す。藤右衛門川を伏越して(くぐって)行く水と、藤右衛門川に流す水に分かれるのだろう。

Img_8047藤右衛門川をくぐった水はここに出て来る。

Img_8050地蔵さん

まだ新しい。交通事故者供養だろうか。その先には石祠が乗っている。

Img_8054伊刈交差点手前で暗渠となる。《地図

ここまでまだ2.5kmほどで、六ヶ村とはならないだろう。外環道の先で開渠となって緑川となって復活するのが六ヶ村用水の続きだろうか?

Img_8057外環道沿いを流れる藤右衛門川放水路 《地図

芝川に流れ込む根岸水門まで行って見る。

Img_8061ここで暗渠となって外環道の下の国道298号をくぐって行く。

Img_8062ここに出て根岸水門から芝川に合流する。

さて、六ヶ村用水の続きはどうなっているのか?

Img_8076暗渠となった六ヶ村用水はここへ続いているようだが。《地図

柵内に庚申塔が立つ。

Img_8069ここから緑川と名を変えるのか?

前方で矢作児童公園に突き当たり、右(南)に曲がって行く。庚申塔(寛延4年(1751))には、「足立郡浦和領伊刈村」と刻まれている。

Img_8064力神社

Img_8067由緒

平高清(六代禅師)の伝承は各地にある。初瀬街道の西方寺の五十六橋、神奈川県逗子市に「六代御前の墓」、沼津市の東海道には六代の首塚と伝える「六代松の碑」がある。
川口市に残る伝説は、『前川の六代伝説と伊刈の力神社

Img_8079暗渠となるがすぐに流れが現れる。

Img_8080伊刈排水路と交差する。《地図

伊刈排水路は西側の県道の先は暗渠となっている。

Img_8084ここにも庚申塔(万延元年(1860))

桜田門外の変のあった年だ。

Img_8091緑川は排水路・どぶ川という感じで流れて行く。

Img_8092このあたりは川・用水路らしいか。

川沿いは歩けないので迂回するが、道を間違う。

Img_8096大行院 《地図

「大聖不動明王」とある。

Img_8099三枚橋から下流方向 《地図

Img_8100一級河川の支流は全て一級河川に指定されているので、その支流がどんなに細く短くても、人工河川でも一級河川になるそうだ。緑川は菖蒲川と合流して荒川に流れ込むので、荒川の支流ということか。
六ヶ村用水と緑川がつながっているとすれば、見沼代用水西縁からの分流・支流でもある。

Img_8103観音橋から下流方向 《地図

東側に前川観音の観福寺がある。六代(平高清)の妙覚上人の開基と伝える寺だ。一つ下流の愛宕橋の東側の公園には、「愛宕さま」と呼ばれる六代の首塚があるそうだ。(前記の『前川の六代伝説と伊刈の力神社』)

Img_8120竪川交差地点(竪前橋) 《地図

ここは川の下をくぐる伏越でなく、平面交差?しているようだ。緑川の多く水は竪川に流れている。
竪川は右(西)から左(東)に流れ、竪川樋門の先で芝川に注ぐ。橋を渡った左側が竪前橋ポンプ場。

Img_8123竪川(上流方向)

Img_8126緑川(竪前橋から下流方向)

前方の竪前橋ポンプ場の設備内には、「汚泥貯留槽」・「沈砂槽」・「流量調整槽」などがある。水質浄化のためだろう。

Img_8134親水公園になっているが、あまり整備されていない。

この先で川沿いの道は行き止まり、引き返し一般道を進む。

中田橋から蕨市に入る。

Img_8144また両側を柵で囲われたどぶ川になる。

Img_8148稲荷橋で直角に右(西)に曲がって行く。《地図

Img_8153緑橋から下流方向

この先で左にカーブして塚越ポンプ場の先で、京浜東北線に突き当たる。

Img_8162緑川は線路をくぐって行くが、道はないので右へ塚越陸橋に迂回し、反対側に戻る。 《地図

Img_8169線路の反対側から下流に向かう。

Img_8171三和橋 《地図

親柱の川名は「鬼澤落」となっている。緑川以前の農業用排水路の名か? この先には「鬼澤橋」もある。

丁和橋の先で川口市と戸田市の境を行く。

Img_8187立野際(たちのぎわ)橋から下流方向 《地図

Img_8188馬頭観音祠

Img_8189馬頭観音(天和2年(1682))

馬の背に乗っている馬頭観音は珍しいか。

Img_8190説明板

Img_8199菖蒲川に突き当たり、合流して左に流れ荒川に注ぐ。(前方が菖蒲川の緑橋) 《地図

川口の昔 緑川』の写真。何時頃のどのあたりの風景だろうか?

Img_8202緑橋から合流地点・下流方向

Img_8203菖蒲川(上流方向)

川沿いは歩けず、荒川土手から三領水門の荒川合流地点へ向かう。

Img_8207三領排水機場の水門(手前)・三領水門 《地図

Img_8222説明板

芝川が荒川に合流する所と全く同じはたらきと構造だ。『芝川を歩く⑤

Img_8219三領排水機場の水門から荒川

Img_8225三領水門から荒川

Img_8226菖蒲川(上流方向)

三領水門橋・三領水門をくぐって荒川に注いでいる。

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2015年6月19日 (金)

藤右衛門川を歩く

2015年5月30日

浦和駅(JR京浜東北線)・・・国道463号・・・駒場運動公園・・・藤右衛門川通り・二ツ橋跡・谷田千本桜跡・・・藤右衛門川改修完成記念碑・・・一本橋跡・・・浦和競馬場内・・・柳橋・・・(大谷場橋)・・・(上狐橋)・・(狐橋)・・(JR武蔵野線)・・(下狐橋)・・・上谷沼調節池・・・(藤右衛門橋)・・・(上谷橋))・・・見沼代用水西縁伏越地点・・・藤右衛門川放水路分岐地点・・・(牛田橋(県道34号))・・・伊刈風間地蔵尊・・・明花落合流地点・・谷中落合流地点・柳崎第5公園・・六ヶ村用水伏越地点・(松声橋)・・・(論處橋)・・柳根排水機場・芝川合流地点・・・外ヶ原橋(用水?)・・・用水橋(六ヶ村用水)・・・西ヶ原バス停→東浦和駅(JR武蔵野線)

 享保年代(1716~35)に見沼の開発に併せて上谷沼も開発された。その時に上谷沼の水を芝川に流すように開削したのが並木藤右衛門だった。
 源流はいくつかあるようだが、駒場運動公園の南側を起点として藤右衛門川通りへと歩き始める。

  【ル-ト地図

Img_7886藤右衛門川通り 《地図

藤右衛門川の流れの跡が暗渠になっている。
右に「藤右衛門川通り」の道路標識と、「旧蹟 谷田千本桜 二ツ橋跡」の標柱が立つ。

Img_7891藤右衛門川改修完成記念碑 《地図

「藤右衛門川通り」完成記念碑だろう。

Img_7896谷田千本桜由来記

藤右衛門川は谷田川とも呼ばれていた。今も「谷田川自治会」がある。谷田橋から二ツ橋の間にソメイヨシノの桜並木があったということか。水害防止のための藤右衛門川改修工事で桜並木も撤去されたが、一部は大田窪1丁目のさくら通りや《地図》、原山小学校の付近に移植されたようだ。谷田橋はどこに架かっていたのか? 

Img_7900一本橋跡標柱 《地図

Img_7902浦和競馬場に突き当たる。

Img_7903競馬場の手前から水路が現れる。

Img_7912競馬場内を流れる藤右衛門川(上流方向)

非開催日は競馬場内に入れる。場内の流れに橋が2つ架っている。

Img_7914下流方向 《地図

右は調節池

Img_7915左岸からメインスタンド

非開催日で人馬の姿はない。

Img_7921競走路の下を流れて場外へ出て行く。

Img_7923柳橋 《地図

藤右衛門川の本格的な最初の橋。

Img_7926柳橋から下流方向

Img_7932上狐橋・狐橋・JR武蔵野線の高架・下狐橋と続く。

Img_7936下狐橋から下流方向 《地図

左岸を進む。

Img_7942上谷沼調節池 《地図

上谷沼運動広場になっている。

Img_7952藤右衛門橋から下流方向 《地図

Img_7956見沼代用水西縁伏越地点 《地図

左から右に流れる藤右衛門川を見沼代用水西縁がくぐって(伏越)行く。『見沼代用水⑦』に記載

Img_7963藤右衛門川放水路分岐地点 《地図

正面の東京外環道の下に沿って流れ、根岸水門で芝川に流れ込む。『芝川を歩く④』に記載。

Img_7964水路案内図

左下の現在地から藤右衛門川遊歩道を進む。東京外環道に沿うのが藤右衛門川放水路。

Img_7968遊歩道を行く。

子どもたちがアメンボウを取って騒いでいた。

牛田橋で県道34号を横切り、その先で右に曲がって行く。

Img_7973道路の中央を細い水路が続く。

この先で県道34号に出る。

Img_7979伊刈風間地蔵尊 《地図

ここのバス停の名前にもなっている。

Img_7982地蔵(宝永6年(1709))と馬頭観音か

「疣(いぼ)とり地蔵」・「交通安全地蔵」ともいわれるそうだ。

県道34号から左に入って行く。

Img_7990川に入って上半身裸で遊ぶ子どもたち。

この暑さなら正解だが、もう少し水がきれいならいいのだが。

Img_7992明花落(みょうばなおとし)合流地点 《地図

上流は明花公園の南側の見沼代用水西縁をくぐっているようだ。

Img_7995谷中落合流地点(松声橋の一つ手前の橋の所) 《地図

これも上流では見沼代用水西縁をくぐっているようだ。

Img_7997六ヶ村用水下流方向(松声橋から) 《地図

見沼代用水西縁から分水し南に流れ、この手前の松声橋の所で、藤右衛門川を伏越している。外環道をくぐり緑川とつながるのか?

Img_7999松声橋から藤右衛門川下流方向

Img_8006水質の変遷(論處(ろんしょ)橋)

きれいにはなって来ている。ちなみに昭和49年の数値は82.6だからびっくり仰天。論處橋の由来は何か?

Img_8007柳根排水機場・芝川合流地点(論處橋から) 《地図

ここも『芝川を歩く④』に記載。

ここで藤右衛門川歩きは終了で、西ヶ原バス停に向かう。

Img_8010外ヶ原橋(見沼代用水の分水路か?)から下流方向 《地図

この先で藤右衛門川に注いでいる。

Img_8016六ヶ村用水(用水橋から) 《地図

この先で藤右衛門川をくぐる。
すぐ先の西ヶ原バス停から東浦和駅に向かった。

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2015年6月17日 (水)

芝川を歩く⑤(川口元郷駅→芝川水門・新芝川→南鳩ヶ谷駅)

2015年5月28日

川口元郷駅(埼玉高速鉄道)・・・(さくら橋)・・・(上の橋)・・・(中央橋)・・・(門樋橋)・・芝川排水機場・・・元郷排水ポンプ場・・・(千元橋)・・・(梛木の橋)・・・(榎木橋)・・・領家水門・・・榎橋・・・荒川土手・・・新芝川排水機場・・芝川水門・・都市農業公園・・・(山王橋(新芝川))・・・(領家橋)・・・(順真橋)・・・(稲荷橋)・・・(花の枝橋)・・・(新芝川橋)・・・(南平大橋)・・芝川マリーナ・芝川マリーナ水門・・・(入谷大橋)・・・リサイクルセンター・・(あずま橋)・・・(有明橋)・・・(白鷺橋)・・・(鳩ヶ谷大橋(日光御成道))・・・(千歳橋)・・・(汐入橋)・・・青木水門・(芝川・新芝川分岐地点)・・・南鳩ヶ谷駅(埼玉高速鉄道)

 芝川が荒川に流れ込む芝川水門まで行き、新芝川を芝川との分岐地点の青木水門まで遡って芝川歩きを終えた。

  【ル-ト地図】(川口元郷駅(43.6km)→(芝川水門)→(新芝川)→南鳩ヶ谷駅(55.7km))

Img_7737
芝川排水機場 《地図

芝川増水時に水をポンプで荒川に排水するための施設だろう。

Img_7739元郷排水ポンプ場 《地図

芝川に流入する雨水を荒川に放流している。通常は芝川の水位を保持する役割を担っている。

Img_7757領家水門 《地図

水門をくぐった所で新旧芝川が合流する。水門から先は通行不能で、榎橋に戻り荒川の土手に迂回する。

Img_7768新芝川排水機場の水門(手前)と芝川水門(左奥)

Img_7780芝川水門と排水機場の役割

なるほど納得だ。

Img_7775芝川水門・荒川 《地図

新芝川沿いを遡る。

Img_7793芝川水門手前

Img_7795新芝川排水機場(正面)・芝川水門(左端)

Img_7798領家水門

右の山王橋(新芝川)に向かう。

Img_7816稲荷橋 《地図

お狐さんもビックリの洒落た橋。

Img_7829花の枝橋(稲荷橋の一つ上流)

Img_7838南平大橋 《地図

Img_7842芝川マリーナ

利用料金はけっこうな値段だ。船の値段はいざ知らずだが、庶民には高値の遊びだろう。

Img_7841芝川マリーナ水門

ここをくぐって元荒川→荒川→東京湾→伊豆諸島までもクルージングか。

Img_7854リサイクルセンターの煙突・あずま橋 《地図

Img_7860白鷺橋 《地図

Img_7862鳩ヶ谷大橋 《地図

5年前に日光御成道で渡った橋だが、記憶にないのは何時もの事。

ここから南鳩ヶ谷駅は近いのだが、(旧)芝川との分岐点まで行く。

Img_7870芝川・新芝川分岐地点 《地図

左上が芝川の青木水門、正面奥が竪川のふれあい橋。ここで芝川・新芝川歩きを終えて南鳩ヶ谷駅に向かった。

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2015年6月14日 (日)

芝川を歩く④(東浦和駅→川口元郷駅)

2015年5月27日

東浦和駅(JR武蔵野線)・・・油屋橋(見沼代用水西縁)・・・見沼通船堀・・・八丁橋(芝川)・・・(通船堀大橋)・・・在家人道橋・・・(在家橋)・・・(柳根橋)・・・藤右衛門川合流地点・柳根排水機場・・論處橋(藤右衛門川)・・・(東京外環道・国道298号)・・・根岸水門・藤右衛門川放水路合流地点・・・水神社・・・(網代人道橋)・・・(網代橋)・・・伊刈排水機場・伊刈排水路・・・(地蔵橋)・・・(上根橋)・・・(境橋)・・・里・上青木線橋梁新設工事中・・・(天神橋)・・・ふれあい橋(竪川)・・・竪川樋門・・竪川排水路樋門・・・青木水門(旧芝川)・上青木橋・・竪川排水路合流地点・・・(新青木橋)・・・(五右衛門橋)・・・(新朝日橋)・・・(朝日橋)・・・青木橋・・・新橋・・・中の橋・・・芝川橋(日光御成道)・・・さくら橋・・・川口元郷駅(埼玉高速鉄道)

  【ル-ト地図】(東浦和駅(31.6km)→川口元郷駅(43.7km))

 見沼通船堀は『見沼代用水⑨』に記載

Img_7590藤右衛門川が右の柳根(やなね)排水機場から合流する。《地図

Img_7603普段は水門をくぐって自然に流れ込むが、大雨で芝川の水位が高くなり、藤右衛門川の雨水を自然排水できない時に排水機場のポンプにより強制的に排水する。

Img_7610東京外環道の下の国道298号をくぐる。

Img_7612藤右衛門川放水路(右)合流地点 《地図

手前に根岸水門がある。

Img_7614根岸水門

外環道の下の国道をくぐった藤右衛門川放水路が、芝川に流れ込む。

Img_7617説明板

藤右衛門川の由来・根岸水門の役割・(藤右衛門川)放水路の役割が記載。

Img_7621芝川(右)・根岸水門・東京外環道

水門の柱の3本の横線は、「治水・利水・親水」のシンボル。

Img_7624水神社 《地図

Img_7634伊刈排水機場 《地図

大雨の時にに芝川から伊刈排水路に逆流するのを防ぐ施設。通常は高木雨水貯留管の雨水を伊刈排水路へ放流する。

Img_7635伊刈排水路(上流方向) 《地図

緑川と交差し、その先は暗渠となるようだ。

Img_7657上青木と里の間の人道橋の隣に新しい橋を架けている。《地図

Img_7660タチアオイ

もうムクゲと間違わない。後方は天神橋

Img_7662ふれあい橋(右・竪川) 《地図

左後方が芝川の青木水門

Img_7666竪川が芝川(左)に合流する。(ふれあい橋から)

Img_7667竪川(上流方向)・竪川樋門

Img_7672河川図

竪川本流は芝川に合流して、青木水門をくぐって行くが、竪川排水路は青木水門の先で芝川に合流している。

Img_7674竪川排水路(下流方向)

Img_7673竪川排水路樋門

Img_7682竪川樋門(左)・竪川排水路樋門(右) (下流方向)

Img_7686青木水門・新芝川(左)

青木水門から(旧)芝川を芝川水門まで行き、新芝川をここまで遡る。

Img_7692上青木橋(青木水門の裏)から下流方向 《地図

右から竪川放水路が流れ込む。正面は川口オートレース場。非開催日でよかった。

Img_7696青木水門・竪川放水路(左)

Img_7700流れが細くなる。今では新芝川が本流か。

Img_7705五右衛門橋 《地図

Img_7707生活排水が流れ込む。

Img_7709汚れた水にも魚がいる。釣り人もいる。

Img_7725芝川橋を渡る。《地図

日光御成道』で渡った橋だが、もうすっかり忘れている。
この下流のさくら橋を渡り返し、川口元郷駅に出た。

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2015年6月12日 (金)

芝川を歩く③(山中橋バス停→東浦和駅)

2015年5月26日

北浦和駅(JR武蔵野線)→山中橋バス停・・・山中橋(見沼代用水西縁)・・大道橋(芝川)・・・(大道東橋)・・・(上新宿橋)・・・(北宿大橋)・・・(新宿橋)・・・(宮後大橋)・・・(見沼大橋)・・・加田屋川合流地点・・・(新見沼大橋有料道路)・・・念仏橋・・・民家園(浦和くらしの博物館)・・・念仏橋・・・右岸工事中行止り・見沼代用水西縁へ迂回・・・(武蔵野線)・・・油屋橋(西縁)・・・東浦和駅(JR武蔵野線)

 暑い日で都心でも30度を超えた。念仏橋から民家園に寄り、東浦和駅までとした。

  【ル-ト地図】(山中橋バス停(23km)→東浦和駅(31.6km) 

Img_7443排水路から芝川に流れ込んでいる。

芝川は周辺の排水・汚水を一手に引受けている感じだ。

Img_7450芝川サイクリングロードで、タチアオイの花?はいいが、これでは自転車とすれ違えない。

季節はちと早いがムクゲとばかり思っていた。『ムクゲとタチアオイ

Img_7455北宿大橋 《地図

すぐ南側に見沼代用水西縁の北宿橋が架る。そこから南に上るのが北宿坂

Img_7459さいたま新都心方向

Img_7467見沼代用水西縁とつながる排水路か用水路?

Img_7469新宿橋

遠方の白い屋根は埼玉スタジアム2002

Img_7481西縁との間は、苗木・植木・花の栽培地が広がっている。

Img_7488見沼大橋から

Img_7489見沼大橋 《地図

少し下流で加田屋川が左岸に合流する。

Img_7494新見沼大橋有料道路をくぐって行く。

Img_7499古そうな水門だ。

Img_7508念仏橋の手前 《地図

少し流れが膨らんで溜井のようになっている。

念仏橋を渡って民家園に寄る。

Img_7510浦和くらしの博物館民家園」案内図

Img_7514旧浦和市農協倉庫

Img_7512説明板

Img_7532高野煎餅店

Img_7516説明板

Img_7523綿貫商店

Img_7526説明板

Img_7530解体前

もとは白漆喰壁に墨を塗った黒壁だった。

Img_7528中山道にあった頃(昭和55年)

浦和区常盤2-9あたりは中山道浦和宿の六斉市が開かれていた所だ。

Img_7536中島家穀櫃

Img_7535説明板

Img_7540蓮見家住宅

Img_7537説明板

Img_7544武笠家表門

江戸後期の長屋門

Img_7543説明板

Img_7549野口家住宅

もとは廃寺となった安楽寺の庫裏

Img_7545説明板

Img_7534古代蓮池

♪『花は遅かった』(美樹克彦)ではなく、早かった。古いねどうも。

Img_7555中山道金毘羅橋欄干(明治28年?)

これを探すのに苦労した。標示板のみで説明板はない。

念仏橋から右岸を進んだが工事中で行き止まり、見沼代用水西縁沿いに迂回して、東浦和駅まで行った。

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2015年6月10日 (水)

芝川を歩く②(吉野原駅→山中橋バス停)

2015年5月23日

吉野原駅(ニューシャトル)・・東大宮バイパス・・野原橋(芝川)・・分水路・・・船橋(芝回)・・・平橋(中島都市下水路)・・・芝川合流地点・・・跨線橋(東大宮操車場)・見沼代用水西縁伏越地点・・・築後橋(見沼代用水西縁)・・・砂調節堰(西縁)・西縁分水路・・・栄東中学・高校・・砂大橋(芝川)・・分水橋(分水路)・・・末広踏切(JR東北本線)・・・砂橋(芝川)・・・見沼橋・・・神明下橋・・・鷲山橋・・・東武野田線ガード・・・調節池・・・石橋・・・新橋・芝川改修記念碑・・・稲荷岸橋・・・松山橋・・中川分水通り・・・見沼弁財天(宗像神社)・・・中川橋・・・片柳橋・・・(首都高埼玉新都心線)・・・山口橋・・・水門・・・三崎公園・・・大道西橋・・・新大道橋・・・大道橋・・・山中橋(見沼代用水西縁)・・・山中橋バス停→北浦和駅(JR京浜東北線)

  【ル-ト地図】(吉野原駅(11.2km)→山中橋バス停(23.0km)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_7269野原橋から下流方向 《地図

川沿いは歩けず、手前の分水路沿いを進む。

Img_7268分水路には水は流れていない。

Img_7274船橋から左岸が通れそうだが。

Img_7276草深くなって引き返し、分水路に戻る。

Img_7278分水路も埋め立てられている。《地図

それとも暗渠となって、この先の中島都市下水路に通じているのか?

Img_7279平橋(中島都市下水路) 《地図

Img_7282上流方向

下水が地表を堂々と流れている。産業道路の手前から暗渠になるようだ。

Img_7283下流の芝川方向

右岸を行く。

Img_7285芝川合流地点 《地図

芝川に下水が流れ込むのだ。芝川は東大宮操車場の線路をくぐって流れて行く。

Img_7290合流地点(上流方向)

芝川(右)に左から中島都市下水路が流れ込む。右上に東大宮操車場の電車が見える。

Img_7292跨線橋に向かう

ここにも排水路?がある。

Img_7294芝川(跨線橋上から上流方向)

操車場の線路をくぐって流れて来ている。跨線橋の下で見沼代用水西縁と交差し、下をくぐって(伏越)行く。

Img_7296西縁を伏越して南流する芝川 《地図

下は西縁の砂調節堰の建物

Img_7301見沼代用水西縁(築後橋から)下流方向 《地図

正面奥は砂調節堰

Img_7306西縁の分水路沿いを行く。《地図

芝川沿いは通れないようだった。

Img_7313閘門の模型

見沼通船堀は閘門式運河だ。

Img_7316暗渠となった分水路

Img_7317栄東高校沿いを西縁の砂大橋に向かう。

今は左の車道が砂大橋だが。

Img_7319砂大橋から芝川上流方向 《地図

Img_7322下流方向

砂大橋は行き止まりで渡れず、芝川沿いは歩けず戻って迂回する。

Img_7327分水橋から分水路の下流方向に向かう。《地図

この先は暗渠ではないが、この先は水は流れていない。

Img_7328上流方向(分水路)

分水橋から上流は暗渠

Img_7331分水路を下流方向に進み、東北本線に突き当たり、左に迂回して末広踏切を渡る。

Img_7335踏切を渡って線路沿いを芝川の砂橋の方へ進む。

Img_7340芝川(砂橋から下流方向) 《地図

見沼橋(人道橋)を渡って右岸に出て、神明下橋で渡り返して左岸を行く。

Img_7349神明下橋から下流方向 《地図

右は市民の森

Img_7351左岸を行く。

Img_7357鷲山橋からさいたま新都心の眺め

Img_7359この先で東武野田線のガードをくぐって行く。 《地図

柏方面行きの愛称「東武アーバンパークライン」が通る。東武伊勢崎線の「東武スカイツリーライン」のついでに名づけたのか。

Img_7362芝川の説明板

芝川を歩く①」の冒頭近くに載せてある。なぜこんな車道沿いに設置してあるのか?

Img_7364雨水調節池となる窪地だろう。

他にもいくつかある。向うは大宮体育館。

Img_7383稲荷岸橋から下流方向

このあたりは堤防補強工事をしている。

松山橋から中山分水通りに出て見沼弁財天に寄る。

Img_7388見沼弁財天(宗像神社) 《地図

見沼代用水を開削した井沢弥惣兵衛が祀ったという見沼七弁天の一つなのか? 『見沼代用水を歩く③』・『見沼代用水を歩く⑨』に記載。
見沼の竜に見初められ亡くなった娘と恋仲だった若者による神社創建の伝説が残っているというが、よく分からず。

Img_7402首都高さいたま新都心線をくぐって行く。《地図

Img_7412水門

見沼代用水の西縁とを結ぶ水路だろうか。水路は見えなかったが。

三崎公園を過ぎて行く。

Img_7437大道橋から下流方向 《地図

南側に見沼代用水西縁が接して流れていて、山中橋が架っている。山中橋バス停から北浦和駅に出た。

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2015年6月 7日 (日)

芝川を歩く①(桶川駅→吉野原駅)

2015年5月21日

桶川駅(JR高崎線)・・・桶川駅前(旧中山道)交差点・桶川町道路元標・・・桶川駅入口交差点・国道17号・・・まなび橋(芝川起点)・・・(扇橋)・・・(しあわせ橋)・・・(一本橋)・・・(末広橋)・・・(長浪橋)・・・(つつみ橋)・シラコバト団地緑道・・・(中橋跡)・・・(氷川橋跡)・・・(坊ノ下橋跡)・・・ぼうの下公園・・・雨水調節池①・・・芝川小学校・・・雨水調節池②・・・やまの下公園・・・(尾平橋)・・・東団地第2公園・・・(本町橋)・・・排水路合流地点・・(一本杉橋)・・・ひがし橋・・・(矢岳橋)・・・岡橋・・・根貝戸団地・・・道三橋・・上尾文化センター・・・東橋・・・(農協橋)・・・(日の宮橋)・・・(鎌倉橋)・・・芝川ポンプ場・・・(国体橋)・・・(新橋)・・・県立武道館・埼玉アイスアリーナ・・・(日の出橋)・・・(西長橋)・・・(東北・上越新幹線・ニューシャトル)・・・吉野原駅(ニューシャトル)

 見沼代用水東縁と西縁の間の排水路で、別名を見沼中悪水路。今でも周辺の農業用排水路、放水路、生活排水などを一手に引受けている感じの、汚れている所もあればきれいな所もある芝川を下って荒川まで行く。

  【ル-ト地図】(吉野原駅(11.2km)まで)

  写真をクリックすると拡大します。

Img_7123桶川駅前交差点

向い側に「桶川町道路元標」が立つ。中山道でここを通った時には気づかなかった。

Img_7138まなび橋(芝川・下流方向) 《地図

近くに桶川東中学校・小学校がある。芝川に架かる橋の中で、この橋が一番気に入った。

Img_7141北側は暗渠

ここを芝川歩きの起点とした。

Img_7361説明板(東武野田線をくぐった先の一般道に設置のもの)

Img_7155長浪橋から下流方向 《地図

Img_7157つつみ橋から上流(北)方向 《地図

ここから南にシラコバト団地内に入る。

Img_7159シラコバト団地内は暗渠の緑道になっている。

Img_7163せせらぎをイメージした所もある。《地図

Img_7164団地の給水塔らしい。

近くにいた人に聞いても何か知らなかった。

Img_7167氷川橋跡

東側に上氷川神社

坊ノ下橋跡で団地内を抜けて一般道に出るが暗渠が続く。

Img_7178雨水調節池 《地図

この先の右側にもある。

Img_7180芝川小学校(上尾市)

芝川は歩道の下あたりを流れているのか? さいたま市にも芝川小学校がある。

Img_7186尾平橋から芝川の流れが現れる。《地図

Img_7188一本杉橋から下流方向

広くはなったがまだ上流部と似たような流れだ。

Img_7199一本杉橋から上流方向

右(自動車の後ろ)から排水路(もう一つの芝川の源流で、小針領家あたりが源)が合流する。 《地図

Img_7203ひがし橋から下流方向 《地図

左の川沿いが通れる。

Img_7208矢岳橋から左岸を進む。

Img_7216道三橋欄干地図

橋名を確認するために撮った写真なので、後日知ったのだが、彫られているのは馬に乗った斎藤道三だそうだ。道三がこの地まで来たという伝承でもあるのだろうか?

Img_7220上尾文化センター(左)

今日も木陰が有難い天気だ。

Img_7233鎌倉橋から下流方向 《地図

またこんな流れに戻ってしまった。ここは鎌倉街道の一つの道筋らしい。北側の氷川神社への参詣道でもある。

Img_7239国体橋 《地図

1967年にここ上尾市ほかで開催された第22回国民体育大会を記念した橋だろう。

Img_7244埼玉アイスアリーナ  《地図

まだオープンしてから半年と新しい。浅田舞、高橋大輔、プルシェンコも来場したことがあるそうだ。
このあたりはスポーツ施設が並んでいる。

Img_7243新橋 《地図

ここは庚申坂(傾斜はほとんどない)の坂下で、『上尾市の坂②』で歩いている。

Img_7253西長橋から左岸を進んだら草が生い茂り歩行困難となり、右岸から一般道へ迂回して、高架線のニューシャトルの吉野原駅まで行った。 《地図

Img_7266ニューシャトル(吉野原駅)

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2015年6月 4日 (木)

葛西用水を歩く⑧(八潮駅→八広駅)

2015年4月2日

八潮駅(つくばエクスプレス)・・・新葛西橋(葛西用水)・・・(ふれあい桜橋)・・庚申塔・・・神明・六木遊歩道交差地点(垳川)・(足立区)・・・(上之橋)・・・(上耕地橋)・・・(根郷橋)・・・(新中之橋)・・・(ちびっこ橋)・・・桜木橋(花畑運河)・・・(新広橋)・・・(新田橋)・・・(新六木橋)・・・(境橋)・・・(佐野橋)・・・(大鳥橋)・・・(下之橋)・・・(東渕江橋)・足立区郷土博物館・・・(貝瀬橋)・・・(ねむの木橋)・・・(上之橋)・・・(堤田橋)・・・(かっぱ橋)・・・(渕江橋)・・・(宝橋)・・・銀河の塔・・・大谷田陸橋(環七通り)・・・(誼橋)・・・(かばら橋)・・・東和親水公園・・北三谷橋跡・古隅田川流路跡・(葛飾区)・・・(JR常磐線)・・・曳舟道上橋跡・・・旧水戸街道交差地点・曳舟古上水橋跡・曳舟川親水公園・・蓮光寺・・・曳舟十三橋・・・白鳥北公園・・・葛飾区郷土と天文の博物館・・・お花茶屋公園・・・お花茶屋第2号踏切(京成線)・・・(曳舟五号橋)・・・(平和橋通り)・・・(曳舟一号橋)・・・(白川橋)・・・(水戸街道)・・四つ木めだかの小道・・・新四ツ木橋(国道6号)・・(綾瀬川)・・(荒川)・・・八広駅(京成押上線)

 桜満開の下を楽しんだ葛西用水歩きの最終日だった。

  【ル-ト地図】(八潮駅(92.5km)→八広駅)

Img_3248新葛西橋から下流方向 《地図

上はつくばエクスプレス

Img_3258庚申塔が取り残されたように立っている。

Img_3259垳川(がけがわ)と交差する。《地図

足立区と八潮市の境を流れ、西端で綾瀬川、東端で中川に接している。足立区側は神明・六木遊歩道となっている。

Img_3261東の中川方向

ふれあい桜橋の先が、六木水の森公園。

Img_3263西の綾瀬川方向

江戸時代初期まで綾瀬川の本流だった。こちらには神明水の森公園がある。

Img_3281今が見頃だ。

Img_3290花畑運河(桜木橋から中川方向) 《地図

昭和6年に開削された中川と綾瀬川を結ぶ運河。

Img_3273車道沿いにも桜並木

Img_3312足立区郷土博物館地図

Img_3322

Img_3323写真を撮っていると切りがない。

Img_3337銀河の塔 《地図

聖火をイメージした葛西用水親水水路完成記念のシンボルタワー

Img_3347東和親水公園 《地図

すぐ先には八か村落し親水緑道もある。

Img_3352昔はこのあたりでも水車が使われていたのだろう。

Img_3365古隅田川流路跡(右)・北三谷橋跡 《地図

もともとの葛西用水路はこの付近で西へ折れ、古隅田川に流れ込んでいたようだ。今はちょうど足立区と葛飾区の境になっている。
埼玉県春日部市で大落古利根川(葛西用水④)に合流するのも古隅田川だ。

Img_3358古隅田川流路図①

上部中央あたりが「現在地」、水戸街道の水戸橋(綾瀬川)近くの鵜の森橋あたりの古隅田川沿いは遊歩道になっている。

Img_3357

Img_3364蒲浦村宿駅伝説

伊勢物語で東下りした男(在原業平)が、「なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国とのなかに いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ」は、この古隅田川で、蒲原村は源頼朝の宿陣伝説の地とか。

葛飾区に入り南進して曳舟川親水公園を進み、綾瀬川との合流地点まで行く。

Img_3369こち亀の両さんも勤務中にお花見か。

JR常磐線のガードをくぐって行く。

Img_3373道上橋跡 《地図

Img_3372曳舟川と道上橋

昭和62年には車道の中央をこんなに広く流れていたのだ。水は流れていないように見える?

旧水戸街道と交差する。

Img_3382古上水水橋跡 《地図

ここから曳舟川親水公園となる。曳舟川は「葛西用水」の葛飾における呼び名。

Img_3387由来

Img_3390せせらぎもある。

四ツ木通用水ひきふね』(名所江戸百景)

Img_3404葛飾区郷土と天文の博物館地図

Img_3416けっこう古い造りの休憩所がいくつかある。

Img_3418曳舟川物語

このレリーフも古い。

Img_3417お花茶屋物語

お花茶屋第2号踏切(京成線)を渡る。

Img_3421そろそろ曳舟川親水公園も終わりだ。

Img_3432水戸街道(国道6号)を横切る。

Img_3435四つ木めだかの小道の流れとなる。《地図

Img_3444ここ先は暗渠となって綾瀬川に注いでいる。

このあたりは、『奥戸街道』でも歩いている。ここを葛西用水歩きの終点とした。

新四ツ木橋を渡って八広駅に向う。

Img_3447綾瀬川(下流方向)

かつしかハープ橋の先で中川と合流し、中川は清砂大橋の先で荒川に合流して東京湾へ流れ込む。

Img_3452東京スカイツリーを眺めながら荒川も渡って八広駅に向かった。

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2015年6月 3日 (水)

葛西用水を歩く⑦(南越谷駅→八潮駅)

2015年3月27日

南越谷駅(JR武蔵野線)・・・(日光街道)・十九夜塔・・・(産業道路)・・・登戸神社・・・葛西用水・谷古田河畔緑道・・・(登戸橋)・・・(吉田橋)・・・谷古田河畔緑道分岐地点・・・(伊原橋)・・・(本田橋)・・・(天神橋)・・・(一木橋)・・・(笹塚橋)・・・(草加市)・(青柳彩り橋)・青柳中学校・・・(青柳橋)・・・(青柳上橋)・・・(上中央橋)・・・久伊豆神社・(久伊豆橋)・・・(中央橋)・・・古綾瀬川伏越地点・・・八坂神社・・・(根郷橋)・・・(綾瀬川放水路・東京外環自動車道)伏越地点・・・(青柳橋)・・・(なかよし橋)・・・(ふれあい橋)・・青柳堰・・青柳堰桜並木地区・・・(青柳新橋)・・・(緑橋)・・・(稲荷橋)・・・(新橋)・・・(桜橋)・・・(八潮市)・・回国供養塔・・・(伊草天神橋)・・・(伊草橋)・・・地蔵祠・・・(小作田橋)・・・(上小橋)・・・(馬場新橋)・・・観音寺・・(観音寺橋)・・・(八幡橋)・・・(中馬場橋)・・・(新境橋)・・・(境橋)・・・(大原橋)・・・(首都高6号三郷線)・・・八潮駅(つくばエクスプレス)

  【ル-ト地図】(南越谷駅(80.2km)→八潮駅(92.5km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_3037十九夜塔(天保5年(1834)) 《地図

ここは日光街道との交差地点だが、街道を歩いた時には気づかなかった。月待塔の一つで、安産・子育て祈願で女人講中が建てた如意輪観音像の十九塔が多いのだが、ここのは何の像か?

Img_3045登戸神社 《地図

旧登戸村の鎮守。

Img_3048武蔵野線をくぐった葛西用水に出る。《地図

Img_3051下流方向

Img_3058谷古田河畔緑道を南下する。

瓦曽根溜井(前回記載)の谷古田用水取水口から蒲生愛宕町の古綾瀬川落し口までの全長約3.6kmの緑道。左が葛西用水。

Img_3081説明板

瓦曽根溜井の取水口から四ヶ村用水・谷古田用水・東京葛西用水・八条用水が流れ出ていた。

Img_3074緑道は右に分れて行く。《地図

Img_3090女の子の遊びの邪魔にならないように通り抜ける。

Img_3106このあたりの右岸は柵もなく、気分よく歩ける。

Img_3117久伊豆神社(青柳) 《地図

Img_3125古綾瀬川伏越(交差)地点 《地図

左前方が古綾瀬川伏越設備で、古綾瀬川は綾瀬川放水路と東京外環道をくぐって行く。右が古綾瀬川下流水門。

Img_3135葛西用水も綾瀬川放水路と東京外環道を伏せ越しする。 《地図

Img_3137外環道に沿って綾瀬川放水路が流れている。

Img_3138この水門から葛西用水が復活する。

Img_3147なかよし橋

左岸に青柳小学校がある。

Img_3154青柳堰

古風な川の番所という感じで気に入った。

Img_3157下流側から

Img_3160青柳堰桜並木

もうすぐ満開だろう。ここあたりはキタミソウの自生地でもある。

Img_3168屋台も並んでお花見の準備は万端だ。

Img_3183回国供養塔がポツンと。

「月山・湯殿山・羽黒山・四国・西国・秩父・坂東」の巡礼記念塔。

Img_3191地蔵さん(伊草橋の左岸近く)

Img_3198鷺が一本足でじっと動かない。

Img_3208上小橋から下流方向

このあたりは整備工事中だ。

Img_3214餌は見つかっただろうか。

Img_3217観音寺 《地図

Img_3233新境橋から下流方向 《地図

大原橋の先の首都高三郷線をくぐった所まで行って八潮駅に向かった。

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2015年6月 2日 (火)

葛西用水を歩く⑥(北越谷駅→南越谷駅)

2015年4月19日

北越谷駅(東武伊勢崎線)・・・東大沢橋(逆川・葛西用水)・・・(宮後(みやしろ)橋)・・・(地蔵橋)・地蔵堂・・・大沢公園・元荒川伏越地点・・・元荒川橋(元荒川)・・・越谷御殿跡・・板碑(建長元年)・稲荷神社・・・(御殿橋)・・・(御道橋)・・・(新橋)・・・(柳橋)・・・平和橋(葛西用水)・新平和橋(元荒川)・・・(瓦曽根溜井)・・・(しらこばと橋)・・瓦曽根堰(水門)・・・瓦曽根溜井・・・谷古田用水取水口・・(東京)葛西用水取水口・・八条用水取水口・・・流橋(谷古田用水・東京葛西用水))・・・(流通団地橋)・・・南越谷駅(JR武蔵野線)

  【ル-ト地図】(北越谷駅(73.2km)→南越谷駅(80.2km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_3776東大沢橋から下流方向

Img_3787地蔵堂(左)脇の石造物(地蔵橋そば) 《地図

どれも風化、破損が激しい。地蔵堂は『日光街道(越谷宿→粕壁宿)』に記載。

Img_3791元荒川伏越(交差)地点 《地図

Img_3806菜の花で埋まった元荒川の下を葛西用水(逆川)はくぐって行く。

上流の元荒川橋を渡って対岸の伏越地点まで行く。

Img_3813越ヶ谷御殿跡

葛西用水はここへ出て来る。ここも日光街道を歩いた時に寄っているのだが、すっかり忘れている。

Img_3814説明板

Img_3816板碑(建長元年(1249))

となりに小さな稲荷神社がある。

Img_3817説明板

この先で元荒川に接近して、並行して流れて行く。

Img_3845葛西用水(右)・元荒川(左)

平和橋の先の瓦曽根溜井で谷古田用水・(東京)葛西用水・八条用水が南方向に分流して行く。

Img_5233瓦曽根溜井 《地図

用水路に水を貯留する施設で、支線(四ヶ村用水・谷古田用水・東京葛西用水・八条用水)への用水の安定供給を行う。手前から谷古田用水・葛西用水・八条用水の取水口が並ぶ。

前方のしらこばと橋の先の瓦曽根堰まで行く。

Img_3861瓦曽根堰(水門) 《地図

Img_3867説明碑①

Img_3868

Img_3864大正13年に設置された10基の赤門の一つ。

瓦曽根溜井の取水口に戻る。

Img_3909説明板(谷古田用水)

Img_5236案内図

Img_3907
谷古田用水元圦煉瓦樋管

明治24年4月完成の国内で現存する最古のレンガ水門。

Img_3908説明板

Img_5237谷古田用水は取水口からここへ出て来る。

Img_3902道標付き庚申塔(享保8年(1723))

慈恩寺(『日光御成道』・『岩槻慈恩寺道』)・吉川・市川への道標。
このあたりは赤山街道で歩いている。これも忘れていたが見ているうちに思い出してきた。

Img_3901説明板

Img_3914谷古田河畔緑道を進む。

右が谷古田用水、左が葛西用水。

流橋から流通団地の間を通って行く。

Img_3924武蔵野線の線路で行止りだ。

Img_3926葛西用水は線路の下をくぐって行く。

まだあまり歩いていないが右へ南越谷駅に向かった。

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2015年6月 1日 (月)

葛西用水を歩く⑤(一ノ割駅→北越谷駅)

2015年4月18日

一ノ割駅(東武伊勢崎線)・・・藤塚橋(大落古利根川)・・・川の駅ふじづか・遊歩道工事中迂回・・・東国寺・・・かすかべ霊園・・・地蔵祠・・・遊歩道・・・(古利根川橋(国道4号))・・・古利根橋(県道80号)・・(越谷市)・・右岸・・・行止り迂回・・・船渡香取神社・・・無量院・・・香取大明神・・・新方小学校交差点・・・川崎神社・・・聖徳寺・塩地蔵・・・堂面橋(古利根川)・・(松伏町)・・・二郷半領用揚水機場・・・松伏神社・・・松伏溜井・・・古利根堰・・寿橋(古利根川)・・(越谷市)・・逆川分岐地点・古利根堰公園・・・新方橋(逆川)・・・水神宮・・・キャンベルタウン野鳥の森・・・定使野橋(新方川)・新方川伏越地点・・定使野公園・・・逆川緑の道・・・(大吉橋(逆川))・・・(逆川橋)・・・(新土橋)・・・(鷲高橋)・・・キャンベルタウン公園・・・(新内橋)・・・東大沢橋・・・北越谷駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(一ノ割駅(59km)→北越谷駅(73.2km))

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Img_3629藤塚橋から下流方向

Img_3630左岸を行く。

この先に「道の駅 ふじづか」の案内図が立っているが、まだ整備途中という感じだった。
昔はこのあたりで案内図②のカラス貝取りが行われていたそうだ。
この先あたりが案内図①の流作場だが、遊歩道の整備工事中だった。桜並木の植樹もするようだ。

Img_3632案内図

遊歩道の整備工事中で、一般道へ迂回する。

Img_3640東国寺 《地図

Img_3643道沿いの地蔵さん

Img_3647川沿いに戻る。

Img_3652古利根川橋をくぐる。《地図

Img_3656古利根橋を渡って右岸を行く。

春日部市から越谷市に入った。

Img_3662川幅が広い

Img_3663行止りで少し戻って右に一般道に迂回する。

Img_3665船渡香取神社 《地図

境内では老善男善女がゲートボールに興じていた。

Img_3670由緒

Img_3672無量院

Img_3675香取大明神 《地図

Img_3681六十六部回国供養塔(右・正徳元年(1711))
一千日念仏成就供養塔(左・享保?年)

Img_3685川崎神社 《地図

Img_3684説明板「北川崎の虫追い

Img_3694聖徳寺の塩地蔵堂 《地図

Img_3693塩地蔵(『越谷七不思議』の一つ)

安産と子育てを祈願して塩を奉納したという。塩で磨かれてすり減ってしまったのか? 今は塩は見当たらなかった。

Img_3696堂面橋で大落古利根川に戻った。《地図

橋を渡れば松伏町だ。左岸上流に二郷半領揚水機場がある。

Img_9753二郷半領揚水機場の樋門  《地図

現在、二郷半領用水は江戸川ではなく、この古利根川と下流では中川の二郷半領中川揚水機場から取水している。

Img_9765二郷半領揚水機場

Img_9768この下が水路になっているのか。

Img_3699左岸の桜並木の下を南下して行く。

Img_3704松伏神社 《地図

Img_3702説明板(『ささら獅子舞』)

Img_3706このあたりは川幅が広く、松伏溜井と呼ばれる。

現在でも農業用貯水池と、洪水防止遊水池の役割を持っている。

Img_3708古利根堰で大落古利根川と分かれる。 《地図

この先で行止り、左に迂回し寿橋を渡って、再び越谷市に入る。

Img_3718古利根堰公園

葛西用水は逆川の流路をたどる。

Img_3721逆川(下流方向)

Img_3727水神宮

Img_3730新方川伏越地点 《地図

葛西用水は新方川をくぐり、定使野公園の北側に出る。

Img_3733伏越用の設備

向う側はキャンベルタウン野鳥の森

Img_3734逆川は新方川の下をくぐり対岸の水門に出て来る。

Img_3748伏越した逆川が姿を現す。(定使野公園内)

Img_3754逆川緑の道となる。《地図

Img_3764キャンベルタウン公園 (鷺高第5公園)

越谷市はオーストラリアのキャンベルタウンと姉妹都市。

東大沢橋までとし北越谷駅に向かった。

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