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2015年7月31日 (金)

大場川を歩く ③

2015年7月19日

三郷駅(JR武蔵野線)→一本木橋バス停・・・一本木橋・・・稲荷神社・・・親和あじさい橋・・・新和仲橋・・横堀御嶽神社・・・横堀橋・・・長戸呂橋・大場川下流排水機場・・長戸呂樋管・江戸川・・・大正橋・・・水神橋・・・徳島稲荷神社・・・八木郷橋・・・中橋・・・堰枠橋・久兵衛用水合流地点・・・第一大場川橋・・(国道298号)・・・高州排水機場川表ゲート・・・半川橋・右岸・・・金蔵寺・・・閘門橋・・・(大場川マリーナ)・・・水神宮石祠・・・新大場川水門・中川合流地点・・・潮止橋(中川)・・・調節池?・・・八潮駅(つくばエクスプレス)

  【ル-ト地図】(一本木バス停(19.4km)→八潮駅(28.8km))

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Img_1740横堀御嶽神社 《地図

後ろは江戸川の土手

Img_1739説明板

Img_1748大場川下流排水機場

大雨時に大場川の洪水防止のため江戸川にポンプで排水している。

Img_1761長戸呂樋管から江戸川 《地図

鷹野一丁目あたりは昔の長戸呂村。

Img_1759台風11号の雨で河川敷が水に浸っている。

Img_1771大場川の「ゴミをなくす会」のボート

前方は八木郷橋

Img_1776_2徳島稲荷神社地図

四国の徳島とは関係なく、江戸初期に当地に堀割を築き、開拓に貢献した徳島屋久太夫秀典にちなむという。

Img_1778八木郷橋から下流方向

右(西)に流れを変えて行く。

Img_1782久兵衛用水合流地点 《地図

枠堰橋の手前の右岸へ流れ込んでいる。

Img_1787外環道を渡れずに左(南)に迂回する。

Img_1796半川橋から下流方向

左岸を行こうとしたが、「堤防崩壊箇所あり」で立入り禁止で右岸を進む。

Img_1800フェンスの先が堤防崩壊箇所か?

Img_1803南側は水元公園

Img_1807閘門橋(猿又閘門)

二郷半領用水②』でここまで来たばかりだ。

Img_1809中川へ向かう大場川

Img_1813大場川マリーナ 地図

Img_1816正面奥に新大場川水門が見えてきた。

このあたりは川幅が広い。

Img_1819水神宮の石祠

Img_1822新大場川水門

中川に合流する。

Img_1828水門前の中川

対岸は垳川(がけがわ)排水機場・排水樋管

Img_1834花畑運河の花見橋(対岸)

中川上流の潮止橋を渡って八潮駅に向かった。暑さが増して少し気分が悪くなった。熱中症の前兆か。

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2015年7月30日 (木)

大場川を歩く ② 

2015年7月18日

三郷駅(JR武蔵野線)・・・大場川(駅前大橋)・・・茂田井下橋・・・下境橋・・・大場川上流排水機場・・大場川上流排水樋管・江戸川・・・茂幸橋・・・富足神社・・岩野木橋・・・中の橋・・・幸房橋・・・(つくばエクスプレス)・・・稲荷神社①・・・市助橋・・興禅寺・・・草庵寺・・・稲荷神社②・・・正和橋・・・会野谷歩道橋・・・新和橋・・・東京都三郷浄水場沈砂池・・・三郷浄水場取水所・・取水樋管・江戸川・・・三郷市中央浄水場・・・三郷排水機場樋管・三郷排水機場・江戸川(三郷放水路合流地点)・・大場川第二水門・・・大善橋(三郷放水路)・・大場川水門・大場川伏越(上第二大場川・三郷放水路)・・・一本木橋・・一本木バス停→三郷中央駅(つくばエクスプレス)

 【ル-ト地図】(三郷駅(10.8km)→一本木バス停(19.4km))

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Img_1600駅前大橋から下流方向 《地図

台風11号の雨で増水して川幅が広い。

Img_1608大場川上流排水機場

今回の台風では大場川の水を江戸川に流したのだろうか。

Img_1611大場川上流排水樋管から江戸川 《地図

河川敷のサッカーグラウンドも水没している。

Img_1629富足(とみたる)神社

Img_1628説明板

Img_1634境内の庚申塔(右が享保元(1716)年・左が享保3年))

左の邪鬼の踏んづけられ足を拡げて苦しがっている様子はリアルで面白い。

Img_1637中の橋 《地図

古そうな橋で取り換え工事中なのか?

Img_1639つくばエクスプレス線をくぐって行く。

Img_1642稲荷神社① 《地図

田んぼの稲もすくすく育っているようだ。

Img_1651興禅寺

江戸川八十八ヶ所の第68番
三郷七福神の毘沙門天・弁財天

Img_1652草庵寺地図

三郷七福神の恵比寿

Img_1653稲荷神社②

Img_1659正和橋 《地図

欄干に三郷市の木、「しいの木」

Img_1675_2東京都三郷浄水場沈砂池

Img_1682三郷浄水場取水樋管 《地図

江戸川から取水した水が都民の飲み水になるのだ。
対岸は坂川放水路の松戸水門。

Img_1693三郷排水機場樋管 《地図

三郷放水路が江戸川に合流する。

Img_1699三郷放水路・三郷排水機場

左に大場川第二水門がある。

Img_1700大場川第二水門 《地図

第二大場川がここから江戸川に流れ込む。

Img_1707大場川水門(左) 《地図

上第二大場川と三郷放水路の間の水門。大場川は右から左へ、三郷放水路をくぐって行く。(大場伏越

Img_1711大場川伏越の樋門(左)・(1975年完成) 《地図

三郷放水路をくぐった大場川の流れが現れる。第二大場川は三郷放水路で分断されて、上・下に分かれるが、大場川は伏せ越して流れがつながっている。

Img_1729一本木橋を渡って一本木バス停から三郷中央駅に出た。

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2015年7月29日 (水)

大場川を歩く ①

2015年7月24日

吉川駅(JR武蔵野線) バス→おあしす前・・・鍋小路用水・大場川起点標石・大場川・・・きよみ野第5公園・・・きよみ野第1公園・・・吉川運動公園・吉川調節池・・・中井沼公園・・・アクアパーク・・・中井橋・・・御嶽神社・・西大場川・・・工業団地・・成田山道標・・・昭平橋(西大場川)・・・大場川合流地点・・・三吉橋・・・北葛飾変電所・・・東大場川合流地点・・・小谷堀橋(県道52号越谷流山線)・・・半田橋・・・(常磐道)・・・丹後橋・・・仁蔵橋・・・北側道橋・・(武蔵野線)・・南側道橋・・・新三郷橋(県道29号草加流山線)・・・弁財天社・・大広戸排水機場・大広戸排水樋管・・・大広戸橋・・・茂田井落し排水樋管・・・早稲田橋・・・茂田井橋・・・駅前大橋・・・三郷駅(JR武蔵野線)

 延宝3年(1675)に関東郡代、伊奈忠常が実施した二郷半領の沼沢地の干拓の際に、農業用排水路として開削された大場川を歩く。

  【ル-ト地図】(三郷駅(10.8km)まで)

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Img_1989大場川起点標石(写真の鍋小路用水の北側・写真中央左) 《地図

準用河川 大場川起点」と刻まれている。大場川は一級河川のはずだが、一級河川の管理起点は下流(吉川調節池あたり?)ということだろう。

Img_2001南に大場川の流れが始まる。

Img_2010あちこちの田んぼからの悪水(排水)が流れ込む。

Img_2016吉川運動公園と吉川調節池の間を流れて行く。《地図

Img_2021吉川調節池

Img_2025吉川運動公園の池

釣り人が多い。

Img_2027また細い流れになる。

Img_2050中井沼公園 《地図

調節池の役割もある親水公園

Img_2047大きな蓮の花が咲いている。

Img_2051アクアパーク

普段は運動公園で、大雨時には洪水防止の調節池になる。

Img_2057中井橋の左岸

石材店だろうか? 道路向かいにも大師像?が立っている。

Img_2060中井橋から下流方向 《地図

大場川から離れ、西大場川に向かう。

Img_2062稲荷神社(西大場川起点の東側)

社殿前に「御嶽神社碑」が立つ。

Img_2065西大場川起点 《地図》(第一大場川となっているが、第一大場川は大場川のことだから間違い)

北側は工場の敷地で、流れは見えない。

Img_2067川沿いの草道を進む。

Img_2072成田山道標 《地図》?

「成田山 向 吉川 越ヶ谷」で、吉川・越谷方向だ。

Img_2075左側面「ふせ弁才天 みち」

布施弁天はここから東方向なのだが。北に少し進んで東に向かい江戸川を渡って行くということか?

Img_2078右側面「ながれやま こ○○○すわ」?

南東に向かえば流山ということだろう。

Img_2084工業団地の間を流れて行く。

Img_2090この先で左から来る大場川と合流する。

Img_2093大場川(左)・西大場川(右)合流地点 《地図

Img_2099上流方向(三吉橋から)

右が大場川・左が西大場川

Img_2110真っ直ぐの流れ(?橋から下流方向)

Img_2112橋のたもとに集められた庚申塔など。

Img_2124柵がなくて気分のいい道だが、とにかく暑い。

Img_2128東大場川(左)合流地点 《地図

橋がなく左へ東大場川沿いに迂回する。

Img_2129橋までかなり距離がありそうで、余計に暑さが増す。まさに灼熱地獄だ。

Img_2130「地獄に仏」とはこのことだ。

バランスをとって慎重に渡る。落ちたら水浴びして涼めばいいだけよ。

Img_2132東大場川上流方向

江戸川近くまで続いているようだ。いずれこの川も歩くのだろうか。

Img_2136大場川(左)・東大場川(右)上流方向

Img_2145常磐道をくぐって行く。

Img_2149丹後橋 《地図

フェンス左の石柱は何か? 多くの文字が刻まれているが分からず。

Img_2158仁蔵(にぞう)橋から武蔵野線 《地図

武蔵野線をくぐり、新三郷橋から右岸を進み、駅前大橋から三郷駅に向かった。

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2015年7月28日 (火)

新坂川を歩く

2015年7月13日

南流山駅(JR武蔵野線)・・・新横須賀橋(坂川)・・・坂川歩道橋・新坂川分岐地点・・・小金城趾駅(流山鉄道)・・・大谷口新橋・・・(武蔵野貨物線ガード)・・・水琴橋・・・(武蔵野線ガード)・・・新松戸駅前大橋・・・(武蔵野貨物線ガード)・・新幸谷橋・・・桜並木・・二ツ木雨水幹線分岐・・・押出橋・・・富士見橋・・・中道橋・・・馬橋西ノ橋・・馬橋駅(JR常磐線)・・・新坂川7号橋…新坂川8号橋・・・JR貨物橋・・・亀井下橋・・亀井下公園・・・高田橋・・・舟附橋・・松戸競輪場・・・本郷橋・・・(北松戸駅)・・・花下橋・・・北松戸橋・・・登校橋・・・一本橋・・・水管橋・・・平根橋・・坂川合流地点・・・根本天満宮・・・成田山みちびき不動尊・・・松戸駅(JR常磐線)

 歌の文句じゃないが、♪日ごと暑さがつのります♪で、まだ梅雨明け前だが、ついに今日は猛暑日寸前だ。

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Img_0865坂川との分岐地点 《地図

流鉄流山線沿いを流れて行くのが新坂川。洪水対策・失業対策・農家救済を目的として、昭和8年から昭和12年頃に掘られた川。

Img_1486説明板

桜並木(新松戸駅と馬橋駅の間)に設置の物。

Img_1453小金城趾駅(流山鉄道)

駅の下を水路が通っているようだ。小金城趾の大谷口歴史公園も近いのだが、この暑さでは登城する気が失せた。

Img_1456細い流れが線路沿いを流れて行く。

Img_1464木陰が何よりの暑さだ。

Img_1468水琴橋

武蔵野線をくぐって行く。

Img_1479桜並木の名残り(前掲の説明板)

昭和30年に植えられたそうだが、もうこのあたりにしか残らず。昭和30年で生き残りとは、さびしい限り。

Img_1482二ツ木雨水幹線(上流方向)が流れ込む。《地図

説明板(前掲)の「二ツ木流れ」と呼ばれていた支川だろう。

Img_1495富士見橋から下流方向

昔は富士も望めたのだろう。

馬橋駅前を通り過ぎる。

Img_1523亀井下公園

Img_1525坂川の水を亀井下公園の地下の浄化施設に汲み上げ、浄化して坂川に戻している。それだけ坂川の水が汚れているということ。 《地図

Img_1526遊歩道を行く。

長くは続いていない。

Img_1536舟附橋から下流方向

右は松戸競輪場で競艇場ではないのだが。

Img_1556常磐線が近づく。坂川との合流点も近い。

Img_1561登校橋 《地図

お手てつないで、みんな仲良く北部小学校へ登校だ。

Img_1567右から来る坂川と合流する。(平根橋から) 《地図

ここが新坂川の終点だ。川幅は坂川より広く、坂川が新坂川に合流する感じだ。

根本天満宮に寄り、松戸駅に向かった。
松戸周辺は、『水戸街道』・『松戸市の坂①』・『なま道(鮮魚街道)②』にも記載。

Img_1572成田みちびき不動尊 《地図

Img_1574不動明王像(天明5年(1785))

道標になっているようだが、分からず。

Img_1581説明板

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2015年7月27日 (月)

坂川を歩く ③

2015年7月12日

松戸駅(JR常磐線)・・・一平橋(坂川)・・・堂の口橋・・・派川坂川分岐地点・・・赤圦橋・赤圦樋門・江戸川合流地点・・宝光院・・春雨橋(坂川)・・人道橋・・・松先稲荷神社・・・松戸神社・潜龍橋・・陣屋口橋・・・松龍橋・・・不動橋・・・レンガ橋(小山樋門)・・・中乃橋・・・小山登校橋・・・新開橋・・小山橋・・松戸市小山雨水ポンプ場・・・橋梁工事中迂回・・・(東京外環道(工事中))・・・(常磐線)・・坂川橋・・・坂川親水広場・・上矢切水門・・国分川分水路合流地点・・・中矢切橋・・・丘藤橋・・・矢切橋・・・(北総開発鉄道)・・・野菊の里浄水場・矢切取水場・・矢切水管橋・・栗山橋・・・柳原親水広場・柳原水閘・柳原排水機場・・柳原排水樋管・・柳原水門・江戸川合流地点・・・坂川旧流路・・・江戸川合流地点・・・里見公園・・国府台天満宮・・・国府台ふれあいの道入口・・・泉養寺・・・腹切坂・・・矢切駅(北総開発鉄道)

  【ル-ト地図】(松戸駅(17.8km)→矢切駅(29.3km))

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Img_1169派川(はせん)坂川(右)分岐地点 《地図

文化10年(1813)からの坂川の流路で、赤圦(あかいり)樋門で江戸川に合流していた。それ以前は前回の長津道橋(昔の一本橋あたり)付近から江戸川に合流していた。

Img_1171木と柵の細い間を抜けて赤圦樋門に向かう。

Img_1180赤圦樋門をくぐって江戸川に合流する。

Img_1182江戸川合流地点

坂川に戻る。

Img_1196宝光院(松戸四国八十八ヶ所お砂踏み霊場)

北辰一刀流を開いた千葉周作の実父、 千葉忠左衛門と、周作の剣の師で義父でもある浅利又七郎の墓がある。千葉周作は少年時代を、奥州街道の栗原郡荒谷村(現大崎市古川)の斗瑩稲荷神社下の屋敷で過ごした。(出生地には諸説あり)
周作15歳の時、松戸宿に移り住んだ。この寺と善照寺の間にあった浅利道場で修業し、後に北辰一刀流を編み出し、神田お玉が池に道場を開き多くの門弟を育てた。

Img_1199春雨橋から下流方向

右に直角に曲がって行く。春雨でなく夕立が欲しい暑さだ。

Img_1205橋が倒れかけているのかと思ったら、NTTの通信設備だった。

松先稲荷神社の参道前を通り、松戸神社を抜けて行く。ここあたりは『松戸市の坂①』でも歩いている。

Img_1229レンガ橋(めがね橋) 《地図

正式名称は「小山樋門」で、江戸川の水が坂川に逆流するのを防ぐために、明治31年に架けられた
千葉県内最古のレンガ製の水門橋。

Img_1241親ガモが堰を越えて下流側に行ったが、子ガモたちは越えられずにウロウロするばかり。

Img_1242端の方から抜けられるカモ?

Img_1243やっぱりダメで、またウロウロ。

Img_1244待ちくたびれた親ガモは堰に上って、子ガモたちの方へやって来て、先頭で上流へと泳いで行った。

と勝手なストーリーを考えた。

Img_1256小山親水水路取水口? 《地図

ここで取水された水が小山浄化施設で浄化され、小山親水水路に流されるのだが、節電で通水してなく、親水路に流れはない。

Img_1260外環道(正面上・建設工事中)

下の橋梁も工事中で右に迂回させられた。

Img_1267今度は常磐線を越えなければならないが、行止りとなる。

坂川は線路下をくぐって行く。

Img_1271手前の橋(跡)を渡って左岸に出てみた。

段差があってよじ登る感じだ。車は通れない。畑で作業中のおじさんに常磐線を越える道を教えてもらう。

Img_1276ここから外環道の下の国道298号沿いの歩道で常磐線をくぐって行く。《地図

Img_1277左は車道で完全に分離されている。

Img_1285右前方は坂川親水広場だが、左前方に予期せぬ水門が現れた。《地図

Img_1293上矢切水門だった。

Img_1294北方向に流れはない。車道下は暗渠になっているのか?

この時点では、上矢切水門について分からず先に進む。後にこの下を国分川と坂川を結ぶ国分川分水路が通っていることが分かった。和名ヶ谷水門から上矢切水門までの2,555mがトンネル区間になっていて、上矢切水門で坂川に流れ込んでいる。

Img_1377説明板(この先の柳原親水広場に設置)

なぜここ坂川に国分川が出て来るのか分からなかったが、下の流路図を見てやっと分かった。それも家に帰ってから。

Img_1378流路図

中央上方あたりが国分川分水路(梨本トンネル流量局と標示)で、坂川に合流する所に上矢切水門がある。

Img_1308坂川(左)・上矢切水門(右)

中矢切橋から上流方向

Img_1310かつら並木沿いを行く。

右前方は北総線の江戸川橋梁

丘藤橋~矢切橋を過ぎて行く。

Img_1325野菊のこみち 《地図

Img_1320矢切の渡しへの道だ。

Img_1321野菊のこみち

松戸市の坂②』で歩いているのだが、すっかり忘れていた。

Img_1328北総開発鉄道をくぐって行く。

祭囃子が聞こえてきた。夏祭りかなと思ったら、江戸川の土手下でお囃子の稽古中だった。

Img_1344矢切取水口 《地図

江戸川の水を取り込み浄水場へ送っている。
江戸川は埼玉・千葉県民・都民の飲料水源だ。『地域の飲み水』(江戸川河川事務所)

Img_1354ちば野菊の里浄水場(矢切取水場内)

Img_1370柳原排水機場(右)

左が柳原水門への流れ

Img_1375正面の樋門が柳原水閘(すいこう)と勘違いして、遠近の何枚も写真を撮った。明治時代に造られたにしては新しく見えると思ったのだが。柳原水閘は左に草に囲まれていた。

Img_1392柳原水閘 《地図

Img_1388説明板

Img_1410柳原水門をくぐって江戸川に合流する。

ここが現在の坂川の終着点

Img_1399柳原排水樋管ゲート(手前)・柳原水門

Img_1398水門前の江戸川

この暑さでは水遊び、舟遊びがうらやましい。

坂川の旧流路をたどる。

Img_1415坂川旧流路(上流方向・江戸川土手から) 《地図

正面前方が柳原排水機場、左が柳原水門。

江戸川河川敷の土手で途切れて、また流れて行く。

Img_1420前方に江戸川が少し見える。

もうここから大した距離ではないが、流れ沿いは歩けそうにない。

Img_1417説明板

Img_1423樹林の間を流れているのだろう。

Img_1428江戸川合流地点 《地図

船の向う側で右から流れ込んでいるようだ。

Img_1429江戸川(下流方向)

里見公園内を通り、国府台天満宮から松戸街道に出て、腹切坂を下り、矢切駅に出た。『市川市の坂①』・『松戸市の坂②

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2015年7月26日 (日)

坂川を歩く ②

015年7月11日

南流山駅(JR武蔵野線)・・・坂川・・横須賀第1樋管・・・差向橋(さっこうばし)・・・北千葉導水路管理センター・・大谷口新田水位観測所・・・けやき通り橋・・・関の橋・・・坂川分派樋門・坂川放水路分岐地点・坂川分派機場樋管・・・幸谷橋・・・馬場地区第一水門・・・多目的護岸施設・・・水路分岐・・・坂川橋・・・馬場地区第三水門・・馬場排水ポンプ場樋管・・・(川通稲荷神社)・・・馬場旭大橋・・・馬場地区第四水門・・長津道橋・横六間川分岐地点・・・人道橋(横六間川)・・・六間川分岐地点・・・江戸川土手・・・栄西歩道橋(六間川)・・・清川橋(坂川)・・・上通橋・・・香取稲荷神社・正真寺・・稲荷橋・・・下通橋・・・庚申塔祠・・・栄橋・・・竹乃橋・・・中乃橋・・・拾六町橋・・・三角橋・・・中堀機場樋管・・・東堀水門・・・松栄橋・・・水路跡・・・古ヶ崎浄水場跡?・・・弁天橋・・(小僧弁天社)・・・合川橋・六間川合流地点・樋古根川分岐地点・・古ヶ崎橋(六間川)・・古ヶ崎五差路・・排水橋(樋古根川)・・・水神橋・・・樋野口橋・・・樋野口排水機場・坂川改修碑・・江戸川土手・樋野口樋管・江戸川合流地点・・・古ヶ崎五差路・・合川橋・・合川公園・・・平根橋(新坂川)・新坂川合流地点・・・根本橋・・・水堰橋・・・松ノ木橋・・・一平橋・・・松戸駅(JR常磐線)

  【ル-ト地図】(南流山駅(6.5km)→松戸駅(17.8km)まで)

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Img_0913けやき通り橋から「けやき通り」 《地図

Img_0917関の橋から下流方向 《地図

左岸前方の坂川分派樋門をくぐって行くのが坂川で、直進は坂川放水路。逆のように見えるが。

Img_0925坂川分派樋門をくぐって流れる坂川。

右は坂川分派機場

Img_0935多目的護岸施設

消火用水にもなるようだ。

Img_0936正面の樋門から左に水路が分岐する。《地図

橋はなく水路沿いを進む。

Img_0940水路はこの先で左に曲がってその先は暗渠になるようだ。

Img_0949魚がごちゃごちゃと群れている。鯉だろうか?(坂川橋のすぐ下流)

一網打尽だろうが、「魚とるな」とフェンスに注意板がついている。

Img_0951木陰が続いてほっと一息だ。

Img_0958川通稲荷神社 《地図

ここから遥拝のみ。

Img_0977長津道橋(昔の一本橋付近) 《地図

かつての坂川と江戸川合流点あたり。坂川が赤圦(あかいり)まで掘り進められる文化10年(1813)まで、坂川はこの付近から江戸川に流れていた。現在は横六間川が分岐している。

横六間川を江戸川の土手まで行く。

Img_0982横六間川(江戸川方向)

Img_0993六間川合流地点 《地図

Img_0994六間川(下流方向)

Img_0995北方向

これも六間川の流れか?

Img_0998水路に突き当たる。《地図

橋はなく右へ大きく迂回する。この水路は坂川放水路の神明大橋あたりまで続くようだ。

Img_1004横六間川の終点近く

正面は江戸川の土手

Img_1006この樋管で江戸川まで通じているのか?

Img_1008江戸川土手から横六間川

Img_1010江戸川の流れは少ししか見えない。

ここは海(東京湾)から23.5km地点

坂川の長津道橋に戻る。

Img_1029香取稲荷神社 《地図

同じ敷地内に正真寺がある。

Img_1042成田山・庚申塔(天保14年(1843))などのブリキ祠

右端の台座は「下矢切第四十番 大師心者中」とある。庚申塔の右の小さな弘法大師像が乗っていたのだろうか?

Img_1056竹乃橋から下流方向

竹の櫛のような橋だ。

Img_1068亀の休憩所か(拾六町橋の下あたり)

今日は甲羅干しにもってこいの晴天だ。

Img_1086古ヶ崎浄水場跡 《地図

老朽化で平成19年に閉鎖されたようだ。

Img_1090弁天橋から下流方向

左前方の屋根が小僧弁天社だろう。『小僧弁天の由来』(コツコツ歩き隊)

Img_1098六間川・樋古根川合流地点(合川橋から) 《地図

右から六間川が合流して坂川は左方向へ、樋古根川は直進方向で排水橋が見える。

樋古根川を江戸川まで行く。

Img_1110排水橋(樋古根川)から合流地点方向

味も素っ気もない橋名だ。正面が合川橋、右下方向に流れるのが坂川。

Img_1122樋野口橋から下流方向

正面が樋野口排水機場

Img_1134江戸川土手から樋野口排水機場・坂川改修碑

Img_1137樋野口樋管から江戸川へ流れ込む樋古根川 《地図

合川橋に戻り坂川を進む。

Img_1146新坂川合流地点 《地図

平根橋(新坂川)から下流方向。右の橋(名称不明)の下から来るのが坂川。

Img_1144坂川(正面)が新坂川に合流する感じだ。

Img_1150坂川(上流方向)

合流手前の橋上から

Img_1156やっぱり暑い日だ。

Img_1160一平(いちひら)橋までとし、左折して松戸駅に向かった。 《地図

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2015年7月23日 (木)

坂川(千葉県)を歩く ①

2015年7月10日

豊四季駅(東武野田線)・・・寺の坂下・・・旦那の坂下・・・野々下水辺公園・坂川起点・・北千葉導水路坂川放流口・・・野々下水位観測所・・長崎樋管・・・八木南橋・・・八木南樋管・・・富士見橋・・野々下樋管・・野々下浄化施設・・・富士見橋・・・名都借樋管・・・前ヶ崎樋管・・・富士川合流地点・・・富士川3号橋・・・御禮橋…幸田第六樋管・・・八木乃橋・・・幸田第五樋管・・・芝崎第二樋管・・・芝崎第一樋管・・・幸田橋・・・幸田第四樋管・・・宮園第三樋管・・・宮園第二樋管・・・(東洋学園大流山キャンパス)・・・宮園第一樋管・・・大金平大橋・・・鰭ヶ崎第六樋管・・・大金平橋・・・鰭ヶ崎第五樋管・・・鰭ヶ崎橋・・・流鉄流山線踏切・・・新坂川分岐地点・坂川歩道橋・・・横須賀第四樋管・・・新横須賀橋・・・鰭ヶ崎第二樋管・・・横須賀橋・・・横須賀第二樋管・・川向橋・・・南流山駅(JR武蔵野線)

 利根川から取水し、北千葉導水路で送られた水が地表に現れる野々下水辺公園を起点とし坂川を歩く。
 今日から数日間は梅雨の中休みで、真夏日が続くようだ。

  【ル-ト地図】(南流山駅(6.5km)まで)

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Img_0733野々下水辺公園 《地図

利根川の水で水遊びする子供たち。まだ曇ってはいるが水着姿で元気だ。
利根川の水を引いている北千葉導水路の地上部に、導水の一部を利用して小川の雰囲気を再現した公園。

Img_0728利根川からの北千葉導水路図(1)

①の北千葉第一機場から取水して、埋設管で手賀川の南に沿って西流する。

Img_0729(2)手賀沼の南側を流れて行く。

Img_0730(3)豊四季駅の北方で南流して野々下公園(現在位置)で地表に現れる。

Img_0739野々下公園から放流口へ落ちる利根川の水。

Img_0740この下の放流口から坂川の流れが始まる。

Img_0743坂川放流口

北千葉導水路で運ばれてきた利根川の水が勢いよく落ちている。

Img_0766富士見橋から下流方向 《地図

左前方は前ヶ崎城跡

Img_0770名都借(なづかり)樋管へ流れ込む水路

金網に近づくと、近くにいた鴨たちが急いで離れて行った。「名都借」はこのあたりの地名。由来は何なのか。

Img_0782富士川(左)合流地点 《地図

左へ富士川3号橋に迂回する。

Img_0787富士川上流(合流地点)方向

富士川3号橋から

Img_0788下流方向

Img_0798御禮橋(坂川)から坂川(左)・富士川(右)の上流方向

Img_0823遊歩道を行く。坂川は左にカーブして流れて行く。

正面は東洋学園大流山キャンパス。まだ創立から23年で、「東洋大学」とは関係がないそうだ。

Img_0846流鉄流山線で行止り

橋梁をくぐった所で新坂川が左に分岐する。右に踏切に迂回する。

Img_0862_2流鉄流山線(馬橋駅行)

橋梁をくぐった坂川歩道橋から。 《地図

Img_0865流山駅行

流鉄流山線に沿って、正面方向に流れるのが新坂川で、昭和7年から掘削が開始され、新坂川を「用水」に坂川を「排水」として機能するようになった。『坂川の歴史と文化

日陰で電車を待つこと15分、俄か「撮り鉄」になった気分だった。

Img_0875横須賀橋から下流方向 《地図

横須賀はこのあたりの地名で、左前方は横須賀小学校。横須賀橋の東側に横須賀中央公園もある。横須賀市の「これっきり坂」の坂上の横須賀中央公園を思い出した。『横須賀市の坂③

Img_0883川向橋・武蔵野線橋梁

今日はここまでとして武蔵野線沿いを南流山駅に向かった。

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2015年7月22日 (水)

神明堀・坂川放水路を歩く

2015年7月8日

南流山駅(JR武蔵野線)・・・赤城神社北参道・赤城神社・・・長流寺・・・神明堀起点・・・新東谷調整池余水吐ゲート・新東谷調整池・・・(県道29号)・・・南流山9号公園・・(JR武蔵野線)・・・南流山7号公園・・・(つくばエクスプレス)・・・南流山小学校・中学校・・・調整池・・・豊受神社・・・(松戸市)・・・北千葉取水場・・・金蔵院・・神明堀樋門・坂川放水路合流地点・神明大橋(坂川放水路)・・・主水大橋・・・主水中橋・・・主水橋・・・主水伏越・・松戸排水機場・・排水樋管・・松戸水門・江戸川合流地点・・・主水橋・・・主水中橋・・・主水大橋・・・神明大橋・・・稲荷大橋・・稲荷神社・・・中道橋・・・旭町排水樋管・・金切橋・・・坂川分岐地点・(坂川分派樋管)・・・関の橋・・関の橋通り・・・新幸谷橋(新坂川)・・(武蔵野貨物線)・・・新松戸駅前大橋・・流山線踏切・・新松戸駅(JR武蔵野線)

 流山市(千葉県)の赤城神社あたりから南に流れ、松戸市の神明堀樋門で坂川放水路に注ぐ神明堀を行き、神明大橋から坂川放水路を、江戸川に流れ込む松戸水門まで下る。そこから坂川放水路を坂川との分岐地点まで遡る。

  【ル-ト地図

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Img_0531_2赤城神社

近くには一茶双樹記念館など見所が多い。『流山市の坂①

Img_0533ここを神明堀歩きの起点とした。《地図

Img_0539北側はケーズ電気の駐車場で、何の痕跡もない。北側周辺をうろついたが、流れの跡、暗渠らしき所も見当たらなかった。

Img_0545神明堀を南下する。

右にも水路がある。

Img_0555新東谷調整池余水吐ゲート

大雨の時は神明堀の流水を、右に新東谷調整池へ流して一時貯留する。

Img_0553新東谷調整池(2012年4月竣工) 《地図

普段はテニスコートで、正面が流入口だろう。

Img_0552神明堀は県道29号をくぐって南流する。

Img_0558神明堀と並行していた水路が右(南西)に分かれて行く。 《地図

Img_0560武蔵野線をくぐって行く。

Img_0578南流山小学校(左)・中学校(右)

Img_0589ここも調整池か?

Img_0593豊受神社 《地図

平成23年に左岸近くから移設した。《地図》の神明神社の所で、神明堀の名の由来か? 神明神社は別社でまだ当地にあるのか確認するのを忘れた。

Img_0596稲荷大明神(右・安政5年)
疱瘡神(中・文化5年)
稲荷神○(左・明治?年)

参道の左側に庚申塔もある。

松戸市に入る。
Img_0603北千葉取水場

江戸川からの上水道の取水場

Img_0612金蔵院(こんぞういん)

松戸七福神の恵比寿

Img_0611説明板

Img_0610神明堀樋門 《地図

坂川放水路合流地点

Img_0659樋門から坂川放水路に流れ込む神明堀

坂川放水路を江戸川との合流地点の松戸水門に向かう。

Img_0625松戸水門(右)・松戸排水機場(左)(主水中橋から)

Img_0631主水(もんと)伏越 《地図

用水路が樋管の先から坂川放水路の下をくぐって行く。「もんど」ではなく「もんと」で、主水新田を開いた人の名。

Img_0628対岸の樋管の先に用水路が現れる。

Img_0637用水路の続きだろう。

Img_0634松戸水門

江戸川の増水時には坂川放水路への逆流も防ぐ。

Img_0648水門をくぐって江戸川に合流する。

対岸に三郷浄水場の取水樋管が見える。『大場川②

Img_0647_2松戸排水機場の排水樋管

Img_0644説明板

坂川は北千葉導水路で利根川の水を引いている。

Img_0646

松戸水門から上流の坂川との分岐地点まで遡る。

Img_0667稲荷神社の社叢 《地図

Img_0671旭町排水樋管 《地図

Img_0674新松戸西小学校沿いの排水路でコンクリートの蓋がしてある。

Img_0678坂川分岐地点 《地図

正面の坂川分派樋門の右に坂川分派機場がある。

Img_0680関の橋

Img_0685ポプラ並木の「関の橋通り」を新松戸駅に向かう。

ちょうど雨が降り始めて、ラッキーだった。

Img_0694新幸谷橋(しんこうやばし)から新坂川上流方向 《地図

正面は武蔵野貨物線の線路

Img_0702流山線の踏切(新松戸駅前大橋から)

このあたりは路面電車だ。

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2015年7月21日 (火)

第二大場川②・久兵衛用水を歩く

2015年7月4日

新三郷駅(JR武蔵野線)・・・女体神社・・・第二彦糸橋(第二大場川)・・みさと団地・・・駒形新橋・・・駒形神社・・・月の郷公園・・・護岸工事中迂回・・・稲荷大明神・山王大権現・・・笹塚交差点・(常磐道)・・・笹塚橋・・・総合体育館・・しげさわ橋・・・東京都水道局三郷浄水場調整槽・・・幸和橋・・三郷市役所・・・三郷橋・・・北通り橋・・におどり公園・・におどり公園橋・・(つくばエクスプレス)・・せせらぎ橋・・みなみ通り橋・・・晴見橋・・・第二大場川橋・・・八丁堀橋(三郷放水路)・・下第二大場川起点・・・上沼橋・・・栄橋・・・勝橋・・・富士見橋・・・(東京外環道)・・・第二大場川右岸樋管・・左岸樋管・・・昭和橋・・・白山橋・・・二郷半領用水合流地点・・久兵衛用水・・・長沼大橋・・・一之橋・・・久兵衛用水緑道・・・鷹野小学校前歩道橋(外環道)・・・鎌倉下稲荷・・・大場川合流地点・堰枠橋(大場川)・・・高州第二排水機場・・・アサカ会館・水天宮碑・庚申塔祠・・・江戸川(海から21km地点)・・・八木郷橋バス停→三郷中央駅(つくばエクスプレス) 

  【ル-ト地図】(新三郷駅(9.3km)→八木郷橋バス停(21.5km))

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Img_0118みさと団地内を流れて行く。

三郷工業技術高校の前を通り、駒形新橋で県道29号(草加流山線)を横切って行く。

Img_0134駒形神社 《地図

Img_0145月の郷公園(右) 《地図

このあたりは遊歩道になっている。

Img_0157護岸工事中

遊歩道もできるのだろう。

笹塚交差点へ迂回する。

Img_0160山王大権現・稲荷大明神 《地図

Img_0165笹塚橋から下流方向 《地図

Img_0174しげさわ橋から下流方向 《地図

左前方の工事中の建物は、「(仮称)三郷ターミナル新築工事」とある。物流の拠点か?

Img_0182東京都水道局三郷浄水場調整槽 《地図

三郷市の江戸川から取水して、都内に送水している。対岸一帯は浄水場の敷地。

Img_0185幸和橋から下流方向

古い橋の名残りか。

Img_0199におどり公園の間を流れて行く。《地図

つくばエクスプレスが上を通る。左が三郷中央駅。「におどり」は三郷市の鳥。地酒「におどり」もある。ちなみに市の木は「椎(しい)の木」

Img_7942説明板

三郷地域は早稲米の産地で、万葉集に、「にほどりの葛飾早稲をにへ(饗)すとも そのかな(愛)しきを と(外)に立てめやも」の歌が載る。
詳しくは、『万葉歌碑散歩』で。

Img_0208説明板(鳰鳥)

Img_0221晴見橋から下流方向 《地図

上第二大場川は、正面の第二大場川橋をくぐって左にカーブして三郷放水路沿いに流れ、大場川を越え、三郷排水機場の先で江戸川に流れ込む。

Img_0229大場川水門・大場川第二水門から江戸川へ向かう上第二大場川 《地図

下第二大場川とは分断されて流れはつながっていない。

Img_0232八丁堀橋(三郷放水路)から中川方向

正面は常磐自動車道

Img_0235下第二大場川起点 《地図

Img_0237上沼橋

ここから流れが現れる。

Img_0238下流方向

上流からの流れと分断されているので、だいぶ汚れている。

Img_0248富士見橋 《地図

むろん富士は見えず、橋も何の風情もない。

Img_0250川沿いは通れず「栄五丁目東」交差点へ迂回して外環道をくぐる。

Img_0256第二大場川右岸樋管・左岸樋管(左前方) 《地図

Img_0266土手道を進む。

この先の昭和橋までは二郷半領用水を歩いた時に来ている。

Img_0273右から来る二郷半領用水と合流する。《地図

この先は『二郷半領用水を歩く②』に記載

合流地点手前の橋を渡った所から久兵衛用水が始まる。

Img_0277久兵衛用水 《地図

江戸時代初期にこのあたりを開き、久兵衛村となった鈴木久兵衛による名。今も久兵衛稲荷神社・久兵衛バス停にその名が残る。

Img_0283長沼大橋で車道をくぐり流れて行く。

Img_0285一之橋

橋の銘板が残っているのはここだけか。

Img_0290やっと久兵衛用水の名が現れてほっとした。

Img_0293いちおう緑道になっている。

Img_0295外環道をくぐって行く。 《地図

左に迂回し、鷹野小学校前歩道橋で外環道を越える。

Img_0303外環道をくぐって来た久兵衛用水

Img_0302下流方向

Img_0310鎌倉下稲荷

Img_0318桜並木

ここもまだ久兵衛用水緑道だ。

Img_0321大場川合流地点 《地図

道路の向うが大場川の堰枠橋

Img_0326大場川に流れ込む久兵衛用水

Img_0325大場川(堰枠橋から下流方向)

第一大場川橋、東京外環道

Img_0329汚れた水路沿いを江戸川に向かう。《地図

正面は高州第二排水機場

Img_0339水天宮碑と庚申塔の祠(アサカ会館前)

Img_0361江戸川の土手は近い。

Img_0346これは何の植物?

汚れた水の中にびっしり

Img_0360ここから土手をくぐって江戸川に流れ込むのか?《地図

Img_0355江戸川上流方向

ここは海(東京湾)から21.0km地点あたり。正面は上葛飾橋。

Img_0353松戸市街地方向

土手を下り、八木郷橋バス停から三郷中央駅に出た。

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2015年7月20日 (月)

第二大場川を歩く①

2015年7月2日

吉川駅(JR武蔵野線)・・・新道橋(二郷半領用水)・・・第二大場川起点・・・保中橋(第二大場川)・・・保南橋・・・保中野北橋・・・保中野南橋・・・木売新田橋・・・北谷橋・・・吉川美南駅(武蔵野線)・・・第二大場川水管橋・・道庭南橋・・・吉川美南調節池水路合流地点・・・美南橋・・・吉川美南調節池・美南中央公園・・・第二大場川・・・みさと団地・・・第二彦糸橋・・・新三郷駅(JR武蔵野線)

 大場川と二郷半領用水の間を流れる第二大場川を、三郷放水路の先で二郷半領用水が合流する所まで行く。

  【ル-ト地図】(新三郷駅(9.3km)まで)

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Img_0370第二大場川 《地図

暗渠のここを起点とした。

Img_0372北方向はそば屋の敷地だ。

Img_0374あじさいも色あせてきた。

Img_0380保中橋

Img_0381第二大場川

昭和48年に三郷放水路を建設した時に、南北に分断されてしまい、放水路までを上第二大場川、そこ以南を下第二大場川という。

Img_0383保中橋から下流方向

Img_0409北谷橋から下流方向 《地図

Img_0411水面から鴨が飛び立った。

Img_0413田んぼの向うを武蔵野線が通る。

Img_0420この先で車道と武蔵野線をくぐって流れて行く。

Img_0422車道と武蔵野線をくぐる第二大場川 《地図

Img_0425吉川美南駅の構内を通って南側に出る。

Img_0427ここから流れが現れる。

Img_0432上流方向

Img_0441道庭南橋から上流方向 《地図

水管橋(埼玉県企業局)が渡っている。

Img_0443道庭南橋から下流方向

吉川美南調節池からの水路が右から合流する。《地図

Img_0446調節池へ向かう。

Img_0452調節池を左回りで一周する。《地図

右は揚水機場か? 何の標示もない。樋門から水路へ水が流れている。左の先は階段状になっていて水が少し調節池に落ちている。

Img_0456吉川美南調節池

13万㎥超の貯水力を持ち、吉川美南エリアを浸水から守る。池の周囲には遊歩道が整備され、美南中央公園もある。
以前は自然の水溜り池という感じで、野鳥の楽園だった。周囲は雑草が生い茂り、家などはなかったが、今では新しい住宅が増えている。

Img_0460池の北側で水が流れ込んでいる。

この水はどこから来るのか?

Img_0472階段状の所

水路の流量、池の水量を調節するのだろう。

Img_0478段差がある。

流量の多い時はダムのようになるかも。

水路の右岸を進み第二大場川に戻る。

Img_0487亀が三匹張りついている。

今日は雨模様の曇り空で、甲羅干しにはならないか。

Img_0496第二大場川

雨で水かさが増えている。

Img_0503第二彦糸橋から下流方向 《地図

ここまでとし新三郷駅に向かった。

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2015年7月19日 (日)

利根運河を歩く②

2015年6月29日

運河駅(東武野田線)・・・運河橋・・(東武野田線)・・ふれあい橋・・(東京理科大)・・・理窓会記念自然公園・・・カワセミの池・・・境田排水樋管・・・(柏大橋)・・・立山排水樋管・・・大師祠・・・(船戸山高野歩道橋)・・・新江川樋管・新江川排水機場・江川排水路・・・江川排水機場・江川樋管・・・水堰橋・・野田樋門跡・・運河水門・・・船戸揚水機場・・・運河水門・・・野田導水樋管・・・利根川合流地点・・・運河水門・左岸・・・宮本排水樋管・・・(船戸山高野歩道橋)・・・城の越排水樋管・・・(柏大橋)・・・諏訪下樋管・・・ふれあい橋・・・運河駅

  【ル-ト地図

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Img_9810運河水辺公園から東武野田線、ふれあい橋

利根川方向に向かう。

Img_9970ふれあい橋

東京理科大の通学路だ。

Img_9974利根川までは江戸川までの倍の距離がある。

Img_9976左は理窓会記念自然公園の樹林が広がっている。

Img_9985カワセミの池

カワセミの姿は見かけなかったが、この先でキジ(雉)とイタチ(鼬)に出会った。

Img_9987境田排水樋管(内水排除)

Img_0002柏大橋をくぐる。

Img_0004立山排水樋管(内水排除

対岸は城の越排水樋管

Img_0014弘法大師の祠か?

利根運河大師ではないようだが。

Img_0017船戸山高野歩道橋 《地図

対岸は柏高校

Img_0020新江川樋管(内水排除) 《地図

Img_0025新江川排水機場

北西に江川排水路が延びている。

Img_0030江川排水機場

Img_0032江川樋管碑

「大正八年七月竣工」とある。

Img_0029現在の江川樋管

Img_0037水堰橋

柏市清掃工場の煙突と江戸川河川事務所の塔

Img_0039運河水門 《地図

利根川はまだ先だ。

Img_0045野田樋門跡 《地図》あたり?

明治41年に建設された煉瓦造りの樋門。ひっそりと隠れるように残っている。説明板などはなく、周辺は工事中だった。

運河水門の橋を渡って運河沿いと思って進んだら利根川橋が近づいて来て、「海から95.5km」の標識の先で、利根川右岸の船戸揚水機場に出てしまった。

Img_0060船戸揚水機場の樋管 《地図

正面後方が利根川橋

運河橋まで引き返す。暑さが倍増した。

Img_0066人は通ってもいいのだろう。

Img_0077野田導水樋管(前方)か?

この先で工事の大型車が行き交う道路をくぐって利根川に突き当たる。

Img_0078魚が一匹泳いでいる。

これを狙ってか、水辺に猫が一匹と思ったら、よく見るとイタチだった。写真を撮ろうとしたら、気配に気づかれたか、さっさと茂みに中に隠れ去ってしまった。

Img_0074利根川合流地点 《地図

水門はなく、草深くて利根運河の流れは見えず。正面後方は利根川橋。

運河水門から左岸を運河橋へと戻る。

Img_0093城の越排水樋管

対岸が立山排水樋管

Img_0105諏訪下排水樋管

Img_0111ふれあい橋が近づいてきた。

Img_0112運河駅

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2015年7月18日 (土)

利根運河を歩く①

2015年6月26日

運河駅(東武野田線)・・・運河橋(利根運河)・・運河水辺公園・利根運河の碑・ムルデルの碑・・利根運河交流館・・・窪田味噌醤油・・窪田酒造・・・利根運河大師・・・(西深井歩道橋・水管橋)・・・梅郷第一樋管・・・(運河大橋)・・・新野田南部排水樋管・・・運河河口公園・・・(新深井新田橋)・江戸川合流地点・・・梅郷第二樋管(江戸川)・野田南部排水機場・・・深井新田の渡し跡(江戸川)・・・六社神社・大杉神社・・・利根運河土手・・・西深井歩道橋・・・西深井第二樋管・・・西深井第一樋管・・・割烹新川・・・西深井休憩園地(ながれやま文学の散歩道)・・深井城跡・不動坊・・・(運河橋)・・・運河駅

 明治23年に開通した江戸川と利根川を結ぶ利根運河を歩く。

  【ル-ト地図】(運河駅→江戸川→運河駅(7.2km)まで)

  参考:『利根運河絵図』・『利根運河物語

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Img_9812利根運河(運河橋から運河水辺公園・江戸川方向)

運河開通時は江戸川口が上流だったが、その後の洪水などで利根川口が上流となった。工費不足で、閘門(水門)を設置できず開放運河としたためという。

右岸を江戸川へと進む。

Img_9822利根運河碑

Img_9821説明板

Img_9824ムルデルの碑

利根運河を設計したオランダ人技師

Img_9835窪田味噌醤油

Img_9845窪田酒造

Img_9851利根運河大師

第一番の護持会大師堂

Img_9852説明板

西深井歩道橋を過ぎて行く。

Img_9860梅郷第一樋管(内水排除) 《地図

利根運河が堤外地

Img_9862水路が堤内地に延びている。

Img_9864運河大橋 《地図

左は流山工業団地内のファンケルの工場。工業団地の運河側に「におどり公園」がある。
万葉集の「鳰鳥(にほどり)の葛飾早稲を饗(にへ)すとも その愛(かな)しきを 外(と)に立てめやも」に由来する。詳しくは、『万葉歌碑散歩』で。

Img_9868新野田南部排水樋管

Img_9869新野田南部排水機場 《地図

Img_9877前方の新深井新田橋の先で江戸川に合流する。

Img_9885江戸川合流地点

工事の大型車が仮橋を行き交う。

江戸川を上流に向かう。

Img_9889梅郷第二樋管 《地図

Img_9893野田南部排水機場

海(東京湾)から35km地点標柱を過ぎる。

Img_9902深井新田の渡し跡」標柱

Img_9905説明板

Img_9901渡し跡前の江戸川

3つ下流の半割の渡し跡には、『流山の坂⑥』で訪れた。

土手から下りて六社神社に向かう。

Img_9910六社神社 《地図

戦国時代の創建という深井新田の古社で、祭神は稲倉魂命(うかのみたまのみこと)ほか六神。左が大杉神社

利根運河沿いに戻る。

Img_9916梅郷第二樋管・野田南部排水機場(前方)から続く水路。《地図

Img_9915新野田南部排水機場(右)の後ろを流れて、運河大橋をくぐって行く。

運河大橋の下あたりで利根運河の土手に出る。

Img_9926西深井歩道橋から江戸川方向 《地図

Img_9927利根川方向

歩道橋を渡って左岸を利根川方向に進む。

Img_9928西深井第二樋管

Img_9931西深井第一樋管

回廊展望所だったようだが、今は入れない。

Img_9936対岸の利根運河交流館

Img_9940割烹新川(創業明治25年) 《地図

深井城跡・不動坊に寄ってから運河駅に出た

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2015年7月16日 (木)

二郷半領用水を歩く ②

2015年6月21日

新三郷駅(JR武蔵野線)→十四街区バス停・・・彦糸橋・・・彦糸下沼橋・・・彦音橋・・・彦富橋・・・北在家橋・・・前在家橋・・・彦成橋①・・・川端橋・・・野良島橋・・・(県道29号)・・・彦成橋②・・・上彦川戸橋・・・旭橋・・・二郷半領中川揚水機場・二郷半領中川樋管・・・勝橋・・・下川中橋・・・(東京外環道)・・・虚空蔵橋・・・彦倉橋・・・上口上橋・・・上口橋・・・上口下橋・・・上地橋・・・キタミソウ自生地・・番匠免橋・・・捨町橋・・・彦沢橋・・・新彦沢橋・(首都高6号三郷線)・・・彦沢下橋・・・彦江橋・・・彦江中橋・・・彦江下橋・・・上橋・・・下橋・・・佐久間橋・・・二郷半領用水中川取水口跡・・・谷口堰・・・馬洗場橋・・・中橋・・・谷口橋・・・三文橋・・・門二橋・・・(つくばエクスプレス)・・・酒井揚水機場・・二郷半橋(三郷放水路)・・・早乙女橋・・・稲荷橋・・・夕月橋・・・曙橋・・・地蔵橋・三九村の身代り地蔵・・・前川新橋・・・前川大橋・・・前川中之橋・・・平和橋・・・天王橋・・・梅田橋・・・第二大場川合流地点・・久兵衛用水分岐地点・・・白山橋(第二大場川)・・・昭和橋(第二大場川)・・・新鎌倉橋(第二大場川)・・・明王院・・・鎌倉大橋・・・甚平橋・・大師堂・・・木斉橋・・・寄巻(よまき)橋・・・吹上つつみ橋・・・吹上橋・・・戸ヶ崎二重橋・・・戸ヶ崎なかす公園・・・吹上ふれあい橋・・・二郷半領用水逃樋・・二郷半領不動堀樋・・・閘門橋(弐郷半領猿又閘門)・・・戸ヶ崎交差点・・・氷川神社・浅間神社・・・潮止橋(中川)・・・八潮駅(つくばエクスプレス)

  【ル-ト地図】(十四街区バス停(14.6km)→八潮駅(29.5km)) 

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9238二郷半緑道を南下する。

Img_9253まだ9時前で蓮の花が開いていた。(彦糸蛭田橋と彦音橋の間)

Img_9247涼しげな花だ。

Img_9254二郷半領の水田が広がる。

Img_9255桜・ツツジ・アジサイそして蓮の花も楽しめる道だ。(北在家橋から下流方向)

魚も群れて泳いでいる時もある。

Img_9260除塵設備

右側に除去されたゴミ類が集められている。二郷半領用水は葛西用水路土地改良区が管理している。

Img_9276水路が左に分岐して行く。 《地図

Img_9279三郷団地入口交差点で県道29号をくぐって行く。

Img_9285右に平行して流れるのは排水路か?

Img_9290右から中川の二郷半領中川揚水機場から取水された水が流れ込む。 《地図

Img_9735県道67号を横切って中川揚水機場まで行く。

Img_9739二郷半領中川揚水機場(正面)

Img_9743中川土手から二郷半領中川揚水機場  《地図

かつての中川第二揚水機場。第一は下流の花和田にあった。(後記)

Img_9740二郷半領用水取水口(二郷半領中川樋管)

今は古利根川の二郷半領揚水機場(松伏町大川戸・前回記載)と、下流のここが主取水源。

二郷半領用水路に戻る。

Img_9299下川中橋から下流方向

東京外環をくぐって行く。

Img_9304外環道の下

流れが広くなっている。

Img_9309虚空蔵橋から下流方向

また新旧2つの流れとなる。西の中川沿いに虚空蔵尊がある。 『三郷七福神①』に記載 《地図

Img_9318キタミソウ自生地(番匠免橋のそば)

説明板と「キタミソウ記念樹」の標柱が立つが、キタミソウらしきものはよく分からず。
この石段は農作業などの洗い場だったのだろうか?

Img_9331首都高6号三郷線をくぐる。 《地図

Img_9337小祠(彦江中橋そば)

Img_9339祠内は不動明王?(文化7年(1810))

Img_9352ここがかつての中川第一揚水機場からの着水地点(二郷半領用水路説明板が立つ) 《地図

Img_9353説明板(昭和61年)

現在は中川からの取水口は先ほどの彦川戸に一本化され、上流は江戸川からではなく、古利根川の二郷半領揚水機場(松伏町大川戸)から取水・送水されている。

Img_9357かつての中川第一揚水機場からの送水路跡だろう。

この先は暗渠か埋め立てられているようだが未確認。

Img_9369つくばエクスプレスをくぐる。《地図

Img_9374酒井揚水機場 《地図

二郷半放水路をくぐる伏越ではなく、三郷放水路上を太いパイプ管で送水している。

Img_9376酒井揚水機場から二郷半領用水を送り出すパイプ管

Img_9379二郷半橋とともに三郷放水路を越す二郷半領用水

昔なら懸け樋・懸け渡井だろう。

Img_9381三郷放水路

三郷水門の先が中川

Img_9382江戸川方向

Img_9384パイプ管で送られた二郷半領用水はここへ落ちて再び流れとなる。

Img_9404庚申塔・六地蔵堂(地蔵橋のそば)

堂の左外に「三九村の身代り地蔵」が立ち並んでいる。

Img_9398三九村の身代り地蔵

年がら年中、蚊帳の外、それも慣れたか。「三十九村」は、この地に新田を開発した三九郎にちなむという。
明治22年の町村制施行で、戸ヶ崎村(戸ヶ崎一丁目付近)・境木村・三九村・酒井村・長沼村・寄巻村(鷹野五丁目付近)・前川村・鎌倉村(鷹野五丁目付近)・前谷村が戸ヶ崎村となる。『三郷市の歴史

Img_9396説明板

地蔵の数がややこしい? そうではなく手前の頭の回転が鈍いだけだろう。3回ほど読んでやっと納得した。

Img_9415気分のいい遊歩道だ。

このあたりの用水の流れは細い。

Img_9421あじさいの間のフラワーリバーだ。

Img_9422左から来る排水路の第二大場川との合流地点 《地図

Img_9445上流方向

右が第二大場川・左が二郷半領用水

第二大場川を昭和橋まで遡って見る。すぐに右に久兵衛用水が分岐している。《地図

Img_9433昭和橋から西に伸びる水路

合流地点に戻り、第二大場川を行く。

Img_9446新鎌倉橋

このあたりは北葛飾郡鎌倉村だった。今も鎌倉稲荷神社・鎌倉公民館にその名が残る。「鎌倉」の由来は何なのか?

Img_9463金峰神社碑・大師堂?・小社(右)

ここは民家の敷地内のようだ。

Img_9470旧家

Img_9471西に流れる第二大場川 《地図

南側に大場川・小合溜・水元公園

Img_9474吹上つつみ橋から下流方向

あちこちから茶色に濁った水が流入して来る。正面奥は吹上橋

Img_9476吹上橋から戸ヶ崎なかす公園

中洲で左右に流れが分かれる。 《地図

Img_9487二郷半領用水逃樋 《地図

明治45年に完成した二郷半領用水の増水時などの緊急時に放流するレンガ造りの樋管。

Img_9488説明板

Img_9493二郷半領不動堀樋(逃樋の南側)

不動堀(現第二大場川)に、逆流防止用として大正3年に建設されたレンガ造りの樋管。かつての不動堀は肥舟が行き交う重要な水路だった。

Img_9491説明板

Img_9497閘門橋(猿又閘門) 《地図

岩槻慈恩寺道でここまで歩いている。

Img_9501猿又閘門

荒れ狂う風雨と闘いながら、閘門に堰板を差し込む男のブロンズ像。

Img_9502説明板

ここは三郷市と葛飾区の境

バスで八潮駅に出ようとしたが、ちょうど発車してしまった所なので、中川を渡って駅まで歩くことにする。

Img_9504氷川神社(右)と浅間神社が仲良く並ぶ。 《地図

Img_9509潮止橋から中川下流方向

三郷市と八潮市の境

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2015年7月11日 (土)

二郷半領用水を歩く ①

2015年6月20日

野田市駅(東武野田線)・・・県道19号・・キッコーマン野田工場・・・野田町駅跡(県営軽便鉄道)・・・下妻街道交差地点・・須賀神社・・県道19号・・・香取神社・・・菅原神社天満宮・・・稲荷大明神・・野田橋(江戸川)・・(松伏町)・・旧二郷半領揚水機場跡あたり・新利根川碑・・・金野井用水路・・・内川橋・東埼玉テクノポリス入口交差点・・金野井分水工(円筒分水工)・元用水・中用水・新用水分岐・・二郷半領分水工・・二郷半領用水路着水槽・・・中川土手・・・(旭橋(中川))・・・(赤岩橋(中川))・・・稔橋(二郷半領用水)・・・栄橋・・・(中川の郷療育センター)・・・下八間排水路交差(伏越)地点・かち橋交差点・地蔵等祠・・・木売落交差地点(小左衛門前伏越)・・・川田橋(木売落)・・・木売落排水機場・・(中川)・・・川藤堰(二郷半領用水)・・・前新田橋・・・川野橋・・・鍋小路用水分岐・・・川野堰・・・川富橋・・・関橋・・・香取橋・・・下手橋・・・さくら橋・・・新道橋・・・歩道橋・・・一之橋・・・木売堰・・吉川美南地下道(JR武蔵野線)・・・木売公園・二郷半緑道・・・高富南橋・・・児童館ワンダーランド・・・高久南橋・・・高久大橋・・・中曽根橋・・・道庭橋・・・(県道67号)・(三郷市)・・・彦糸上沼橋・・・彦糸橋・・・十四街区バス停→新三郷駅(JR武蔵野線)

  寛永年間(1624~43)に開削された農業用水の二郷半領用水を歩く。 現在の主取水口は松伏町の古利根川沿いの二郷半領用水機場(平成15年から)だが、かつての取水口だった野田橋を渡った松伏町の江戸川右岸から吉川市、三郷市へと進み、三郷放水路を越え、第二大場川と合流した先で大場川と合流する閘門橋(猿又閘門)まで行く。

  【ル-ト地図】(14.6km(十四街区バス停まで))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9513キッコーマン野田工場

構内に『もの知りしょうゆ館』がある。周辺のキッコーマン関連の古い建造物等は『下妻街道②』に記載。

総武物流の所が明治44年に野田と柏の間に開通した千葉県営軽便鉄道の野田町駅跡。《地図

下町交差点で下妻街道(流山街道)と交差する。須賀神社のにこやかな猿田彦爺さん像を見てやっと思い出した。

Img_9528香取神社

Img_9531菅原神社天満宮

なんだがくどい名前だ。

野田橋手前の右側の稲荷大明神に寄って、江戸川を渡り千葉県野田市から埼玉県松伏町に入る。

Img_9537野田橋から上流方向 《地図

かつては右岸に二郷半領用水の取水口の江戸川樋管と二郷半領揚水機場があった。『利根川流域施設地図』の「農業用取水口」

Img_9261二郷半領用水路の取水口の変遷

①古利根川の松伏溜井→②庄内古川(旧中川)→③松伏溜井→④江戸川→⑤松伏溜井の二郷半領揚水機場(平成15年)と、下流の中川の二郷半領中川揚水機場。

Img_9711二郷半領の由来

14世紀の後半には、50戸以上の集落であった吉川郷と彦成郷(三郷市)の二郷と、その南にあった50戸に満たない集落の半郷を合わせて「二郷半領」と呼ぶようになった。『吉川市のHP』より

「郷」とは律令制の郷戸に由来する。二郷半領の由来を刻むという吉川市の定勝寺の銅鐘は埼玉県の指定文化財。定勝寺へは『東大場川・新田用水路を歩く』で訪れた。

Img_9542二郷半領用水路の跡。

Img_9544新利根川碑(河童石・左端)・庚申塔

Img_9543説明板

蛇行して江戸川に絡んでいるのが庄内古川で、改修されて真っ直ぐに古利根川につながって現在の中川になった。

Img_9547亀の形の台石(亀趺)

亀にも河童の顔にも見えないが。

Img_9548二郷半領用水路跡をたどる。《地図

この先で金野井用水路に突き当たる。

Img_9553金野井用水(下流方向・水路地図に古利根川(松伏溜井)からの二郷半領用水路が点線で表示してある。)

すぐ先は東埼玉テクノポリス入口交差点

Img_9566金野井円筒分水工  《地図

3支流(元・中・新用水)に水を公平に分配する円筒分水工。

Img_9560説明板

Img_9569元用水路 《地図

二郷半領用水と並行して南流して行く。

Img_9570中用水路・新用水路

Img_9556二郷半領用水分水工(正面) 《地図

金野井用水から続くように見える。

Img_9575二郷半領用水路着水槽

右から勢いよく水が流れ込む。現在の二郷半領揚水機場(松伏町大川戸の古利根川・『葛西用水を歩く⑤』に記載)から導水管で送水された水か? ここから直線距離で2.3km位はある。

Img_9578田んぼの下に導水管が埋まっているのか?

Img_9582東埼玉テクノポリスの駐車場の右側を二郷半領用水が流れる。

右から中川が近づく。

Img_9584駐車場の左側を流れる元用水

Img_9593二郷半領用水沿いは歩けなくなり、中川の土手を行く。 《地図

正面奥は旭橋

Img_9594元用水が左へ分かれて行く。

旭橋で土手下の一般道に下りる。

Img_9600田んぼの中の稲荷神社

Img_9605二郷半領用水は左へカーブして行く。 《地図

Img_9606草道がついていてほっとした。

Img_9608二郷半領用水沿いに出る。

この先で舗装道となる。

Img_9617中川の郷療育センター

Img_9618二郷半領用水を左から来る下八間排水路がくぐって(伏越)行く。

Img_9619左が二郷半領用水、右の白い柵の下が下八間排水路(上流方向) 《地図

Img_9621下八間排水路(上流方向)

Img_9623庚申塔(文化6年?)・地蔵・第六天塔

伏越地点の「かち橋交差点」の脇

Img_9629二郷半領用水(左)・下八間排水路(右)が併流する。《地図》(この地図標示は間違っている)

桜並木はさくら通りとなってJR武蔵野線あたりまで続く。

Img_9632下八間排水路は右に離れ木売排水機場へと向かう。《地図

Img_9638木売排水機場(正面)

その先が中川

下八間排水路が右に曲がる所で、木売落が二郷半領用水をくぐって行く。(小佐衛門前伏越)

Img_9634伏越手前の木売落(下流方向) 《地図

Img_9654伏越した木売落(右)・二郷半領用水の川藤堰(左)

Img_9649小左衛門前伏越の銘板石

右から「小左衛門前伏越」と刻まれている。左に竣工記念碑があるが磨滅していて読めず。

Img_9642木売落排水機場へ向かう木売落(川田橋から)

二郷半領用水と並行する木売落の流れもある。

Img_9659草に覆われて流れる木売落

左に二郷半領用水が流れている。さくら通りが続いている。

Img_9662鍋小路用水路が分岐して行く。(正面中央) 《地図

下妻街道の道筋だ。

Img_9669木売落に残る木の堰

Img_9672併流する二郷半領用水・木売落

Img_9690やっと水面が見えてきた木売落

Img_9692木売落はゴミ除去柵の所から暗渠となる。

ここはまだ木売地区ではないから終点ではないと思うのだが。柵の向うで二郷半領用水と合流しているのか?

Img_9695二郷半領用水のみの流れになる。 《地図

Img_9697左岸から勢いよく水を流し落としている。

この水はどこから来るのか? すぐそばに揚水機場のような施設があるが、何の標示もなかった。暗渠となった木売落の水を汲み上げて流しているのだろうか?

Img_9700木売堰(正面)

その先でJR武蔵野線をくぐって行く。ちょうど貨物線が通って行く。

左に県道に迂回して吉川南地下道をくぐる。

Img_9702吉川美南地下道  《地図

県道67号(葛飾松伏吉川線)が延長開通して、まだ3年4か月と新しい。武蔵野線にも吉川美南駅が新設された。

Img_9705武蔵野線の南側から上流方向

左は木売公園、二郷半緑道を進む。

Img_9709高富南橋から下流方向

正面奥は児童館ワンダーランド で、プラネタリウムもある。 《地図

Img_9723県道67号を横切って三郷市に入る。

Img_9725新旧の二郷半領用水沿いを進む。

どちら側も遊歩道で、ここも桜並木だ。彦糸橋まで行き、十四街区バス停から新三郷駅に向かった。

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2015年7月 9日 (木)

浦賀道②(戸塚道)

戸塚駅(JR横須賀線)・・・東海道・・・高札場跡(八坂神社前交差点)・浦賀道起点・・・高嶋橋(柏尾川)・・・盛徳寺・・・蔵田寺・・・出羽三山供養塔道標・・・林宗寺・・・下倉田交差点・・・道標・・・延命地蔵尊・・・南谷戸の大ワラジ・・・(横浜市栄区)・・・貝殻坂・・・歳来寺(閻魔堂)・・・三嶋神社・・・(JR根岸線)・・・新橋(いたち川)・鎌倉街道(中の道)合流地点・・・笠間の庚申塔・・・離山富士見地蔵・・・青木神社・・(鎌倉市)・・・水堰橋(小袋谷川)・・・十王堂橋(西瓜川)・・・巨福呂坂洞門・・・鶴岡八幡宮・・若宮大路・・延命寺橋(滑川)・・延命寺・・(横須賀線)・・・上行寺・・安養院・・・妙法寺・・・安国論寺・・・名越踏切(横須賀線)・・・銚子の井(鎌倉十井)・・・日蓮乞水・・・名越坂踏切・・・(逗子市)・・・名越切通し・・・まんだら堂跡・・・大空洞・・・(法性寺)・・・(横須賀線)・・・富士見橋(田越川)・・・田越神明社・・・桜山の切通し・・・(葉山町)・・旗立山(鐙摺山)・・葉山港・・須賀神社・・海宝寺・・日影茶屋・・・葉山マリーナ・・・諏訪神社・・・清浄寺・・・脇町の庚申塔・・・亀井戸橋(森戸川)・・・長徳寺・・・木の下交差点・・・岩崎坂・・・国道134号線・・・イエズス孝女修道院・・・葉山消防署の五差路・・・下道坂・・・平松地蔵尊・・・下道坂・夜泣き石・庚申塔・六地蔵・・・一色小交差点(県道27号横須賀葉山線)・一色前田前庚申塔・・・滝の坂・・・滝の坂不動尊(吾妻神社)・・・滝の坂トンネル・・・小金坂・・・新善光寺・・・黄金坂橋(下山川)・(黄金坂)・・・旧道(古東海道)・・・道中橋(栗坪川)・・・栗坪の庚申塔・六地蔵・・・猪俣橋(下山川)・・・上山橋・・・県道27号・鍛冶屋坂・・・木古庭大沢橋(下山橋)・・・大沢の庚申塔・神明社・木古庭不動尊・不動の滝・・・不動橋・・・県道27号・大楠山登山口交差点・・・高祖坂・高祖井戸・・・県道27号・木古庭陸橋交差点・・・宗源寺坂・「高祖坂」の庚申塔・・・境地蔵・・(横須賀市)・・・おかん塚の坂・・・伝馬場坂・・・金谷交差点・・・大明寺・・・舞台坂・・舞台橋(平作川)・・・法塔十字路・・(三崎街道)・・・(宇東川緑道)・・・妙真寺・・・天神坂・・愛染稲荷神社・・・大津公園・・・大津陣屋跡あたり・・・(京急久里浜線)・・・諏訪神社・・・信誠寺・・・信楽寺・・・大津おりょうさん公園・・京急大津第1踏切・・宿守稲荷社・・・浦賀道(保土ヶ谷道)合流地点

 東海道戸塚宿から鎌倉経由の浦賀道の西回りルートで、横須賀市の大津陣屋跡の先で保土ヶ谷宿からの東回りルートに合流する。

  【ル-ト地図】(部分的に歩いたのをつなげた。歩いた日は前後する)

Img_7037東海道分岐地点(八坂神社前交差点)

浦賀道は左折する。交差点あたりに高札場があった。

Img_7048盛徳寺

Img_7050蔵田寺

地蔵堂隣の地蔵庚申塔(明暦2年(1656))は、横浜市最古という。

Img_7053出羽三山供養塔道標(寛政10年(1798)) 《地図

Img_7055「右かまくら道」

Img_7060道標(天明8年(1788)) 《地図

Img_7064_1_2「めんかけ如来 かさこひ太子 道 右かまくら」・「親鸞聖人奮跡 面懸阿弥陀如来江ノ道」

「右かまくら」は後から刻まれたものか。親鸞聖人ゆかりの永勝寺への道標で、面懸(掛)阿弥陀如来は、寺が荒廃している時、門前を通ると転んだり、落馬したりしたので顔に面を掛けて難を救ったという一木造りの阿弥陀如来立像という。
聖徳太子立像(神奈川県の重要文化財)が「かさこひ太子」だろうか? 「かさこひ」とは?

Img_7067延命地蔵堂(正面) 《地図

右に「かまくら道」の標柱が立ち、旧道跡が少し残っている。

Img_7077南谷戸の大ワラジ 《地図

ここは古くから道祖神が祀られ鎌倉道(浦賀道)を往来する旅人の小休所だった。

Img_7072説明板

横浜市栄区に入り、長沼交差点を過ぎて貝殻坂の上りとなる。

Img_7080貝殻坂を上る。

横浜市中区にも貝殻坂がある。古甲州街道が多摩川を渡る「万願寺の渡し」の手前、日光御成道の大門宿近く、厚木市の中津川近くにもある。いずれも貝殻が出土したという。

Img_7082下りとなる。

切通しの崖が残っている。左の自動車前に「かいがら坂」の標柱が立っている。

Img_7086歳来寺(閻魔堂) 《地図

延宝3年(1675)に僧の最岸の創建という。開帳は4月8日と8月16日。

Img_7092三嶋神社

JR根岸線をくぐって行く。

Img_7099新橋(いたち川)の手前で、斜め左から来る鎌倉街道(中の道)と合流する。《地図

橋の手前左側に延命地蔵堂と「とつ加道」の道標が立つ。

ここから鶴岡八幡宮、若宮大路までは、『鎌倉街道(中の道)①』に記載。(逆方向に歩いている)
Morinagahaka材木座海岸・稲村ガ崎方面(妙法寺の護良親王の墓の所から)

Tyousinoi銚子の井 《地図

「鎌倉十井」の一つ

Koimizu日蓮乞水(右)から名越の切通し(正面)

横須賀線沿いの旧道、名越坂踏切の手前

Nqgosi名越の切通し

鎌倉七切通し(七口)」の一つ

まんだら堂跡期間限定公開)から大空洞(おおほうとう)を通って逗子市街へ下りる。

Okunoin法性寺奥の院の上の山王社から逗子市街

下は横須賀線

逗子から横須賀市との境の境地蔵までは、『逗子市の坂⑤・葉山町の坂』の道筋とほぼ重なって行く。横須賀市に入り、おかん塚の坂、伝馬場坂を下って行く。

Okanndukanosakadsc04483_1おかん塚の坂 阿倍倉と池上4丁目の間を北西に上る。坂上は御国幼稚園。《地図

浦賀と江戸の間を代官や武士たちが往来した浦賀道で、御代官坂といったのが詰まって、御官坂となりそれが訛って「おかんつか」と言われるようになったそうである。「古老の話」(『坂道風土記 三浦半島』) このいわれでは「塚」の説明がよく分からない。やはり何か塚のようなものがあったのでは?

Dennmabazaka伝馬場(てんまば)坂 平作7-1と7-6の間を西から南西に上る。《地図

坂の途中に馬の継ぎ立て場だった屋号が「伝馬場」だった三堀家がある。ここで馬を乗り換えたり、かごの人足が交代した。(『坂道風土記 三浦半島』)

Dennmaba2坂上方向

左側の石積みあたりが「伝馬場」の跡か? ペリー来航を江戸に伝える早馬の使者もここで馬を乗り継いだという。

金谷交差点から大明寺日蓮像)前を通り、舞台坂を下って行く。

Butaizaka舞台坂(坂上方向) 衣笠栄町2-45あたりから北西に上る浦賀道。《地図

小字名「舞台」からの坂名。舞台のいわれには諸説ある。その一つに、三浦氏の衣笠城時代に、領民を招いて舞楽を見せた所という説がある。(『坂道風土記 三浦半島』)
坂の途中の五輪塔。平作川には舞台橋が架かっている。

Houtou法塔(題目塔と石塔)・(法塔十字路)

左の石塔の台石には「東浦賀 西鎌倉 南三崎 北横須賀」で、浦賀道(鎌倉道)、三崎街道の道標になっているようだ。

Tennjinnzaka天神坂を下る。《地図

大津5丁目町内会館の裏に天神社があった。大正13年に諏訪神社に合祀された。「由来板
坂の途中、北側の愛染稲荷神社由来板

Img_7116青面金剛塔群 《地図

根岸庚申講中が天明8年(1788)から建立し続けた庚申塔のようだ。

Img_7134大津陣屋の石橋 《地図

大津中学校内北側に移設保存されている。陣屋は大津高校から大津3丁目にかかる一帯にあった。

Img_7132説明板(大津陣屋)

Img_7133説明板(石橋)

Img_7139諏訪神社

Img_7140由緒

Img_7149信誠寺(しんじょうじ)

山門右後ろが「逆さ銀杏」

Img_7143説明板

Img_7145川越藩士の墓(山門下右側)

大津陣屋に勤め、江戸湾沿岸を防備した川越藩士とその家族の墓

Img_7144説明板

Img_7154信楽寺(しんぎょうじ)

Img_7156説明板

Img_7141坂本龍子の墓

おりょうさんまつり
東海道の終点の京都の三条大橋の手前には、「坂本龍馬結婚式場跡」がある。『東海道(大津宿→三条大橋

Img_7159説明板

Img_7166宿守稲荷社(京急大津駅の北側)

正徳3年(1713)の創建という。

Img_7163保土ヶ谷からの浦賀道と合流し、浦賀(右)へと進んで行く。

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2015年7月 7日 (火)

元荒川を歩く⑥

2015年6月16日

東岩槻駅(東武野田線)・・・(東宮歩道橋)・・・(東武野田線)・・・稲荷神社・西福寺・・・(岩槻橋)・・・馬頭観音・・・馬頭観音祠・・・(新曲輪橋)・・・岩槻大橋・・増野川合流地点・・・武徳川圦・・・神明神社・・・道標・(大野島水管橋)・・・武蔵第六天神社・・・須賀用水・・末田須賀堰・(永代橋)・・・回国供養塔・・・大森香取神社・・・(越谷市)・・・(三野宮橋)・・・一乗院・・・大砂橋・・・(〆切橋)・・・元荒川橋・・・越谷梅林公園・・宮内庁埼玉鴨場・・・(出津橋)・・・(文教大学)・・・(神明橋)・・・北越谷駅(東武伊勢崎線)

  【ル-ト地図】(東岩槻駅(61.9km)→北越谷駅(76.7km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_9037東宮歩道橋から東武野田線

Img_9036元荒川旧流路(左・東宮歩道橋から上流方向) 《地図

少し上流に調整池がある。

東武野田線をくぐって左岸を進む。

Img_9043稲荷神社 《地図

西福寺と同じ敷地内で、右後方に富士塚がある。

Img_9042説明板

Img_9044西福寺

Img_9057新曲輪橋 《地図

人形の町岩槻

Img_9065岩槻大橋から下流方向

少し下流で増野川が左岸に合流するが、ここからは見えない。

Img_9071増野川(元荒川方向) 《地図

元荒川から取水している農業用水路

Img_9075武徳川圦 《地図

農業用水の取水口だろう。

Img_9074勢いよく流れて田畑を潤す。

右は友愛学園

Img_9086神明神社

後ろは富士塚

Img_9093ここにも取水口

Img_9094用水路ではなく貯水用の施設か?

Img_9092大野島水管橋(人道・水道橋) 《地図

Img_9097慈恩寺道道標(宝永3年(1706))

水管橋の袂

Img_9106元荒川と県道の間の道を行く。

この先で突き当たって迷ったが、元荒川の方へ行く。

Img_9110土手道を進めて正解だった。

Img_9114湖のように見える?

濁った水は相変わらずだが、いい眺めだ。

Img_9121武蔵第六天神社 《地図

Img_9118説明板

Img_9122廃屋

Img_9127この下を須賀用水が流れている。《地図

Img_9130須賀用水取水口

Img_9135末田須賀堰 《地図

右岸からは末田大用水が取水している。

Img_9134説明板

Img_9142堰から落ちる水。

かなりの落差だ。

Img_9149永代橋

江戸の永代橋を偲ばせる岩槻人形だ。

Img_9146永代橋から下流方向

堰から落ちた流れが白くなっている。

Img_9155大森香取神社 《地図

この先で岩槻市から越谷市に入る。

Img_9161一乗院  《地図

Img_9162説明板

Img_9170大砂橋を渡って右岸を行く。《地図

カラスが群れてギャーギャー鳴いていて、気分のいいものではない。羽を広げて飛んでいる姿(正面)はけっこうでかい。

Img_9171用水路か?

Img_9172〆切橋

地震時・洪水時には通行できない。

Img_9175〆切橋から上流方向

しだれ?の大木か。

Img_9183元荒川橋から下流方向 《地図

左岸に越谷梅林公園・宮内庁埼玉鴨場が続いている。

Img_9189越谷梅林公園

Img_9196宮内庁埼玉鴨場

千葉県市川市にもあるんだと。

Img_9202大きく右にカーブし、さらに左にカーブして行く。

Img_9207出津橋 《地図

ぞろぞろと若者たちが渡って行く。対岸の文教大学越谷キャンパスの学生だ。

Img_9211桜堤を行く。

横に大きく枝を拡げた大木揃いだ。

Img_9219神明橋から下流方向 《地図

橋の上流右岸に神明神社があったようだ。今は橋と町名にその名を残している。鴨たちを眺め、北越谷駅に向かった。

この先は、(東武伊勢崎線橋梁)→大沢橋→元荒川橋→葛西用水伏越→越谷御殿跡→宮前橋→新宮前橋→新平和橋→瓦曽根溜井(葛西用水・八条用水分岐)→しらこばと橋→瓦曽根堰→不動橋→大成橋→中島橋→中川合流地点→南百の渡し跡・吉川橋→(吉越橋)→吉川駅(JR武蔵野線・【ル-ト地図】の86.3km地点)となる。

Img_3811葛西用水伏越 《地図

この下を葛西用水がくぐって行く。『葛西用水⑥』に記載

Img_3858元荒川(左)・瓦曽根溜井(右)・しらこばと橋(正面) 《地図

Img_4870中川合流地点(中島橋から) 《地図

このあたりは『新方川を歩く』に記載。『赤山街道③』にも記事あり。

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2015年7月 6日 (月)

元荒川を歩く⑤

2015年6月15日

白岡駅(JR宇都宮線)・・・八幡橋(元荒川)・・・(東北新幹線)・・・大柳ポンプ場・・・(今宮橋)・・・新今宮橋・・・(新荒川橋)・・・(JR宇都宮線)・・・(荒川橋)・・・宮前橋・・(川島久伊豆神社)・・・(東北自動車道)・・・川島橋(なかよし橋)・・・黒浜土地改良区第一揚水機場・・・笹山排水機場・・・黒浜土地改良区第二揚水機場・・・(人道橋)・・・(城北大橋)・・・(水管橋)・・・(慈恩寺橋)・猿田彦大神塔道標・・・(東宮歩道橋)・・・東岩槻駅(東武野田線)

  【ル-ト地図】(白岡駅(49.6km)→東岩槻駅(61.9km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8905東北新幹線をくぐる。 《地図

Img_8912桜並木が続く。

土手を歩ける所もある。

Img_8917大柳ポンプ場

Img_8918大柳ポンプ場

大雨時は大柳ポンプ場の水位が上がり、自動的にポンプが運転し、ここから元荒川に放流水が出るそうだ。

Img_8932新今宮橋の少し下流の水路の水門 《地図

Img_8935水路はここに合流する。西新宿5の北あたりから流れて来るようだ。

すいすいと泳いでいるのは鵜だろう。

Img_8938新荒川橋(右岸から)

古い橋桁が残っている。手前から水路が流れ込んでいる。

Img_8939北西から来る水路(上流方向) 《地図

Img_8947道路をくぐって元荒川に流れ込んでいる。

Img_8961川島久伊豆神社 《地図

蓮田市の7つの久伊豆神社の一つ。「ぬすっと宮」とも呼ばれる由来話がある。

Img_8959説明板①

Img_8958

Img_8967なかよし橋(川島橋)から下流方向 《地図

橋を渡った左岸北側に黒浜久伊豆神社がある。

Img_8970黒浜土地改良区第一揚水機場から汲み上げられた元荒川の水が勢いよく田んぼの間を流れて行く。 《地図

Img_8972土手を行く。

Img_8978笹山排水機場

Img_8991黒浜土地改良区第二揚水機場

梯子のついている円筒は何なのか? 

Img_9005人道橋(左岸から上流方向)  《地図

自転車はすれ違えないか。

Img_9007川面に枝が張り出し、くっつきそうになっている。

Img_9020慈恩寺橋 《地図

日光御成道で、左は猿田彦大神塔(昭和3年)の祠で、側面は道標になっていて、「北 幸手町ニ至ル」「東 大戸ニ至ル」などと刻まれている。猿田彦は道や旅人の神でもある。

東武野田線手前の東宮歩道橋まで行き、左に東岩槻駅に向かった。

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2015年7月 4日 (土)

元荒川を歩く ④

2015年6月11日

桶川駅(JR高崎線)→五丁台バス停・・・御陣屋橋(元荒川)・・・(圏央道敷設工事中)・・・(大御堂橋)・・・鍋蔓橋(赤堀川)・・・赤堀川合流地点・・・(栢間赤堀合流地点)・・・(高虫橋)・・・野通川合流地点・・・常福寺橋・・(見沼代用水)柴沼伏越・・・清水工業団地・・・国道122号・・・新根金橋・・・柴山沼交差点・沼落・・沼落堰・・・調節池?・・・円明橋(隼人堀川)・・・根金小橋(隼人堀川)・・根金橋(元荒川)・・・星川合流地点・茅野の渡し跡・・貝塚第一揚水機場・・・養豚場・・・八幡橋・八幡の渡し跡・・白岡八幡宮・・・白岡駅(JR宇都宮線)

  【ル-ト地図】(五丁台バス停(35.4km)→白岡駅(49.6km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8759御陣屋橋から下流方向(右は上越新幹線、正面は建設中の圏央道) 《地図

栢間小学校あたりに、江戸時代にこの地域一帯を治めていた旗本内藤家の栢間(かやま)陣屋があった。陣屋の裏門が菖蒲城跡(あやめ園)に移築され残っている。『菖蒲町の坂』に記載

Img_8764大御堂橋から下流方向 《地図

北側の幸福寺に大御堂がある。

Img_8767赤堀川の鍋蔓(なべづる)橋を渡る。《地図

Img_8770赤堀川(下流方向)

この先で元荒川に合流する。

Img_8777赤堀川合流地点あたりの元荒川(上流方向)

左の樋門の少し先(上流)で、左から赤堀川が合流する。

高虫橋の手前で栢間赤堀が左岸へ合流する。

Img_8790高虫橋から下流方向 《地図

左から野通川(やどおりがわ)が合流する。

Img_8793野通川(上)合流地点

常福寺橋の少し下流が見沼代用水が元荒川をくぐる柴山伏越で、『見沼代用水を歩く③』に記載。

Img_8801元荒川の土手は草深いので、田んぼの間の道を行く。《地図

かなりの距離がある。

蓮田清水工業団地を抜けて、国道122号に出た。

Img_8815新根金橋から下流方向 《地図

左岸に新しい歩道がついているようだが、下りられず柴山沼交差点まで行く。

Img_8819沼落沿いを進む。《地図

柴山沼交差点の西側の柴山沼からの排水河川。

Img_8821沼落堰

左上から排水路?が合流。この先にも水門があり水路が合流している。

Img_8831新しい調節池か?

沼落と元荒川の間

Img_8836円明橋(隼人堀川) 《地図

左から来る隼人堀川に沼落が合流する。隼人堀川が合流するようにも見える。

Img_8840隼人堀川(上流方向)

Img_8847隼人堀川(根金小橋から下流方向) 《地図

元荒川に接近するが合流はしない。ずっと下流の三千貝橋の先で大落古利根川(葛西用水)に合流する。『葛西用水を歩く④

Img_8852元荒川(根金橋から上流方向)

Img_8853下流方向

右岸の土手道を行くが、途中で草深くなって田んぼの間の道を進む。

Img_8866星川が左岸に合流する。《地図

茅野の渡し跡あたり。星川との合流点付近で、杉崎家で渡しの仕事をしていた。西の杉崎家の円空仏はこの渡舟の渡賃として円空からもらったものだという。

Img_8878貝塚第一揚水機場

元荒川から斜流渦巻ポンプで汲み上げた水を、22haの田んぼに供給している。

Img_8873汲み上げられた水が勢いよく流れている。

Img_8883強烈な臭いが漂ってきた。牛小屋かと思ったら、養豚場だった。

Img_8884トンカツになる日も近いか?

Img_8889八幡橋から下流方向 《地図

渡しの仕事は「かっこしの家」の屋号で呼ばれる早川家で行っていた。大正12年に八幡橋が完成したので廃止になった。

Img_8902白岡八幡宮参道

右はイヌザクラの大木。

Img_8896白岡八幡宮地図

右に神木の大カヤがそびえる。推定樹齢は500~600年の雌木で、毎年多くの実をつけ、かつては食用油の原料となったそうだ。

Img_8894説明板

Img_8901八幡太郎義家の「駒止めの杉」の切り株。

白岡駅に向かった。

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2015年7月 1日 (水)

元荒川を歩く ③

2015年6月10日

鴻巣駅(JR高崎線)→免許センターバス停・・外谷田用水・・・(上越新幹線)・・・郷地橋(元荒川)・・・(上越新幹線)・・・稲荷神社・・・(上越新幹線)・・・右岸・・・工事中行止り迂回・・・下郷地橋・・左岸・・・笠原小学校・・・笠原堰之跡碑・・・笠原大橋・千明だんご店・・・上谷総合公園・・フラワースタジアム・・・(中斉橋)・・・中落悪水路合流地点・・圦ノ上堰・外谷田用水(新用水)交差地点・・東部都市下水路調整池・・石橋供養塔・・・(四郎兵衛橋)・・・厳島神社・・・(上越新幹線)・・・川辺の板石塔婆・・・庚申塔石祠・・・五丁台バス停→桶川駅(JR高崎線)

  【ル-ト地図】(免許センターバス停(25.7km)→五丁台バス停(35.4km))

  写真をクリックすると拡大します。

Img_8642外谷田用水を進み左折して北上する。《地図

Img_8645上越新幹線をくぐる元荒川(下流方向) 《地図

今日は4回上越新幹線をくぐる。相変わらず濁った流れが続いている。

Img_8648郷地橋から下流方向

Img_8654稲荷神社 《地図

Img_8661右岸を進む。

正面は下郷地橋

Img_8666護岸工事中で下郷地橋まで戻り左岸を行く。

Img_8673笠原之堰跡碑(昭和14年・笠原大橋の手前の左側) 《地図

元荒川から農業用水を引くための堰。昭和7年に上流に宮地堰が完成して撤去された。(宮地堰も老朽化して安養寺堰に建て替えられた。前回に記載) 堰に使われていた石材が回りを囲んでいる。左端は馬頭観音(文化7年(1810))、その右は橋供養塔。

Img_8682笠原大橋を渡る。

橋を渡った所に千明だんご店がある。

Img_8692上谷総合公園あたり

左が元荒川

Img_8693排水路だろうか。濁った水が勢いよく濁った川に流れ込んでいる。

Img_8703大木の蔭で小休止

前方は中斉橋(なかっさいばし) 《地図

Img_8714中落悪水路が右から合流して行き止まり。《地図

右へ中落悪水路沿いに迂回する。

Img_8715中悪水路沿いを少し上流に進む。

正面は圦ノ上堰で、外谷田用水路が交差する。その右が東部都市下水路調整池。

Img_8721中落悪水路の北側に東部都市下水路調整池が広がっている。水は見えない。

Img_8724石橋供養塔(文化15年(1818)) 《地図

そばの中悪水路を渡る橋のことだろう。

Img_8726外谷田用水(右)沿いを行く。《地図

Img_8733四郎兵衛橋から土手を進み、次の橋で右に土手から離れた。《地図

Img_8737厳島神社(火の見塔の下)

Img_8746上越新幹線の下から下流方向 《地図

Img_8747川辺の板石塔婆(文永8年(1271)) 《地図

元寇の3年前の造立で、桶川市内で最古最大の板石塔婆。

Img_8748説明板

Img_8752庚申塔の石祠(左)

御陣屋橋の右岸近くの五丁台バス停から桶川駅に出た。

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