藤右衛門川を歩く
2015年5月30日
浦和駅(JR京浜東北線)・・・国道463号・・・駒場運動公園・・・藤右衛門川通り・二ツ橋跡・谷田千本桜跡・・・藤右衛門川改修完成記念碑・・・一本橋跡・・・浦和競馬場内・・・柳橋・・・(大谷場橋)・・・(上狐橋)・・(狐橋)・・(JR武蔵野線)・・(下狐橋)・・・上谷沼調節池・・・(藤右衛門橋)・・・(上谷橋))・・・見沼代用水西縁伏越地点・・・藤右衛門川放水路分岐地点・・・(牛田橋(県道34号))・・・伊刈風間地蔵尊・・・明花落合流地点・・谷中落合流地点・柳崎第5公園・・六ヶ村用水伏越地点・(松声橋)・・・(論處橋)・・柳根排水機場・芝川合流地点・・・外ヶ原橋(用水?)・・・用水橋(六ヶ村用水)・・・西ヶ原バス停→東浦和駅(JR武蔵野線)
享保年代(1716~35)に見沼の開発に併せて上谷沼も開発された。その時に上谷沼の水を芝川に流すように開削したのが並木藤右衛門だった。
源流はいくつかあるようだが、駒場運動公園の南側を起点として藤右衛門川通りへと歩き始める。
【ル-ト地図】
藤右衛門川通り 《地図》
藤右衛門川の流れの跡が暗渠になっている。
右に「藤右衛門川通り」の道路標識と、「旧蹟 谷田千本桜 二ツ橋跡」の標柱が立つ。
藤右衛門川改修完成記念碑 《地図》
「藤右衛門川通り」完成記念碑だろう。
谷田千本桜由来記
藤右衛門川は谷田川とも呼ばれていた。今も「谷田川自治会」がある。谷田橋から二ツ橋の間にソメイヨシノの桜並木があったということか。水害防止のための藤右衛門川改修工事で桜並木も撤去されたが、一部は大田窪1丁目のさくら通りや《地図》、原山小学校の付近に移植されたようだ。谷田橋はどこに架かっていたのか?
一本橋跡標柱 《地図》
浦和競馬場に突き当たる。
非開催日は競馬場内に入れる。場内の流れに橋が2つ架っている。
下流方向 《地図》
右は調節池
非開催日で人馬の姿はない。
柳橋 《地図》
藤右衛門川の本格的な最初の橋。
下狐橋から下流方向 《地図》
左岸を進む。
上谷沼運動広場になっている。
藤右衛門橋から下流方向 《地図》
見沼代用水西縁伏越地点 《地図》
左から右に流れる藤右衛門川を見沼代用水西縁がくぐって(伏せ越し)行く。『見沼代用水⑦』に記載
藤右衛門川放水路分岐地点 《地図》
正面の東京外環道の下に沿って流れ、根岸水門で芝川に流れ込む。『芝川を歩く④』に記載。
左下の現在地から藤右衛門川遊歩道を進む。東京外環道に沿うのが藤右衛門川放水路。
子どもたちがアメンボウを取って騒いでいた。
牛田橋で県道34号を横切り、その先で右に曲がって行く。
この先で県道34号に出る。
伊刈風間地蔵尊 《地図》
ここのバス停の名前にもなっている。
「疣(いぼ)とり地蔵」・「交通安全地蔵」ともいわれるそうだ。
県道34号から左に入って行く。
この暑さなら正解だが、もう少し水がきれいならいいのだが。
明花落(みょうばなおとし)合流地点 《地図》
上流は明花公園の南側の見沼代用水西縁をくぐっているようだ。
谷中落合流地点(松声橋の一つ手前の橋の所) 《地図》
これも上流では見沼代用水西縁をくぐっているようだ。
見沼代用水西縁から分水し南に流れ、この手前の松声橋の所で、藤右衛門川を伏越している。外環道をくぐり緑川とつながるのか?
きれいにはなって来ている。ちなみに昭和49年の数値は82.6だからびっくり仰天。論處橋の由来は何か?
柳根排水機場・芝川合流地点(論處橋から) 《地図》
ここも『芝川を歩く④』に記載。
ここで藤右衛門川歩きは終了で、西ヶ原バス停に向かう。
外ヶ原橋(見沼代用水の分水路か?)から下流方向 《地図》
この先で藤右衛門川に注いでいる。
六ヶ村用水(用水橋から) 《地図》
この先で藤右衛門川をくぐる。
すぐ先の西ヶ原バス停から東浦和駅に向かった。
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